農業という言葉からどんな仕事を想像しますか?
「つらそう」「大変そう」……。
そんな声が多いかもしれません。
でも、イベントやインターネットで「ありのままの農家の暮らし」を発信することで、農業の魅力を伝えようとしている人たちもいます。
秋庭覚さんと寛子さんご夫妻です。茨城県の西端に位置する古河市で、1年前に新規就農をしました。ハーブや野菜、お米を栽培するかたわら、ありのままの日々の生活をSNSで綴り、地域コミュニティの中で農業の魅力を伝え続けています。
地域の中で挑戦と発信を続ける2人にお話を伺いました。
「ITで農業の“できる”をもっと」をコンセプトに展開するプロジェクト「できる.agri」で出会った秋庭さんの、もうひとつのストーリーをご紹介します。
ありのままの暮らしをSNSで綴る
‐子どもたちや学生さんの農業体験、古民家農園改装プロジェクトなど、幅広い分野で農業イベントを開催していますね。
覚さん:飲食、空間、美容、教育という4つのテーマと農業を融合させたいと思って活動しています。
レストランで働いていたので、当時の知り合いのシェフを畑に呼んでいます。これが「飲食」テーマとの融合。
シェフも畑を知らないので、料理のアイデアにも限界があるんですよね。料理のヒントになればいいな、と思っています。
寛子さん:「教育」に関しては、学生イベントだとか、子どもたち向けの農業体験をやっています。いわゆる食育ですね。
学生さんにとっては、私たちのイベントが人生を変えてしまうような出来事になることもあるんですよ。非常にやりがいを感じています。
‐「飲食」と「教育」は、なんとなく農業とつながりがありそうだと予想ができますが、「空間」と「美容」は意外な言葉ですね。
寛子さん:「空間」づくりを大切にしています。就農する上でいろいろな農家さんの仕事場を見学に行ったのですが、皆さん家が荒れがちなんですね。
せっかく食を通して人の生活を豊かにするような仕事をしているのだから、自分たちも豊かな生活を送りたいと思ったんです。
‐場所は大切ですよね。
寛子さん:そうですね。古い家も、よく見るとナチュラルでかわいらしいものがたくさんあるんです。そういうものを生かして空間づくりをしていきたいと思っています。
‐「美容」とはどんなものなのでしょうか?
寛子さん:インナービューティーダイエットのメニューづくりをしています。
知り合いの女性たちに田植えのお手伝いをしてもらったことがあるのですが、とてもリラックスして楽しんでいただけました。
ありのままの姿が美しいと感じたんです。農業と美容を融合させて、そういう女性の姿をもっと発信できたらいいなと思っています。
‐ハーブはどのように販売しているんですか。
寛子さん:都内のお店に置いて売ってもらったり、インターネットサイトを活用して販売したりしています。
ラベルも自分たちで作りました。北欧のようなイメージです。
知り合いのデザイナーにお願いして、デザインしてもらっています。イメージだけを伝えて。
覚さん:私たちにとっては、こういうデザインや発信が楽しいんですね。農業自体も楽しいんですけど。
目指すところは、農業の魅力の発信をしたり、食育をしたりするところにあります。
寛子さん:「農業は重たそうだけれども、ここは楽しそうだから来てみました」とイベントに来てくれた人達によく言われるんですね。
そういうイメージでどんどん発信していきたいと思っています。私もそういう感じで農業にはまっていったので。
知らないのと知っているのでは違いますよね。うちに来てくれた人は、だいたい帰った後も家庭菜園なんかで楽しんでくれるんですよ。
‐それはうれしいですね。
寛子さん:どちらかというと私たちは農業の世界の入り口のところにいるのかなと。立って、軽いドアを開いて。そこから人を招き入れるような役割を担いたいですね。
覚さん:地元の友人で、農家を継がない人たちにその理由を聴いてみると、
「親が大変そうなのを見ている」「家が貧しかったので、自分や家族が同じ思いをするのは嫌だ」という声をよく聞きます。
‐悲しい現実ですね。
覚さん:でも、それって自分たちのやり方次第なんです。インターネットが発達して、個人が発信できるようになった現代では、農業の魅力も僕たち自身で発信できる。
ありのままの暮らしを見せることによって、少しでも農業の世界に興味を持つ人が増えてくれればいいな、と思ってます。
‐SNSでの発信は寛子さんがしているんですか。
寛子さん:そうですね。もともと農業がすごく好き! というよりも、農業の魅力を多くの人に伝える、メッセンジャーのような役割をしたいと思っていました。
覚さん:私が品質管理や農場の仕事をやって、妻が広報係のような形で、自然に役割分担をしています。
寛子さん:そうですね。やっぱり発信が好きなんです。昔からずっと、なにかしらインターネットで発信していたので、私にとっては自然なことですね。
ずっとお世話になっている方から「発信をずっと続けなさい」という言葉をいただいたこともあって、とにかくやり続けています。
‐今、発信の中でも特に注力しているテーマはありますか。
覚さん:食育ですね。例えば、地元の保育園の子どもたちに畑に来てもらって、スイカ割りとか、「変な形のジャガイモコンテスト」とかをやっています。サトイモをトトロに見立ててみたり。
スイカが嫌いな子どもが、「スイカ割りのスイカなら食べられる」と言ってくれたこともあります。体験がおいしさをつくるんだなあ、と実感していますね。
‐やっぱり違いがわかるんですね。
覚さん:で、こういう体験をSNSで発信することによってまた人が来てくれる。いい循環ができています。
インターネットの力で農業を好きになってくれる、「農家のファン」が増えたらいいですね。
寛子さん:いつか子ども達にこの記事やSNSでの発信を見てもらえたらいいなぁと思っています。
今の私達と同じ世代になった時に、「お父さんやお母さんは、農業で忙しそうにしていたけれど、あの時こんなことに感動して、楽しんでいたんだ」と感じてもらえればいいですね。
両親の日々の記録が写真とともに残っているのって、とても心強いものがあるんじゃないでしょうか。
家族とともに、地域とともに。そんな「農家」という生き方
‐覚さんがこちらの出身だということで、夫婦で新規就農したんですよね。
覚さん:そうです。この家は、もともと僕で17代目のコメ農家なんです。
次男だったので、東京に出たときには継ぐ考えはなかったですね。都内のレストランでシェフを目指し料理人になりました。
初めは農業に興味はなかったんですが、レストランでの仕事を続けているうちに、素材に目を向けるようになり、実家にもどって農業を始めました。最初は半農半シェフみたいな感じでしたね。
‐農業に目を向けるきっかけとはなんだったのでしょうか。
覚さん:「いつどうなるか分からない世の中で、家族といつも近くにいるためにはどうしたらいいか」と生き方を考えていったときに、自然と出てきたのが実家にもどって農業をやる、という選択肢だったんです。
フリーランス的な生き方をするための手段が農業、というわけです。そういう意味では、はじめから栽培をしたくて新規就農をするという方たちとは少し動機が違うかもしれませんね。
‐覚さんの決断に対して、寛子さんは?
寛子さん:大賛成でした。むしろ、古河で専業農家をしたいって言ったのは私ですね。
「子どもたちをどういうふうに育てたいか?」と考えたときに、都会で子育てをしている姿は考えられなかったんです。2人で「こんな農場をつくりたいね」という話も以前からしていましたし。
‐それで、1年前から専業農家として活動しているんですね。今はどんな作物を栽培しているのでしょうか?
覚さん:ズッキーニが主力です。ズッキーニ、ブロッコリー、お米が三本柱ですね。JAを通じた販売や、レストランへの卸販売など、そういった地道な活動が収益の9割を占めています。
SNS発信ではハーブをクローズアップしています。妻がハーブティーブレンダーなので、それを生かしていこうと。
‐JAへの販売が主力なんですか。
覚さん:はじめは、ハーブティーブレンダーや飲食店の経験を生かして、飲食店におろしたり、定期的に東京のマルシェに出店し、個人のお客さんに販売したりするような農業がしたかったんです。
でも、多品目だと忙しくて家族の時間がなくなってしまうので、品目を絞って農協卸に集中することにしました。新規就農なので、まずは農業の基本を学ぶことにしようと。
‐最初は、地盤固めを優先したということですね。
覚さん:農協卸は、普通の野菜づくりなんだろうと思われがちなのですが、皆さん独自のやり方をやられているので、勉強になりますね。
農薬の限界を感じて、自分で納豆菌などをつかって独自の殺菌殺虫剤を作って散布している方もいらっしゃいますし。
‐それぞれの工夫があるんですね。
覚さん:皆さんがそれぞれ独自のやり方をされています。それを聞いているだけでも経験値になりますね。地道なことの積み重ねが、いずれ直接販売などの挑戦につながると思っています。
あとは、地道な仕事をがんばっていると、他の農家さんから信頼されるというのもありますね。
寛子さん:そうですね。地域の方から信頼されるのは大きくて。いろいろもらったりとか、貸してくれたりとか。
覚さん:高価な農機具を貸してくれたりもしますね。本当に助かってます。
‐逆に、地域の方に頼られることはありますか。
寛子さん:「田んぼやビニールハウスを借りてほしい」という相談はよく受けています。
‐「借りてほしい」ですか。
寛子さん:すごく多いですね。離農してしまう人が多いので。
田んぼの管理は難しいんですよね。何も育てていなくても雑草は生えてきてしまいますよね。草取りはしないといけない。雑草との戦いです。
腰を痛めている人はもうどうしようもなくなっちゃってるんです。何百万もしたビニールハウスも放棄され解体するにもお金が多くかかってしまい困っていると話がきます。
‐深刻な問題ですね。
寛子さん: 田んぼは場所によって法律で土地の用途が変えられず、簡単に売却することもできない。そうすると、できる人にお願いしたいっていう人がたくさん出てくる。
覚さん:空き家を借りてほしいという感覚と似ているかもしれない。
覚さん:自分たちだけのビジネスというよりは、地域とのバランスを含めた働き方が大切ですね。
家族を持っていなかったら、東京のマルシェに出たり、自分のやりたいことに突き進んでいたかもしれないんですが。
子どもたちも一緒にいるので、ここに根づいて、コミュニティを大切にしたいと思うようになりましたね。
寛子さん:家族も背負って、地域も背負って……という意識がありますね。地域のために、地域と一緒に、生きていく。
「まず農家になるのをやめたほうがいい」新規就農の厳しい現実
‐新規就農のときには誰かに相談したんですか。
覚さん:役所の農政課に相談に乗ってもらいました。新規就農者は話しに行ったほうがいいと思いますね。
寛子さん:でも、最初に行ったときは門前払いでしたね。「話にならない」と。夢ばかりみていて。
‐厳しいですね。
覚さん:年間の売り上げもきちんと計算してもらいました。
「そんなんじゃやっていけないよ」と厳しい現実を教えてくれましたね。
寛子さん:農政課の人たちも大勢の失敗した人たちを見てきているので。夢を語って、1年2年やって、借金背負ってやめるっていう人たちが山ほどいる。そうなってほしくないって。
「まず農家になるのをやめたほうがいい」ってずっと言われていましたね(笑)。
覚さん:それに加えて、
「ハーブの販売や体験農園といろいろやってますが、全部まとめて最終的な売り上げはいくらなの?」と。
「手広くやっていますが、最終的な売り上げはこんなに薄くなっていますよ」ということですよね。きれいごとだけではなく、現実をきちんと見せてもらいました。
‐実際に就農してからはどうでしたか。
寛子さん:毎年毎年学びの連続です。他の仕事と違って、やったことが確実に結果につながるわけではないので、そこが難しいですね。
試行錯誤の繰り返しです。でも、毎年少しずつステップアップしているというのは感じていますね。
地元の人が気づいていない地域の魅力を発信したい
‐これからどんなことをしていきたいですか。
覚さん:いろんな方が見に来てくださるんですが、忙しくてそんなに丁寧に対応できないことも多くて。
なので、来てくださった皆さんが勝手に交流できるような、直売所みたいなものをつくりたいなと思っています。
寛子さん:古河市って、地元の人が気づいていない魅力がたくさんあるんですよ。
例えば、雪の結晶のマークは、古河のお殿様が日本で初めて顕微鏡で観察して、スケッチしたものがもとになってるんです。「雪華図説」というものなんですけど。それが今では世界中で使われているんですよ。
‐それは知らなかったです。すごいですね。
寛子さん:そうですよね。地元の人もこれがすごいことだってみんな気づいていないんですよ。
だから、ハーブやお米のパッケージデザインに雪の結晶マークを取り入れてみました。こういう、地元の人が気づいていない古河の魅力、農業の魅力をどんどん発信していきたいですね。
【編集後記】
笑顔の素敵なご夫婦です。離農問題や農家の方たちの経営など、リアルなお話を伺うことができて勉強になりました。共通の夢を追いかけつつも、地に足をしっかりつけて、地域からも信頼される。現実を見据えて、日々試行錯誤を繰り返すお2人のストイックな姿勢が印象的でした。
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