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「泣いてばかりの修業時代」を経て世界へーー若手職人が語る江戸文字の魅力

太い筆で書かれたような、「ザ・日本」な書体「江戸文字」を知っていますか?

寄席や歌舞伎の看板やチラシなどに使われるこの書体、実は今でも職人によって脈々と受け継がれる伝統技術なんです。

 

中でも落語の寄席のビラやめくりに使われる寄席文字は、同じく興行の場で使われる勘亭流とともに特に縁起をかついだ文字で、「お客さんが右肩上がりに増えるように、大入になるように」という願いを込めて、できるだけ隙間を埋めるように右上がりに書かれます。

 

そんな寄席文字の世界で活躍しているのが橘さつき(本名:銘苅由佳)さん。江戸文字職人の下で6年間の修業を経て、2017年の1月に寄席文字の書き手として認定を受けたばかりの若手職人です。

 

会社員でありながら「寄席文字」の職人として生きることを決めたさつきさんに、職人世界のリアル、そして文字に込める想いについて伺いました。

 


 

 

「ふくらみのある字がかわいい! 」寄席文字との出会い

 

 

 

橘さつきさんが現在取り組むのは、寄席文字で落語の寄席に使われるチラシやめくりを書くこと。なるべく文字の間を空けず、紙の白色を埋めるように寄席文字を書いていく。さらに客入りが尻上がりになるように右上がりに書いていくのも特徴だ。そのため、実は画数の多い字の方が書きやすく、逆に画数の少ない字の方が難しいといわれている。

 

印刷会社の会社員だったさつきさんが、寄席文字と出会ったのは6年前。落語家はじめ寄席芸人が集まるファン感謝イベント「らくごまつり」での寄席文字の教室見学でのことだ。そのときの講師が今の師匠である橘右橘さんだった。

 

「師匠が寄席文字を書いている姿を初めて見た時に、白い紙に黒々とした文字が埋められていくのが、きれいだと感じたんですよね。きらきらしているように見えたんです。コントラストの綺麗さも目を惹き、形もかわいらしく思えました。ふくらみのある線を書くので、豊かな文字に見えるんです」

 

 

イベントの際に師匠の色紙を手に入れ、ずっと大切にしていたという。

 

それから2年。さつきさんは東京都・荒川区の伝統工芸職人育成事業で、江戸文字(勘亭流・寄席文字・千社札文字)職人の橘右橘さんが後継者を募集していることを知る。

 

応募後に「あの時の師匠だ」と気づき、ご縁があるかも! と思った。

 

しかし、職人としての修業は壁にぶつかることばかりだった。最初のうちは約束ごとを注意しながら書いていく練習が続く。隙間がつぶれないように注意を払って書いていくと、全体のバランスが崩れてしまう。約束ごとをこなしても、バランス感覚がうまくつかめない。師匠に指摘を受けても、何が悪いのかよく分からない。同じことを繰り返し指摘される日々が続いた。

 

泣いてばかりだったというさつきさん。たまらず師匠に言い返してしまうと、その何倍もの言葉が返ってくる。それでまた何も言えなくなって涙が出てくる…。そんなことの繰り返しだった。今となっては、まだまだ甘かったと振り返る。

 

「最初の頃の師匠は本当に厳しかったですね。師匠自身も教えることに迷われていたと思うんですよ。自分がすんなりできていたことを、なんでわからないんだろう、こんなに何回も言ってるのに伝わらないし、同じことばっかりやっているし」

 

 

「やりきれなかった」という、もやもやした思いはしたくないーーなかば意地で修業を続けた。その裏にあったのは、過去にあった挫折経験だ。

 

学生時代の研究を頑張りきれなかった、という思いがあったという。地道な裏付け調査や事例研究をコツコツと続ける仲間たちと異なり、自分は足元にある地道な作業を頑張り抜けない。そんな状況が、さつきさんの学生時代には続いていた。

 

「その経験をもやもや、ずっと引きずっていた部分がありました。どこかで払拭させたいという思いがあったんです。運良く”江戸文字”というやりたいことに新たに出会って。今度は頑張り抜きたかったんです」

 

 

少しずつ感覚を掴めてきたのは、修業を初めて4年目のことだった。書いたものを見る機会も積み重なってきて、客観的な視点を持てるようになった。少しずつ上手く書けるようになってきたのもモチベーションになったという。

 

「普段生活しているといろんなことを考えちゃうじゃないですか。仕事のことだったり、生活のことだったり。でも文字を書いてる時はそういうことを感じていないんですよね。集中しながら書けるのが心地良かったです」

 

 

寄席文字の書き手「橘さつき」として

 

2017年の1月、努力の甲斐あって、「橘さつき」の名前をもらい、橘流寄席文字一門から正式に書き手として認定された。

 

名前をもらった時のお祝いの札とシール

 

荒川区の事業も卒業。もともと勤めていた印刷会社で、契約という形で週1の休日をとりながら、アルバイトと江戸文字の活動を並行している。月に数回の教室でのお稽古、月1で一門の全員が揃う教室もあり、その場において、一門の師匠たち、兄弟子、多くの先輩たちから立ち居振る舞いや文字に関するアドバイスを受ける。

 

印刷会社と江戸文字の活動するモチベーションの源は「楽しむ」ことだそうだ。

 

「余裕のない日々ですが、好きな落語を通して、文字を書くこと、色々な方に出会える毎日を楽しんでいます。その思いがあることが一番かもしれません。そういう状況を理解して働かせてもらっている会社には感謝しています」

 

師匠との関係も変わってきた。

 

「今の師匠は優しいです。何年かやっていくうちに、できていない部分は自分で気づかせる方針に変わったのではないでしょうか。逆に、私は突き放されてしまったのではないかと心配になりましたが(笑)。でも、自分で気づいてやっていくしかないんです」

 

今では、師匠と落語やお芝居の話をするのも楽しいひとときだ。

 

落語の寄席でビラを書く仕事も引き受けた。落語会の主催者や、落語家からの注文が中心だ。ビラの仕事では、字の中でのバランスだけでなく、レイアウトのバランスも考慮する必要がある。書き上がった後にイメージと違う、と悩んだときもあったという。しかし、だんだんと上達していき、師匠にも認められるようになった。

 

 

「橘さつき」の名前で初めてビラを書いたときのことを、さつきさんはこう回想する。

 

「責任感が出ますよね。自分の署名が出ると、嬉しいというよりもどきどきします。師匠は『責任を持つためにも署名はどんどん入れていきなさい』とおっしゃっていて、すごく緊張感を感じますね。でも、プレッシャーは良い方向につなげていきたいです」

 

 

記憶に残るような文字を書きたい

 

活躍の機会も広がった。

 

昨年には、荒川区の国際交流事業でウィーンに実演に行った。小学生や、日本語を学んでいる大学生の前で実演をしたそうだ。

 

「実演をしたら、とっても喜んでくれて。私が師匠の字を見たときと同じように、向こうの方が『とってもきれいです……』と言って喜んでくれたのがとても嬉しくて、励みになりましたね。寄席文字の良さを感じて、喜んでもらえているって」

 

「ウィーン荒川展」のチラシ。荒川区と友好都市であるウィーン市ドナウシュタット区で行われた。江戸文字の他に木版画摺や漆塗りなどの伝統工芸技術デモンストレーションが行われた。

 

会場の様子

 

寄席文字の他にも、江戸文字には他に3つの書体がある。歌舞伎で使う「勘亭流」、神社仏閣に納める「千社札」の書体、そして「相撲字」。さつきさんが書き手として認定を受けているのは、江戸文字の中でも寄席文字のみ。「相撲字」は行司が書く字だが、ゆくゆくは師匠と同じように「勘亭流」や「千社札」の書体の書き手としても成長していきたい、と今も修業を続ける。

 

千社札の交換札

 

「江戸文字はいろんな世界に寄り添って生きてきた文字なので、その世界の雰囲気をまとった文字として伝えていければいいです。そのために、もっとそれぞれの世界を知り、実演や体験教室にも挑戦したいです。人前で書いて、うまく魅力を伝えていけたら良いですね。どんどん出ていって、少しでも多くの人に江戸文字に触れてもらい、親しみある文字になったらいいと思います。その中で、自分の腕もより磨いていけるのではと思います」

 

今後、SNSなどでの発信にも力を入れていきたいという。発信の中でも、今後さつきさんが力を入れていきたいのが地域での活動だ。荒川区など地域の人たちにもっと見てもらえる機会をつくりたいそうだ。

 

今年の夏に荒川区の子どもたちの前で書いたときには、小学生たちから興味津々の眼差しを受けた。

 

「『書いてみたい』『すごーい! 』なんて言って、興味を持って、楽しんで見てくれているんです。そんな彼らが大きくなった時に、思い出してくれたら嬉しい。『格好いい字を書いている人がいたな』と記憶に残ることができるような文字が書けたらいいですね」

 

 


【編集後記】

江戸文字のことを「かわいい」と感じたり、修業の中で泣いてしまったりと、等身大の姿を見せてくださったさつきさん。江戸文字は、一見完成されたレタリングのように思えます。でも、その裏には人がいる。そんなことを意識させてくれた取材でした。

 

さて、そんなさつきさんが3月4日(日)に荒川ふるさと文化館内「あらかわ伝統工芸ギャラリー」にてワークショップを行ないます(日程は変更の可能性がございます)。さつきさんの字を間近に見られるチャンス! 申込み受付は、2月21日(水)からスタート。ぜひ遊びにいってみてくださいね。

 

【お問い合わせ】荒川ふるさと文化館 03-3807-9234

 

 

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吉田瞳

神奈川県出身。2017年より70seeds編集部。旅と自然が好きです。