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ブレイクダンサー、農家になる。自然の中で見つけた「ちょうど良い距離感」

「コーヒーを飲みながら、山を見る生活が好きでしょうがない」2015年にIT企業のサテライトオフィス設置など地方創生の文脈で注目を集める徳島県神山町に移住し、フードハブ・プロジェクトで働く渡邉啓高さんはこう語る。フードハブでは地域で育てたものを、地域で食べることで、神山町の農業と食文化を次世代につなぐことを目指しているという。

 

具体的には農業だけでなく、地域の農産物を使った食堂・パン屋・食品店、食育活動などが行われている。2016年4月1日に神山町役場と神山つなぐ公社、神山町にサテライトオフィスを設置している株式会社モノサスが出資して設立された。

 

渡邉さんはフードハブで農業に携わっているが、移住前はプロのブレイクダンサーとして活躍していた経歴の持ち主だ。ブレイクダンサーが農業に出会うまでの物語を聞いた。

 


ダンサーとして大きな舞台にも出ていたが…

 

渡邉さんがブレイクダンスを始めたのは、中学生のときにバラエティ番組「めちゃ×2イケてるッ!」を見たことがきっかけという。お笑い芸人の岡村隆史さんが、SMAPのコンサートでブレイクダンスを披露する様子に目が釘付けになった。

 

「マスターしたらモテるぞ……!というのが最初でした(笑)。中学校の友達と高架下に段ボールを敷いて、海外のビデオを見ながら繰り返し練習していましたね」

 

20代中盤までは、ブレイクダンスで生きる道を選んだ渡邉さん。横浜アリーナで1万5000人を前にバックダンサーを務めるなど、活躍の舞台はどんどん広がっていった。「ダンスを通じて出会う人たちが素晴らしい人ばかりで、踊るのが楽しかった」と語る。しかし、大きな舞台に立てるようになったにもかかわらず、面白さを感じられなくなっていったそうだ。

 

 

渡邉さんは、当時の気持ちを「1人になりたくなかった」と語る。大きな舞台に出たことで、変なプライドや自信が生まれ、孤独感があるのに1人になろうとする自分がいた。日々忙しい分、週末はダンスのイベントがあったとしても、家で過ごすことを選んでしまう。「うまく言えないのですが、現実世界から離れたい気持ちがありました」と語る。

 

そこで大会に出る代わりに始めたのは、仲間と一緒に介護施設で歌って踊ること。おじいちゃんおばあちゃんが喜んでいる顔を見る、好きな仲間と色んな場所に行く、美味しい料理を食べて、温泉に入って帰る…そんな日々が楽しかった。

 

「大会で勝つのも気持ちいのですが、見てくれた人たちが楽しんだり、驚いたりすることの方が、自分のダンスに満足することよりも大切なことに気がつきました」

 

 

映画でしか見たことない風景が広がっている

 

仕事としてのブレイクダンスを辞め、渡邉さんは27歳のときに東京の映像制作会社に就職した。日本の伝統文化をテクノロジーで伝える事業に取り組んでいたが、なかなか軌道に乗らなかったという。そのタイミングで、同じチームの人に株式会社えんがわを紹介してもらったことが、渡邉さんと神山町の出会いだ。同社は映像コンテンツを扱う株式会社プラットイーズ(東京都渋谷区)の子会社で、神山町で4K8K映像の制作などを行っている。

 

「最初は職業訓練として半年間働いていましたが、神山町での自由な暮らしや映画のシーンでしか見たことのない風景が気持ち良くて。東京で映像関係の仕事を手伝う選択肢もあったのですが、もうちょっといたいなと思ったんですよね。えんがわを退職した後、フードハブの立ち上げを手伝って…気づいたら農業をやっていました(笑)」

 

フードハブで育てる野菜は、農薬と化学肥料は使わない。米に関しても、農薬や除草剤の使う回数を半分以下に減らす「特別栽培」がベースとなっており、2016年は苗の段階で農薬を1度しか使わなかったという。生産された農作物は、フードハブが運営する飲食店やパン屋で消費されている。この一連の流れを「地域に貢献する社会的農業」と定義している。

 

フードハブで栽培した野菜が食べられる食堂「かま屋」

 

農業を始めて約半年の渡邉さん。率直な感想を聞いてみると「大変だけど、楽しくてしょうがない」と語る。毎朝5時に起きる生活だが、長年農業に携わってきた先輩から日々学べることは刺激的だ。山を眺めながら、コーヒーを飲む生活もたまらないそう。

 

神山町での暮らしは、人と一緒にいる時間が多く「孤独感がない」という。一方で「人と接するのが得意でない」一面も持つ渡邉さんにとっては、1人になりたいときは農作業に集中したり、家でゆっくり過ごしたりできるなど、ちょうど良い距離感があるようだ。

 

ブレイクダンスも辞めたわけではない。ダンスは初めて会う人とのコミュニケーションツールとなり、心の距離が縮まりやすい。フードハブの食育でも、子どもたちとの壁を壊すのに良いという。渡邉さんは「好きだから家でも1人で踊っている」とはにかむ。

 

 

採れたての野菜を食べてみた!

 

取材では、実際にフードハブで育てている野菜も見せてもらうことができた。

 

細長いミニトマト

茎と茎の間?からオクラが出てくることを初めて知る

ビーツという野菜も育てているそう。色鮮やか……

変わった色のインゲンマメ

採れたてのトウモロコシを食べさせてもらう筆者。甘さが尋常じゃない。

 

スポットライトに照らされたステージから木々に囲まれた神山町に生活を移した渡辺さん。「5~10年後の未来はどう考えていますか」と、思わず聞いてみた。

 

「この前は雨の中、傘を差しながら河原でバーベキューをしました。夜にギギという魚を釣ったり、星を1時間ずっと見ながら語ったり。みんなで急に集まって、ちょっとした時間で遊ぶのが、めちゃくちゃ楽しいです。わざわざ準備して遠出しなくても、こんな環境が近くにあるんですよ。5~10年後も、ふとした瞬間を日々面白いと思っていたいですね」

 

最後に「逃げてばっかりですね、かっこよく書かないでください」と苦笑いしてみせた渡邉さん。迷いながらも自分の人生を自分自身でつかみ取る姿勢を、私はかっこいいと思った。

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庄司智昭

ライター/編集者。2017年7月から、70Seeds編集部に所属。「地方」「働き方」「テクノロジー」などの取材を通して、“生き方”を考えています。誰かの挑戦の後押しになってくれると嬉しいです。