吉田 瞳
神奈川県出身。2017年より70seeds編集部。旅と自然が好きです。

東京都のおよそ4割は森だということをご存じだろうか?

 

東京都心から2時間電車に乗れば、驚くほどの自然が広がっている。

 

多くの都民にとって近くて遠いこの森を活用しようと2013年に立ち上げたのが株式会社 東京・森と市庭。奥多摩の木材の生産・加工・販売を一貫して手掛けることを目指しており、奥多摩から切り出した木材を都内の保育園やオフィス・住宅のリノベーションに活用したり、社有林での体験イベントなども主催している。

 

40ヘクタールあるという社有林を訪ね、同社で木の販売やイベントを手掛ける菅原和利さんにお話を伺った。


   

保育園児が間伐体験!木を身近なものに

広々とした森。ここは、東京・森と市庭の社有林。道を挟んだ左側は鬱蒼として薄暗く、下草も全く育っていない森。一方右側は明るく、地面も下草で青々としている。この違いはなんだろうか?皆さんにも少し考えてほしい。  

(写真:薄暗い左側の森と、明るい右側の森明るい右側の森。下草も青々としている)

 

(写真:薄暗い左側の森)

 

右側が間伐や枝打ちなどで手入れをしている森で、左側が手入れをしていない森だそう。

 

「わざと、森の明るさの違いを分かりやすいようにしています」。こう語るのは東京・森と市庭 営業部長の菅原和利さん。左側の森はあえて間伐などの手入れをせず、体験用の森として残してあるそう。訪れる人は皆、「こんなに違うんだ」と驚きの声を上げるという。

 

この社有林では、保育園の子ども達の間伐体験も開催されている。

 

「樹齢約2、30年の木ならば保育園の子どもたちでも、10人ぐらいでチームを組んで代わりばんこでノコギリを使えば切り倒すことができるんです。切れた時は『やったあ!』っていう感じでみんな大喜びですね。」

動画:保育園遠足「こだまのえんそく」の様子)

木を切った後、みずみずしい切り株を見て、嗅いで、触ってまだ濡れていることを感じる。そんな体験を積み重ねた子ども達は、どんな大人になるのだろうか。

 

少し歩くと見えてくるのはツリーテラス。みんなで木材のカットなどから始めて、3ヶ月程度で完成させたそうだ。わざと屋根もつけないで、木を間近に感じられるように工夫されている。

 

間伐体験やツリーテラスなど、一般の人たちの森の体験に力を入れている理由について、菅原さんはこう語る。

 

「『林業の復活』と声高に訴えても、そもそも『林業』がもっと身近なものにならなければ、応援する気持ちにはなれません。そうではなくて、森での時間を楽しめる空間を提供することによって森に親しんでもらい、自然と『生活に木材を取り入れてみよう』『自分も木を使ってみよう』っていうふうになるほうがいいですよね。そんな気持ちになるような体験空間の提供をしたいと思っています。」

 

このほかにも都心の人たちが森に親しむためのコミュニケーションスペースとして地域の廃校、旧小河内小学校のレンタルサービスも行っているという。

 

「奥多摩フィールド」(http://mori2ichiba.tokyo.jp/field/

   

築60年になるというこの学校が廃校になったのは13年前。それでも、それぞれの部屋はきれいに整理されていて、とても廃校になった校舎だとは思えない。森関連のワークショップをしたり、映像作品の撮影に使われたりと、その活用方法は多様だ。つい先日もサマーキャンプが行われたという。

 

「広いのでいろんな使い道があります。状態がいいのでほとんど手を入れていません。愛されて、大事にされて使われていたんだな、というのが伝わってきますね。」と菅原さん。照明や床も廃校当時のものをそのまま使っているそうだ。

   

森に価値を生み出してもらうために

 

林業の世界は、森林組合や、民間の林業ベンチャーなど、地域に根差した団体や企業が支えている。しかし、補助金があるからこそ成立しているのも事実だ。さらに、一部の補助金は木を伐採するための分しかカバーしておらず、切った場所から搬出するためのお金は出されないことも多い。そのため、木を切っても運び出すことができず、そのまま捨ておくことしかできないこともあるという。

 

(写真:森の現状を語る菅原さん)

 

さらに、山の持ち主である山主さんは祖父や父から受け継いでも、どうしたらいいのか分からない人が多い。どこからどこまでが自分の山なのか境界も分からない場合もある。

 

「50年ぐらい育っている木を切っても100円ぐらいの利益にしかならない場合もあるんですよ。安い大根1本の値段ぐらいですよね。5、60年かけて大根1本を育てているような状態です。そうなると、お金をかけて山の手入れをしようという気持ちにもなりません」

 

そこで、東京の林業を持続可能にしよう、と立ち上がったのが東京・森と市庭だ。自分達で木を切り、加工、販売を一貫して手掛けることを目指している。それと同時に、お客さんに森に来て体験してもらって、より木の魅力を伝えていく。そうして、森を生かし続けていこうという意志があった。

 

加工販売の一例が「モリユカ・レンタル」。東京産の無垢のフローリングをレンタルで手に入れられるというものだ。スギの板にゴムシートが取り付けられていて、現状の床の上に敷き詰めるだけで気軽に無垢の床板を楽しむことができる。

(写真:「モリユカ・レンタル」。裏にはゴムシートが取り付けられている。)

 

床に敷き詰めるだけなので、施工も簡単だ「モリユカ・レンタル」施工後のオフィス。

 

そんな東京・森と市庭の事業の根幹となっているのが、地元の山主さん2人に現物出資してもらった奥多摩の山。木の需要がなくなってきているので、山が価値を生み出せるようなモデルを作りたい」そう言って先祖十数代で守ってきた山の一部を託したそうだ。

 

「想いだけで生きていける人なんていません。お金をもらわないと木を管理する人も生きていけないし、いたとしても例外的です。例外的な人を増やしても地域全体は豊かになりません。木を植えてから切るのに60年。そんな時間軸にあわせて、細くても長く続いていけるような会社にしたいです」

 

展望を語る菅原さんのまなざしは強く、やさしい。

   

菅原さんには、とある印象深いお客さんがいるという。

 

「子どものいるお母さんが、林業体験に来て感動してくれたんです。『ここで切った森の木を自分の家の床に敷きたい』って言ってくださり、築2年のマンションのリビングに『モリユカ』を敷いてくださいました。体験が相手の心に響いて、僕らのやっていることに共感してくださったのが嬉しかったです。」

 

過去の政府の政策でヒノキやスギを大量に植えすぎて、管理しきれなくなってしまった山がたくさんある。森の仕事をする人も昔に比べると非常に少ない。その現状をなんとかできないかという思いが、商品開発につながっている。

 

「そもそも山を管理する人がいない、というのはどこに問題点があるのかというと、森に関わる仕事がお金にならない、というところなんです。その仕事がお金になるんだったら、当然人が集まってきますよね。ニーズがないから管理されない。まずは木材で商品開発をして販売をし、お金を生み出せるようにするのが僕たちが今できることです。そのことを製品やサービスを通して実践していきたいですね。」

   

木というモノを通して豊かな体験を提供したい

 

奥多摩を拠点に活動し、東京・森と市庭を現場から支える菅原さん。子どもの頃の原体験が、今の活動につながっているそうだ。

 

「子どもの頃から森とか山が好きで、近くに森があったんですけど、そこに遊びに行くのがとにかく楽しくて。魚を捕ったり、虫を捕まえたり、秘密基地を作ったり。そういう原体験があるので、東京の子ども達にももっと自然に触れられるような経験をさせてあげたいと思っているんです。」

 

学生時代から地域活性のサークルで活動し、卒業後に地域プロデュースの会社を立ち上げた。森の中を式場にして地域の食材を使った結婚式をプロデュースしたり、空いている古民家をシェアハウスの別荘版にするサービスを運営したり。その舞台が奥多摩だった。後に一度家庭の事情で奥多摩を離れ不動産営業の仕事を経験後、東京・森と市庭にジョイン。

 

「家庭の事情で奥多摩を離れ実家に戻り不動産営業の仕事に就いた時には、『もう二度と奥多摩には戻ってこれないだろうな』と思っていました。でも、その1年後に森と市庭に携わることになって、奥多摩に戻ってこれることになりました。多くの方々に応援していただき、また挑戦できる機会をいただくことができ、本当に感謝しています。」

 

今は再び奥多摩に住み、地域に根差して活動している。消防団や獅子舞など、地域の行事にも積極的に参加しているそうだ。

     

「こういう活動って、思いがあっても地域に根付いてやらないと、実態が見えません。地域の人も応援できないですよね。1つ1つ目の前にあることをちゃんとやっていくしかないです。地域の人に信頼してもらえないと、コミュニケーションができない、情報ももらえない。そもそもその地域が好きじゃないと仕事にすることもできない。僕はこの仕事と地域が大好きなんです。」

 

そんな菅原さんは、今後保育園・幼稚園向けの商品開発に力を入れたいという。

 

「都会で育った子どもたちって、本物の自然を体験しないまま大人になってしまうんじゃないかなって思います。だから虫が全然触れなくなったりとか、魚の捕り方が分からなくなったりとかするんじゃないかなって。でも人には自然が必要だと思うんです。」

 

日常の中に自然が当たり前にある環境をつくり、「自然が人にとって大切だ」ということをストレートに伝えていきたいという思いが菅原さんの言葉の根底にある。

     

「モノを作っている会社なんですけど、やっていくことは体験に紐づけたい。木の香りをかいで、自分をリラックスさせてくれるんだなって思うのも体験だし。木を通して豊かな体験を提供していきたいですね。」

     

【取材を終えて】社有林を歩かせて頂いた時、森の手入れの大切さを肌で感じることができた。間伐がされていない森は、薄暗く、気分まで暗くなった。「間伐が大切」「林業の危機」。こんな言葉を耳にしても、なかなか実感は湧かない。しかし「東京・森と市庭」の社有林に立てば、難しいことを考えなくても理解ができる。森を歩くだけでも体験になるのだ。近くて遠かった東京の自然は、もっと身近なものになっていくのではないだろうか。未来がたのしみになった。