かつて「3K(きつい、きたない、危険)」と揶揄され、現場で汗をかき泥にまみれる仕事、特に農林水産業は若者に敬遠されてきた結果、後継者不足が深刻な課題となっています。
しかし近年、環境保全への関心の高まりや、地方での暮らしに目が向けられるようになったことで、「自然の中で気持ちよく働きたい」価値観から、農林水産業をキャリアの一つとして選ぶ若者が増えています。
今回話を聞いた、いしづち森林組合で働く坪田裕希(つぼたゆき)さんは愛媛県内でも数少ない「林業女子」。男性が働くイメージの強い林業の世界に飛び込んだ坪田さんが語る、「自分らしい生き方」のつくりかたとは。
「好きな仕事」で生まれた笑顔
「私の周りもそうだったんですけど、スーツを着てデスクワークを希望する人が多いじゃないですか。でも私は作業服を着て外で身体を動かす仕事がしたいと思っていました」
インタビューのはじまりから印象的だったのは、どこか子どものような無邪気さすら感じさせる坪田さんの笑顔。
農業を営んでいた叔父の影響で、幼いころから自然の中で遊ぶことが好きだったという坪田さん。愛媛県松山市から秋田県の大学に進学し、自然環境、特に森林生態について研究する中で決めた結論は、「自然環境を守る仕事」に就くこと、そして、そのフィールドとして選んだのは、生まれ育った松山市からほど近い西条市への「Jターン」でした。
この山、わたしに任せてや
日本では戦後、高度経済成長期に山林の開発が進み、ここ西条市の山にもたくさんのスギ・ヒノキが植林されました。時は流れ、かつて植林した木が成長し、利活用される時期がきましたが、木材輸入の自由化や円高などを背景に林業は衰退し、広大な人工林が放置されることに。放置された人工林は、水を貯える力が弱まるほか、土砂崩れの危険性など多くの課題を生み、やがて所有者すらわからなくなってしまう山林も。
森林組合での坪田さんの仕事は、そんな手入れされなくなった山林の所有者を探すことから始まります。その中身は、木の状態や本数を調査し、収支が計算された整備プランを立て、所有者に提案するというもの。
「新人の頃は所有者の方にまったく取り合ってもらえませんでした。私がまだ若くて経験値も少ない女性だったということもあるかもしれません。でも、粘り強く頑張って少しずつ信頼関係を築けたと思います」
今では林業施業プランナーとしていくつかのエリアを任せてもらえるようになったと自身の成長を振り返る坪田さん。林業の世界はまだまだ男性が中心のイメージですが、飛躍的に機械化が進んだことで、腕力に自信のない女性も挑戦できる職業に変わってきた林業の世界。「大好きな森を守りたい」という彼女の純粋な想いは性別を超えて周りにも受け入れられているようです。
林業はかっこええ
放置された人工林は光が届かない「暗い森」。しかし間伐をすることによって光が届くようになり、下草が生え、木が枝を広げて森が本来の機能を発揮できるようになります。森に光が射す瞬間は、命の誕生を想起させるような美しさだといわれます。
時にはデスクワークも必要ですが、やはり現場に出ると心が躍ってしまうという坪田さんにとって、四季折々表情を変える山、澄んだ空気、街の喧騒とは程遠い静けさなど、すべてが林業の魅力につながっています。
「五感で四季を感じられる自然の中にいると、本当にストレスを感じることがないです。あと、現場の方の熟練された技術を見ると『かっこいい…』と惚れ惚れしちゃいます。木が倒れる時の音や地響きも大きければ大きいほど気持ちいいんですよ。皆さんもぜひ、山に来てもらいたいです」
自然の中で働くことを求めて西条市にやってきた坪田さん。もともとは「松山市の近く」という理由から選んだこのまちでしたが、今はそれ以上の魅力があると語ってくれました。
「まず、水道代がタダ、というのはびっくりしました。飲んでみたら水がとってもおいしいんです。だから野菜もおいしいですよね。それから、人がやさしいと思いました。このあいだも職場の方が箱いっぱいに野菜を持ってきてくれて、好きなだけ持って帰って良いよ、と。人があったかくて、こんなに水に恵まれた環境は他にないと思います」
西条市の名物でもある「石鎚山」、「水」、そして「ひと」。坪田さんが守る山が、まちの魅力をさらに育み、そのまちがまた彼女をやさしく包み込んでいく姿は、ひとつの生態系のようです。
次の世代へバトンをつなぐ
山と海が直線距離で20kmという近さにある西条市の自然は、とても魅力的である一方、山の傾斜が急なため、林業従事者にとっては危険も多く、手入れは大変とのこと。それでも、元気な森をよみがえらせるには、もっと木を消費して若い木を植えることで、森を循環させていかなければなりません。
「山を手入れすることは、その山の所有者が喜ぶだけじゃないんです。それによって水をきれいにしたり、土砂災害が少なくなったりと、山自体の機能が上がれば、ふもとの人たちの安全を守る意味でもすごく大事なんです」
森や山が持つ本来の機能を取り戻すことで自然を守り、やがて森から川へ、西条市民の生活を潤す地下水「うちぬき」の保全につながります。最後に坪田さんに今後の意気込みを聞いてみました。
「私たちの仕事は、すぐには成果が見えません。私たちの子供や孫の世代、ずっと先の未来を想いながらこれからも頑張ります」
植林した木が木材として出せるようになるまで、30年から50年。林業は次の世代、その次の世代へと脈々と受け継いでいく産業です。自分らしく生きる坪田さんの力強いメッセージは、森に射す光のように、これからもずっと先の未来を明るく照らしています。
いしづち森林組合
いしづち森林組合は、全国の森林組合の「モデル組合」として林野庁の認定を受けています。これにより、林野庁や全国森林組合連合会からのサポートを受け、西条市と新居浜市の山林の管理をより強力にすすめていきます。