毎日の食卓を何気なく彩る野菜。
みなさんは日々の食事で野菜とどう向き合っていますか?
価格重視の方もいれば、栄養バランスを考えたり、生産地は欠かさずチェックしたり・・・ただ何となく食べている方も多いと思います。
今回ご紹介する株式会社坂ノ途中は、代表取締役・小野邦彦さんが25歳の若さで仲間と創業した”野菜提案企業”。農業を「持続可能性」の側面で捉え、環境負荷の小さい農業の普及をミッションに、京都を拠点に活動を広げています。
農薬や化学肥料に依存する農業では、今は楽に収穫できても、次第に土は痩せ、水質汚染を呼び、100年後の豊作は望めないのだそうです。これを坂ノ途中は”未来からの前借り”と呼んでいます。「未来からの前借りはもうやめよう」と提唱する一方で、みなさんには「頭で食べるのではなく、目の前の食材1つ1つと向き合って欲しい」と小野さんは語ります。
坂ノ途中のユニークな取り組みを通じて、厳しくもあり、温かくもある有機野菜や農業の新たな一面をお届けします。
持続可能な社会を求めて
‐「野菜提案型企業」というコンセプトは耳慣れないものですが、どんなことに取り組んでいるんですか?
個々では少量不安定なため販路を確立するのが難しい、新規就農した農家さんの作物をとりまとめて、コンセプトに共感した方々に買っていただく、ということをやっています。
‐例えばどんなところが売り先になっているんでしょう?
個人のお客さんに野菜セットとして販売するネット通販が半分くらい、あとはレストランや自然食品店、デパ地下、スーパーに卸したりもしています。
京都に2店舗、東京に2店舗、「坂ノ途中soil」という小さな八百屋があり、そこでも販売をしています。これが「野菜提案企業」として売るメインの事業ですね。
‐新規就農を応援する、というのがテーマなんですね。
はい。ほかにも京都の山間部に「やまのあいだファーム」という自社農場を持っています。
ここは、自然に近いスタイルの農業を実践しつつ、「農業してみたいな」という段階の人に、まず来てもらって一緒に作業することで、就農のリアルを感じてもらう場所ですね。
年間5~60人くらい来てくれています。
‐そういう方々は実際に農業の道に進むんですか?
研修先を見つけて農業を始める人もいれば、「冬寒いししんどいしこんなん無理やわ」ってサラリーマンに戻る方もいますね。
でもそれは残念なことじゃなくて、迷って非生産的な時間を過ごすよりよっぽどいいと思っています。
‐珍しい事業のあり方ですよね。小野さん自身が農業に携わろうと思ったきっかけは何ですか?
世の中の社会が持続可能ではないことや環境問題への関心が大きいですね。
学生時代は、休学したりしながら世界中をバッグパッカーとして歩き回っていました。
例えば、チベットでは、標高4000m程のところに滞在していたのですが、標高も高く乾燥しているため、植生は決して豊かではありません。
でも、その土地の人々はその土地の自然に合わせた充分に満ち足りた生活を送っています。
‐日本で考える「豊かさ」とはまた別の姿があるわけですね。
一方でそんな土地でも、迫力ある光景を目前に、足下ではゴミが散乱していたりもするんですよ。
そんな風に旅をしながら世の中の綻びをたくさん見ているうちに、将来社会に出たらその綻びの加速に加担したくないなぁと。
「これ以上環境に負担をかけながら生きるのはやめよう」と言える仕事を始めたいと思ったんです。
そう考えた時、昔からある農業こそが人と自然の結び目であり、とても重要なのではないかと思い至りました。
‐それで環境負荷の小さい有機農業を広げる活動を始めたんですね。
確かに農薬や化学肥料に依存する現代式の農業であれば、短期的な収穫量は増えるしコストも抑えられます。でも、少しずつ土は痩せ続け、水は汚染されていきます。。
‐はい。
歴史上人間は、過放牧、過灌漑をくりかえし、どんどん土を駄目にしてきました。土が駄目になれば作物が育たなくなり、その社会は滅んでしまう。
環境への負担が大きい農業を続けることで、いくつもの文明を終わらせてきたんです。
さらに現代社会では、国を超えたつながりが強くなっているし、農業のあり方もグローバルに統一されつつある。
そうすると、もっと大きなスケールで社会全体を終わらせてしまう可能性があると考えました。
就農者のリアルな姿ととことん向き合うために
‐そのために“野菜提案企業”としては、どんなことに取り組んでいるんですか?
環境負荷の小さい農業を拡げるためには、日本の場合、新しく農業に挑戦する人が増えないといけないと考えています。
というのも、日本では有機農業をやっている人は全体の0.4%とかですごく少ないんですよ。
これは先進国のなかでは特に少ないし、中国とか韓国とくらべても、小さな割合です。
‐最近はオーガニックブームとも言われているので、もっと多いものかと思っていました。
でも、新しく農業に挑戦したい人自体は結構いて、そのうちの7割くらいの人が有機農業や土作りを大事にする農業をやりたいと言ってくれます。
既存農家では0.4%であるのに対し、新規就農の人は70%。なんというか、トリッキーですよね。
‐たしかに。
これから日本の農地は次々に空いていきます。
年間3.6%の速度で空いていく。ここに、新しく農業にチャレンジしたいという人がどんどん入っていけば、既存農家さんに時間を掛けて今までのやり方を変えてもらわなくても、日本の農業の環境への負荷は大幅に下げることができます。
‐そう考えると、新規就農希望者がカギになりそうですね。
ただ、就農希望者は多くても、実際に就農する人はごく一部で・・・さらに就農した後、続けられる人はそのまた一握りなんですね。
ここの課題解決をしようというのが、僕たちの考えていることです。
‐一筋縄ではいかなそうですね。就農希望者が実際に農業を始めないのはなぜなんですか?
大体みんな言うことは同じで、「先輩農家のところに見学に行ったんやけど、あまりにも悲惨な生活で自分には無理やと思った。」なんです。
そもそも農地は、狭いとか、水はけが悪いとか、獣が来るとか、条件の悪いところから空いていきます。
そういう農地を借りた時点で、通常の農家さんよりハンデがある状態でのスタートなんです。
‐それは知りませんでした…。
さらに、就農前の研修中はタダ働きが多いので、就農後にまで資金を残す余裕がある人は多くありません。
いざ就農しても最初は機械も買えず、設備も入れられずの状態で少しずつ土壌改良をしていくことになります。
そうすると、彼等の生産できるものというのはどうしても少量不安定になるんですね。そして、少量不安定な農産物を売りたがる会社は本当に少ないんですよ。
‐さらにハンデを負ってしまう。
近所の直売所に出したとしても、結局他の野菜と競わされて、激安でしか売れない。最終的に食べていけなくなり、アルバイトを掛け持ちしているうちに体を壊して辞めてしまう。
これが日本中で起きている新規就農者のリアルな姿です。新規就農者のみんなは、やりたくてやりたくて、周りに止められながらそれでも始めるほど、凄く熱意を持っているのに。
だから僕たちは、彼等の弱点を売る側の工夫によって克服できないか考えました。
新規就農者は9割に
‐売りにくい農産物を売っていくということですよね。何かヒントはあったんですか?
少量不安定な物は売りにくいって言われるけど、それってほんまかな?とまず思いました。
これだけITが発達している時代なんだから、少量なものを扱うことによって膨らむ間接コストは、ある程度工夫し自動化することで抑えられるのではないかと。
‐今はネットで販路もつくれますからね。
それに、一軒一軒では不安定だから欠品になってお客さんに迷惑かけるというのも、ある程度地域を分散して何軒かで栽培することで、全体で見たらそこそこ安定するんじゃないか、と考えました。
提携農家さんをネットワーク化してきめ細かな情報共有をすることで、多様な農産物をお客さんに安定的に供給する体制を作るなど、あれこれ工夫しています。
‐現在何軒くらいの農家さんが参加しているんですか?
100軒くらいの農家さんと提携していて、そのうち9割が新規就農の人です。
‐すごい!9割も。
新規就農の人たちばかりと組んで事業が成り立っているのは日本でいうと僕たちだけだと思います。
しかも、僕たちが工夫して彼等の弱点を消していくことで、今度は彼等の知られざる強みみたいなものが見えてきているんですよ。
‐というと?
彼らは農業に関しては経験不足な側面もあるんだけど、育てられた作物は意外なほどに美味しいんですよね。
‐私も食べましたが本当に美味しかったです(笑)。
彼らは好きで農業を続けているので、すごく勉強するし、とてもよく働くんですよ。
その結果、この道何十年!と言いつつ研鑽を怠る一部のベテラン農家さんより、余程ものを知っていて美味しかったりするんです。
少量不安定さが解消されれば、あとは美味しい野菜なので頑張ったら売れるんです。
売れない時代…お客さんがゼロになっても言うべきことを言うようにした
‐でもはじめはやはり大変だったのでは?
最初は全然売れませんでしたね。2009年7月に3人で会社を立ち上げましたが、半年後のひと月の売上が20万円いかない、とかなんです。3人で1ヶ月20万円しか売れないってやばいでしょ(笑)。
‐大変ですね…。
当初僕は、いくら環境負荷の小さい農業云々言ってもなかなか通じないだろうと思っていました。
そこで、飲食店向けに、他店との差別化ができますよ、工夫したら原価下げられますよ、というふうに飲食店にとって嬉しいことばかりを訴えて売ろうとしていたんです。
‐それはどういった考えだったんですか?
新規就農者は規模は小さいけど、育てる品種などは自由に変えやすいので、飲食店が求めるハイカラな野菜を作って卸したら儲かるのではないかと。
高めに売れるだろうし、農地の狭い新規就農者でも食べていけるだけの稼ぎは作れるんじゃないかと思ったんです。でも…。
‐でも…?
それで買おう!となる飲食店さんは、やっぱりどこか独善的というか。
「この間の紫のニンジン持ってきて~。うん、一袋だけ。じゃあ。」みたいな。
要は、僕たちしか持ってないような野菜は買うけど、あとの材料は市場で安く買うからいらないということ。
‐それは赤字になりますね…。
明らかに赤字です。誰が考えても分かることなのに、自分の店のこと以外には興味無いというようなお客さんが多くて。
それで半年経っても全然売上がなかったんです。その時、これはなんかちゃうなぁ~と思いました。
‐はい。
だって、本来僕らが売っている農産物って凄く大きな意味があるはずなのに、まるでレストランの便利アイテムのように扱われている。
物凄く野菜の価値を貶めているような気がして。それは納得がいかない。どのみち売れないのなら、せめて言いたいことを言って売ってみようと考えました。
‐なるほど。
それで、「未来からの前借りをやめよう」とか、なぜ僕たちがこんなことをしているのかを伝えながら売るようにしたんですね。
そしたら、もともとのお客さんは、何かあいつらややこしいこと言い出したみたいな感じで(笑)。大部分のお客さんが入れ替わりました。
‐それはそれで不安もありそうですが…。
でも、それから出会うお客さんは、“一緒に”良くなっていこうという感覚を持ってくれている人達ばかりです。
僕たちがしんどいのも理解しているから、できるだけ注文を集めてくれたり、兄弟弟子の店を紹介してくれたりして、徐々に広がっていきました。
会社を立ち上げて半年後に打ち出し方を切り替えたというのは大きな転機だったかもしれません。
‐本来の道を歩き出したことがよかったんですね。“未来からの前借りはもうやめよう”というメッセージのインパクトも強いですよね。
想像力って大事だと思うんですよね。
例えば、自分たちの食生活で、極端な話、目の前で牛が痛がっていたらステーキ食べられないじゃないですか(笑)。でも、牛が痛がるところは遠くにあるから、あまり気にせず食べることができる。
遠くであればあるほど人間は想像が及ばなくなっていくし、想像が及ばない世界で何が起こっていても関心がない。
‐その通りですね。
僕は世の中が持続可能になればいいなと思っていますが、持続可能な社会というのは、結局遠くの社会や遠くの生き物との公平性なんですよね。
遠く、というのは地理的な遠さと時間的な遠さがあって。地理的に遠い人からの搾取を抑制するのがフェアトレードの理念なわけで。
‐はい。
遠いところのことは確かに想像しにくいかもしれないけれど、今だったら映像なんかでも見ることができるから何となく考えやすい。遠くの人が声をあげてくれることもある。
だけど、時間的に遠い人=未来の人の声を聴くことはできないから、想像力が働きにくい。だから、そこを刺激するような会社があった方がいいんじゃないかと思っています。
‐それがメッセージにつながっている。
“未来からの前借りをやめよう”って、要は“あなたたちはすごく未来から前借りして暮らしているんですよ”って言っているのと同じなので、斜に構えた会社なんですけど(笑)。
まぁ、そんなことを言う人がいてもいいんじゃないのと思って言っています。
「野菜は生き物」食材1つ1つと向き合う楽しさ
‐想像力ですね。考えさせられます。
とはいえ、「農業が環境に与える影響についてみんな勉強してください」と言っているわけではないです。
そういう小難しいことに熱心になるのは一部の人でいいと考えていて。
頭で応援してね、とか頭で食べてね、という気も全然なくて、目の前の食材一個一個と向き合っていたら、自ずとそういう丁寧に作られたものを選んでいくようになるんじゃないかなと思うんです。
‐あくまでも、自然に。
一個一個の食べ物と向き合っていると、とても楽しいんですよ。
例えば、ビニールハウスで暖房炊いて温度管理をして作ったナスは品質が揃いますが、外で作ると季節の移り変わりとともに味が変わってくるんです。
真夏は育つのが早いからあっさり美味しい、気温が下がってくると育つのに時間がかかるようになって、そのぶん味が乗ってしみじみ美味しい。
‐「あっさり」と「しみじみ」ですか。
ちょっと皮は固いけれど、なかに味が詰まっているというか。やっぱり生き物だなぁと思うんですね。
同じ木からとれるナスでも、気温によって変わるとか、雨降ったかどうかだけで変わるとか、そういう変化を感じられることが、豊かな暮らしだと思うんですよね。
‐野菜を食べる側の人間にとっても、興味深いお話でした。今後はどんなことに取り組むんですか?
1つは海外での展開ですね。2012年から、東アフリカのウガンダでウガンダオーガニックプロジェクトという事業を始めています。
現地で生産されたシアバターやごまを輸出してもらって、日本でそれぞれ化粧品にしたり、ごま油や炒りごまなどにしたりして販売しています。現地の農家さんと一緒に、野菜の栽培にも取り組んでいます。
‐日本の新規就農だけではなく、海外でも農業を支援する理由は何ですか?
海外での動きは本当に面白くて、結局どこの国でもちゃんとしている農家さんは何かしら工夫して地域の余剰資源を使って土作りしているんですよね。
農家のひとって、出会うとすぐ、どうやって土作りしているかの話を始めたりして、国は違っても打ち解けるのがめっちゃ早いんですよ。
農業って共通言語みたいなところがあって、つながっていくのが凄く面白いですね。
‐やはり「持続可能な社会」というのが一つの目指す姿になりますか?
そうですね。持続可能な社会に必要なのは、1つは地域内での資源循環。
その地域地域で資源が循環していくことで、これは日本でもその大切さがしばしば指摘されていることです。でも、それだけでは不十分です。
どのみち地域内での資源循環というのは綻びだらけになるわけです。
東京で地産地消は無理だし、田舎では多くの人が農産物を作っているから、買い手が足りなくなります。
‐確かに。
なので、それぞれの地域にあるキャラクターを生かした地域間連携をしないといけない。
その地域内での資源循環と地域間での役割分担との両方があって、初めて世の中が持続可能になると思っています。
‐その土地に合った進め方があるというわけですね。冒頭のチベットの話を思い出しました。
僕たちがウガンダで始めたのも、地域間連携の形を見せたいという思いが1つです。例えば、ごまというのはとても乾燥に強い植物で、痩せた土地でも育つんですね。
それを、乾燥化に悩んでいる国や地域で作ってもらって、日本が責任ある価格で買うことで、地域間連携のひとつの形ができるんじゃないかと思っています。
‐でも日本でもゴマは作っているのでは?
日本は、ごまを育てるには湿度が高過ぎて、みんなめちゃくちゃ苦労しています。価格は下手したらウガンダの20倍ぐらいにもになる。
‐20倍!
もちろん国産は国産で良さがありますが、「何が何でも国産!」とこだわるより、適地適作でその土地にあったものを作ることや、そういった地域の特性を踏まえたバランス感覚が大事なんじゃないか、と考えています。
今はウガンダだけの事業ですが、これから東南アジアでも活動を広げようと動いています。
‐まさに、現代の「大きくつながりあった農業」の理想形ですね。
もう1つは国内で、もっと新規就農の人を増やしたいと考えています。
これまで坂ノ途中は販売に特に力を入れてやってきましたが、これから、農業機械を融通できるようにするなど、栽培の難易度が下がるような仕組みづくりをしたり、もっと踏み込んで、この農地だったらこういう栽培計画の方が収益性高いですよ、というところまで提案できたりするようになっていければなと。これはもう少し先の話になると思いますが。
‐ただ売り先を提供するだけではない。
今は、技術が高くていいものを作れる新規就農の人しか僕たちのサービスを使えない状態になっています。
でも僕たちは別にトップオブトップの農家さんだけが生きていける世の中を作りたいんじゃない。
もっとマスで環境負荷の小さい農業を拡げることを考えないといけないんです。
‐そうですよね。
そのために、もうひとつ手前のステージにいる人たちの栽培レベルを上げられるような支援を入れていきたいと考えています。
それを組み合わせていくことで、新規就農者や山間地域の小規模から中規模くらいの農業者を支えていくプラットフォームみたいな会社になれたらなと。