こんなはずじゃなかった。もっとこうなりたかった。
ずっと目指してきた夢や目標を諦めたとき、私たちは人生そのものに失敗したような気持ちになる。こんな自分に、価値なんて無いんじゃないか、と。挫折から自己嫌悪に囚われてしまった人々へ、お守りとなる言葉をかけ続ける人がいる。
「夢は諦めてもいい。でも人生を諦めないこと。そうすれば、違う形で夢は叶う」
今回取材をしたのは、元お笑い芸人の経歴を持ち、株式会社俺の代表として芸人の就職・転職支援をする中北 朋宏さんだ。
お笑い芸人にずっと憧れていた少年は、道半ばでその夢を諦めた。諦めてしまったことへの後ろめたさ。成し遂げられなかった情けなさ。世界が真っ暗闇に覆われたとき、中北さんはどうやって立ち直ったのか。
芸人としてではないけれど、違う形で夢を叶えた中北さんだからこそ、「夢を諦めてしまった」人々に届けたいメッセージがあった。
お笑い芸人になるため、生きてきた
「何百人といる観客を、一斉に笑わせたときの音。ハハハハハじゃない、どーん! って地響きのような音が轟くんですよ。一瞬何が起きたか、わからなくなる。ウケたときのあの快感は、忘れられないですね」
人を笑わせることに人生をかけ、挑んだ誇り。お笑いが好き! という無邪気な少年の眼差し。それらが垣間見える嬉しそうな表情につられ、つい笑顔になってしまう。
芸能プロダクション・浅井企画に所属し、さまざまな舞台・テレビ番組で活動していた中北さん。そもそも、お笑い芸人になりたいと思ったきっかけは何だったのだろうか。
「小学校2年生のとき。給食の時間に牛乳を吹いて友達を笑わすのが楽しくって。学校の帰り道、明日はどうやって笑かそうか? とばかり考えていました。そのとき思ったんです。こんなふうにネタを考えているってことは、将来はお笑い芸人になってテレビで活躍する人になるんだろうな〜って」
導かれるように自然と抱いた「お笑い芸人になる」という夢。それをどこまでも一途に、まっすぐ追いかけた数十年後。牛乳でクラスメイトを笑わせていた少年は、自分の足で「会場を轟かせるほどの笑いで包む舞台の上」に立っていた。
「芸人であることは、何よりの誇りでしたね」
中北さんの目の輝きからは、希望に満ちた芸人生活が伺えた。実際、憧れの先輩芸人と共演し会場いっぱいを笑いで包むことは、誰にでも経験できることでははない、と胸を張って話してくれた。
けれど一方で、「売れる」ことを目指し奮闘する日々は、常に不安とのせめぎ合いだったという。
「20代中盤に差し掛かった頃、洗車のアルバイトで生計を立てていたんです。ふと、頭をよぎるんですよね。40歳になってもこの生活を続けられるかな……?って」
芸人の仕事だけでは食べていけない。その現実は、一日、また一日と、中北さんの肩に重くのしかかった。舞台の上で眩いばかりのスポットライトを浴びながらも、先の見えない生活への不安と恐怖は拭えなかったのだ。
「だんだんと、自分を信じられなくなっていくんですよ。本当に売れるのだろうか? 人生、このままでいいのだろうか? って。年齢を重ねるごとに、そんな苦しさがありました」
絶望のなか、たぐり寄せた光
そうして27歳を迎えた中北さんは、ある決断をする。
お笑い芸人を、やめる。
全力で挑戦したからこそ痛感した、いつかは売れるだろうと思えるほど甘くない厳しさ。食べていけないのなら、芸人であり続けることはできない現実。それは「生きるための選択」と同時に、中北さんから「生きる意味を奪う選択」でもあった。
「絶望でした。だって小2から追ってきた夢だから。行き先がなくなる、どころの話ではない。真っ暗。もうどうしたらいいか……。わからなくなってしまいました。なんのために生まれたの? なんのために生きてるの? 頭の中をグルグル巡るのは、そんな言葉ばかり。家の中でうずくまっていましたね」
昨日のことのように鮮明に覚えている、とばかりに勢いよく話してくれた。息を吸って吐く、それだけで胸が潰れるほど苦しい時間を、部屋で一人、俯きながら過ごしていたのだろう。その姿を想像し、思わず言葉を詰まらせた筆者。
だが、そんな中北さんの顔を、ふっと上げてくれた人がいた。
「兄が自分の存在を無条件で肯定してくれたんです。“おまえは天才だから! 社長になる人間だから!” って繰り返し言うんですよ(笑)。自分の人生なんて意味のないものだと、自己否定ばかりしていた時期に、“絶対大丈夫! ”と言ってくれる兄の存在には救われました」
一度や二度ではない。折れた紙の折り目を何度も何度もまっすぐ伸ばすように、励ましの声を掛け、側にいてくれたという。兄の言葉を信じて受け入れることで、中北さんの視界は開けていった。
「お笑い芸人」という看板を降ろし「中北 朋宏」の人生をもう一度歩き始めようと、就職活動に踏み出すことにしたのだ。PCを買い、部屋にインターネットを引くところからのスタート。面接に受かるよう、兄は付きっきりで練習相手になってくれた。
しかし、世間の風は冷たい。求人を探せど探せど、「あなたの学歴と経歴じゃ紹介できる会社はない」。そう言われることがほとんどだったという。
「就職エージェントから紹介されるのは、タクシードライバーやビルの清掃員ばかり。その仕事が悪いわけじゃないんです。ただ、芸人関係ないじゃん! って。今までお客さんを何百人・何千人と笑わせてきた経験や努力には一瞥もくべず、“あなたはこんなもんです”と言われているようで。腹が立ちました。“なんで夢を諦めた人に、人生まで諦めさせるんだよ!” って」
憤りを、志に。
就職活動の末、内定をもらった人事系コンサルティング会社へ就職。営業として働く中で見出したのは、新しい笑いの価値だった。
「人を笑わせる力って、ビジネスシーンでは群を抜いて高いコミュニケーション能力なんですよね。正直、こんなもんか! って思いましたもん。他の営業マンよりも、全然お客さんの懐に飛び込める。売れる。実際、就職した会社でMVPやトップセールスも獲りました。
芸人をやっているときは、周りが化け物みたいに面白いやつばっかりだから気づかなかったけど、人を笑わせる力は、価値ある特殊な能力なんだって気づいたんです」
人生をかけ培ってきた「笑いの力」は、中北さんを裏切らなかった。舞台を降りてから数年。ビジネスシーンにおいて、人生において、しっかり味方になってくれていたのだ。
「だからこそ、売れてない芸人に対して思うんです。 もっと自分に期待しろよ! 自分で人生、切り拓けよ! って。売れなかったら、価値がない? そんなことないんですよ。人生は終わってないんだから。そんな「憤り」が「志」になり、起業を決意しました」
「夢諦めたけど人生諦めていない人のために」をコンセプトに掲げ、芸人からの就職・転職の支援をする「芸人ネクスト」、笑いの力で組織を変える「コメディケーション」、笑いの力で企画する「企画の相方」。3つの事業を展開し、起業の道を選んだ中北さん。
そして実際に、就職支援をした方の人生が大きく好転する姿を目の当たりにすることになる。「これは職を紹介する仕事じゃない、彼らの人生を変える仕事なんだ」そう強く実感したエピソードを話してくれた。
「一番最初に就職支援をした元芸人さんに、泣きながら感謝されたんですよ。『これで、付き合っている彼女と、未来の話ができます』って。生活の見通しが立たない中、結婚・子育てといった将来のライフプランを描くのが怖かったと話してくれました。その姿には、じん……っときて。感動しましたね」
転職したいと訪ねてきてくれる芸人を、部屋で一人うずくまっていた過去の自分と重ねて見ているという中北さん。
人生、終わりました……。弱気な彼らに、必ず言う言葉がある。
絶対大丈夫だから!
「絶望していた僕に、兄がしてくれたこと。それを今、僕は仕事にしているんです」
夢は、形を変えて叶う
牛乳でクラスメイトを笑わせていた少年時代には、想像もつかなかった場所に立っている中北さん。その場所から、今どんな景色が見えているのだろうか? 率直に聞いてみた。
「夢は叶わないかもしれない。でも目の前のことに全力を尽くしていれば、形を変えて叶えられます。
例えば、芸人だった頃は、テレビに出て有名人になりたい! と思っていました。それは叶わなかったけど、起業をして人を応援する立場になった途端、メディアに取り上げられテレビに出演する機会も増えた。ああ、そういうことなんだなって。努力は形を変えて、ちゃんと報われる。今、そんな景色が見えてます」
違う形でも夢は、叶う。人生を諦めなければ──。それは夢を追いかける全ての人にとっての希望だ。もし今、挫折をし絶望の中にいる人がいたら、どんな言葉をかけますか? そんな問いに、今日から誰にでもできる心がけを教えてくれた。
自分を否定しないこと。自分に期待し続けること。
「夢と人生は、別ものです。その時点で描いていた夢はダメだったかもしれないけど、人生は続いていく。過去の失敗が、“いい学びだった。いい経験だった”と思えることもあるでしょう?それは、未来を変えようと必死に歩んできた道のりが、過去の意味づけを変えたんです。
結果的に幸せになればいい。未来は誰にもわからないんだから。自分の価値を信じて、自分の手で、自分の人生を、つくっていきましょう」
取材終了後、イキイキとした表情で話してくれた。2冊目の著書を執筆中であること。お子さんが生まれたこと。移住を決めたこと。これからどんどん、会社を大きくしたい、夢。
「走り続けますよ! だって諦める理由なんてないから!」
その言葉に、ハッとした。そうか、諦めなくていいのだ。私たちは何度だって、やり直せる。挑戦できる。選べる。全力で挑んだ誇りを胸に、その先にある「違う形で叶う夢」を見に行こう。諦める理由なんて、何一つないから。
中北さんの著書