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日本一小さな村人口増の理由 子育て世代が注目するスタンスとは

「私が役場に勤めはじめた昭和38年、村の人口は1,000人弱でした。それが年々増え続け、今では3,000人を超えています」。

 

日本全国で人口減が課題とされる中にあって「いったい何のこと?!」と、耳を疑うかもしれません。でも、本当の話なんです。

 

冒頭の話をしてくれたのは、面積3.47平方キロメートル「日本一小さな村」として知られる富山県舟橋村の金森勝雄村長。戦後何度も起こった市町村合併ブームの中、この村が一度も合併の道を選ばなかった理由は「舟橋村の小中学校がなくなってしまうから」。

 

そんな舟橋村が今、子育て世代から熱視線を集めています。「負担が増えてもいいからこの村を守りたい」と住民に思わせるほどの求心力は、いったいどのようにして生まれているのか。すべての子育て世代に届けたいインタビューとなりました。


 

 

子どもや教育のための予算が一番大切

(写真:金森勝雄 舟橋村村長)

 

‐舟橋村は日本で一番面積が小さいのにもかかわらず幼少年人口割合が全国上位(2000年~2005年は全国1位)だということですが、その理由はどこにあるんでしょうか。

(画像:舟橋村の人口分布図。)

 

昭和50年代に取り組んだ下水道の整備によって「住みやすさ」が確保できたことと、ずっと子どものためになることへ力を入れてきたことの2つだと思っています。そして後者は「日本一小さい」ことともつながっているんです。

‐というのは?

舟橋村が「日本一小さい」のは、昭和、平成に何度かあった市町村合併ブームの中、一度も合併という道を選ばなかったことなんですね。なぜなら、合併してしまうと舟橋村に小中学校がなくなってしまうからです。

‐でも、合併することで行政コストを下げよう、と考えるのが一般的ですよね。

もちろん。それでも住民は村を守ることを選んだんです。「固定資産税を上げてもいいから、子どもたちのために学校を残したい」と言って。特に平成の大合併のときは、既に人口も増加傾向にあった時期だったので「なぜ(合併して)子どもたちの未来をなくすようなことをするのか」という声が上がるほどだったんですよ。

‐住民の方がそこまで言うというのは、相当なことですね!

そう。そのとき、私は総務課長を務めていたのですが、村民のみなさんの声を受けて合併しないことを決意したんです。

‐どうして舟橋村にはそこまで子どもを大切にする文化があるのですか?

なぜか、舟橋で生まれた子どもは舟橋村で育てるという熱い思いが皆にあるんですよね。人間、教育が一番大事だということを皆がわかっているんでしょう。私もいつの間にかその考えにかぶれてしまっていました(笑)。議会では教育関係の予算は削減することなくそのまま通すんですよ。

‐それを聞いただけで、村の姿勢がよく理解できます。財政上は問題視されないんですか?

舟橋村は兼業農家や隣の富山市で働く方が多いんですが、比較的豊かなまちなんです。なので教育にお金をかけることについて理解いただく余裕がある。予算の使い方についても、道路はだめでも教育は通る、なんていう話もあるくらいなんです。

 

日本一小さな村が取り組む「共有」

‐幼少年人口の割合が多い舟橋村ですが、子どもを大切にする取り組みとして、具体的にはどんなことに取り組んでいますか。

例えば、最近だと「子育て支援センター」設立があります。建てて2年で、登録者数が400名弱になっています。が、実は8割が村外の人です。

‐えっ?

「村のお金を使って」と思うかもしれないですが、村を走っている道路にも「国道」「県道」があるように、皆でつながって使うという視点を持っているんです。税金をまんべんなく使う、そういう気持ちでいないと自分のことばかりではいずれダメになってしまいます。

(写真:舟橋村「子育て支援センター」のポップ)

 

‐村民の皆さんから不満は上がりませんか?

そのために、自分の初当選以降ずっと自治会単位でのタウンミーティングを持つようにしているんです。絶えず住民とコミュニケーションの場をとるように。できるだけ村のこと、今考えている内容を知ってもらうようにと。

‐理解してもらうための努力がないと誤解も膨らみますからね。

そうですね。共有の大切さは行政に限らず、親御さん同士でも当てはまるんですよ。センターの3階には収容人数300人のホールがあるんですが、そこを開放して催しをやったり、英会話教室をやったり。中には一般の利用者が講師になったものにかくお互いのことを共有できる場を持つことで、いろんな不安が解消されていくんです。

‐村が小さいからこそできていることでもあるんでしょうか。

舟橋村は、人口ではなく面積が「日本一小さい村」です。2000分の1縮尺の地図で全域を表してしまうことができる。そして、そこに3000人が住んでいるから、1つの家族のようなものです。それぞれの顔が見える環境だからこそ、コミュニケーションを図れば絆も強くなっていくと考えています。

(写真:応接室に飾られた2000分の1縮尺の村地図)

 

 

‐英会話にしても、小中学校だけではなく保育園の段階から、しかも一般の住民まで対象にした講座まで行うというのは、嬉しい反面そこに使う予算には賛否両論出そうなものですからね。

一般的には学校単位で雇用するALT(Assistant Learning Teacher)も、ここでは村が雇用をしています。子どもを育てることは村全体で取り組むことだし、そこに保護者も交えていくことでみんなが参加する取り組みになっていくんですよ。

 

自然増を生み出し続けるための「本当の循環」

‐ここまでいい話が続いていますが、移住者が増えるに伴って、新旧住民の対立などマイナス面は生まれていませんか。

それが、ないんですよ。移住するということは住環境を求めてくる、ということなんです。その住環境を守るために皆が自然に助け合うことができているんですよね。たとえばよくある「ゴミステーション問題」も起きたことがない。転入してきた人が必ず職員にゴミ出しのことを聞いてくるし、職員も答えられるようにしている。

(写真:2007年に富山大学の協力の下つくられた「村民憲章」は、精神的シンボルになっている)

 

‐それはまちのあり方に共感してやってくるからなんでしょうか。

紹介でやってくる方が多いこともあるんでしょう。今、移住者で目立つのはペットを持っている方です。他の地域だとペットって敬遠されることが多いんだそうです。でも舟橋村だと受け入れてもらえる、だからその分マナーを守ろうとしてくれる。

‐締め付けではなく、受け入れることで住民の意識が育っているんですね。

本当にそうです。顔の見える街だからこそ、まちに貢献すると周りから評価されるという体験が子どもたちにあるわけです。授業で川の生き物を調べたところ、希少な魚が生息していることを発見。それから自主的にごみを除去したりして環境を守ろうとし始めたことが元になって、周囲の環境整備のために来年度の予算をつくっている、とか。

‐生活の中で自然と「村のために」という行動が身についていくんですね。

こうやって子どもが大きくなって、また村を守るような教育を次の世代にしていきます。それが本当の循環型社会だと考えているわけです。

‐本当の循環型社会、いい言葉ですね。一方で「日本一小さな村」だけに、どこかで人を受け入れられなくなってしまうのではないか、という疑問もあります。

実は今、一度村の外に出た人を含めて、すべての子育て世代のための、集合住宅建設を進めているんです。「舟橋村でならもう1人子どもを産みたい」と思えるよう、まずはモデルとして2019年には20世帯が入居できるようになる予定です。

(写真:村の中心に位置する舟橋村役場までは駅から歩いて5分ほど)

 

‐確かに今、村の中に集合住宅はほとんどありませんでした。

村の一角に公園、こども園、住宅が近接したエリアをつくっているんですが、保育士さんが子育てのサポートに取り組めたりだとか、連携しあってそれぞれの価値を高めていく仕組みをつくろうとしています。大事なのはそうやって見守りあう「つながり」を持つことだと思っているんですね。

‐住民同士の「つながり」って、行政が主導しすぎても住民に任せすぎてもうまくいかないですよね。

行政主導での空き家への誘致などは、移住した人の活動エリアが固定化されて交わりがなくなってしまうことが多いんです。そうなるとその人一代限りで終わってしまう。そういったことがないように、愛着を持てるコミュニティがうまく育っていくようにしたいんです。ひとりひとりが理想とするつながりの強さは違うからこそ、ですね。

‐「地域全体で子育て」というテーマは、地方でよく言われる話ですが、干渉されすぎることが嫌な方もいますしね。とても楽しみな構想です。

小さい自治体だからこそできることですね。私自身、よく自転車で村の中をぐるっと見て回っていますから(笑)。

‐そうやって金森さんが村長として見ている間は安心かもしれませんが、いつか別の方が村長の職務を引き継いでいくわけですよね。引退後の舟橋村はどうなっていくんでしょう。

引退しても10年20年の間は村民ですから。そのときのためにも、私が間違ったことをやったら「なぜそんなことをやるのか」と言ってほしいと、職員には日々伝えています。

私が役場に勤めてからこれまで4人の村長と一緒にやってくる中で、やるべきことは受け継ぎ、切り捨てるものもありました。そうやってよい村づくりを続けていってもらえればいいなと思っています。

‐村民の方々との話も含め、一貫してコミュニケーションを大切にしているんですね。

日進月歩、丁寧なことをやっていかないといけませんからね。立ち止まるわけにはいかない、乗り遅れないように。リーダーとして、まだまだ現在進行形ですよ。

 

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岡山史興

70seeds初代編集長

1984年、長崎県生まれ。ストーリーをデザインしています。 2017年8月、Twitterはじめました→https://twitter.com/230okym