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「なんで来たの?」から「次いつ来るの?」へ―横根の限界集落が“よそもの”を歓迎してくれるまで

日本人の食文化と切っても切り離せない“お米”。みなさんは普段食べているお米の産地についてどれだけ知っていますか?

お米農家さんの顔は浮かびますか?

 

昨年、お米農家さんと消費者を直接つなぐ「お米の販売専門ウェブサイト」が立ち上がりました。それが「Komenoma」です。都内の大学生たちが新潟県魚沼市横根地区でフィールドワークをしたことから始まったこのプロジェクトは、ただお米の売り方を変えるだけではなく、地域の人たちの「考え方」までも変えつつあります。

 

東京にいる学生と地域に入り込んだ女性という、2つの異なる「よそもの」の存在がカギになったKomenoma。70seedsでは、このプロジェクトについて継続的にレポートしていくことで、「地域に根差してはたらくこと」や「地方で仕事をつくること」のリアルな姿を届けていきます。

 

第一弾は、このプロジェクトが始まるきっかけとなった、少し前のお話。現役大学院生でありながら、Komenomaの発起人およびマーケターの木村汐里さん、そして埼玉県出身で横根の地域おこし協力隊になって3年目の大野久美子さんによる対談です。横根をこよなく愛する2人の「よそもの」女性は、地域にどんな変化を起こしたのでしょうか。

 

前編では、そんな彼女たちが地域の人に受け入れられるまでのストーリーをお届けします。

 

 


 

デジタル全盛の時代に「調べても何も出てこない」まち

 

(写真/左・大野久美子さん、右・木村汐里さん)

 

―お二人が横根地区の活性化に携わろうと思ったきっかけは?

 

大野:私の場合は地域おこし協力隊として横根地区に関わったのがきっかけです。もともと協力隊になりたかったわけではなく、はじめは魚沼市内にある国の重要文化財「目黒邸」の茅葺屋根を修復する県のインターンをやりたくて初めて魚沼市に行きました。

 

―そうだったんですね。

 

大野:そしたら魚沼市がすごくいいところで、純粋にもっといたいなぁと思いました。インターン後の冬場もどうしても魚沼にいたくてスキー場のアルバイトをしている時に、魚沼市の協力隊を初めて募集することを知りました。そのなかで横根という集落が手を挙げていて。横根にはインターンの間に何度か通っていて、すごく景色が綺麗だったし、特にハーブ香園が好きで・・・自分が協力隊になるんだったら横根がいいと思って応募しました。

 

木村:私は首都大学東京システムデザイン学部の渡邉英徳研究室に所属しています。最初のきっかけは、大野さんが担当していた「大学生の力を利用した新潟県の地域活性化事業」に研究室として手を挙げ、マッチングされて、横根に行ったことが始まりです。

 

―具体的には研究室としてどんなプロジェクトを?

 

木村:一年目は新潟県の助成事業で横根に三度通い、住民の人たちと一緒に“よこねアーカイブ”というARアプリを制作しました。私たちの研究室が持っているスキルや技術を活用し、住民の方々から寄せられた横根集落の美しい風景や思い出の写真、文化を地図上にマッピングし、継承していこうという活動です。

 

思い思いの写真を持ち寄り、紙地図上で確認

思い思いの写真を持ち寄り、まずは紙地図上で確認

 

―横根に来る前は地域について知ってたんですか?

 

木村:この集落に行くことが決まって初めて知ったので、まずはインターネットで調べたんですよ。でも、“新潟県魚沼市横根集落”って調べても何も出てこなくて・・・どんなところに行くんだろうと。

 

大野:首都大学とのプロジェクトが決定して、初めて大学の研究室に伺った時、先生たちが「こんなに情報がネットに溢れている世の中で、何も出てこないところが非常に興味がある」とおっしゃった言葉がとても印象的で。「今の世の中調べれば何でも出てくるのに、調べても出てこないって何だろう」って。

 

 

「こんなところで何するの?」

 

―「よこねアーカイブ」の時は集落の人からどんな反応があったんですか?

 

大野:大学生が横根に来たことに関して、最初からすごく喜んでいたわけでは無かったんですよ。「そんな東京の学生と偉い先生が来て、ここで何をするんだ」って最初の方は言われてて。

 

―木村さんもそんな雰囲気を感じました?

 

木村:そうですね。最初からアプリを作ろうと決めてたわけではなくて、まずはその地域のことを知って、何が必要なのかを明確にしてから活動を始める必要性があったんです。それなのに、人となかなか会えなかったりとか、「こういうことをやっている学生です」という発表の際に県の職員の方々はたくさん来てくれたけど、地域の人たちは少なかったり。直接話をしても「こんなところで何するの?」とかネガティブな声をかけられることが多くて。私たちも何ができるんだろうと試行錯誤しながら通っていました。

 

―そこをどう突破したんですか?

 

大野:横根の方々が学生たちを受け入れるきっかけになったのは、学生が夏祭りに参加したときですね。お祭りはこれまで、地域の人でもあまり盆踊りの輪に参加しない雰囲気だったのを、学生たちが太鼓を叩いたりしてノッてくれたのが本当に嬉しかったみたいで。学生が何をするかという以前に、その場に来てくれたことが嬉しかったんでしょうね。

 

木村:大学生がいきなり来て何かやってもらうというよりは、地域が大事にしてきた行事に参加して一緒に取り組んだところに喜んでもらえたのかなと思います。作業中にも「東京でこんなことやってるんですよ」「どんな仕事してるんですか?」とか、個人的な人となりの話ができる空間を自然に持てたのもあったと思います。あとは、地域に1、2回だけではなく、何回も行くことですね。関係性もどんどん中に入っていけている感覚がありました。

 

―なるほど、お祭りですね。先に協力隊として横根に入っていた大野さんの存在も大きかった?

 

木村:かなり大きいですね。大野さんが先に地域に入ってコミュニケーションを取ってくれて、大学生と地域の人たちの間に入って人をつなげてくれました。大野さんがいなかったらここまで深く関われることも無かっただろうなと思います。だから先陣を切った大野さんは結構大変だったんじゃないかなと(笑)。

 

大野:私は埼玉県でも田舎の方で育ったので、田舎の人が感じることってなんとなく分かるんですよね。実家に住んでいたときも、移住者がきたらなんでこんな山奥にわざわざ来るんだろうって不思議で(笑)。でも自分がいざ行ってみると移住した人はこんな気持ちだったんだろうなって分かります。

 

―感じることは共有できたと。はじめはどう接していったんですか?

 

大野:一軒一軒挨拶に行きました。集落は50軒くらいあるんですけど、一軒一軒訪ねて、「私、怪しいものじゃないんです」から始まりましたね。でも、もともと別荘が何軒か建ってるような集落なので、外から来る人に対してそんなに強い抵抗感はあまりない感じでした。「とりあえずお茶飲んで行きや」って言われておばあちゃんとお茶を飲むところから始めていきました。

 

 

かけられる言葉と関わる人に変化

 

―はじめは距離を感じたみなさんとの関係性はどのように変わりましたか?

 

木村:私は横根に来るようになって3年経つんですが、1年目、2年目、3年目でかけられる言葉が変わってくるんですよ。最初行ったときは「なんで来るの?」「何もすることないよ」「冬に来たら絶対に嫌いになるから来ないほうがいい」とか結構距離のある言葉が多かった。2年目からは「次いつ来るの?」「なんかあったら言ってね」「冬も来ないと横根を知ったことにはならないよ〜」とか、そういった声をかけてくれるようになって。受け入れられていくのを肌で感じられて、それはすごく嬉しかったですね。

 

―いい話ですね。

 

大野:最初はやっぱり学生がなんで来るの?というところから、実際来るようになると、いつか来なくなるんじゃないかっていう寂しさみたいなのがあると思うんですね。私も協力隊で入ったけど、3年経ったらどうなるかわからないしと思われていたと思います。そんななか、大学生が来続けてくれるのが嬉しいみたいで「今回学生来ないの?」とか、「汐里ちゃん元気?」とか、「1年目に来てた子可愛かったね」みたいな(笑)。

 

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木村:あと、関わってくれる人がどんどん増えていきました。1年目は普段いるおじいちゃんおばあちゃんとか、地域のお父さんって呼ばれる50~60代の方たちとかなんですけど、2年目は地域の子供たちとか、お母さん方とか、関わる世代が徐々に変わっていくのを感じました。まずは、お父さんたちに受け入れられてから、「話聞いてるよ」みたいな感じでお母さんに広がって、そこから子供たちが来てくれて。子供たちが来てくれたら、またおじいちゃんと会話が弾むようになって、輪が広がっていきましたね。

 

大野:そう思うと、男性が主導の地域なので、よそから来て地域に溶け込めるのは女性の方が早いような気がしますね。お父さんがやるとお母さんたちも一緒に関わってくれるようになるし。

 

木村:確かにそれはあるかも。

 

―木村さんは、はじめは研究として横根に入ったのに、そこまで地域の中に入りこむモチベーションはなんだったんでしょう?

 

木村:私は東京出身で祖父母も東京、本当に田舎を経験したことがないので憧れがありました。初めて横根を訪れたときは、家がぽつぽつある感じとか、自然豊かなところとか、本当にすごく素敵で落ち着く魅力的なところだなって思ったんですよ。その一方で地域の方たちは「なんでこんな何もないところに来るんだ」と。そこにすごくギャップを感じて地域の人たちに「素敵でしょ」って言ってもらいたい、気づいてもらいたい、本当は思っているんだけど言えない。そこを変えたいと思って通いだしました。もちろん、研究はあったんですけど一番は私がその地域のことをすごく好きになったから、ですね。

 

―では、研究を経て地域を好きになり、Komenomaのようなビジネスを始めるフェーズに移っていくなかで気持ちや状況の変化はありましたか?

 

―木村:はい、ありました。ジレンマが・・・。

 


 

地域と関係が構築できていた彼女ならではのジレンマを語る後編につづく!
https://www.70seeds.jp/komenoma1-193/