東京都・世田谷区にある、猫のいる本屋「キャッツミャウブックス」。クラウドファウンディングで資金を集め、2017年8月にオープンした。店員は5匹の元保護猫たちだ。彼らに看板猫として活躍してもらう代わりに、猫の保護活動団体に売上の10%を寄付。「猫と本屋が互いに助け合う関係」を目指している。「猫とビールに囲まれた本屋」という夢を実現した、オーナーの安村正也さんにお話を伺った。
猫のいる本屋さん
出迎えてくれたのは計5匹の猫店員たち。思い思いに遊んだり寝転んだりしている彼らの側で、本選びを楽しむことができる。
本棚にあるのは「猫」に関する本ばかり。といっても、かわいらしい猫の写真集ばかりではない。猫が表紙に描かれた本、主人公が猫を飼っている本……。「猫本」の種類は様々だ。
例えば、レイ・ウクサヴィッチ『月の部屋で会いましょう』。奇妙で切ないお話を集めた、33篇の短編集だ。
「表紙に猫が描かれているんですよね。読むと、短編小説のうちの1篇に猫が出てきます。猫なのかどうかも分かりづらい描写なんですけどね。でも、そういうのも猫本なんです。猫好きじゃないと表紙に猫がいることも気づかないかもしれませんね」(安村さん)
こちらは、「動物の箱船」。絶滅危惧種を美しい写真で記録した図鑑だ。
イエネコの祖先であるヤマネコの一亜種が登場する。猫をはじめとした、動物好きの人におすすめだという。
小さい頃から本が大好きだったという安村さん。母親が多くの本を買ってくれたおかげで、本に囲まれた生活が当たり前だった。
「だから老後は本と猫とビールと、好きなのに囲まれて過ごしたいと思っていて。それで、”猫のいる本屋”というアイディアを漠然と持っていました」
実家で子どもの頃から猫を飼っていた安村さんにとって、猫はずっと身近な存在だった。しかし、上京してからは「死に目にあうことになる」「命を預かることになる」からと、猫を飼うことはしなかったという。
そんなときに出会ったのが猫の三郎だ。15年前に、安村さんが住んでいたマンションのベランダで、生まれたばかりの目も開いていない頃に、母猫から育児放棄されたところを保護したという。
(写真:僕が三郎です!)
兄弟2匹の子猫たちと一緒に、ミイミイと泣いていたのだ。
当時、猫の保護活動は現在ほど周知されておらず、安村さんにはどうしたら良いのかわからなかった。相談する人もおらず、里親を探すこともできず、おろおろするばかりだったという。
「当時住んでいたのがペット禁止のマンションだったということもあって、命を預かることの覚悟ができていなかったんです。後悔をすごくしていますね。迷っているうちに3匹のうち2匹が死んでしまった。さすがに3匹目は助けなくてはと思い、部屋に入れました。それが三郎です。この出来事があったからこそ、この空間を作れたんでしょうね」
以来、安村さんは15年間三郎と一緒に暮らしてきた。
「夢があるなら公言し続けなさい」
安村さんが漠然として持っていた「本屋」という夢を形にするよう後押しをした人物がいる。「ビールの飲める本屋」として知られる「B&B」代表の内沼晋太郎さんだ。安村さんが口にした「本と猫とビールのお店」というアイディアを形にするよう後押してくれたのが内沼さんだった。
内沼さんに提案され、事業計画を作成しているうちに、火がついた。2016年春のことだった。
コスト計算を始めると、何にいくら掛かるかが全く分からない。人に話を聴きに行く必要が出てきた。保護猫カフェや、書店業を営む人たちに話を聴きに行った。
「話を聴きに行くと、自分のやりたいことを公言しますよね。そうすると、こういう店をやろうとしている人間がいる、と広まる。別の誰かにこのアイディアを実現されたらすごく悔しいなと思って。”公言したなら、自分が最初に実行しなくては”と自分で自分に火をつけたんです。1年間で一気に準備しました」
もう1人、安村さんにはキャッツミャウブックス開店の恩師となった人がいる。荻窪のブックカフェ「6次元」代表のナカムラクニオさんだ。
「夢があるなら公言し続けなさい」というナカムラさんの言葉が、安村さんの背中を押してくれたという。言ってることは本当になる。公言すれば協力してくれる人は来てくれるし、言わないことには何も始まらない、と安村さんに伝え続けてくれたという。
「本当はすごく引っ込み思案で、知らない人と話すのは苦手なんです。でも、決意したらできてしまうんですよね」
安村さんの場合は、「このまま会社員を続けていても良いのだろうか」というぼんやりとした悩みを抱えていた。「何かやりたい」と思っていたときに「猫のいる本屋」というアイディアが浮かんだ。初めて公言すると、背中を押してくれた人がいた。
「このタイミングだったから実現できたんだと思っています。この子たちもこのタイミングだったからこの家に来てくれたんでしょうね。何かをやりたいと思う人は、本気だったら、無理だなと思っても言い続けたほうがいいと思います。公言するとどこかから縁が出てくるので」
「キャッツミャウブックス」の名刺も作成した。本気度を相手に伝えるために、名刺は有効な手段だったという。
「名刺ができあがってからはすごく早かったです。やりたいことも説明しやすいですし。ロゴからも話が広がりますしね。名刺が自分の代わりに顔になるんだなと。名刺があれば堂々と会えますから」
クレーマーもサポーターに
「猫のいる本屋」として準備を開始して、「店員」となる猫たちのスカウトを始めた。「不特定多数の人と接してもストレスにならない性格の子」という条件で、保護猫カフェから紹介してもらった。
そこで出会ったのが4匹の猫たち。猫エイズ(りんご猫)という病気に掛かっていて、なかなかもらい手がつかない猫たちだったという。猫エイズは、感染力の弱い病気であるにも関わらず、「エイズ」という言葉の強さから、里親が見つからない傾向にある。
「できるだけ里親が見つかりにくい子にしようと最初から思っていたんです。むしろうちみたいなところが飼ってるけど、なんの問題もない、と伝えたいですね。偏見や誤解も減るでしょうし。普通に暮らしていけることをわかってもらえれば」
そして、クラウドファウンディングもスタート。
中には厳しい意見をぶつける人もいた。「本当に大丈夫なのか」「店員として雇った猫たちをきちんと食べさせていけるのか」そんな意見も届いたという。しかし、事業内容や資金面について真摯に説明すると、逆に応援してくれるようになった。
「支援者さんとやりとりをしている中で、真摯に回答したらクレーマーもサポーターに変わるんだ、と学びました。インターネット上の文章だと、勘違いや誤解が生まれることもありますよね。自分が通じてるだろう、と思って書いたことが客観的には伝わっていないことも多い。でも、真摯に対応すれば必ず分かってもらえる。本当に猫のおかげで学ばせていただきました」
自分に嘘をついてないからこそ、やりきることができたのではないか、と安村さんは振り返る。
「猫のいる本屋を支援したいと思ってくれる方は世の中に必ずいる」そう信じ、1年間の準備期間を走り抜けた。結果、303人の支援が集まった。
オープンから4ヶ月が経過した現在では、イベントにも挑戦。外部でのトークショーにも出演するようになった。
今後安村さんは、外に向けての発信に力を入れていきたいという。
「この店にずっといるだけだと閉じてしまうので、お客さんにきていただくだけじゃなくてこちらから何か発信していく立場になりたいです。喋る人になるのか、外の媒体で書く人になるのかもしくはここでメディアを立ち上げるのか……。考えるのは楽しいですね。猫と本に軸を置いて、お客様に飽きられないお店にしていきたいです」
【編集後記】
猫と本に囲まれた取材で、癒されるひとときでした。本も猫も大好きなので、これから通ってしまいそうです。そして何より、安村さんの強い意志に感動しました。好きなもののために走り抜ける安村さんの姿が心に残る取材となりました。