Home / Life / 「町に嫁入りしたような毎日」 隣り合った人と晩酌してしまう小料理屋で、女将が結ぶ縁
東北や関東地方を中心に大きな被害をもたらした東日本大震災。7年の月日がたとうとしている今、70seedsでは『特集:「まだいる」ではなく「ここにいる」』を展開します。

移住した方を中心に、被災地での活動を通じて何を受け取り、何を未来につなげようとしているのかを紹介していきます。自分らしい生き方を追求する方々の物語、ぜひお楽しみください。

「町に嫁入りしたような毎日」 隣り合った人と晩酌してしまう小料理屋で、女将が結ぶ縁

かつてサッカー日本代表らがプレーし、世界中からサッカーファンが集まっていた、福島県双葉郡広野町から楢葉町(ならはまち)に渡る「ナショナルトレーニングセンターJヴィレッジ」。今夏の再オープンを目指し、絶賛工事中の競技場を横目に坂道を車で上がっていくと、見えてくる白い看板。

 

「木戸の小料理 結のはじまり」

 


ここは現在、楢葉町唯一の小料理屋。千葉県佐倉市から移住した古谷(ふるや)かおりさん(33)が、2017年9月にオープンしたお店です。

 

いわき市から国道6号線をまっすぐ40分ほど北上すると到着する双葉郡は、私が運営する「いわき経済新聞」の取材範囲。特にお隣の広野町、楢葉町にはプライベートでもよく訪れます。

 

「結のはじまり」のお客さんは、地元に暮らす人と双葉郡の復興作業に従事する作業員がメインで、どちらかと言うと、作業員の割合が少し多いのだそうです。そこには、原発事故による避難指示解除後、帰還した町民と、同じくらいの人数の作業員が暮らしている楢葉町の現状が垣間見えます。そんな「結のはじまり」は、お客さん同士がつながる、コミュニティーが生まれる場となっています。

 

地元の人と作業員が共に晩酌を囲む「結のはじまり」。店のある楢葉町は、2015年9月に町全体の避難指示が解除され、町に戻った町民は約2400人(2018年2月末現在。震災前人口の約30%にあたる)。また、その町民と同じくらいの人数の作業員が町に滞在しているという。

 


 

 

「本当にやりたいことをしたい」 学びなおして福島へ

 

―最初に、2011年3月11日のことを聞いてもいいですか?

 

あの日は、東京タワーの真下にある出版社に勤務していました。仕事のほかにプライベートでイベント企画をしていて、ちょうどその夜が本番だったのでキャンセル連絡をしなきゃと思っても誰にもどこにも電話がつながらず…。気づいたら避難するタイミングを逃してしまって、たどり着いた新宿のどこかの大学に身を寄せて一夜を明かしました。


―その後すぐ仕事を再開したんですか?

 

震災を機に、自分がずっとやりたかったことをやりたいと思ったんです。それは「建築で人の暮らしを守る」仕事です。大学でも建築の勉強をしていたのですが、震災後の2012年に仕事をしながら、夜間に開講している「早稲田大学芸術学校」で本格的に建築を学びなおしました。

 


ー福島へ、という思いはいつから?

 

福島を選んだのは、実は被災地の中で一番東京から近かったからなんです。福島県の建築事務所でインターンしようと、グーグル検索で「福島県 デザイン事務所 建築事務所」と検索して、ホームページで一番センスを感じた建築事務所に連絡しました。


ー絶対に福島で、というわけではなかったんですね。

 

はい。ただ、東京でこのまま働いていても人生何も変わらないと感じていました。だったら、エゴイストかもしれないですけど、必要とされるところで働きたいと。ですが、福島県でインターンできたのは夏休みの1週間だけ。東京では住宅メーカーの派遣として働いていました。


―実際に移住したのはいつ頃ですか?

 

はじめは東京から福島に通い、2016年にインターンしていた建設事務所に就職が決まったので郡山市に引っ越し、今の物件が契約できたので2017年に楢葉町に引っ越しました。

 

建築事務所でインターンをしていたころは、宿泊にゲストハウスを利用していたのですが、そこのオーナーから、福島県で復興に取り組むリーダーを育成する事業「ふくしま復興塾」を紹介されました。福島で働きたいという思いが強かったので、インターン終了後も東京で働きながら、ふくしま復興塾の塾生として、福島県内でのフィールドワークを始めたのです。


ー「ふくしま復興塾」では、古谷さんはどんなことに取り組んだのですか?

 

「建築で人の暮らしを守る」というテーマはあったものの、私はまず、福島県にどんな課題があるのかすらわかりませんでした。そこで同期の塾生たちにアドバイスをもらいながら、原発被災地、つまり今のお店がある福島県双葉郡でのヒアリングを始めました。

 

 

福島で、自分を必要とされたい

 


ー双葉郡でのヒアリングというのはどういうことをしたのですか。

 

スーパーから出てくる人たちに、ひたすら現状を聞いて回りました。福島で働くためには、私の知りうることはすべてつかまなくてはという思いで必死でした。1回のヒアリングで聞けるのは20人くらいです。それを、毎月東京から通って半年間続けました。そこでわかったのが、現地で働く作業員さんと地元の人との複雑な関係なんです。


ーそれはどういうことですか?

 

作業員さんって明らかに地元の人と違うので、見ればすぐわかるんです。「人の暮らしを守りたい」という思いで建築を勉強していたので、そういう人たちの暮らし方がすごく気になってしまって。多分苦労して暮らしている作業員さんたちが、地元の人たちと一緒に笑顔になれないかなって、私の中でなにか発動しちゃったんです。


ーなにが発動しちゃったんですか?

 

私自身、あまり家族の仲が良くなかったというか、うまくコミュニケーションが取れない家庭で、小さいころはずっと、父と母や、両親と兄弟をつなぐ役目をしていたんです。「人の暮らしを守りたい」と思うようになったのもそこからです。

 

だから、うまくコミュニケーションが取れていない関係に敏感に気づいてしまって、私が何とかしたい、そして、私が必要とされる存在になりたいって。

 

 

 

肩書抜きで、自然と触れ合える場所が必要

 


ーお店を楢葉町に出そうと思ったのはなぜですか?

 

ふくしま復興塾の同期の仲間が、楢葉町に古民家を借りて、コミュニケーションの場づくりを始めました。私のやりたいことと近かったので、一緒にやっていくうちに、楢葉町の現状を知り、町の人たちとも関係が深まっていったのです。

 

それから、楢葉町には「空き家バンク」があって、物件情報をすぐ調べることができました。よそ者には、物件が公開されてることってすごく大きいです。


ーなぜ、飲食店だったんでしょう?

 

「結のはじまり」は、客席が20席くらいしかありません。なので皆さん、肩を寄せ合いながら晩酌を楽しみます。そこでは女将である私やお客さん同士のコミュニケーションが自然と生まれます。その時は、肩書とか職業とか関係ありません。作業員さんと地元の人が自然と触れ合える場所は、飲食店だと思いました。

 

あと、地元で働く人たちから、とにかく町にお酒を飲める場所がない、という切実な声を聞いていたことも開業に踏み出す大きなきっかけになりました。

 

「結のはじまり」では、古谷さんがつくる、地元楢葉町のお母さんたち直伝のおばんざいが日替わりで提供される

 

 

町に嫁入りしたような毎日

 


ー楢葉町での日々はどうですか?

 

とにかく本当に、町の人たちに気にかけてもらっているのを感じます。本当の家庭では、あまり愛情がうまく伝わらない中で育ってしまったので、こんなにも気にかけてもらい、叱ってもらい、人に愛情をかけてもらう生活っていうのを知らなかったんですね。

 

あと再教育されているような感じもして、なので、ありがたいですけど、すごくめんどくさい(笑)。町の人みんなが姑・舅で、町に嫁入りしたような感じです。


ーわかります(笑)。私も独り身で移住してるので、同じような感じですね。

 

私はずっと楢葉町で暮らしていくんだろうなと思ってるんですが、でも、地元の人には多分一生なれないんだろうなとも感じています。やっぱり何をするにしても、地元の人の意見がとても強い。そのやり方に従う必要があるんです。


ーそれって、窮屈だったりしませんか。

 

そう思うときもありますけど、町の人たちが先祖代々、土地や文化を守ってきたというのは、外から来た人間が考えもつかないすごいことだと思っています。お店の名前「結(ゆい)」には、農作業などでお互いに助け合う、という意味があるんです。私はここに来て初めてその意味を知ったのですが、そういう楢葉町のやり方が気に入ってるんです。


ーそれはいいですね。

 

大事にしたいのは、楢葉町のみんなとどう生きるか。私が知っている楢葉町の人たちは、まだまだ一部の人だけです。でもとても大切にされて、私も大切に思っている。一緒に生きていきたいと思ってる、ここの人たちに、ぜひ会いに来てほしいと思います。

 


ー確かに「結のはじまり」に行くと、知らない人同士なのにすごく気さくに話しかけてくれますよね。これから先のことって、どんな風に考えていますか。

 

作業員さんと地元の人とのコミュニケーションというのが、お店の中ではできつつあるのかなと感じているので、これがお店の外に広がっていってほしいと思っています。

 

それからお店をやっていることで、いろいろな情報が集まってきます。それをうまくつなげて、町に新しい動きをつくるお手伝いができたらいいなと。実は今、新しく公園をつくるプロジェクトの取りまとめ役をさせてもらっているんです。直接町づくりにかかわる機会を、外から来た私に与えてくれるというのは、本当にうれしいですね。

 

楢葉町での震災以来6年ぶりの田植えに集まった老若男女。前列一番左が古谷さん、後列中央に筆者。地元の人、よそ者が入り混じる(2017年5月/撮影:Five Star 松本淳)

 


 

<編集後記>

「作業員さん」と一言でいってもたくさんの仕事があります。福島第一原子力発電所で廃炉作業を行う人、「Jビレッジ」など震災で被災した建物を修復する人、逆に住めなくなってしまった家屋を解体する人、除染作業をする人…。県外から来ている人、県内の人、背景も様々ですが、福島県外にそのような情報を届けるのはなかなか難しいことだと感じます。

 

そんな作業員さんの存在を認め、さらに地元の人とつなぐというのは、実は並大抵のことではありません。でも「結のはじまり」では、それが実現しているのです。

 

それは、古谷さんの並々ならぬ思いと、もともと地元の人たちが持つ「結」の精神が重なった結晶なのではないかと、私は思っています。

 

福島県浜通り 楢葉町の小料理屋
「木戸の小料理 結のはじまり」
住所:979-0513 福島県双葉郡楢葉町山田岡字小堤21-31
電話:080-3325-2131(予約)
営業時間:17時~22時
定休日:月曜、火曜
ホームページ:https://www.yui-hajimari.com/

 

東北や関東地方を中心に大きな被害をもたらした東日本大震災。7年の月日がたとうとしている今、70seedsでは『特集:「まだいる」ではなく「ここにいる」』を展開します。

移住した方を中心に、被災地での活動を通じて何を受け取り、何を未来につなげようとしているのかを紹介していきます。自分らしい生き方を追求する方々の物語、ぜひお楽しみください。
<

山根麻衣子

いわき経済新聞ライター兼デスク

高校生の時にライターを志すも、東日本大震災まではサービス業に従事。震災を機に情報発信に目覚め、気づけば記事を書くように。2014年、福島県いわき市に移住。 移住して出会った、福島県浜通り地域の素敵な人・ことを伝えていきたいです。