国内外から多くの観光客が訪れる京都。みなさんは次に京都へ旅行に行くとしたら、どこに泊まりますか?
町家ゲストハウスやホステルが多く立ち並ぶ京都市内、京都・二条城付近の歴史ある場所に昨年、一際異彩を放つホステル「MAGASINN KYOTO」(マガザンキョウト)がクラウドファンディングを通じてオープンしました。
泊まることだけが目的だった従来のホステルと違うのはその中身。「泊まる」に加え、見て、触って、使って、買って…五感をフルに使って京都のローカルカルチャーを体験できる「MAGASINN KYOTO」。オープンの裏話から、こっそり込められた数々の「仕掛け」まで、オーナーの岩崎達也さんにインタビューしました。
「泊まる」だけのホステルではできない、ドラマが生まれる場所を
‐「MAGASINN KYOTO」(以下、マガザン)に来てみて、周りの町家ゲストハウスとはちょっと違う雰囲気を感じているんですが、どんなコンセプトで展開しているんですか?
大きくは「泊まれる雑誌」と言ってますが、一般の宿泊客の方々へは「ここに来ると京都のローカルカルチャーが体験できます」と伝えています。
雑誌って“器特集”、“アート特集”など色んな特集が組まれると思うんですが、その編集を空間で展開したらどうなるかというチャレンジです。
(写真:雑誌の表紙をイメージした遊び心あるエントランス)
‐それでアートの展示なんかもあるんですね。
はい、今は“アート特集”ですが、シーズン毎に異なるテーマで、空間、サービス、商品、イベントなどを変えて企画するというフォーマットで運営しています。
2016年5月のオープンから“本特集”、“デザイン特集”とやってきました。今後は“サブカル特集”、“インテリア特集”なども予定しています。
(写真:MAGASINN KYOTO オーナー/編集長・岩崎達也さん。玄関正面にはアート作品が大きく展示されている。)
‐そもそもなぜ、ホステルを開業しようと思ったんですか?
僕の収入源としてのメインの仕事は、ディレクターとしてマーケティング、ブランド、ウェブサイト、空間、イベントなどを企画・制作することなんですが、このマガザンでの出逢いはそこにものすごく自然につながっていくんです。
というのも、世界中の素敵なクリエイター・アーティストが集まる装置を作りたいなと思っていて。それにはどんな装置がいいのか考えた時に、京都のローカルカルチャーが体験できる場所があれば来てくれんじゃないかと。
さらに、そこに“泊まる”という機能が加わると「そうだ、京都行こう」みたいな感覚で、来るハードルがぐんと下がるんですよね。
‐なるほど。
ホテルってもの凄く滞在時間が長くて、かつコミュニケーションが多く生まれる場所だと思っています。お客さんとして例えば雑貨店にいる時間って、短ければ数分くらいじゃないですか。
ただ、旅館になった途端に8時間、長いと20時間、連泊だともっと。なので、自然とお互いの理解が深まっていって出身とかお仕事の話をするようになったり。
場合によっては、「一緒に仕事しようか」ということにもなったりするので、そのようなドラマチックなチェックイン・チェックアウトがされるということに可能性を感じています。
‐宿泊客との間に仕事が生まれるんですか?
例えば、秋にジェイアール京都伊勢丹でマガザンと「展覧会に泊まる」がコンセプトの KYOTO ART HOSTEL kumagusuku(以下、クマグスク)で催事を一緒にやったんですけど、そのきっかけも伊勢丹のバイヤーの方が普通にお客さんとして来店してくださったことでした。
で、一緒に何かできますよねという話になって、最初に小さく形にしたのが「キョウトニイッテキマシタ」という、京都土産の新定番を販売するポップアップストアだったんです。
(写真:ジェイアール京都伊勢丹とのコラボ企画「キョウトニイッテキマシタ」ポップアップストア)
‐これはどういう絡み方だったんですか?
世界中から旅行者が訪れる京都の玄関口として捉えたジェイアール京都伊勢丹と、私たちのように他とは違った京都滞在をつくるコンセプトホステルが、独自の視点で京都土産の新定番となる可能性を秘めた商品をセレクトしました。
これが大変うまくいって、2017年4月5日〜11日に進化させて開催する予定です。
‐まさに、クリエイティブな人たちを集める装置として機能しているわけですね。
そうですね、ありがたいことです。こういう変わった場所なので、もともと宿泊客は広い意味でクリエイターと呼ばれる方がほとんど。
先ほどの百貨店のバイヤーさんもそうですし、家具職人、編集者、ライター、カメラマン・・・みたいな。だいたいそういう方々しか来ないので自然とそういう話になるんですよね。
だからチェックイン・チェックアウトも一般的なホテルのオペレーションと同じようにやるのではなく、最も大事なコミュニケーションの場であると捉え直したときに、できる限り僕がそこにいるべきだと思いましたし、僕以外のディレクタースキルのあるスタッフともそんなコミュニケーションが生まれるような環境を用意したいなと思っています。もちろん、純粋に滞在を楽しみたい方々も大歓迎です。
「京都のカルチャー」としてのアートに実験場を
‐なぜ京都だったんですか?
一番は関西に家族がいるからです。東京は大好きで、エキサイティングな街だと思うんですけど、人生の中で家族や地元を大事にしたいと思ったときに色々と折り合いがついたのが京都という感じですね。
京都はカルチャーもビジネスもあるし、個人商店も大企業も活躍できるし、インディペンデントな日本の歴史もあるし、海外の人がたくさん来るし、気持ちのいいツボがたくさんあるなと感じていて。地元兵庫の神戸とも迷ったんですけどね(笑)。
‐最近では宿泊施設も多様化していて、京都で“泊まる”という枠ではかなりの激戦区だと思うのですが。
不安は常にあるけどなんとかなる自信もあります。京都での宿泊サービスにも大きなレイヤーがあると思っていて、ひとつはベーシックな京町家やホテルにプレミアムに泊まる高単価ゾーン。
もうひとつは、バックパッカーのような人たちが京都に安く泊まれる低単価ゾーン。マガザンはどちらとも違う価格だけで戦うのではないキャラクターを持っていて、差別化できると考えました。
あとは、一泊一組限定なので、マーケットから見たら誤差みたいなものですよね。100室あると話はまた違うと思うんですけど、一組なので。なので、マーケットトレンドにとらわれなくてもいいのかなぁと。
‐その一組は、他のホテルでは体験できない、京都のローカルカルチャーにどっぷり浸れると。現在(取材時)はアート特集ですね。今回の特集を組んだ背景は?
アート特集はアートホステルのクマグスクを“共同編集者”という位置づけでお迎えしています。
もともと僕もアートについて特に詳しかったわけではなく、クマグスクの代表・美術家の矢津吉隆さんに出逢って、アートって知れば知るほど奥が深くて、難しくて、面白い世界だなぁと感じたんです。
京都の今のカルチャーシーンを伝えるうえでも、アートってすごく象徴的なものだよねという話から始まって。
‐京都は美術・芸術系大学も多いですしね。
そうなんですよね。マガザンのアート特集も京都造形芸術大学にもオフィシャルに協力いただいているように、実際に京都って人口に対してアーティストと呼ばれる方々がむちゃくちゃ多いんです。
身近でたくさんの芸術活動があるなかで、ひとつのカルチャーシーンの象徴とも言える、だけどほとんどのアーティストは食えてない。
どういう生態系でそのようなことが成り立っているのかに興味を持ちました。その一部始終を間近で見たいと思いましたし、どんな体験を用意すれば京都の現代アートを楽しんでもらえるのか、矢津さんに相談しました。
そこで僕がひとつテーマにしてくださいとお願いしたのが、特集の切り口にもなっている“京都で現代アートを買う”ということ。
‐「京都で現代アートを買う」とは?
京都へ旅行に来たときに、八つ橋とかいろんなお土産があるなかで、現代アートを旅行者に買ってもらう体験をつくるとどういうことが起きるのか。
また、買う体験を作るということは売ることでもあって、アートの値付けをアーティストに意識的にやってもらったらどんなアウトプットになるのかを形にしています。
‐アートの値付けは、アーティストにとって一般的な体験ではないんですか?
アートビジネスマーケットを見た時に、ほとんどの作品の値段はギャラリーがつけてるそうなんです。値段を決めるのはギャラリーでアーティストの取り分は半々とか。
基本的な業界ルールとしてあってアーティストが自分で値段をつけることを強く求められてないという話を聞きました。
‐それをやったらどうなるか、という。試験的というか研究みたいで面白いですね。
今日は、九鬼知也さんという若手アーティストを招いてグラフィックアートを書いてもらうイベントをやるんですけど、彼の場合は500円プラス寄付制というところに最後落ち着きました。
これは、値付けがとても苦手でわからないから寄付制にしたいという彼の希望なんです。
マーケティング的な値付けではなく、作家個人のなかから生まれた値段だし、寄付にすると不思議とお金を気持ちよく出してくださったりして。色んなアートビジネスの在り方を間近に見れるのは面白いなと感じましたね。
ちなみに、宿泊やお土産の売上は出展アーティストへ分配されるようになっていて、少しでも彼、彼女たちが食べていけるようにと思っています。
(写真:リクエストに応じてグラフィックアートを施す、今注目の若手アーティスト九鬼知也さん)
あれもこれも「人」起点
‐マガザンという場を通じて、いろんなつながりが生まれていますね。次の展開も楽しみです。
実際に今、某大手メーカーと組んでやっている新しいことがあって。そのメーカーから今度アート系の新製品が出るんですね。
それは近々アメリカとヨーロッパのある見本市でお披露目するんですが、その製品がまずマガザンに先行で置かれて、泊まった人が体験できるようになるんです。
このアート製品は京都の高感度なアートカルチャースポットで先行公開しているので、見本市のあとはみなさん京都に行って実際に体験してみてくださいという流れです。
‐そのコラボでマガザンが果たす役割は?
僕らの役割は、まず一晩泊まってその製品を試した人へのインタビューを通したリサーチです。
あとは今後他のホテルや博物館、美術館などに置くことを想定したディレクションなんかも担っていく予定です。
‐リサーチの場になりそうな宿泊施設が他にもある中、なぜマガザンに声がかかったんですか?
これも僕がディレクターの仕事をしているのを知っていて、メーカーの方が泊まりに来てくださってじっくりとコミュニケーションしたことがきっかけです。
ホテルを運営していて、メディア的に使うことを人員体制含めてウェルカムにしている所がほとんどないということではないかと思いますね。
あと、今の世の中を見た時に、大企業がバーンとマスに打つやり方ではなくて、個人事業主とか個人商店、インディペンデントなお店が自然体でいいよねっていう風潮もあるんじゃないでしょうか。
ローカルから生まれていくプロダクト、京都のアーティスト、クリエイターと作っていったプロダクトっていうストーリーも今の世の中にフィットすると思うし、実際ここまで京都のアーティストを巻き込みながら気持ちよく進んでいて、ブランドにうまくはまっていくのではないかと思います。
(写真:京都ローカルから色んな「何か」が生まれるマガザンの玄関はガラス張りでとてもオープン)
‐どの話も、泊まりに来た人との出会いや人と人の化学反応がはじまりになってますね。
僕は人、それから人間関係を主軸にするのが自分には合ってるかなと思っていて。京都の伊勢丹もそうですし、クリエイターやアーティストと何か一緒にするときも。
この人面白そう!とか、この人と何かやりたい!というのが特集を作るきっかけになるんです。逆に人に対してそういう衝動が起きないと足が動かない。
アート特集も矢津さんと一緒に仕事やりたい!から始まり、そしたらあの人とあの人が一緒になれば実現できるねという風に考えて作家さんやスタッフを一緒にキュレーションするんです。
‐マガザンを重要なコミュニケーションの場として捉えているのも“人軸”ですよね。
そうですね。さっきも近所のおばちゃんが遊びに来てくれたんですが、地蔵盆(※1)をここでやることになってるんですよ。
‐地蔵盆を。
地蔵盆は今までそこの路地でやっていて雨が降ったらテントを張ったりで大変なんですよね。
それをマガザンでやることになったのも、アメリカから新婚旅行で来てくれた家具職人の夫婦が地蔵盆に興味津々で、連れて行ったら地元の皆さんも楽しんでくれて、じゃあ来年よかったら地蔵盆をマガザンでできない?と。
このようにグローカルな場所になりつつあって、人を介して地域に根ざし始められていることが嬉しいなと思いますね。
(※1) 地蔵菩薩の縁日である8月24日を中心に、主に関西地方で行われている京都発祥の行事。子どもが主役で、お地蔵さんにお飾りやお供え物を捧げ、お菓子を食べながらゲームなどをして遊ぶ。
「グレーゾーン」をどう乗りこなすか
‐岩崎さんが大事にしていることの集大成がこの空間に実現されていますね。
実はもうひとつ考えがあって。世の中って白黒つけられないことばっかりじゃないですか。何がいい悪いっていうのが迂闊に言えなくなっちゃうというか。
‐というのは?
例えば年収が高い低いでいうと、高いほうが“いい”って思われると思うんですけど、じゃあその年収は何から来ているのかというと、極端な話、発展途上国の人たちから安い生産賃金で搾取して年収が高くなっているケースがあったりするので、それって“いい”って言い切れないですよね。
だから、世の中のほとんどがグレーゾーンだと思ったんです。そのグレーゾーンをどういう風に納得解をつくりながら進んでいくのかが大事だと思い至って、ブランドカラーもグレーにしました。
また、編集という言葉も中間にある言葉だなと思っていて、編み合わせて物事を作っていく中間的な存在、中間色のグレーがしっくりくるなと思いました。
(写真:2階のお部屋もグレーを基調とした落ち着きある和室)
‐なるほど、面白いですね。この部屋のグレーにもそんな意味合いがあったんですね。
エディトリアルグレーと呼んでるんですが、塗料メーカーの和信化学工業さんがオーダーメイドで作ってくれて。
白と黒の間というよりはCMYが混ざった色なんですよね。光の当たり具合で赤っぽかったり青っぽかったりするんですけど、これがまさに人生っぽいなぁって思って。
‐コンセプトが徹底していますね。今後の動きも気になります。
妄想レベルでやりたいのは、マガザン・コウベとかマガザン・トウキョウとか。好きな街で共同でできる人ができたら一緒にやりたいなと思います。
それも単にかっこいいホテルを運営するんじゃなくて、ディレクタースキル・マインドがあるローカルカルチャーや企画仕事を軸に楽しんで協働してくれる方と一緒に人にやりたいですね。海外だったら、マガザン・ニューヨーク。
‐ぜひやってほしいです!
そもそも起業するきっかけがニューヨークというベタなもので。会社員時代に一人で旅行に行ったんですよ。その時、会社の元同期が映画監督の修行をニューヨークでしていて、シェアハウスみたいなところに泊めてもらって、そこに俳優とか女優の卵がいっぱい集まっていて、やりたいことみんなやっていてすごくかっこいいなと思って。
それで東京に帰ってきて満員電車に乗ったときに、「あぁ、こっちじゃないわ」って(笑)。それくらい一番影響を受けたところなので、その地域でやってみたいっていうのはありますね。まぁ、言うのはただなんですけど(笑)。
いかがでしたでしょうか?チェックアウトする頃には京都のカルチャー、そして素敵なモノや人との出会いで満たされていそうですね。次の京都旅行に検討してみてはいかがでしょうか。
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宿泊レポートも後日公開予定です!