岡山 史興
長崎生まれ、富山在住の岡山です。 高校生のときに高校生発の平和活動「高校生1万人署名活動」を立ち上げ、長崎から国連へ核兵器廃絶のアピールを行う第5代高校生大使に選ばれローマ法王に謁見。 平和をライフワークに据え、筑波大学/大学院で「被爆者の証言継承」を研究。 現在は社会の変化を目指すプレーヤーの「共在者」として伴走するトゥ株式会社の代表を務めながら、日本一小さな村富山県舟橋村で「みん営」を掲げる保育料ゼロの学童保育fork toyamaを運営。

すぐに実現しそうにない社会の変化。その当事者であり、実現のために行動し続けてきたとの対話を通じて「長い時間をかけた変化」と向き合うためのヒントを探る対談。被爆者・山川剛さんに話を聞いた。

,too岡山が高校生時代からその背中に触れてきた大先輩が語ってくれた、「核兵器の廃絶」という途方もない変化を目指す取り組みのなかで得た感覚や思いを綴る。

 

■話者プロフィール

山川剛(やまかわ・たけし)

1936年、長崎市生まれ 36年間小学校に勤務し1997年退職 在職中から平和教育に力をそそぎ、 1974年に核実験抗議の座りこみをはじめる 1980年ユネスコ「軍縮教育世界会議」に参加 2005年から2014年まで活水高校で「長崎平和学」を担当 長崎平和推進協会、長崎の証言の会会員。

 

 

変わるものと、変わらないもののあいだで

岡山:
いま「長い時間を伴う変化」との向き合い方を探るなかで、真っ先に山川先生とお話ししたいと思ったんです。

山川:
変化ね。私はね、変化に一番ついていっとらん男やと思うとよ(笑)。スマホも持たん、ガラケーすら持たん。QRコードも読めん。若い人から見たら化石みたいな存在やろうね。

岡山:
(笑)。それは“時代についていけない”というより、“あえて選んでいない”ようにも感じます。

山川:
そうかもしれんね。新しいものに興味がないわけやないとよ。必要なら学ぶしね。でもね、私はずっと思っとる——変わるものと変わらないものがあるって。どれだけ世の中が便利になっても、変えてはいけないものがあるとよ。

岡山:
変えてはいけないもの、ですか。

山川:
その一つが、“人間が持つ根本の問い”たいね。たとえば、平和教育の授業で子どもに感想文を書かせると、必ずと言っていいほど出てくる質問があるとよ。
——「大人はどうして戦争をするんですか?」
私はこれを“子どもの古典的な疑問”と呼んでる。

岡山:
たしかに僕も小学生の頃、同じことを思いました。

山川:
そうやろ? 半世紀以上続いとる。しかも、子どもは戦争を知らん世代よ。でもね、この問いは絶えん。これが不思議とよ。
もっと不思議なのは、大人がこの問いにほとんど答えてこんかったこと。教師も議員も学者も、みんな避けて通る。けど、本当はここに向き合わんといかん。

岡山:
確かに、大人は“答えがない”という理由で逃げがちです。

山川:
そう。答えがないからこそ考え続けんといかんのにね。子どもは本質を突くんよ。「なんで?」という疑問は、それ自体が未来の種みたいなものでね。これが消えたら、人は戦争を止められんと思う。

岡山:
先生ご自身もその問いを抱え続けてこられたんですか?

山川:
抱えとるよ。私は被爆体験を語り続けてきたけど、同時にこの問いを“預けられてきた”と思っとるとよ。答えは簡単には出ん。でも、向き合い続ける姿勢こそが大事。変化の激しい社会の中で、私はむしろ“問いを手放さないこと”が一番の変化を生むと思っとる。

岡山:
“問いを手放さない”……それはこのZINEの読者にも刺さる感覚だと思います。みんな、社会を変えたいと思っている反面、目の前の仕事や生活に追われて、“問い”を忘れがちですから。

山川:
そうたいね。問いを忘れたら、変化というのはただの「流されるだけ」になる。自分の意思で動けん。たとえばスマホもそう。便利やけど、常に流されとる気もする。だから私は持っとらん。持たんでも生きていけるし、むしろ頭の中の“静けさ”が保たれるとよ。

岡山:
“静けさ”……いい言葉ですね。

山川:
静けさがないと、人は深いところまで考えられんと。特に平和の問題はね。今の社会は情報が早すぎて、深い思索が追いつかん。けど、平和というのは“時間をかけて考える種類の問題”たい。今日は不器用な話に聞こえるかもしれんけど、私はその不器用さをあえて大事にしとる。

岡山:
先生の話を聞いていると、変化と不変の間に“ゆらぎ”のようなものがあって、そこが人間らしさだと感じます。

山川:
そうかもしれんね。私はね、“変化に追いつけない”んじゃなく、“変化に飲み込まれない”ようにしとるだけなのかもしれん。変わる必要のある部分は変えていい。でも、その土台になる価値観——たとえば問い続ける姿勢や、目の前の命を大切にする気持ちは、変わってはいけんと思っとる。

岡山:
だから先生は、平和教育を半世紀以上続けてきたんですね。

山川:
そう。問いを手放してしまったら、もう平和は守れん。だから私は、どんなに時代が変わっても、まずこの問いから話を始めるとよ。

 

教育は戦争をつくる力にも、戦争をなくす力にもなる

岡山:

さきほど先生は“変わってはならないもの”として、子どもの問いを挙げられました。では、それに大人がどう応えるべきなのか——その役割が教育にあるということですよね。

山川:
そうたい。私はね、世の中を変える力は教育にしかないと思っとる。人間は変われる。けど、その根っこをつくるのは教育だけたい。

岡山:
先生は「教育は戦争をつくる力にもなる」ともおっしゃいますよね。

山川:
なるとよ。実際、日本は戦時中に“国民学校”に切り替えて、戦争ができる国民を育てる教育にしとった。子どもは感覚で価値観を吸収するから、教育の方向を変えれば社会の方向も変わる。それは良くも悪くもね。

岡山:
確かに、教育は“価値観をつくる場所”ですね。

山川:
そう。その一番大きな価値観が“平和をどう捉えるか”たい。けど今の日本では平和教育が教科書にも必修科目にもなっとらん。国語や算数は必修なのに、その土台である“平和な社会をつくる人間を育てる”という目的は必修じゃないんよ。分母が抜けとる状態。

岡山:
“分母が抜けている”という比喩が印象的です。

山川:
分母がないまま、分子だけ並べても揺らぐのは当然たい。子どもに「なぜ勉強するの?」と聞かれて、明確に答えられる大人はどれだけおるか。私は、教育の目的は“平和な世の中を支える人”を育てることやと思っとる。それが抜け落ちた状態で、どれだけ教科を積み上げても安定せん。

岡山:
どうして平和教育は必修化されないんでしょう?

山川:
簡単たい。“やらなくても社会がすぐ困らんから”よ。国も教師も、「誰かが勝手に平和をつくってくれるもの」と思っとる。平和が公共財であることを分かっていながら、その担い手を育てる教育には力が入らんとよ。

岡山:
でも、世界では平和教育の重要性は認められていますよね。

山川:
1999年、オランダ・ハーグの市民会議で“世界の学校は平和教育を必修にすべき”と決議された。世界の市民はそこまで考えとるのに、日本は動かん。教科書もない、やりたくない先生はやらんで済む、それでは広がらんよ。

岡山:
長崎の活水高校で先生が初代講師を務められた「長崎平和学」が唯一必修化した例なんですよね。

山川:
そう。活水高校だけたい。でもね、本当は全国でやるべきなんよ。“平和を守る力”は国語より算数より社会より、もっと前にある基礎やけん。

岡山:
先生の言葉から、“教育の方向性が社会の方向そのものになる”という重さを感じます。

山川:
ちょうどよか例があるよ。防衛省が毎年、カラーパンフレット「丸わかり日本の防衛」を作っとる。これは国家の防衛方針を子どもにも分かるように説明しとる冊子やね。不思議なことに、これが配られるのは小学校やとよ。中学でも高校でも大学でもない。

岡山:
確かに、それは象徴的ですね……。

山川:
歴史に学んどるんよ。戦争遂行のための価値観は“若いほど染み込みやすい”。だから私は、平和教育も同じくらい戦略的に広めんといかんと思っとる。子どもの価値観が作られる時期に“平和という分母”を入れなければ、社会はいつまでも揺らぐ。

岡山:
教育の方向を変えれば、社会も変わる——それを半世紀向き合ってこられた先生だから言える言葉ですね。

山川:
そう思うよ。私は被爆者として体験を語る役割もあるけど、同時に“未来に向けた価値観の種をまくこと”も使命やと思っとる。平和教育は、小さく見えて、実は社会の根本を変える最も大きな力たい。

岡山:
平和教育が必修化された社会は、どう変わると思いますか?

山川:
簡単たい。“子どもが平和の担い手になる”。国のために戦う子どもから、社会のために考える子どもに変わる。その違いは、戦争が起きるか起きんかの差にもつながる。

岡山:
先生が半世紀以上強調してきた意味が、ようやく立体的に見えてきました。

山川:
教育はね、社会を静かに変える。すぐには見えん、けど確実に変わる。私はその“ゆっくりした力”を信じとるとよ。

 

希望とは、誰もが学べる「未来の扱いかた」

岡山:
先生は半世紀以上、平和教育に取り組んでこられましたが、世界ではいまだに戦争や紛争が絶えない現状があって。活動を続けるうえで心が折れそうになったことはありませんか?

山川:
もちろんあるよ。何十年と語り続けても世界から戦争はなくならん。「私がやっとる意味はあるんか?」と、気持ちが沈むときもある。被爆者としての体験を語るのは、自分の過去を毎回えぐるような作業やけんね。簡単なことじゃなかよ。

岡山:
そんなとき、先生を支えたものは何だったんでしょうか。

山川:
ひとつ大きい出来事があってね。これも活水高校の生徒の話たい。その子が東京に住む友達に「8月9日は登校日なんだよ」と話したら、「長崎は戦争の影があって行きたくない」と言われたとって。その子はショックばってん、落ち着いて説明したとよ。「長崎では原爆が落ちた日だから、平和を考えるために登校日なんだよ」って。

岡山:
その話は深いですね。価値観が生活に根づいている。

山川:
そうたい。私はね、その話を聞いて涙が出たとよ。小さな種をまき続けてきた結果が、人の言葉に形として現れた瞬間たい。大きな変化じゃない。でも、人が“違う角度”で世界を見るようになった。そのことが私を支えた。

岡山:
先生の中で「平和教育は無力ではない」と実感された瞬間ですね。

山川:
そうよ。でもね、もうひとつ大きな気づきがあったと。私は長い間、悲劇ばかりを語ってきた。原爆がどう人を傷つけたか。どれだけ悲惨だったか。もちろん必要な話やけど、それだけでは人は動かんとよ。

岡山:
なぜでしょう?

山川:
人は“希望がないと動かん”。恐怖や悲しみだけでは、心が縮むとよ。行動は生まれん。だから私は、退職してから“希望の平和学”を始めた。希望にも根拠が必要なんたい。

岡山:
根拠のある希望……それはどんなものですか?

山川:
たとえばね、「軍隊を持たない国が25カ国以上ある」「200年以上戦争をしていない国がある」「核兵器禁止条約が発効した」これらは全部、未来が変えられる“証拠”なんよ。

岡山:
たしかに!それは現実に起きたことで、ただの理想論ではありませんね。

山川:
そう。私はね、“核兵器廃絶は理想ではない”と言い続けとる。理想と思った瞬間、人間は諦めると。けど、“課題”とすれば話は違う。課題なら、やらんと未来は続かんのやけん。

岡山:
先生が示す希望は、ただ明るいだけじゃなく構造的なんですね。

山川:
そうたい。希望には構造がいる。あいまいな励ましじゃ人は動かん。たとえば核兵器禁止条約。これは世界で初めて“核兵器は違法”とした条約たい。アメリカやロシアは入っとらんばってん、条約ができたという事実が大事なんよ。仕組みができたら、人はそれに合わせて動き始める。歴史はそうやって変わってきた。

岡山:
希望を語ることは、未来に対して責任を持つことでもあると感じます。

山川:
その通りたい。私はね、子どもたちに悲劇だけを残したくない。未来に残すべきは“絶望”やなく“希望の筋道”よ。そして何より、“希望は行動を生む”。行動を生む教育が、本当の平和教育たい。

岡山:
希望が行動を触発する……それは現在の教育全体にも当てはめられますね。

山川:
そうやろ?私はね、平和教育だけじゃなく、すべての教科に“希望の筋道”が必要やと思っとる。国語で読む物語も、数学の論理も、社会の歴史も——どれも“人が未来をよくできる”という前提があってこそ、生きた学びになる。

岡山:
先生はなぜ、そこまで希望を強調するようになったんですか?

山川:
長崎でずっと講話をしてきて、気づいたんよ。子どもは暗い未来では動かん”。
そして大人も同じ。だから私は明るく語る。明るさは軽さとは違う。未来に責任を持つための“覚悟としての明るさ”たい。

岡山:

山川先生の世代で社会活動について「明るさ」を口にする方はとても珍しい気がします。

山川:
そうかもしれんね。私も社会がすぐ変わらんことはわかっとる。でも変わらんからこそ、しつこく続ける意味がある。それにね、“明るさ”は伝染するんよ。悲観より希望のほうが、人の心を広げると。

岡山:
先生の語りを聞いていると、希望とは技術であり態度でもあると感じます。

山川:
そうたい。希望とは“未来の扱いかた”よ。そして未来を扱う技術は、誰でも学べる。私はそのことを、子どもにも大人にも伝えたいとずっと思っとる。

 

 

教育で「時間」を取り戻す

岡山:
先生の話を聞いていると、「教育」は社会をゆっくり変えるための巨大な装置のように見えてきました。けれど今、多くの人が“すぐ結果が出る変化”ばかりを求めているようにも感じます。

山川:
そうたい。今の時代はね、変化のスピードが速すぎる。何でも“更新”される。政治も経済も、人の期待も同じ。1年後じゃ遅い、来週変わらんと意味がない——そんな空気が世の中に満ちてしまった感じがする。

岡山:

長い時間をかけて変わるものに付き合う忍耐力が失われているということですね。

山川:
まさにそれよ。でもね、大事な変化は“時間がかかって当然”なんよ。木が育つように、人が育つように。教育はその最たるものやけん、短期的な変化ばかりに目が向くと、肝心なものが見えんようになる。

岡山:
では、どうすれば人は長い時間を伴う変化に向き合い続けられるのでしょう。

山川:
ひとつの鍵は、“変化の手触り”を与えることたい。人間は、まったく反応がないと続かん。けれど、わずかな変化でも感じられれば続けられる。さっきの活水高校の話もそう。あれは、九年間続けてきた平和学習が生んだ“ほんの小さな芽”やった。でも、その芽が見えただけで、私は続ける力を取り戻した。

岡山:
なるほど。変化の“兆し”を見せることで、人は長期の取り組みに耐えられる。

山川:
そうたい。だから私は、講話でも「未来の芽」を具体的に示すようにしとる。たとえば、軍隊を持たない国の話、200年以上戦争してない国の話、核兵器禁止条約の話。これらは全部、今の世界に“すでに存在している希望”たい。こういう芽を見せれば、子どもたちは「自分も何かできる」と思い始める。

岡山:
人は、希望の“前例”を見ることで、未来を信じられる。

山川:
その通りよ。長い時間を扱うには、希望の前例が欠かせん。科学でもそうやろ? 過去に成功例があると、新しい挑戦に踏み出せる。平和の分野でも同じ。歴史が示す「うまくいった例」を見せれば、人は続けられる。

岡山:
ただ一方で、社会はますます短期的な情報に流されやすくなっています。SNSも、政治の空気も。そこにどう歯止めをかければいいのでしょう。

山川:
ここでも鍵は教育よ。人間は“たった一つの狭い窓”から情報を見るようになると、視野がどんどん圧縮される。SNSは便利ばってん、どうしても視点が細る。新聞のように、一面に広がる情報を眺める体験が減ったとよ。

岡山:
情報の“面積”が狭まっているのですね。

山川:
そうそう。面積が狭まると、思考も狭まる。だからこそ、教育の役割が大きいんよ。“長い時間を見る目”を養うのが教育たい。平和教育はその中心にあるけんね。

岡山:
長い時間を見通す力は、どんなふうに育つのでしょう?

山川:
私はね、「分母を見る力」やと思っとる。世の中には分子ばかり見て判断する人が多い。今日何が起きたか、このニュースが何を示すか。でも本当に大事なのは分母たい。ニュースが生まれる前提、社会の構造、歴史の積み重ね。これを見んと、長期の変化はつかめん。

岡山:
先生の言う“分母”は、時間そのものですね。

山川:
そうよ。平和教育は“分母側の学び”たい。歴史の背景、人間の本質、戦争の構造。こういう土台の理解なしには、戦争はなくならん。

岡山:
短期的な変化が求められる社会のなかで、分母を見る力を育てる教育は、より重要になっている気がします。

山川:
まったくその通りたい。だから私はどこでも“必修化”と言い続ける。平和教育を教科の並列に置くんじゃなくて、すべての教科を支える分母に据えるべきやと。目的としての平和が分母にあれば、学びの意味は明確になる。国語も数学も理科も、“平和をつくるために学ぶ”という筋道が生まれる。

岡山:
それはまさに、教育の目的を再構築する話ですね。

山川:
そうたい。平和を分母に据える教育は、学びを長い時間軸につなぐ仕組みそのものよ。時間のかかる変化に社会を巻き込むには、まず“時間のかかる価値”を理解できる人を育てんといかん。

岡山:
先生の視点は、まさに「変化の探求」そのものですね。短期の変化ではなく、長期の変化を扱う技術としての教育。

山川:
そうよ。
私はただの被爆者じゃなく、“時間を扱う実践者”のつもりたい。原爆が奪ったのは命だけやない。未来の時間も奪った。だから私は、時間を取り戻すために教育を続けとる——そんな気持ちなんよ。

 

 

何を変えたいか、よりも「何を残せるか」

岡山:
先生のお話を通して、“変化には時間がかかる”という当たり前のことが、実はどれほど大きな意味を持つかを改めて考えさせられました。先生の平和活動そのものも、長い時間の中で続いてきた取り組みですよね。

山川:
そうよ。私が爆心地での座り込みを始めたのは1974年たい。あれから50年近く経つ。でもね、座り込みという行動自体は、誰かの心を動かすほど派手でも強烈でもない。むしろ“さざなみ”たいなものよ。けれど、そのさざなみが太平洋を越えて、遠い国の岸に届くんよ。

岡山:
届くんですか?

山川:
届くよ。核実験をする国は必ず抗議を受け取っとる。抗議の数や声の広がりを、ちゃんと気にしとるとよ。たとえ小さくても、黙っているよりはずっとブレーキになる。人間はね、自分の行動が“誰にも見られていない”と思ったら、あっという間に暴走する生き物よ。

岡山:
その小さな抑止力が、大きな未来を変えている可能性がある。

山川:
そうたい。だから、続けることに意味があると。でも続けるには“明るさ”がいる。
暗い気持ちでしつこく続けるのは、人間には無理たい。だから私は、明るく、しつこく——これが信条になった。

岡山:
“明るくしつこく”。いい言葉ですね!

山川:
私は被爆者やけん、怒りや悲しみの感情は当然ある。でもね、怒りだけでは世界は動かん。未来を動かすのは、さっきも言ったように人を巻き込む“明るい力”たい。

岡山:
長い戦いや活動には、怒りや悲しみより明るさの方が持続する。

山川:
そうたい。それに明るさには、希望を引き寄せる力がある。人は暗い場所には集まらん。光のある場所に寄ってくる。だから私は、希望の“証拠”を語るようになった。根拠のない励ましやなく、事実として存在する希望よ。

岡山:
改めて、先生のいう希望は、感情ではなく構造なんだと感じます。

山川:
その通りたい。例えば、核兵器禁止条約。あれは世界の構造を変える“仕組み”たい。今は弱か条約ばってん、仕組みがあるだけでも大きい。仕組みは育つ。時間をかけてね。

岡山:
未来を変えるには、人間の意志だけでなく仕組みと時間も必要だと。

山川:
まさにそれよ。人の意志は揺らぐけど、仕組みは揺らがん。時間は裏切らん。だからこそ、希望を“仕組みとして残す”ことが平和活動の本質だと思っとる。

岡山:
仕組みが残れば、人が変わっても未来が続く。

山川:
そうたい。被爆者がいなくなっても、未来は続くやろ?だから私は悲観してない。後を継ぐ若い人は必ず出てくる。歴史がそうやって続いてきたようにね。

岡山:
先生の話を聞いていると、「時間を味方にする」という視点が、とても強く胸に残ります。

山川:
時間は最強の味方たい。短期では何も変わらんように見えても、長い時間の中では、小さな行動が大きな地殻変動を起こす。座り込みも、講話も、署名も、どれも“未来のための地層”を積み重ねる作業よ。

岡山:
先生が長い時間の活動を続けられる理由が、少し分かった気がします。

山川:
それとね、私は“自分が変えたいもの”だけを見とらんとよ。代わりに、“自分が何を残せるか”を考えとる。残すものがある人は、しつこく続けられるんよ。それは子どもへの言葉でもいい。条約への後押しでもいい。私にとっては、それが平和教育やった。

岡山:
先生が語る平和教育は、“未来をつくる教育”そのものですね。

山川:
そうたい。平和教育は特別なものやない。“未来が続くために必要な教育”たい。
平和が分母にあれば、どの教科も意味を持つ。学ぶことそのものが、未来に責任を持つ行為になる。

岡山:
最後に、先生からこれを読んでいる方へ伝えたいことはありますか?

山川:
うん。もし読者にひとつだけ言うなら、こう言いたい。「変化は必ず起こる。あなたが続ければ、必ず未来に届く」と。小さくてもいい。静かでもいい。さざなみは太平洋を渡ると。

岡山:
さざなみは届く——まさに希望の心構えですね。

山川:
ほんとうに届くとよ。だから諦めんでほしい。明るく、しつこく。これが、長い時間をかけた変化と付き合っていく唯一の方法たい。


本記事は、私たちが初めて出版する『変化の探求。』の特集「対談・長い時間をかけた変化との向き合いかた」に収録したものです。ぜひ本も手に取ってみてください!

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