故郷である岩手県大槌の町へ、想いをもった「歌」を届け続けている歌手がいます。



今回お話を伺ったのは、TVアニメ「ラブライブ!」に出演している声優・新田恵海さんや、ハイトーンな歌声でファンを魅了している声優・蒼井翔太さんなど、アニメ業界の第一線で活躍する人々が所属する「株式会社S」代表取締役の佐藤ひろ美さん。佐藤さん自身もゲームソング業界やアニソン業界では、根強い人気をもつ歌手の一人です。



そんな、大槌町出身のアーティストが関わった「震災復興」。そして、故郷への想いについて話を伺いました。



(写真提供:株式会社S)

伊藤 大成
1990年、神奈川生まれ。島とメディアをこよなく愛する25歳.

 

 

「とにかく使ってくださいと伝えた」募金活動を通して見えた被災地の実情

大槌町復興支援情報サイト がんばっぺし!大槌:http://www.s-inc.jp/otsuchi/

‐佐藤さんは震災から1ヶ月も立たないうちに、募金活動プロジェクト「がんばっぺし!大槌」を立ち上げられましたね。

震災直後から私はTwitterを始めたんですよね。そしたら、ファンを含め色々な方から応援、励ましのメッセージをいただきました。

その中で、「被災地を支援したいんだけど、具体的にどう動いたらいいかわからない」という声もたくさんありました。

そういった中で、以前インディーズの時代にバンドを組んでいた元メンバーから「”募金”といっても具体的にどこにお金が動いていくのかわからない。

もしお前が、大槌町に限定した募金を始めてくれるなら、喜んで募金するんだけどな」って連絡が来た時に、「これだ!」と思ったんです。

‐募金活動は、かつての仲間によって誕生したアイデアだったのですね。

私も当時どう大槌町を支えていけばいいのか漠然としてわからない中ではあったんですが、「がんばっぺし!大槌」という名前をつけて募金プロジェクトを始めました。

いざプロジェクトを開始すると、私のファンや知人の方が、5千円や1万円といった金額を入金してくださって、たくさんの金額が集まりました。

その結果、震災で大きい被害を受けてしまった、小学校の教材や、大槌町の人々が行う癌検診などに使って頂くことができました。

‐集めたお金が直接的な「食料」などではなく、小学校の教材だったり、癌検診を行う資金につかわれたというのは、当時の財政状況の厳しさを感じさせますね。

はい、震災直後は当時の自治体は本当にお金がない状況でした。

元々、過疎地だった場所に津波が来たわけですから、そういった意味では二重に押し寄せてきたわけですよね。


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そして、募金を渡す中においては、町長さんや役場の人に挨拶をしに行くと、笑顔で向かえて下さいますが、本当にみなさん疲れてしまっていたんです。自分の家族や友人を探しに行きたいのに、役場の仕事で手一杯になってしまって。

中には自殺をするような人もいた、そんな状況だったのです。だから、集めた募金を持って行って、とにかく使ってくださいと。そうお伝えしました。

 

 

生きる上で一番大切なものに気づいた復興活動

‐佐藤さんは募金活動以外にも、様々な復興活動に取り組まれたと伺っています。

震災が起きてからは、様々な復興関連のイベントに参加させてもらいました。

震災後はアニメ業界関連でも、復興を応援するイベントが多く行われていました。ですから、代々木体育館や仙台で行われた復興ライブで歌を歌わせて頂くオファーを頂いたりしました。

あとは、自分で自主的に大槌町へ行った時に歌を歌う機会がありましたね。

とは言っても、私は父の遺体を探しに大槌へ行っていたので、歌いに帰っていたわけではなかったのですが、地元の人に「歌ってくれないか?」と頼まれたので、喜んで引き受けました。

‐大槌ではどのような形で歌われたのですか?

避難所や「マスト」というショッピングセンターのオープン記念や、町の有志が企画した音楽イベント「おおつちありがとうロックフェスティバル」という、ジャンルを超えた歌手が集まるイベントがあったのですが、そういった機会で歌わせていただきました。

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ショッピングセンター「マスト」は震災前から街のシンボル的存在でした。

この建物が再開されたのは2011年の12月でしたが、とにかくいち早く大槌町の人々の生活の基盤になるようにと急ピッチで再開されたんですね。

‐「マスト」は震災の被害を受けた大槌の人々にとって、支えのような存在だったのですね。

「マスト」が再開した直後も、周りの建物は機能していないような状態で。だから夜になると、この建物だけが光を放っているんですよね。

そんな光の中へ人が集まってきて、洋服を買ったり、日々の食材を買いに来たりしていました。

だから、「マスト」の復興は町の人々が元気になって日常に戻る「象徴」のような気がします。そういった場所で歌えたことは、非常に思い出に残っています。

あとはそれ以外にも、大槌の小さな集落の夏祭りに呼ばれて歌ったりだとか、とにかく数え切れないほど、イベントに参加しましたね。

‐復興を続ける大槌の人々に、佐藤さんは「歌」を届けていたのですね。町の人々が歌を聴くと、どのような反応をしていましたか?

私も、最初は町の人々が自分の歌を聴いてどんな反応をするんだろうと思っていました。

でも、いざ歌ってみると、地元のおじいちゃんやおばあちゃんも拳を築き上げてすごい明るくノリノリだったんですね。

こっちがビックリするくらいというか、いつも自分がやっていたアニソンのライブと変わらない熱量みたいなものを感じました。

‐確かに「アニソン」という言葉でくくってしまうと、聴く人も限定されてしまうイメージがあります。

実際私もそのあたりは心配していたんですよね。大槌に歌いに行くと、聴きに来る人たちは年齢層高めの人たちですから、自分の歌を理解してもらえるのだろうかと。

でもやっぱり「アニソン」って、聴いていて元気になる歌が多いですから、実際は全然心配いらなくて、魂を込めて歌うとみんなが乗ってくれるんですよね。

そんな景色を見て、自分が励ましに行っているのに、逆に自分が励まされたみたいな感じにもなりました。

‐歌を歌うという取り組み以外には、どのような事を行われましたか?

ファンの方々から、「佐藤さんの地元に行ってみたい」という声を頂いていて、ファンクラブの人たちに大槌を紹介するバスツアーを実施することになりました。


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ツアーも非常に高額だったにも関わらず、参加してくださった人たちは地元でおみやげやお酒だったりたくさん買い物をしてくださったんです。

そんなファンの人たちの優しさには本当に感動しました。

‐ファンの方々の想いというか、パワーを感じますね。

ファンの人たちももちろんそうなんですけど、このツアーなどを通して、「人」って支え合いながら生きているんだなって思いましたね。

私という人間が生きるなかではたして何万人という人々に支えられながら生きているんだろうというか、それを今回の震災で学びました。

そして、一番大切なものがわかったと思っています。震災を通して思ったのは、形のないものは壊れないってことなんですよね。

それは「命」だし、愛情であり、友情などの「想い」や「絆」。

これがあれば人は何もいらないと思いました。「愛」や「繋がり」や「絆」があれば、人は助け合うんですよ。

なので、震災から「人」を大切にしようと強く学んだんですよね。

だから、大槌の人々も会社の人々も、ファンの人々も。私の周りにいる人達、すべてが私にとって一番大事なんだと。

そんなことを父は身を呈して教えてくれたんだなって思います。

‐佐藤さんの行うイベントや会社の活動をみていると、人とのつながりというキーワードを頻繁に見かけます。その想いは震災の経験からきているのですね。

そうですね。震災以降は自分の価値観ががらりと変わったとおもっています。今後、自分がやりたいこと事もすごいシンプルに見えてきて、迷いがなくなったというか。

だから、私を生かしてくれている周りの人たちのために生きればいいんだ、とそう思いました。

‐そういった想いが、2012年に発売されたアルバム「RiSE」からも伝わってきます。

まだ自分の傷が癒えてない中で、自分を励ましたいという思いもあって、鼓舞する思いで作ったのが「RiSE」ですね。

震災のイベントで歌っている時に、自分のアニソンにすごい励まされたんですよね。アニソンって「元気」だったり「勇気」という、歌詞が多くて。

そんな歌詞に自分も背中を押されたんですよね、だから『RiSE』を作詞した時にもそういう思いを凄く込めた記憶があります。

 

 

これからの大槌に必要なのは「新しい風」

‐震災から5年が経とうとしています。佐藤さんの目からみて、大槌の街の復興はどのような形で進んでいますか?

震災当時は5年が経ったら、もう少し復興しているだろうなとも思ったんですが、実際はまだまだ復興が進んでいないというのが実情なんですね。

でも一方で、人々の思いみたいなところは時間が経って、傷が癒えてきたようにも思えます。そして、ようやく復興の次のステップに立てるようになれたかな、とも思っています。

今後は震災当時のような「募金」など直接的な支援ではなく、次のステップに立つためのアドバイスなどをしたいと思っています。

私も会社の代表取締役という立場なので、大槌でこれから起業をしたい、という人の支援をしたいという思いもあります。

まだまだ、復興から立ち直ったとは言えないので、私たちだけでなく、皆さんができる「復興支援」はたくさんあるんだよってことを伝えていきたいです。

‐佐藤さんは今年歌手活動の引退を宣言されています。

そのような中で今後、大槌や東北にはどのように関わっていく予定ですか?

やっぱり震災を経験して改めて気づいた、自分にとって大事なものを守っていきたいです。

私は、今年いっぱいで歌手活動の引退を予定しているので、これからゲームソングやアニソンを新しく歌うって機会はなくなっていくかと思います。

 


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ですが、私の歌に込める「想い」は、Sに所属するアーティストたちが確実に受け継いでくれています。彼らもまた、歌を通して様々な人の想いに応えていく、もっと言えば、社会貢献的な事もやっていけると思います。

あと、私自身も今後全く歌わないというわけではなく、大槌のために歌うという機会はあると思いますし、そのつもりでいます。

‐今後も大槌のために活動していきたいということですね。

はい。なので、色々と考えていることはあったりします。例えば、我々の会社のアーティストだけで行う「S祭り」というイベントがあるんですが、それをなんとか、大槌で開催できないかな、だとか。

あとは、弊社にいる新田恵海と大槌の和菓子屋さんでコラボレーションして、「えみつんまんじゅう」なんてものを作ろうという話も上がっています。

‐すごくワクワクする取り組みばかりですね(笑)

ありがとうございます(笑)。こういう取り組みを通して、若い人がもっと大槌に来てもらえるきっかけになればよいな、と思っています。

これからの大槌の復興には、復興だけに関わるリーダーシップを取れる人が必要なんです。そのためには新しい風、若者にもっともっと大槌の事を知ってもらう必要があると。

ですから、今後は我々「株式会社S」ならではの方法で、「大槌」の魅力を広めていったり、震災復興に関わっていきたいと思っています。

 

 

株式会社S 公式サイト http://www.s-inc.jp