3年連続「最も魅力的な街」全国第1位に選ばれた北海道函館市。一方で少子高齢化、過疎化が進み、人口20万人以上の中核都市で「幸福度が最下位」という統計調査結果も発表され、一見するとこの矛盾したニュースに頭を傾げた方もいたかもしれません。
「箱バル不動産」は、函館の魅力を支える西部地区の街並み保存・活性化を通して地域の豊かな暮らしを定着させたいと集まったメンバー4人で活動をスタート。各分野からの同志が出会い、これまで再生した古い建物での移住体験など数々のプロジェクトを手掛けてきました。
北海道新幹線開業の賑わいからちょうど1年。メンバーも6人に増えた2017年春、箱バル不動産がまた一歩動き出します。なにやら、築100年のビルをリノベーションして面白いことを企み中なんだとか。
日本一魅力的な街でメンバーが考える、街を一つの家に見立てる暮らしと生き方、そして、内外を巻き込む”コミュニティビルド”を通して実現したいこととは――?
(写真:インタビューは築80年の古民家をリノベした代表・蒲生さんの自宅にて行われた。写真/左から、蒲生寛之さん、富樫雅行さん)
動いていたら、ドラクエみたいに仲間と出会い始めて
‐函館の魅力を支えているものとして、伝統的建造物、和洋折中建築に代表されるような古い建物があります。そういった“箱”は、放っておくと壊されていきます。そんな現状を目の当たりにしたメンバーが「箱バル不動産(以下、箱バル)」に結集したそうですね。
蒲生寛之さん: 箱バルのメンバーは現在6人。函館在住・出身の建築設計士や宅地建物取引士、プランナー、デザイナー、アートディレクター、マーケターで構成されています。
箱バルは、僕が東京から函館に戻ってきてしばらく経った2015年6月ごろが始まりです。西部地区は美しい観光拠点がたくさんあり観光客がたくさん来てくださっていますが、地元の人からしたら坂が多く買い物も不便。市内で最も過疎が加速しているエリアです。
そんな中、西部地区で空き家ツアーをやりたいと思い、前から知り合いの富樫さん(建築設計士)に相談したら、ツアーだけでなく、函館での生活を体験してもらえる内容にしようということになりました。
富樫雅行さん: チャンスだと思いました。そういうことを積極的にやっている人が西部地区にいなかったので。そこで、「函館移住計画」をスタートしようとしたんです。
蒲生: いざやるとなると募集のチラシや告知サイトも作らなくちゃいけない。そこですぐに思い浮かんだのが、淳くん(天然酵母パン「tombolo」オーナー・アートディレクター)と香生里さん(デザイナー)の苧坂(うさか)ファミリー。函館の伝統的建造物に指定されている実家をリノベーションしてお店を開いていたので、事例の紹介になるかなと思って。淳くんのことは中学生の時から知ってたんです。
苧坂が函館に戻って来て古民家を改修して、tomboloというパン屋をやっているって。それで、妻の奈保子(プランナー)が「tomboloはデンケン(伝統的建造物の略、以下同)だし、空き家ツアーに協力してくれるんじゃないか」って。
蒲生奈保子さん: 自分の家も築80年の古い建物なのでデンケンにならないかなと思って、tomboloに話を聞きに行ったことがあったんです。
香生里: 最初話をもらったときは正直「本当にやるの? 私、やりたくない」って思いました(笑)。絶対に必要な活動なんだけど、大変になるな、と。
蒲生: 時間的に難しいんじゃない、って言っていたんですが、箱バル不動産っていうチーム名も決めて、どんどん進めました。
苧坂 淳さん:富樫さんとは7年前にうちの店をリノベーションするときに初めて会ったんですが、そのときから西部地区の古い建物の再生について二人で話してて。活動を進めるには自分たちで宅建の資格を取るとまで言っていたんです。そしたら、蒲生くんっていう宅建業務ができる人が現れたんで、ひょっとしたら面白くなるかな、じゃあやっちゃおうか、と。
蒲生: 自分で動いていたら、ドラクエみたいに仲間と出会い始めて、どんどんパーティーが増えていって、さらにどんどん楽しくなっていったんです。
(写真:左から、蒲生奈保子さん 苧坂 淳さん、苧坂香生里さん)
外国みたいって思っていた町が、いつの間にか自分の町だと思えた
‐それぞれ思っていたことがどんどんピースとしてはまって活動が進んだのですね。箱バルはメンバー全員が函館にずっといたわけではないという共通点がありますが、外から来て函館はどういうふうに見えましたか。
富樫: すごくもったいない。素晴らしい建物がいっぱいあるのにどんどん壊されていくし、積極的に利活用しようとする人が現れない。
香生里: 「函館は一目惚れだった」って言ってたよね。
富樫: 学生時代に青春18きっぷの旅で函館に立ち寄ったときに、変わった街だな、と。海と山が同時にあって、人の生活との距離感もぎゅっと近くて。いざ住んでみたら、観光ではわからない、暮らしているからこそ失われていくことのもったいなさを感じましたね。
蒲生: 僕は中学生の時に青柳町っていう西部地区の町に引っ越したんです。以前住んでいた地域の人たちとは雰囲気が違った。個性を尊重し合える人たちで、今まで経験したことがないほどいい奴やかっこいい先輩が多くて。「函館っていい街だな」って思えるようになりましたね。
淳: 俺は函館が好きになったのはじわじわ……かな。12歳の時、函館で移り住んだところが大三坂(西部地区の坂)で、教会があって石畳があって外国みたいだな、と。早く出たかった。東京に出て、京都に出て。函館より京都の方が好きだな、ってずっと思っていました。tomboloを函館にオープンしたのは開業資金が抑えられるからだったんです。
(写真:初期メンバー。全員が古い家を再生して子育てをしている実践者だ)
香生里: 富樫さんが函館のことを「世界一かっこいい街」っていったんです、真顔でシラフで。本人は覚えていないんですけど。
淳: その言葉で僕たち移住を思いとどまったんです。函館に戻ってきてからも、ちょっと話題性のあった福岡の糸島にトライヤル移住したりして、心は外に向いていたんです。でも函館に帰ってきて、フェリー乗り場から巴大橋を通って西部地区に戻って来たら、ものすごいホッとしたんですよね。外国みたいに思っていた町が、いつの間にか自分の町だと思えたっていう。
香生里: 私自身は、申し訳ないんですけど、函館に来るまで函館のことをまったく知らなくて。函館に来て初めて連れて来られたのが普通の漁村で、ああ、猫いるねー、ふーんって。今見ると、入舟町のあたりは海がキラキラしてすごく綺麗ですよね。
淳: 最初、函館ドックとか入舟とか穴間海岸とか、ディープなところに連れていったんです。僕が青春時代を過ごした場所ってことで、港町の寂れた感じを見てもらった。でも、空振り(笑)。
西部地区って実は多様性があって、観光で有名な金森倉庫や元町エリアだけじゃない、隠れた名店や地元の人が好きな場所がある。これを伝えていくのは、僕らがやりたいことなんです。
蒲生: 一概に西部地区って言っても、山を挟んで右と左、結構違うんですよね。
富樫: 150年余り前にペリーが来航したときに、素晴らしい天然の良港だ、と言ったそうです。陸繋島(トンボロ)の珍しい地形で、函館山に立てば360度違う景色も見える。
奈保子: 西部地区には生まれた時から住んでいますが、人が少なくなったというのは感じますね。同じ世代が外に出ていて、20代、30代がすっぽりいないな、と。
(写真:「日本の道100選」にも選ばれた大三坂。石畳とナナカマドが美しい)
壊して新しいものをどんどん作るのは、絶対にしたくない
‐私の知人が「函館が好き」と突然熱く語り始めたことがあって、何が好きなのって聞いたら、彼女が好きな函館は、西部地区にあるものだった。山と海が見える風景、坂道、古い建物。その好きを守ろうとしてくれている存在として、箱バルという活動があるんだったら、心から応援したい、と。これから箱バルの活動は、内、外、どう人を巻き込んでいきたいですか。
富樫: 「函館移住計画」をやってみてわかったのが、函館周辺で発信するより、東京など都市部で発信するほうが逆に地元の人が西部地区の良さに気づいてくれる手応えがありました。西部地区は不便だからと若い人でも出て行く。そこを直接説得しても響きません。
淳: 逆輸入、だよね。函館の西部地区以外の人に、「オラの街には、西部地区があるべや」って言ってほしい。そのためには箱バルが孤立して活動してるんじゃなくて、一緒に盛り上がっていって、2、3年後には「俺らの箱バルだ」って言ってもらえる活動を重ねていきたいです。
蒲生: 僕は、壊して新しいものをどんどん作るというのは、絶対にしたくない。箱バルは、既にあるものに気づくための新しい視点を向ける活動に尽きるのかなって思っていますね。
建物を建てて増やしてっていう足し算でなく、景色、建物が他の視点が加わることで何倍に魅力を増していくような、かけ算をするイメージですね。
富樫: それを視覚化するのが箱バルかな。函館を代表する和洋折衷建築って、こっちのものとあっちのものがかけ合わさっている。地元のものと外のものがかけ算で存在しているのも函館らしい、というか。
香生里 折衷っていうか、合体ですよね。レゴブロックみたい(笑)。溶け込んですらいなくて、ありのまま存在しているというのが函館のすごいことだな、と。でもそれがデンケンに指定されているわけですからね。
‐和洋折衷建築のレゴブロックを作りたいですね(笑)。そう、溶け込んだらそれぞれの個性がとんがらないけど、和も100、洋も100っていうのが函館の和洋折衷建築。
香生里: 教会に、お寺。同時に存在できているのも西部地区の特徴だよね。
富樫: ちぐはぐですよね(笑)。
淳: 統一感がある街ってそれはそれで魅力になるのかもしれないけど、ちぐはぐが魅力になっている函館ってすごい(笑)。
(写真:函館の珍しいお酒を囲んでのインタビュー。函館には個が立つお店が多い)
自分たちで古い家を直して、暮らして、子どもを育てて
‐地域起こし、空き家再生、ナリワイなどをキーワードに、地域に目が向けられた活動が全国であまた行われています。その中で、箱バルに参加したり応援したりすることで何が得られると感じますか。箱バルだからこその強みみたいなものって何でしょうか。
富樫: 実際にメンバーの多くが古い建物を使っている”事例そのもの”であるってことかな。古民家に住んで、新築の家では味わえない温もりというか、時を感じすぐに生み出せないものの中で生活している。
淳: 自分たちで古い家を直して、暮らして、子どもを育ててっていうのをやってる。
蒲生: 箱バルの活動をなんのためにやっているのって聞かれたら、「自分たちのためです」って言いたいんです。「街のためです」っていうのはあんまり言いたくない。
淳: 僕らも最近休日に行く店や場所が決まってきちゃっていて、自分たちがもっと楽しめる店が西部地区に来てほしいな、と思っています。待っていても来ないし、それなら、自分たちでやりたいことをやればいい、っていう。
‐近頃、地域の活動で問題になっているのが、コミュニティ形成の面で、移住者にその地域の情報が十分提供されていないのに移住はどうぞどうぞって雰囲気で、いざ移住してみたらお互い違うねっていうミスマッチが起こっている。
蒲生: 函館でなんかやりたいと思って僕らに会いに来ている人が増えているんです。この人だったらできるっていう人を知っていることが箱バルの強みかな、と思う。
香生里: 自分たちでできなくても、誰かをつなぐことだったらできるから。
淳: 新しいことをやりたいと思っている人に、箱バルは開かれた状態でありたいんです。悩んでいて、でも決定的な何かがなくて始められない、そういうときに大事なのは、人。箱バルでは、こうやればできるという実例や先駆者を通して、その方に合った具体的な展望を身の丈に合った状態で見せてあげられるのは大きいと感じています。
(写真:築約100年の大三坂ビルヂング。重厚な佇まいは市指定の伝統的建造物)
地域丸ごとを宿に見立てる。函館の内と外とを繋ぐ新たな「場」へ
‐開かれた存在でありたい箱バルの象徴的な活動として、「旧仁寿生命ビル 再生プロジェクト」が始まっていて、今年の春以降はさらに活発に動くそうですね。
蒲生: 築約100年の歴史を重ねた「旧仁寿生命ビル」が取り壊されるかもしれないという情報を得て、2015年秋から動き始めました。2016年夏には金森レンガ倉庫や旧函館市公会堂と並ぶ伝統的建造物の指定を函館市より受けることもできました。
「旧仁寿生命ビル 再生プロジェクト」として本格的に利活用の展開を検討した結果、「大三坂ビルヂング」と名を改め、2017年冬には箱バルが運営するゲストハウスを含む、複合商業施設のオープンを予定しています。
富樫: 函館の内と外とを繋ぐ新たな「場」を創出できるテナントを広く募集しています。大三坂ビルヂングは、市電が走る通りからも目立つ建物です。テナントで入っていただく店などに地元の人が出入りし、ゲストハウスには外からの人が来てくれて。内と外の方々の交流が生まれる場所になればいいなと思っています。
蒲生: その交流がつながりのストックになることを期待しています。tomboloを見ても思うんですけど、お店というのは見るだけ食べるだけでなく、つながりが蓄積される場所になっていると思います。
淳: マーケティングや売上ももちろん大事だと思うんですけど、そういう視点とは別に、まず「好きなんだよね」という前提があればぜひ一緒にやりたいですね。あと、真鍮のドアノブが好きとか、すりガラスがたまらないわとか(笑)、そういった古いもの好きの視点でのこだわりを発信してくれたりしてもいいですよね。
蒲生: マイナスネジだー、とかね(笑)。古きよき時代のクラフトマンシップの証に萌える方も大歓迎です。
(写真:古い家で裸足で遊ぶメンバーの子どもたち)
‐ゲストハウス部分は、箱バルでの自主運営となりますね。どんなゲストハウスになりそうですか。
蒲生: まず、子どもの笑顔を大切にするのが第一のコンセプト。その土地の情報発信地としてのゲストハウスに泊まる旅ってすごくいいと思うんですけど、以前、僕自身が子連れで泊まれなかったという経験があって。なので、家族で泊まれるゲストハウスでありながら、他の宿泊者もそれを受け入れ楽しめるような場所にしていきたいですね。また、デンケンと隣接した珍しいゲストハウスになるので、デンケンを肩肘張らずにカジュアルに楽しんでもらいたいです。
香生里: リアル函館を謳歌している身としては、子どもも大人も楽しめる場所でありたいというのはありますね。
‐子どもを受け入れる空気があれば、単身で来る方もきっと安心して入れる場所になりえますもんね。
蒲生: あとは、イタリアの「アルベルゴ・ディフィーゾ」という考え方で、地域丸ごとを宿に見立ててその地域にある店や施設を宿泊者に使ってもらうという構想があるので、西部地区全体で良い店を紹介したり、住んでいるからこそわかる情報をその方に合わせてコーディネートしたりといったことをしていきたいです。函館っぽい写真が撮れるスポットや函館を舞台にした映画のロケ地なども紹介できますよ。
(写真:DIYサポーターを募集中。既に市内外から参加が始まっている)
一緒に作る”コミュニティビルド”を実践。一人一人の手の跡を刻む
‐箱バルはこれまでも、築80年余の旧安藤歯科医院の再生プロジェクト「An deux HOUSE」で地域の方々や元居住者の方を巻き込んで手作りでリノベーションするなど、いわゆる”コミュニティビルド”を実践しています。こうしたコミュニティビルドによる建物再生も、今回の大三坂ビルヂングでやっていくのでしょうか。
富樫: 僕らが作ろうとしているゲストハウスでは、地域の小さなコミュニティをぎゅっと凝縮したようなものを目指しています。ですので、オープン前から多くの方にかかわってもらえるように手作りを大事にし、一人一人の手の跡を刻んでいきたいと思っています。
また、これまで解体されてきた古い建物から出てきた建具を使うなど、時やつながりを共に感じていただけるように進めたいな、と。
今年2月中旬からゲストハウス部分の住居棟の解体工事が始まりました。これから、12月のオープンまでDIYサポーターを募集しています。建具や古材の磨き、ペンキ塗り、床貼り、タイル貼り、家具づくりなどなど、手弁当にはなってしまいますが、一緒にやってくださる方はぜひ箱バルのサイトを見て気軽に参加してください!
蒲生: DIYの手伝いに来てくだされば、普通の旅では味わえないおすすめの場所なども教えてあげられます。西部地区の古い建物をめぐるツアーも、人がまとまれば案内も可能です。
奈保子: 4月下旬に大きな工事があるのですが、工事前の状態を見る最後のチャンスとして、4月23日(日)に「Small Town Market」というイベントを開催します。”街を一つの家に見立てる”ことを提案する、子供も大人も楽しめるイベントです。地域のお店がたくさん出展してくれたり、大学の先生がピタゴラスイッチの装置を作ってくれたりといったワクワクできる企画をたくさんやります。オープン前から楽しめる仕掛けをたくさん作っていますので、ぜひ遊びにきてほしいですね。
【インタビュー後記】
メンバーが「古民家に暮らす実践者」、箱バルの活動はその実体験が根っこにあります。内と外をかき混ぜ、新も古も面白がり、町の体感温度を上げていこう。そんな彼らの活動はいつでも開襟モード。観光地・函館から少しずらしたリアル函館に目を向け、旅の途中でDIYに参加すれば、こころのお土産は大きくなりそうです。
(取材・文:泉 花奈)
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