毎年秋、文具店や書店にはありとあらゆる種類の手帳が並ぶ。スマートフォンなどのデジタル機器でスケジュール管理をする人が増える中、文具店やECサイトで30代女性を中心に支持されている手帳がある。「CITTA(チッタ)手帳」だ。


開発したのは、高校生時代から手帳を愛用している青木千草さん。表書きにこう記している。



“この手帳の特性は「予定を書くのではなく自分の未来予約表」であることです。”



独自の手帳術“未来を予約する方法”で、夢を一つひとつ叶えてきた。そこには、ヨガの哲学が深く影響していた。

小野 ヒデコ
1984年東京生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。自動車メーカで生産管理、アパレルメーカーで店舗マネジメントを経験後、2015年にライターに転身。週刊誌AERAをはじめ、PRESIDENT、ウェブメディアTHE PAGEなどで執筆中。

手帳に書いた夢が叶う

 

現在、滋賀県に拠点を置く青木さんは、生まれも育ちも滋賀県湖南市だ。短大卒業後はスポーツインストラクターとして働いた。就職と同タイミングで結婚、出産を経験するも、直後に離婚。23歳にして、シングルマザーになった。

 

 

 

 

その中で、ヨガと出会った。インド発祥の運動方法であるヨガは、哲学的要素も含んでいて、体を動かすだけではなく、心も整える作用もある。レッスンをしていく中でその良さにハマっていき、将来、実家にヨガスタジオを作りたいと思うようになった。そのことを手帳に書き記し、毎月5万円を貯金し続けた。

 

 

 

 

 

 

2008年、30歳の時に自宅のガレージを改装してスタジオを作製。ヨガ教室を開いた。夢が叶った。スタジオは「CITTA」と名付けた。サンスクリット語で「心」という意味だ。

 

 

 

「その時、手帳に夢を書いたら叶うんだなと思いました。でもその時は、ヨガの影響があることに気づいていませんでした」

 

 

劇団四季に憧れた高校時代

 

青木さんが手帳を使いだしたのは高校1年の時。当時の夢は、「劇団四季」への入団だった。『夢から醒めた夢』を観に行き、歌や踊りはもちろん、命を題材にするストーリーに感銘を受け、「私も表現する人になりたい」と思うようになった。

 

結果的にその夢は諦めることになるのだが、高校3年間、平日5日の“アフター5”は、ダンス、ピアノ、声楽のレッスンに勤しんだ。

 

「レッスン教室は京都でしたし、学校との二重生活で忙しかった。時間を上手く使いたいと思って、手帳を使い始めたんです」

 

選んだ手帳は、時間が縦軸に流れている「バーティカル」タイプ。時間単位で予定を決められるため、細かくスケジュール管理ができた。

 

「やりたいことをやらせてくれた親は寛大だった。今は感謝の気持ちしかないですね」

 

 

 

 

 

 

 

習い事の料金は決して安くはない。最初は文句を言っていた両親だったが、最終的には習いに行かせてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう振り返る青木さんだが、かつては父親との間に長い間、確執があった。

 

 

 

(写真:青木さんの手帳。びっしりと書き込みされている)

 

 

手帳に「父親とあいさつをする」と記入

 

「父は借金を作って、母と離婚して、家族を捨てて家を出て行った人。それなのに、突然父親が家に帰ってきたんです」

 

ガレージを改装してヨガスタジオを作ろうとすると「わしのものだ!」と言い張る父親。青木さんは「許せなかったですね。同居しても、口をききませんでした」と語る。

 

自分がやりたいことを親に反対されると、いがみ合いが起こる。その経験する中で、親を憎んだり否定したりすることは、結果的に自分自身をも否定することにもつながると考えるようになった。命は親からのいただきもの。親が嫌いという感情をもっていると、心から自分を好きになることが難しくなることに気付いたという。

 

「相手を変えようとするのではなく、自分が変わろう!」

 

そして実行したことは、手帳に「父に朝『おはよう』のあいさつをする」と記入することだった。最初は話しかけたくなかったと苦笑いする青木さん。しかし、続けていくことで変化が表れ始める。父親からも話かけてくるようになっていったのだ。

 

「今では帰宅すると、父が『駐車場整備しておいたから』『花壇をきれいにしておいたから』など、協力的。親って、いるだけで感謝する対象だと思えるようになりました」

 

 

手帳開発のベースは“ヨガ哲学”

 

高校時代から毎年手帳を買い求めてきた青木さんだったが、これまで100%気に入るものに出会ったことはなかった。

 

「だったら、自分で作ってしまおう」

 

そして2013年秋、第一号の「CITTA手帳2014」が誕生した。作るにあたり、ベースになったのがヨガの哲学だった。

ガには、社会的規律と自己的規律が5つずつ存在する。青木さんはヨガを学ぶ上で、これらの規律の意味を本質的に理解すると同時に、その教えこそ、夢を叶えていく手助けになっていたことに気づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中でも、「Ahimsa(アヒムサ)=自他ともに愛すること」と「Satya(サティア)=正直であれ」という教えは、手帳の体裁に大きな影響を与えている。

 

 

惰性で飲み会に行ったり、睡眠時間を削って仕事に没頭してしたりする経験のある人は多いのではないだろうか。CITTA手帳の特徴は、24時間のバーティカルタイプになっていることだ。そのため、「飲み会から帰る時間」や「寝る時間」も書き込むことができる。

 

 

「自分を大切にする上で、健康管理は大事。起床時間は決めても、就寝時間は決めない人は多い。あらかじめ寝る時間を手帳に書くことで、睡眠時間を確保したり、無駄だと思う時間を減らしたりすることもできます」

 

(写真:手帳利用者の中身。睡眠時間も記入されている 青木さん提供)

 

 

発言したことが真実に

 

 

 

 

同手帳のもう一つの特徴は、「ワクワクリスト」というページがあることだ。今まで諦めていたことや後回しにしていたこと、または、考えるとワクワクすることを最高54個書き込めるスペースが月ごとに用意されている。書き出したら、それを実現する“期限”を書き込む欄もついている。

 

「どんな些細なことでも書き出してみてください。“サティア”の教えでは、その人の言ったことは真実になると言われています。まずは自分に“許可”を出し、自分の本当の気持ちに正直になってほしい」

 

 

 

 

 

それでは、リストに書き出したものが実現できなかった場合はどうなるのだろうか。

 

「書いたけど実行しないということは、本当に望んでいることではないのかもしれません。そういった“自分の本当の気持ち”にも気づく機会になります。たとえリストアップしたものが実現しなくても、自分を責めないで。ハードルを下げたり、時期をずらしたりして、何度でも挑戦してほしいです」

 

(写真:CITTA手帳 (左)初代・2014年(右)最新・2018年)

 

 

自分らしく、自分を生きる

 

同手帳は30代女性を中心に人気を集めている。30代女性は、仕事、子育て、自分磨きなどに忙しい世代だ。「時間がない」と言う人が多い中、やりたいことのうち『どれか』ではなく、『どれも』を選ぶことが可能だと青木さんは言う。

 

そのためには数か月先の広い視点から、目先の予定までを視覚で把握しておくことが求められる。”スキマ時間”も含めて、まずは予定ややりたいことを手帳に書き込むことがポイントだ。

 

「自分らしく、自分を生きるために心を整え、やりたいことを先に“予約”しておく。時間に支配されるのではなく、時間を操り、自己実現していく喜びを知ってほしい」

 

その思いで、手帳を作り続けている。認知度が上がりつつある中で、利用者から「願いが叶った」「ありがとう」という声が届くことも増えてきた。

 

2018年の手帳が完売するまで、青木さんは滋賀県内をはじめ、大阪、東京の書店や文具店に自ら立ってアピールする。手帳講座を開く機会も積極的に作り、多くの人の背中をやさしく、時に強く押す。その一方で、毎週、スタジオでヨガを教えることも欠かさない。

 

「マットの外でもヨガ哲学は続いています。手帳は『心のヨガ』です」