岡山 史興
70Seeds編集長。「できごとのじぶんごと化」をミッションに、世の中のさまざまな「編集」に取り組んでいます。

2017年秋、あるNPOが呼びかけたひとつのプロジェクトが注目を集めた。その名も「スタディクーポン・イニシアティブ」

 

クラウドファンディングで一般から資金を集め、塾に行きたくても行けない子どもへ資金を援助するというこの取り組みは、「塾代格差を埋める」というキャッチコピーや渋谷区を巻き込んだ記者会見などで大きな話題を呼んだ。

 

家庭の経済環境が障壁になって高校進学をあきらめざるを得ない子どもたちにとって、これまで手を差し伸べられることがなかった領域での支援を行う試みは一つの希望となる一方で、「学習塾」というものの役割について賛否両論を巻き起こすこととなった。

 

その中でも今回70Seedsが気になったのは、疑問視する意見の一つとして挙がった「学歴社会の再生産につながるのではないか」ということ。一見希望のように見える「塾代の支援」だが、結局はその前提となる「学歴社会」の傾向を強めて、生きる上での選択肢を狭めてしまうのではないか、という視点だ。

 

そんな疑問を、プロジェクトを呼びかけた公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表の今井悠介さんに直接ぶつけてきた。インタビューから浮かび上がってきたのは、個人の生き方をつくる上での「居場所」の重要性だった。

 


 

実は、自分が一番ビビっていた

‐10月12日に始めたクラウドファンディングも達成して、さらなるゴールを設定していましたね。

開始当初は数日でものすごい反響があって、4日間で500万円くらい集まったんですが、実はそこからは苦戦していて。

先日ようやく達成できたんですが、今はさらに1300万円の追加目標を目指しています。正直、始まる前は内心だいぶハラハラしていました。

‐それは達成できるかどうかということですか?

いえ、それよりは世間からどんな反応があるんだろうと。これまでNPOで6年間活動してくる中で、塾、学校外教育に対する「塾なんかいらないんじゃないか」という世の中の考え方を実感していたので、批判の的になりがちだし、そういう議論が起きることが多かったので。

‐意外です。

だから実は自分が一番ビビっていたんです(笑)。ただ、これまで「教育格差」というややわかりにくい話をしていたんですが、今回のプロジェクトではイニシアティブの協力団体メンバーたちと議論を重ねて、「塾代格差」にメッセージを尖らせることにしたんです。その方がメッセージがはっきりするということで。

‐その結果、世間の反応はどうでしたか?

想定していたような批判の声もありましたが、賛成する方が予想以上に多かったという印象です。

ある企業の方が自分も「塾代格差」の当事者だったと激励してくれたり。みんなこの問題をうすうす感じていたんだと思います。

‐それがわかったことは一つの成果と言えそうですね。

ある種自分はそこの議論から逃げてしまっていたんですよね。より多くの人に受け入れられやすいメッセージを意識して「学ぶ格差」という広い言葉を使っていた。

広くじわじわやっていけばいいか、と考えていた。でも今回大々的にやった結果、議論の枠組みが「自分と批判者」ではなくて社会的な議論になっていったことに意味があったと思っています。

 

悪いのは学歴社会ではなく、目の前に機会がないこと

‐一方で今回の取り組みが、塾に通って「いい学校」へ進学することが正解である、というメッセージとして受け取られることで「学歴社会の再生産」になってしまうのではないか、という視点もあります。

そこはちょっと別の議論だと思っています。僕は学歴社会についてはそんなに意識していなくて、「自分が希望する進路を歩む」ということ、そしてそのためにも高度な専門性をつけるために進学することは社会における希少性を身につけるための手段の一つだと思っているんですね。

‐その手段の一つとして「塾に通う」という選択肢がある、ということですか。

そう。そのために機会が平等に開かれていることが重要で、大学に行きたい人はいく、働きたい人は働くという選択ができればいいんだと思うんです。

現実問題として、大卒の親の子どもや経済的状況の良い家庭の子どもが大学に行きやすいという環境がある以上、思う進路に進むための基盤づくりができていないのは事実なんですよね。

僕は学歴社会自体はいいとも悪いとも思っていません。その中で機会がないことが悪いことで、機会があれば自立的に変わっていくことができるんじゃないかと思っているんです。

もちろん大学に行けばいいというものでもないし、大学進学せずに働きたい人のためには早い段階でキャリア教育に触れる機会があるとか、働いている人が大学に通い直すとか。

‐塾に限らず「選択肢を持つ」ということがまだまだ世の中には足りていないと。

子どもたちの選択肢は塾だけではなく、スポーツなんかもありうるわけですよね。

今、子どもを支えるのが家庭と学校しかないと思われている。

そこに第3の場としての学校外教育があることを知ってもらいたい、そこの経済的な壁を開きたいんです。

‐そう聞くと、今井さんが投げかけたいことがより広い視点で見えてきます。

学歴社会のような、世の中のシステム自体を変えていくことは別軸で必要だと思います。

でも、僕が取り組むのは、そのとき目の前の子どもたちが抱えている課題をどう解決するか。

高卒就労の形ももっと広がっていくべきだと思うし、不登校の子どもたちに象徴されるような、いろんな生きづらさを解決していく場としての学校外教育の価値を届けたいんです。

 

学校の外に居場所をつくる

‐ここまでの話で、スタディクーポンの役割って、「塾代を支援する」というより「学校外教育との出会いをつくる」ということの方が本質なんじゃないかと思いました。

そうですね、それは今回のクラウドファンディングのプロジェクトを始めるにあたっての悩みに近いです。

「塾代」というわかりやすいところで知ってもらって、戦略的に広げていくということを選んだわけですが、あらぬ誤解を招かないかとかなり悩みましたから。

‐「学習塾」という存在に対する固定概念みたいなものもありますからね。

そうですね。でも、本当は塾ってその地域にいる「教育を仕事にしている人」でしかないんです。ある意味普通の「地域のおじさんおばさん」で。

子どもによっては学校に合う合わないもあるわけじゃないですか。そんなとき、地域で別の「教育者」と出会える機会を制限しないようにしたいんです。

‐さきほどの「第3の場所」としての学校外教育の役割ですね。

不登校の子たちのように、実際に学校の外が居場所になっている人がいますよね。そこが閉鎖されてしまうと、その子にとってはどこまでも同じコミュニティが続いてしまう。

学校は一つの基盤ですが、子どもひとりひとりの凸凹に合わせて対応できるように、学校以外にも地域のさまざまな存在と一緒に子どものための基盤をつくっていけるといいんじゃないかなと。

‐これだけ変化の激しい時代ですから、学校だけで対応できることには限界が生まれてしまっているということはとても理解できます。

もちろん学校に限らずひとつの場が対応できる範囲には限界があって、塾やいろんな習い事もそうです。

ただし、特に学校教育という制度の中ではある種平等に対応しなくてはいけないという制約があります。

家庭の経済力など、学校外の要因で差が生まれてくるところにどう対応していくのかが問われているんだと思っています。

(写真:チャンス・フォー・チルドレンのオフィス)

 

‐一度レールを外れてしまうと地獄、となりがちですからね。世の中も変わってたくさんの選択肢があることに子どもたちはなかなか気づけていないんでしょうか。

ほとんどの場合、気づけていませんね。いじめで自殺してしまったりすることも、コミュニティが閉じられてしまっているからですよ。クラスがあって部活があって、ずっと同じコミュニティの中で生きていかなくてはいけない。

‐よくよく考えると相当ツラい環境ですね…。

でも、不登校の子たちが大学に進学すると急に学校に行けるようになったりすることがあるんです。しかも、聞いている限りでは少なくない割合でそういうケースがあるみたいですね。

‐なぜなんですか?

単純に性質の違いとして、「関わる人たちを自分で選択できるかどうか」があるんです。授業もサークルもたくさんの選択肢があるし、一人でいてもいい。

そして社会って本当は大学に近い。でも普通に学校生活を送っていたらその選択肢に気づけないんだろうなと思うんです。

‐その話って、社会人が置かれている環境の問題とも通じていますよね。

スタディクーポンで言っている経済的な問題とはまた別ですが、選択肢に気づけていないこと、コミュニティが閉鎖的であることで起こることとしては同じですね。それに、実は経済的な問題も誰にでも起こりうることなんですよ。

 

本当はすべてが自分事

‐経済的な問題が誰にでも起こりうる、というのは?

僕が活動を始めたきっかけは東日本大震災の後、東北での支援からでしたが、災害に限らず夫婦間の離別など、経済的困窮に陥るケースは本当に様々なところにあるんです。

「お金がないから●●ができない」ということは、誰もが当事者になりうる。

(写真:活動当初に使われていたクーポン ©Rintaro Kume)

 

‐でも、災害の被災者とそうでない方々とでは、困窮状態への眼差しも違っていますよね。

はい、当事者意識を持とう、ということは言葉ではよく言われる話なんですが、なかなかそれは難しい。

支援する人、される人という役割って固定化されがちで、それはとても危険なことなんです。

‐よくわかります。

それに対して今回のプロジェクトで支援者になってくれている方って、若い人、30代が多いんです。

自分を当事者と位置づけて、社会的なインフラをつくっていくことが大事だと考えてくれている。

富裕層が責任感でやっているのではなく、普通の人が当事者意識で参加してくれていることが大きな特徴だと思っています。

‐それは従来の支援活動とは毛色が違いますね。

さらに、クーポンを利用した人が頑張っていることを聞いて頑張っているという大人がいたり、クーポンで支えられていた人が大人になって支える側に回っていることもあるんです。

だから、誰しもがかかわる問題なんだということを理解してくださっているんだろうなと。

‐当事者意識を持った人同士の互助システムのようなものが出来上がってきているわけですね。

あと、ある子どもが、自分のことを支えてくれる人が家族以外にいるんだと気づけた、と言ってくれたことがあって。

災害の場合は、「社会全体で支える」ことがある程度共通理解を持たれていますが、私的な事情で経済的困窮にある人って「自分でなんとかしろ」というのが当たり前だったと思います。でも、問題の渦中にいる子どもからすると変わりがない。

(写真:スタディクーポンはピアノ教室で利用されたことも ©Natsuki Yasuda)

 

‐確かにそうですね。

根本には「当事者の責任」で片づけられてしまう社会理解があるわけですよね。それを解決する仕組みの一つになるのがスタディクーポンなんじゃないかと思っているんです。

‐スタディクーポンの意義がどんどん広がっていきますね。「教育格差」「塾代格差」という問題の裏側を解決する、新しい形での「居場所づくり」というか。

そうかもしれません。実は、スタディクーポンは学習塾や家庭教師以外も利用先になっているんです。不登校のための施設とかNPOとか。

その人ひとりひとりにあった成長ができるように新しい道をつくるツールとして提供していきたいと思っています。進学実績のような数字で測れるところだけではなくて、悩んでいる子どもが新しい道を見つけ出せた、ということが本当の成果だと思っていますから。


【編集後記】

もともと、人と人が支えあうことで社会という共同体が成り立っていた、そんな当たり前のことを改めて見つめ直すことができる機会となりました。「塾代格差」という言葉の裏に込められた、今井さんの問題意識に触れることができた今回の取材。スタディクーポンの本質的な価値に迫ることができていればいいなと思います。