橋場 了吾
1975年、北海道札幌市生まれ。 2008年、株式会社アールアンドアールを設立。音楽・観光を中心にさまざまなインタビュー取材・ライティングを手掛ける。 音楽情報WEBマガジン「REAL MUSIC NAKED」編集長、アコースティック音楽イベント「REAL MUSIC VILLAGE」主宰。

現在、日本のジャズシーンを賑わせているのが新世代のキーボーディストたちです。佐野元春さんや土岐麻子さんのバックバンドでも存在感を放つSchroeder-Headzの渡辺シュンスケさんや、本格派ジャズトリオfox capture planや海外でも評価の高いJABBERLOOPで活躍中の岸本亮さんなど、個性的なプレイで聴くものを魅了するキーボーディストたちが続々登場しています。

 

そのようなシーンで、もう一人大注目されているキーボーディストがいます。ADAM at…本名の「玉田(Tamada)」を逆読みにしたアーティスト名で、調味料のCMソングや野球中継のオープニングテーマなどを担当、ジャズファンのみならずロックファンにも届く楽曲でどんどん知名度を上げています。

 

そのADAM at、活動開始から6年、デビューから3年が経過していますが今なお地元・浜松に住みながらの活動をしています。1月にリリースした3枚目のフルアルバム『Echo Night』のプロモーションのために来札したADAM atをキャッチ、地方で活動することの意義、音楽的な地方創生について伺いました。

 


 

個性を伝えるためには過去3作が必要だった

‐ADAM atの楽曲の凄さは、一聴しただけで「この曲、ADAM atだ」とわかる個性だと思うんです。

 それはすごく嬉しいですね。実は、ピアノで個性を出すというのは難しいんですよ。ギターはエフェクターを使った繊細な音作りが出来ますが、ピアノの場合調律やボディそのものによって“鳴り”が変わって来るので、音の個性よりプレイスタイルや楽器の個性の方が強く出てきちゃうんです。有名なピアニストが演奏していても、意外にわからないものなんですよね。

‐その中でこの個性を確立したのは凄いことですよ。

インストバンドは歌詞がないので、テレビやラジオから流れて来ても歌詞検索ができません。このピアノの音って誰だろう?ってなったときに、はっきりはわからないけどあのアーティストっぽいなと思わせたら勝ちだと思っているんですよ。

調味料のCMは一発でわかりました。

だからこそ、過去3作のタイトルトラックは似たリズムで作って来たんです。ADAM atが得意とするリズムにピアノを乗せるということを3作やってきたので、今回のテレビCMの15秒・30秒という短い時間で、ノンクレジットでも「これってADAM atっぽいよね。CMソングの検索をかけたらやっぱりADAM atだった」というリアクションが一番嬉しいんですよ。

‐ADAM atに触れたことがある方であればすぐにわかると思います。

そのために、過去3作を費やした感じはあります。それくらいしないと、個性が伝えられないんですよね。

 

地元から盛り上がらないと、という気持ちが強い

‐玉田さんは全国でライブを行いタイアップも多いアーティストですが、地元・浜松から東京に引っ越さない理由は何ですか?

大きく分けると2つあるんですけど、ひとつは家賃です(笑)。もうひとつは、“ご当地”を大事にしているからです。今はデータでやり取りが出来るので、東京にいなくても出来ることが増えました。現に北海道や関西、九州を拠点にしているメジャーアーティストもたくさんいるわけです。東京に行くことは良いことだと思うんですが、その分ライバルも増えるんです。

‐毎日いたるところでライブが開催されていますもんね。

浜松の音楽シーンもちゃんとありますし、浜松にいるからこそいただけるライブの仕事もあります。それを拾わずして東京に行ってしまうのはもったいないと思うんですよね。“ご当地アイドル”“ご当地キャラ”がたくさんいる中で、リンクするはずの音楽をリンクさせないまま東京に行くというのは、ビジネスチャンスをつぶしているような気がしちゃうんです。

‐確かにその傾向はありますよね。

地元の人は応援してくれるはずですし、何でそれを捨てちゃうのかなって。東京で売れて故郷に錦を飾るという方法もありますが、地産地消・地方創生ではないですけど地元から盛り上がらないと、という気持ちが強いですね。

‐今や浜松の音楽シーンを盛り上げる存在です。

大都市は人口が多いので、好きになってくださる方は多いです。浜松は人口の分母が多くはないので、底上げしておかないとほかのアーティストが来たときに盛り上がらない…やっぱりいろいろなアーティストに浜松に来てほしいんですよ。彼らが浜松に来たときに「そういえばADAM atがいたな」と結びつくようになったら嬉しいですね。

‐浜松にとっては心強いですね。

こうすれば、地場産業や商工会議所の仕事なんかもありますから(笑)。

‐急にビジネスマンの顔になりましたけど(笑)。

それは冗談として、地元で売れて、東京に“呼んでもらえる”ようになりたいですね。例えば日本武道館でライブができるようになっても浜松に住んでいると、「浜松=インストの街」という印象付けにもなるのかなって。そういう風になるのが、ひとつの夢です。

 

ライブでは一緒に笑って、踊って、”合点“を!

‐1月にリリースされたアルバム『Echo Night』ですが…偶然にも、4作続けてホラーゲームのタイトルと一緒ですね(笑)。

いやあ、また被っちゃいました(笑)。でもこの『Echo Night』というタイトルはどうしてもつけたかったんです。僕は浜松在住なので、新幹線は「のぞみ」や「ひかり」よりも「こだま」を良く使いますから。それで「こだま」の夜なんかいいなということで、『Echo Night』にしたんですけど、次は気をつけたいですね。

※真面目風に語っていますが、このくだりはいわゆる「お約束」です。

‐タイトルトラックの『Echo Night』はADAM at史上最速かと思われるピアノからスタートします。

今回は攻めました。攻撃的な曲なので、腱鞘炎になりそうです(笑)。これまでの3作のタイトルトラックとは変えたかったんですよね。リスナーの皆さんも飽きてくることも懸念していたので。あとは、ジャズやインストバンドが好きな方向けというよりは、ロックフェスに出ることも多くなってきたので、わかりやすい8ビートの曲にしたかったというのはあります。ライブでは一緒に笑って、踊って、“合点(※)”しましょう!。

※『五右衛門』という曲の合いの手

 


《取材を終えて》

 

「個性」というものは簡単にできるものではありません。それはミュージシャンが紡ぐ音に関しても同様です。

 

2011年に活動をスタートさせ、ミニアルバム1枚とアルバム3枚をリリース。浜松在住ながら全国各地でライブを行い、ようやく「個性」が出てきたといいます。ADAM atの音色を一聴すれば、その「個性」がどのようなものかがわかるでしょう。

 

そこまで長い月日をかけて手に入れた「個性」を、さらに地元で育むつもりです。世に出ようとするミュージシャンの多くは東京を目指しますが、ADAM atがなぜ地元・浜松に住み続けるのか、その理由を聴けば今上京するか否かを悩んでいるミュージシャンにとっても参考になるはずです。

 

稀有な才能の持ち主だということを差し引いても、音楽的地方創生に賭ける思いは熱い…ADAM atの音楽は、今後もっともっと多くのリスナーたちを踊らせてくれることでしょう。

 

【ライター・橋場了吾】

北海道札幌市出身・在住。同志社大学法学部政治学科卒業後、札幌テレビ放送株式会社へ入社。STVラジオのディレクターを経て株式会社アールアンドアールを創立、SAPPORO MUSIC NAKED(現 REAL MUSIC NAKED)を開設。現在までに500組以上のミュージシャンにインタビューを実施。 北海道観光マスター資格保持者、ニュース・観光サイトやコンテンツマーケティングのライティングも行う。