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ハラスメント、暴言、そして体罰のないスポーツ教育の普及をめざすスポーツコーチング・イニシアチブ

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コーチング【coaching】

1 運動・勉強・技術などの指導をすること。
2 自分で考えて行動する能力をコーチと呼ばれる相談役との対話の中から引き出す自己改善技術。1990年代に米国で社員育成技法として始まる。

引用:デジタル大辞泉 

あなたに部活動や団体でのスポーツ経験はありますか?監督、コーチ、トレーナー…スポーツの場には必ず指導者がいたのではないでしょうか。そして、チームメイトとの仲違い、指導者との諍いなど組織に有りがちなトラブルを経験した人も多いのでは?
 
楽しいはずのスポーツが「指導者」によって、楽しめなくなってしまう。そんな課題を解決するために、コーチング先進国アメリカから新しい考え方を取り入れるため活動しているスポーツコーチングイニシアチブという団体があります。今、日本で「指導者」が抱える課題を提起していく意義について、代表の小林さんにお話を伺ってきました。
 
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人生の半分はラグビー。その中で経験した体罰と矛盾。

 
−まず小林さんのバックグラウンドから伺いたいです。どういう経緯で今の団体を立ち上げたんですか?
 
 
僕は小中高とずっとラグビーのプレイヤーでした。小学生時代に「高校生になったら全国高等学校ラグビーフットボール大会に行くんだ!!」という思いをもち、今改めて振り返ると自分の人生の半分以上をラグビーと一緒に過ごしていました。
 
 
−半分もですか!
 
 
それで、高校に入学し、いよいよ全国を目指すというときに監督やコーチとの対立が起きてしまったんです。内容詳細は省きますが、試合後に課されるペナルティなどによって、ラグビーに対して非常に“やらされてる感”を感じるようになってしまいました。
 
 
−なぜ小林さんはこのような気持ちを感じるようになったんでしょうか?
 
 
実は高校1年の時にケガをし、練習に出られない時期が長かったこともあり、3年時にはベンチメンバーでした。でも小学生から持ち続けていた花園に行くという意気込みにチームメイト達が共感してくれて、キャプテンに選んでもらえたんです。にも関わらず、監督との関係で、いつのまにか「やめたい」、「グラウンドに行きたくない」など、“花園”っていうポジティブなワード・目標が全然出てこなくなってしまった。僕自身もチームもです。僕はそれがすごく嫌でした。
 
 
−その時に小林さんはどう考えていたんでしょうか。
 
 
監督に対して、考えを変えてくれないか、対話やアプローチをしたのですけど、中々環境は変わりませんでした。とても情熱にあふれ、熱心に指導してくださったんですが、もっと違うアプローチも試してほしかった。そのような経験から「なんでこういう大人っているんだろう。スポーツってやらされるものではなくて楽しくてやるもの。自分の夢を追い続けていたのに、なんで大人に振り回されなきゃいけないんだろう」と思いながらラグビーに打ち込む高校生活でした。
 
 
−そして大学進学後、プレイヤーからコーチになって経験を積んだのですね。
 
 
はい、ご縁あって、中学生のラグビーチームのコーチになりました。プレイヤー視点では見えなかったものが、コーチになって初めて自分のチーム以外を俯瞰して見えてきました。そのような知見を得る中で、ラグビーだけじゃなく他分野のスポーツでも「本当に日本のコーチのレベルは低い」と気づいてしまったんです。自分の高校時代の経験と同じく、もっと高みを目指せる子どもたちってたくさんいるんだろうと、すごい危機感を覚えて、何とかしたいと思ったんですよね。
 
 
−自身の経験が、日本全体のコーチングの問題点と気づいた訳ですか。
 
 
そうですね。なので行動するにあたって、自分自身がコーチングについてしっかり勉強しなきゃいけないと感じ、20歳以下ラグビー日本代表スタッフとしての活動や日本オリンピック委員会のアントラージュという事業のお手伝いなどをさせていただく機会を通じて、コーチとして知見を貯めてきました。僕1人ではできないことを実現させる形を模索する中で、意識したラグビーの言葉があります。「one for all, all for one」です。1人じゃ何もできないから、みんなでなにか達成したい。そのためにはひとりひとりの実力を高めていかなきゃいけない。それができた時、大きな社会課題とか、対処不可能な問題が解決できると考えています。
 
 
−点ではなく面で、ということですか。
 
 
こう思ったのきっかけは東日本大震災での経験なんですが、当時人1人ではどうしようもない光景が目の前で起きました。無力感を感じていた自分とは対象的に、当時20歳だった鶴田さんのprayforjapan.jpというサービスが震災の復興に貢献されていました。当時18歳だった僕は「3年後同じ年になる時この人と同じことができるだろうか、絶対追いつけないな」と感じ、「なにか有事の時に実力を出せる人間になりたい。そしてそういう人間が増えることで社会の底上げにつながるのではないか」と考えたんですよね。
様々な教育やファッションなどのカルチャーで人を豊かにしていこうという動きはいろいろありますけど、僕がしたいことは「スポーツのコーチや保護者をより良くすることで、もっと面で底上げできる社会をつくること」なんですよね。
 
 

ダブル・ゴール・コーチングとは

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−そのような社会を実現すると小林さんが考える「ダブル・ゴール・コーチング」とはどのようなものですか。
 
 
“ダブル・ゴール・コーチング”は「ゴールは一つじゃない」という考え方です。ひとつめのゴールは“スポーツにおける勝利”。もうひとつのゴールは“選手たちの成長”。この2つに焦点を当ててコーチングをしましょうっていうアメリカのコーチングモデルです。勝利の重要性を認識しつつも、コーチや保護者はスポーツを通じて選手たちに人生観や教訓などを教える事がより重要であるという考え方です。
 
 
結果は必ずしも必須ではなく、運動会で並んで一等賞というものでもなくて、勝ちをめざしつつ、人間性を育てるという点。この2つの真ん中に焦点を当ててコーチングをしましょうというものです。目に見えた結果を出すには絶対勝利が必要ですよね。だからコーチは必ず勝利に対して貪欲に考えなきゃいけない。ですがある程度まで行くと、結果的に人間性を高めないと勝利することはできないという所に行きつく。なので、あらかじめ勝利するためには人間性が必要だと、人間性を育てるには勝利することが必要だと最初から考える。そういう考え方です。
 
 
−まだこの考え方は日本ではメジャーではないんですか?
 
 
ほとんど無いと思います。橋本聖子さんが、“人間力なくして競技力向上なし”っていうのをおっしゃっていて、すごく通じるものがあって。日本はすぐ“どっちか”っていう議論になっちゃうんですよね。AとBがあったらどっちかにしぼらなきゃいけないっていう二分法な考え方をしがちだと思います。そしてゴールは1つという大前提が日本にはあって、“Aを作り出した後にBがある”っていう考え方。だから、スポーツ選手のライフプランも、まずアスリートやって、引退してセカンドキャリアがという風に考えていらっしゃる方が多い。ゴールは2つあっていいじゃないかと。2つのゴールをちゃんと見据える事って大事だよねという考え方が日本に広まってほしいと思います。
 
 
“ダブル・ゴール・コーチング”が日本にあったら、自分がしたいこと“スポーツ教育”を“面で変える”ができるんじゃないかと思っています。日本のスポーツ教育にある根深い文化、メンタル的な教え方や矛盾した考え方を変えられるんじゃないかなと。
 
 
−様々なところにこのコーチング方法をアプローチしているそうですが、みなさん結構好意的に受け入れてくれたんですか?
 
 
そうですね。オリンピック委員会の人から、アスリートの人から、そこに限らずスポーツに興味があるお医者さんにも会いに行きました。たとえば2014年に日経ビジネスにこのコーチング方法が取り上げられた時、その記事を見てくれた静岡のリトルリーグチームのコーチが興味があると連絡をくれたんです。実際に静岡に行って、話をしたら保護者を含めて盛り上がってくれました。良いコーチングモデルを必要としてくれる所があるんだなと実感できたのはすごく気分が高揚しましたよね。そこでもっと他のところにあたってみようと、本を出しました。アメリカのワークショップの時に使うテキストの和訳です。これを使って様々な方へのアプローチを続けています。
 
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−問題意識を共有できる人が多いということですが、小林さんより年下層の方が多いのですか?
 
 
いや、結構年上の方が多かったですね。
 
 
−意外です。その方々ご自身がスポーツ教育における体罰などを経験したから、ということなのでしょうか。
 
 
もちろんやられたこともあるし、それ以上にスポーツは厳しさに耐えるものであるという考え方が当たり前、指導者は厳しくて、自分がいやな気持になるっていうのが当たり前と思っていらっしゃったようです。例えば体罰とか、兄弟と比較されて貶めるとか、シゴキ、1軍じゃないから相手にされなかったっていうようなネガティブな経験をしている人が多い。自分が受けていなくてもライバルの強豪校の監督が怖くて選手がかわいそうだったとか、多くの経験を元にした問題意識を共有できました。
 
 

キャッチボールでミスしてしまった時にどうやって声かけるかで、人間のメンタルモデルって変わる

 
−それらの問題意識を受けてどのような考えを持っていますか。
 
 
今、社会に多様性を認めようという流れがありますが、スポーツだけ極端に多様性がないという特性があるんです。なぜかというと、勝利が絶対条件で、勝ち負けで判断されるから。誰から見ても、どっちが勝ったか負けたか判断できる。その多様性のない中で本当に毎回本気で勝負をするから勝ったら嬉しいし負けたら悔しいってシンプルに思うことが出来る。それこそが、人生において学ぶべきことだと思います。勝ち負けがあるということを理解するするということですね。
 
 
−多様性がないスポーツで勝ち負けをつけることが大切だということですか。
 
 
社会に出ちゃえば、明確な勝ち負けの基準というもののはないじゃないですか。スポーツのように基準が明確、ある意味多様性がない中でやるからこそ、共感できる思いが生まれる。相手に対しての思いやりが本当の意味で育まれる。これはあくまで自身の一つの考えですけど、コーチはそういう点にちゃんと価値を見出して指導するべきなんですよね。なので、たとえば中学生を教える時、高校以降のこと、将来日本代表になるため、ラグビーを続けなくても良い思い出になる、いい仲間を得るとか、人生におけるスキルをもってほしい等の先々のことを思って指導するのと、目の前の大会で優勝させることや、強いては毎試合毎試合勝つだけを重要視して指導するのでは、全然背景が違う。当然、指導法もコーチ自身から出てくる言葉も、コーチ自身がまとう空気も変わってくると思うんです。そういう「良いメンタルモデル」をもったコーチングを広めることでスポーツに対してネガティブな気持ちをもつ子どもが減ると思っています。
 
 
−体育の授業に出たくない子どもが減るかもしれないですね。
 
 
あー、それが一番うれしいですね。「スポーツ嫌いなんだよね」という方、結構いるんですよね。そこで深く聞いていくと、「あの先生が嫌いだった」とか、「すごい嫌な思いをしたことがある」とか、そういった原因がある。例えばスポーツが怖いっていう人なら、怖さを取り除くようなトレーニングをしなくちゃいけない。そこをどうやって文化として作っていくか。日本では体育の授業で必ずスポーツに接する機会があるし、もっともっと突き詰めていくと、キャッチボールする時・自転車に乗るときとか、保護者が最初のコーチになるわけなんですよね。たとえばキャッチボールでミスしてしまった時にどうやって声かけるかで、人間のメンタルモデルって変わるなぁと思うんですよね。
 
 
−ミスを責められるかもしれないと思うとプレッシャーがかかりますね。
 
 
おっしゃる通り、ミスをしたときにはミスした自分を悔いるより、責められる怖さが先に来ます。よくコーチで「なんでミスしたんだ」と言われる方がいるんですけど、プレイするこども達からすれば「なんでかわからない」からミスしちゃうん訳じゃないですか。「ミスすんな」もよく言うんですけど、ミスしないなんて無理ですからね。むしろ本質的にはミスをしないと学べない、ミスから学ぶことこそが最も上達する上で大切なことなんです。ミスを恐れるようになると、最も大切な学びの瞬間を失うことになる。こういう指導文化をなくさないといけない。
 
 
−そういうことを言う指導者って多いようなイメージがあります。
 
 
たぶん悪気はなくて。むしろ熱意に溢れる方がとっても日本の草の根指導者には多いと感じます。ただ、コーチングのライセンスを持ってる人も少なくて、自分の指導観だけでやってらっしゃる方が多い。そうすると、気持ちがこもってるのにナチュラルにそういうことを言ってしまう。どうしてミスをしたかっていう検証よりも、ミスをした次にいいプレーをすることが大事です。企業でも同じだと思うんですけど、ミスをしない文化そしてイイものをいつも出そうという考え方が企業の根底にあると、いいものを出さないとだめだと言われるから、会社に対してネガティブになっていく。
やってダメだとわかったなら次にいけばいい。100個のやり方があって1個ダメだとわかったということは、残り99通りのどれかに正解があるとわかったっていうことじゃないですか。だったらそれを見つけるためにつぎの1個つぶせばいいんです。
 
 
-1個駄目だと全部だめだって思う人って多いですもんね。
 
 
それが、今の日本だと本人の人格否定みたいになっちゃうんですよね。
ELM、”effort,learning,bouncing from mistake”で、努力とまなびとミスからの対応に対してほめる。「いいね」「いいプレーだね」ってとりあえずほめてもあまり意味が無い。「君は前よりこの部分がうまくなったね」とか、「ここは失敗したけど、君あの部分をスゴイ頑張ったよね」とか、そういった努力に焦点を当てること、結果から出た行動に焦点を当てることが大事なんです。
 
 
−なるほど。具体的な事例などありますか? 
 
 
僕らの実績かわからないですけど、前にも述べた静岡のリトルリーグチームがPCAのひとつのプログラムを実践してくれました。そのプログラム導入後、彼らはチーム史上初めて県大会に行って、初出場で県大会3位入賞。メディアでも結構取り上げられたんです。彼らが取り入れたやり方の例としては、「嫌なプレーをしたときに“スワイプ”(=肩を払う)する」これはネガティブな気持ちを切り替えるための行為ですが、チームのルールにしたんですね。小学生には効果てきめんでした。ミスをしたときに“スワイプ”することで、ミスを恐れなくなる、ミスをしても忘れればいいやって。保護者さん達も「あれが一番効いたよね」とおっしゃっていました。野球って誰かがミスするとチーム全体に連鎖することが多いんですけど、それがなくなりチームが勝った結果を残せたという事例があります。それを聞いたときは嬉しかったです。
 
 

オリンピックを通して広まった価値観ってスポーツ教育だったよねって言われるように

 
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−自身の活動で人々をどう変えていきたいと思いますか?
 
2020年以降のことを考えると、スポーツをやるかやらないかの二分法ではない選択肢も必要だなと。その選択肢は指導法で作れると思っています。子供だけじゃなくアスリートも、もっと可能性を持ってて輝ける、ともすればスターになれる可能性を持ってるのに、指導者によってネガティブな思いでスポーツに接している人たちに対して、自由に動けるような兆しを作っていきたい。
 
 
−今後はどのように活動を展開するんですか?
 
 
2月10~14日に、4日間にわたって日本で初めてのワークショップをやります。コーチ向けと保護者向けにそれぞれ企画しました。コーチと保護者に対して、どうやって子どもたちを育てていくのが大事か、どういう価値観を持って接するのが大事かっていう、ダブル・ゴール・コーチングのワークショップです。チームワークとかではない、本当の意味でのスポーツの価値っていうのを体験してる、提供してる人たちにアクセスして、こういう学びがあるんだっていうのを集めると同時に発信していきたいと思っています。
 
 
−これはお仕事にするつもりで立ち上げたんですか?
 
 
そうですね。今模索中ではあるのですが、NPOとして2017年1月10日に登記が完了しました。NPOにしたのは「スポーツは誰かのものでは無く、誰かのモノ・商品にした瞬間に排他性がうまれてしまう」からです。スポーツ団体などと話すときも「企業です」と答えた場合、見られ方が変わります。商業ベースではできない草の根活動がしたいのでNPOにしています。
 
 
−なるほど。2020年に向けて活動も拡大していく予定ですか?
 
 
そうですね。まず2020年までに、どれだけこの考え方の発信ができるか、そして2020年以降にオリンピックを通して広まった価値観ってスポーツ教育だったよねって言われるようにしていけたら、と思っています。
 
 
−ありがとうございました!
 


 
 
 
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【取材&執筆・鈴木賀子】
 
2016年よりStoryDesignhouse所属、70seeds編集部メンバー。茨城県南出身。下町好き。食い意地が張っている人種。興味領域はITからクラフト、自転車、アート、料理など。