和奏女子楽団「ウーマンオーケストラ」は、女性のみの音楽家で形成するエンターテインメント集団だ。会社のパーティーや結婚式など、依頼者の要望に沿った楽器や楽曲を出張演奏しにいく。現在、所属する音楽家は100名で、売上は右肩上がりとなっている。

その代表を務めるのが株式会社エル・マジェスタ社長の阿部志織さんだ。音楽を芸術だけの視点ではなく、ビジネスの面からも捉えていきたいと考えている。

小野 ヒデコ
1984年東京生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。自動車メーカで生産管理、アパレルメーカーで店舗マネジメントを経験後、2015年にライターに転身。週刊誌AERAをはじめ、PRESIDENT、ウェブメディアTHE PAGEなどで執筆中。

音大に行っても将来仕事の保障はない

 

エル・マジェスタのWebサイトには毎週、ウーマンオーケストラに入団したい希望者からの連絡が相次ぐ。現在は依頼を受ける仕事量より入団希望者数が多く、募集はお休みしているほどだ。音楽家たちが働く場所を求めていることが伺える。

 

今は年間100本ほどの依頼を受け、その都度、演奏者を募り都合の良い人が出向く仕組みとなっている。依頼者から時間や予算をヒアリングし、最適な楽器や曲目は何かを探っていく。所属する音楽家は20~30代で、和洋楽器それぞれ幅広くそろえている。

 

プレーイングマネジャーとして、週3回ほどバイオリンを持って演奏しに出張する阿部さんだが、音大出身者ではない。10歳から高校卒業までバイオリンを続けるも、「音大には行こうと思いませんでした」と語る。

 

「中学生の時、仲の良かった友達が『音大に行っても食べていくのは難しい』と言っていたんです。それを聞いて、音楽家になっても仕事の保障があるとは限らないと思い、一般的な大学に進学することにしました」

 

大学時代、アナウンサーになることを目指していた阿部さん。しかし、現実は厳しく、就職活動では内定をもらうことができなかった。卒業後は音楽を武器にフリーランスの道を選んだ。主にバイオリン奏者としてイベントなどで演奏をし、生計を立てていった。

仕事のつながりで、ナレーションの仕事を依頼されることも。「アナウンサーの勉強をしていたことが活きています」

   

震災で仕事がゼロに 機運をかけて始めたバイオリン指導

 

持ち前のコミュニケーション力の高さと営業力で、フリーランスとして順調に仕事が増えていった矢先、東日本大震災が起きた。2011年3月11日、当時24歳だった阿部さんは東京にいた。震災直後、衣食住が最優先となり、趣味や娯楽は自粛のムードになっていった。演奏の仕事の依頼も突如なくなり、仕事はゼロになった。

 

「エンターテインメントは一番初めに削られてしまうことを知りました。音楽は芸術ではなく、ビジネスと捉えないといけないと思いました」

 

音楽とビジネスを掛け合わせるにはどうしたらいいか。無料で事業を始められて、人のためになって、稼げる仕事は何か―。

 

思いついたのが「―かっこいいオヤジになるためのバイオリン教室―GINZA EL MAJESTA」だった。謳い文句は“全くの初心者でも1日でバイオリンが弾けるようになること”。『きらきら星』レベルの曲は1時間で弾けるようになるそうだ。

 

「基礎ばかりに捉われたレッスンを受け、音楽の楽しさを知らずに辞めてしまう人をたくさん見てきました。まずは、1曲弾けることから始めることがポイントです」

 

阿部さんは10歳の時、転校先の小学校で管弦楽部に入り、バイオリンと出会った。1カ月後には演奏会という状況の中、何よりも与えられた曲を弾きこなすことが求められたという経験をしている。

「GINZA EL MAJESTA」を思いついたきっかけは、「休日に家で父がゴロゴロしているのを見て」と阿部さん

   

ただ弾いているだけでは、聞いてもらえない

 

1ヶ月で演奏会に出演し、人前で披露する喜びを学んだ原体験が、バイオリン指導にも活きた。以前、ある男性が「2ヶ月後に部下の結婚式で、長渕剛の『乾杯』を弾きたい」と言ってきた。

 

練習の末、男性は夢を叶える。その時、周りからの評判がよかったことが、本人の成功体験につながったと阿部さんは振り返る。

 

「教えるのも好き。生徒さんが成長していく姿を見ることが面白い」

 

阿部さんの原体験はもう一つある。高校生の時、阿部さんの地元の津田沼駅では路上ライブが流行っていて、ミュージシャンたちが立て続けにメジャーデビューしていった。思い出作りにと、幼馴染の女友達と二人、制服姿でバイオリンを演奏することにした。

 

帰宅途中の社会人をターゲットに、夕方から夜にかけて良く知られているPOPな曲を演奏したところ、100人ほど人だかりができたのだ。

 

「その時、知らない男性が呼び込みをしてくれたんです。ディズニーランドで働いている方だったみたいで、プロの呼び込みで集客してくれました」

 

人が集まり、お金も集まった。成功体験を得たと同時に、気づいたことがある。

 

「ただ弾いているだけでは、聞いてもらえない」ということだ。どうしたら道行く人が立ち止まって聴いてくれるか。そのために、服装は制服にしたり、呼び込みを手伝ってもらったり、パネルに紹介文を書いた。路上ライブでの経験は、今の原動力になっている。

演奏のスキルだけでなく立ち振る舞いも大事と考えるため、外部の講師を招いてマナー講座も開いている。(阿部さん提供)

   

発想力と実行力でビジネスの幅を広げる

 

転機が訪れたのは、28歳の時。あるイベントにて「女性だけのオーケストラを集めてほしい」と言われた。そこで人脈をたどり、20人の女性演奏者を集めた。

 

その時、「個人ではなく、会社にしたらいいのでは」という助言をイベント関係者から受けた。それがきっかけとなり、1カ月で会社を立ち上げたのだが、阿部さんは元々女性だけの団体を作りたいという願望があったと言う。

 

「以前、『笑顔で働きたいママのフェスタ』というイベントに演奏者として呼ばれました。そこでは子育て中のママが各自の特技を生かして活動していて、仕事や好きなことに対する強い思いに感銘を受けました。その時、音楽を女性だけで演奏した方が面白いのではというヒントを得ました」

 

思い立ったらまずはやってみる性格の阿部さん。すぐに起業に向けて動き出した。これまで出会ったクライアント一人ひとりに挨拶回りに行き、起業したことを報告。「皆さん、応援してくれました」と笑顔をほころばせる。

 

阿部さんの強みの一つは、新しいことに挑戦していく精神だ。例えば、結婚式での話。披露宴などで生演奏のサービスがあっても、ただのBGMとして終わってしまい、印象に残らないのではと疑問に思っていた。

 

「それだったら私たちが各テーブルを回ったらどうだろう。お客様の好きな曲を弾いたら喜んでもらえるのでは」

 

提案したところ、採用する会場もあり、ビジネスの幅が広かった。現在はそのアイデアを展開し、カフェなどの飲食店でもサービスを提供したいと思っている。

奏後も、その場の人とコミュニケーションをとることを大切にしている。(阿部さん提供)

   

個人だけではなく、組織全体で成長を目指す

 

順風満帆に見える阿部さんだが、課題もある。一つはチーム作りだ。

 

「個人プレーの集まりなので、自分の利益になること以外はしない人もいます。営業一つにしても、全員が取り組めばチームとして大きな力になるのにと思っています」

 

阿部さん自身、個人事業主の時と比べて、収入が4倍になった。チームワークの可能性を体感しているからこそ、なおさらその重要性を感じる。SNSでの発信一つにしても、演奏者が自分ひとりの写真を投稿するより、チーム全体の写真の方がインパクトは大きいはずだと考えている。

 

「そこは私も統率力をもって、リーダーシップを発揮していきたいです」

 

そして今、ぶち当たっているもう一つの大きな壁、それは音楽をサービスと捉えることに対して、一部で批判があること。それでも、阿部さんはビジネスとして取り組む姿勢を大切にする。

 

「音大を卒業しても、仕事がない人を今まで多く見てきました。私は音大を卒業していませんが、こうして稼ぐことができています。音大の人は個々のスキルが高いことが事実。その才能とビジネスを融合させて、化学反応をおこしていきたいです」

 

芸術の世界は、自分が表現したいものが報酬に直結するとは限らない。むしろ、その道で生計を立てられる人は一握りの中、どうやって音楽家が自立していけるかを日々考えている。

 

音楽を愛するからこそ、音楽をサービスと捉え、ビジネス化し、資金を調達する。ウーマンオーケストラが、女性音楽家にとっての居場所になれたら。そんな思いで進む阿部さんの後ろには、これからも新しい道筋ができていきそうだ。


【関連記事】

原点は母の背中-こども宅食は「相談できる関係」を育む

ムスリム女子学生が「自撮り」で見つめる信仰と自由

2018年3月に開催のヘアーショーで生演奏を披露したウーマンオーケストラ。(阿部さん提供)