半蔵 門太郎
ビジネス・テクノロジーの領域で幅広く執筆しています。

「北海道大学は3つ目の大学です。高校卒業後1浪してICU(国際基督教大学)に入学。1年時の夏休み明けからインターンをするために1年休学し、そのままICUを退学しました。その年に2つ目の早稲田大学に入学するんですが、そこも3日で行かなくなり退学。その後東大に行こうと再度受験するんですが失敗し、滑り止めで受けていた北海道大学に合格しました。北大でも1年と2年でそれぞれ留年し、現在は27歳で学部3年生です

 

この嘘みたいなキャリアを歩んだ人が今日の主役、金井直樹さんだ。190㎝ある身長から、周囲からは「じゃんぼさん」の愛称で親しまれている。

 

大学は「自由」の難しさを学ぶ場。多少の紆余曲折は誰にだってあるから、1~2年ほどの留年、休学くらいは珍しくない。けど、限度はあるでしょ?

 

2度の退学、2年の留年。“モラトリアム”を突き詰めることで、人は「人生の答え」にたどり着けるのか。これを読んでいる方、特に大学生がいたら、一緒に「大学生活」、ひいては「人生」について考える時間にしてもらえたら幸いだ。

 
 

25歳で初めて気づいた「自分には何もない」

 

(写真:金井直樹さん)

 

金井さんの生まれは東京。都内の進学校に進学したが、勉強ができたこともあり“謎の自信”に溢れた生意気な生徒だったという。

 

「決まりごとや慣習、暗黙の了解が嫌いな生徒でした。授業中にいきなり挙手して、『先生、この授業つまらないです!意味ないと思います!』と言ってしまう、反抗的で先生をなめてるようなところがありましたね。当時から起業に興味があり、“自分にしかできない、唯一無二のことがしたい”と思っていました」

 

大学に進学してもその姿勢は変わらず、「いつか自分のやりたいことが見つかるだろう」という思いから、大学の勉強に身が入らない。しかしそれに向かって努力するわけでもなく、ダラダラとその「いつか」を待ち続ける毎日だった。

 

そんな金井さんに自分と向き合うきっかけが訪れたのは25歳。それまでに2度の退学を経験。3つ目の大学となる北海道大学で、2年生に進級したころだった。

 

「25歳にして生まれて初めて大学2年生になったんですが(笑)、専攻した物理の勉強ができず大学生活に挫折してしまったんです。また迷走して、結局「90分間座って授業受けるくらいなら、独学のほうがいいじゃん」とか思って大学に行かなくなったり…。

 

そうこうしているうちに高校の同期を見渡すと、社会人3年目や、弁護士、研修医になっていたり。そう思うと25になってもまだ大学2年生で、何も積み上げられてない自分ってなんなんだろう。今まであった“謎の自信”が急になくなりました」

 

その後実家に帰り、医学部への進学を目指すが挫折。そこから自分の弱さと初めて向き合い、考えた末に出した答えは「自分にはなにもない」。謎の自信に溢れた高校時代からは想像もできない答えだった。

 

「自分のやりたいこと、向いてるものなんてないんだ。だったら今、与えられた環境でできることをやろう。物理の勉強は苦手でしたが、もう一回頑張ってみようと思いました」

 

誘惑やプライドを捨て、ただ一つ、今やるべきこと、できることに集中しよう。いままで「やりたいこと」だけに目が向いていた金井さんが初めて「できること」を見て、前に進み始めた瞬間だった。

 

はじめは苦手だと思っていた物理だったが、頑張りはじめると、すぐに活路が開けてきたという。

 

「授業では一番前の席に座って、先生に質問したり、図書館で予習復習したり…とにかく目の前の勉強を頑張ることにこだわりました。すると、物理って意外とやればできることに気づいたし、周りの同級生が僕を頼って質問してきてくれるようになったりして、自分の自信につながり、より頑張れるようになりました」

   

他人から求められるうちに、大学に通い続けるうちに、何も続けられないと思っていた自分に自信を取り戻せるようになっていった。25歳、ここから金井さんの本当の大学生活が始まっていった。

   

「留年」という弱みを武器に変えた瞬間

   

2年生の前期を良い成績で終えた金井さん。気持ちの余裕ができたことで初めて、自分の「やりたいこと」と自然に向きあえたという。

   

「自分にできることを軸にやりたいことを探してみると、自分のキャリアそのものがほかの人にはない個性になっていました(笑)。しかもここまで迷走して、26歳で今更大学が楽しくなった人っていないんじゃないかなって思ったときに、自分が迷走してきたことや、その中で得た知見が、いま大学がつまらないと思っている人の役に立つんじゃないかなと思ったんです」

 

そう思い立ち、大学1~2年生向けにイベントを行った。テーマは「人生設計」。ワークショップ形式で、人生について考える機会を提供していった。好評を受けてイベントを何度か開催するうち、より活動の幅を広げたいと思うようになった。そんなとき、キーワードになったのが「留年」だった。

 

「大学1~2年生と話をするのも楽しかったんですが、この企画は留年生により深く刺さるんじゃないかなと思いました。自分自身、留年が決まったときは気分が重くなったし、苦しんでいる人は多いんじゃないか。そういう人たちを応援する意味でも始めてみよう」

 

そうして始めたのが学生団体「リビルディングラボ」だった。“留年”というネガティブなワードを突き付けられた学生たちに、ポジティブな人生を“再設計”してほしい。留年という時間を、自分を見つめ直すいい機会にしてほしい。

 

「一口に留年といっても、何かに打ち込んだ結果そうなってしまった人や、なんとなくやりたいことがなく、大学行く気が起きず留年してしまった人など、たくさんのパターンがあります

 

僕のイベントに来てくれた留年生は後者のほうが多かった。イベントを通して悩みを言い合ったり、留年経験のある社会人の方を呼び、トークセッションの中で『社会では留年はそんなに気にされない』ということを言ってもらえたりすることで、自分の人生に対してポジティブな視点を持つことができた留年生が増えました」

 

“留年”に苦しめられていた金井さんが、周りを巻き込むことで弱みを強みに変えた瞬間だった。その後、金井さんは留年生だけでなく、“札幌の学生”を対象とした「札幌学生100人交流会」を主催。様々な人と交流することで、学生が自分の人生について考える場を作っていった。

   

「何物でもない自分」と向き合う覚悟はあるか

 

大学生の私は、金井さんに聞きたいことばかりだった。自分自身“モラトリアム”のさなかにいることを感じているし、「何のために生まれたのか」を自問自答することは多い。大学生という「悩むために与えられた時間」の中で、自分自身とどう向き合えばいいのか。モラトリアムを突き詰めた金井さんに、素朴な疑問をぶつけた。

   

‐ここまで独特なキャリアを歩んできた金井さんですが、ICUを辞めた時や、早稲田を辞めた時の自分に何か言いたいことはありますか?

 

特にないですね。「それはそれでいいんじゃないかな」と言いたいです。今の自分に満足しているので、その時の選択がなければ今の自分はなかった。だから、こうしたほうがいいよっていうアドバイスはないですね。普通に大学卒業して会社員になってたら、こんなに楽しくなかったんじゃないかなとも思います。

 

‐そんな風に「そのままの自分でいい」と思えるようになったのはいつからでしょうか。

 

去年くらいからですね。25歳の時は今までの人生に後悔ばっかりしていました。

 

‐大学生を中心に「やりたいことがみつからない」モラトリアム期に入っている人は多いと思います。十分に答えが出ていない中でも、スパッと切り替えて就職など、次のステップに向かうべきなのでしょうか。それとも、とことん自分と向き合うべきなのでしょうか。

 

うだうだ考えるのも、中途半端にせずに、5年や7年やってみたらいいんじゃないかなと思います。それだけ考えて何もなかったら、何もないことに気づけるし、中途半端に自分のことを理解しないままやってしまうことが一番いけないことなんじゃないかなと思います。

 

“モラトリアム”って、「現実から逃げる時間」だと思います。「何物でもない自分」と向き合うのってエネルギーがいる。だから逃げたがる。そういう時間もあっていいと思うけど、いつかは自分を客観的にみるときがくるんですよ。そのことがわかってうだうだするなら、いいんじゃないかなと思います。

 

‐金井さんにとって、「留年」とは?

 

自分と向き合うことのできたすごく大事な時間だと思っています。「留年」はそれ自体がとてもネガティブなワードだし、「自分はダメだ」とレッテルを張られること。衝撃的なイベントである反面、ダメな自分と向き合うことができて、生まれ変われるきっかけになる大切な時間です。

   

「ほっ」として、「はっ」とする。札幌に、新しい学生の拠点。

 

金井さんが2018年、新たに始めることがある。「学生リビング 穂と葉」だ。学生を中心に、訪れた人が自分の人生について前向きに、そして気軽に考えることのできる場にしていきたいと金井さんは語る。

 

「このお店の理念は、【人生の選択に納得できる人を増やす】こと。学生だけでなく、社会人も一緒にざっくばらんに人生や生き方に関する話ができて、考えていける場にしていけたらなと思っています。社会人の方は場の目的を理解してもらった方に来ていただく感じになると思いますが」

 

それは、今まで一人で考え、挫折してきた金井さんの経験からできたものでもあった。

 

「“モラトリアム”な人の特徴として、自分の頭で考えてがんじがらめになってしまうことがあると思います。僕もICUや早稲田にいたときは、高校の時に何となく考えていた“起業”に囚われていて、周囲の人の聞く耳を持たなかった。でも、この1年イベントを開催し様々な人の話を聞く中で、自分の客観的な立ち位置を知ることの大切さを知りました。

 

(写真:「学生リビング穂と葉」を一緒に運営する蛯名陸くん(右)と一緒に)

 

今までそういった“学生が将来について考える”場は、意識の高い人だけ、みたいな敷居の高さがありました。でも、ここは学生がフラッと立ち寄れて、社会人やいろんな人の話を聞ける。自分のできることや、やりたいことを客観的に気づけるような場所にしたいです。そもそも僕が“27歳で学部生”なので、『しょうもねぇなこの人』みたいなテンションで来てもらえたらと思っています(笑)」

 

「学生リビング穂と葉」は2018年2月にオープン予定。これから、札幌の大学生の希望や不安の入り混じった“エモい”場になっていくことだろう。インタビューの最後に、金井さんの今後の展望に迫った。

 

「正直、いまだに大学を卒業するかも迷ってます(笑)。“留年”がすっかり自分のコンテンツになってしまったし、退学しても食べていけるので…。まずはそこから考えていかなきゃ。今のところ、大学にはなんの不満もないし、物理の勉強も楽しいので、このままいったら卒業するのかな。

究極の目標は、“大学相当の学びの場を作る”ことです。“モラトリアム”が許される環境で、年齢、職業関係なく自分の人生について真剣に向き合えるような、そんな場をどこかに作りたいです」