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7日間250キロのサハラ砂漠マラソンに挑戦 D×P今井紀明さんが高校生に見せた「背中」

2017年春。北アフリカ・モロッコで第32サハラ砂漠マラソンが開催された。7日間で約250キロを自給自足で駆け抜けるレースだ。過去に死者が出たこともあり、「世界で最も過酷なマラソン」とも呼ばれている。今年、そのサハラ砂漠マラソンに挑戦したのは、かつて「運動が全然ダメ」な少年だった今井紀明さん(32)だ。

 

現在は、通信・定時制高校に通う高校生を支援する認定NPO法人D×P(ディーピー)の代表を務めている。かつて今井さんはイラクで人質になった当事者だ。試練やトラウマを乗り越えた現在、「走ること」を軸に、周りを巻き込みながら挑戦し続けている。

 


 

 

イラク人質事件の経験が基盤に

 

2004年4月。イラクで日本人3人が拘束されたというニュースが全国を駆け巡った。当時18歳だった今井さんは、そのうちの一人だった。幸い無事解放されるも、帰国後は「自己責任だ」と誹謗中傷を浴びた。街中を歩けば暴言を吐かれたり、時には突然暴力を振るわれたり……。そして今井さんは対人恐怖症になった。

 

誰も自分の知らないところへ行きたい

 

進学先に選んだのは、在校生の半分が留学生の立命館アジア太平洋大学だった。信頼できる仲間や、後にD×Pの創業メンバーになる朴基浩氏との出会いにより、徐々に心傷が癒えていった。その中でも、特に年下の仲間に助けられた体験が現在の活動につながっている。

 

過去に圧倒的な孤独や疎外感を抱いていた自分と、通信・定時制高校に通う高校生が重なって見え、「自分が支えられたように、今度は彼らの役に立ちたい」と思うようになっていった。D×Pでは、ボランティアの社会人や大学生が、高校生たちとの対話を軸に、授業や課外活動を行っている。ルールの一つにあるのは「否定しないこと」だ。

 

通信・定時制の高校生を支援している団体は他にもある中、相違点は教育だけではなく、就職までのサポートをしているところ。2017年からは正式に大阪府立の定時制高校と連携して、生徒への就職や生徒が自分の仕事を作るように動き始めた。2016年度は1000名ほどの高校生と関わり、生徒が社会的に自立するところまでを目標にしている。

 

今井さん提供

 

 

「30代になったら諦めるんでしょ」

 

ある日、生徒に、“将来してみたいこと”の話をしている中で、今井さんが「サハラ砂漠マラソンを走ること」と言ったときに、10代の男の子が返した言葉は、「のりさん、30代になったら(その夢)諦めるでしょ」

 

何気ない会話の中で発せられたその一言が、胸に突き刺さった。

 

「その時、実現させてやろうと思いましたね」

 

とはいえ、中学、高校は吹奏楽部だった「文化部」の人間だ。2キロ走ったら翌日は筋肉痛になるほどで、学校のマラソンも後ろから数えた方が早い順位。「体育は全部ダメ」なタイプだった。

 

しかし、ランニングはダイエット目的で社会人になってから行うようになっていた。大学卒業後に就職した商社での勤務で接待やストレスで体重が増えたため走ることを始めたのだ。その中で「いつかサハラ砂漠マラソンに出たい」と思うようになっていった。少しずつ走る距離が伸び、体も徐々に変わっていた。

 

サハラ砂漠マラソンの出場を決めてからは、さらにトレーニングを増やした。月間250キロ走ることを目標に、週に3~4回走った。平日は仕事前の朝に5キロ、週末に20~30キロのトレーニングを積み、フルマラソンが完走できるまで体力と経験値をつけ、機が熟したのが今年だった。

 

 

 

530万円の寄付を集める

 

サハラ砂漠マラソンの挑戦をプロジェクト化にすることにした。「D×Pのことをもっと多くに人に知ってもらいたと思ったから」と言う。クラウドファンディングの手段を取り、目標額は「チャレンジングだったけど」500万円に設定した。その内訳はサハラ砂漠マラソンにかかる諸経費100万円と、D×Pへの支援400万円となっている。

 

2016年6月から2カ月間実施し、最終的には目標額を超す額が集まった。応援してくれたのは16社の企業と、167人の個人。クラウドファンディング以外でも寄付があり、トータルで集まった金額は530万円だった。

 

「走ること自体に共感してくれた知らない人からの応援もあって。SNSの強さを感じました」

 

周りからの応援を追い風に、いざ単身でモロッコへ。4月7日に現地入りをし、レースまでの2日間はテント生活を送ることに。テントは国別だったため日本人の仲間とも出会った。その中の一人、75歳の男性は過去12回サハラ砂漠マラソンを走ってきたという強者だった。今井さんはその時の心境をこう振り返る。

 

「自分もトレーニングをしてきたけど、どれくらい走れるのか全然わからなかった。コースに関しても、サソリなどに遭遇することもあると聞いていたので、正直不安でしたね」

 

今井さん提供

 

 

初日にできてしまった足の水膨れ

 

そして迎えた当日。スタート会場にはAD/CDの”Highway to Hell”が大音量で流れていた。空には撮影のためのヘリコプターが飛び、50カ国から集まった1200人の興奮はピークに達していた。午前9時、“GO!!”という司会の人の掛け声とともに、一同は駆け出した。第32回サハラ砂漠マラソンが始まった瞬間だった。

 

1日目から、今井さんに予想外の出来事が次々と起こった。予想を超す気温の高さに「経験したことのない暑さだった」と思い返す。日中の気温は40℃を超し、最高温度は45℃まで達していた。足場も平地ではなく、山や切り立った岩場も。その中でも、サハラ砂漠の“砂”が今井さんを苦しめた。

 

「粒子のような砂だったため、踏込むと足を取られてしまう足場でした。走れば走るほど体力が落ちるので、歩くことにしました」

 

そして、砂が靴の中に入るのを防ぐ“ゲーター”が破損。妻が作ってくれて、シューズに取り付けてくれたのだが、予想外の振動で縫製がほつれてしまったのだ。

 

「奥さんが一生懸命作ってくれたものだったので、軽く怒られましたね……」

 

騙し騙し使っていたが、破損。その後はゲーターなしでレースを進めざるを得なくなった。粒子状の砂がどんどん靴内に侵入。足の違和感は時間とともに強く感じるようになっていった。

 

さらに、良かれと思って選んだ“防水の靴下”が裏目に出る。汗を放出しない仕様だったため、熱が内にこもり、足がふやけてしまった。その結果、足に水膨れができてしまった。初日にして、左足の土踏まずの皮膚がただれ、足の皮が破けた。そんな今井さんにさらなる試練が訪れる。

 

今井さん提供

 

 

食糧が尽き、飢餓状態に

 

同レースは7日間で6つのステージを走るシステムになっている。1日だいたい10時間以内にチェックポイントを見つけ、決められた場所まで進まないと失格になるルールだ。

 

4日目には「オーバーナイトラン」という内容のコースが用意されていた。名前の通り、夜通し走るコースだ。万全なコンディションでも不安なはずだが、初日に痛めた足が限界に達していた。「完走できるんだろうか……」という思いが脳裏をよぎる。対処はテーピングのみだった。そんな中、日本人の50代男性のベテランランナーに「痛みじゃないと思えば、痛みじゃない」と言われた。

 

「そう思ったら、本当にそうなりました」

 

まさにランナーズハイ。痛みをも凌駕して、山場を走り遂げた。ゴール地点に着いたのは朝4時30分。いったん休息を取り、足早に6日目のレースに向かった。

 

6日目は「フルマラソンステージ」。ここで最後の壁にぶち当たる。持ってきた食料が底をつき始めたのだ。この時点で食べられるものはカロリーメイトとミックスナッツだけに。

 

「フルマラソンでは2400kcal消費すると言われています。僕の基礎代謝は約1500kcalなので、トータルで4000kcalが必要なのに、全然足りない」

 

飢餓状態になりながらも、前に進むことを諦めなかった今井さんは42.195キロをクリアする。そして7日目。最終日は7.7キロを走るコース。最後は気力で走り抜き、完走した。

 

「ゴールの直後は喜びばかりでした。“生き残った”って。極限の空腹だったので帰りに支給されたパンと固い鶏肉と野菜ジュースをただただがむしゃらに食べましたね」

 

今井さん提供

 

 

目下の目標は大阪マラソン、そして次への挑戦へ

 

帰国したのは4月19日。満身創痍の中、帰路で考えたのは仕事のこと。代表として2週間不在にしてしまったことが気がかりだった。それでも完走したことは、今井さん自身にとっても、D×Pにとっても大きな意味合いを持った。初挑戦だったが、「完走するイメージしかなかった」と振り返る。「やりきることって大切」という一言に、重みを感じられた。

 

「D×Pで関わっている高校生や既に卒業していった子たちからは多くのメッセージをもらいました。『のりさんががんばっていたから、今の状況もがんばれるよ』など、いろいろと言われましたね」

 

2017年10月現在、D×Pとつながりをもった生徒数は2500人にのぼる。今、どこかで一生懸命に生きている教え子にもその思いは届いているだろう。

 

実際に今井さんの背中を見て、マラソンに興味を持ちだした生徒も出てきた。現在は11月26日の大阪マラソンに向けて準備中だが、同マラソンは残念ながら参加資格が19歳以上のため、D×Pに寄付を集めるために走るチャリティーランナーに興味を持った高校生は参加できなかった。しかし、いつか生徒たちと一緒に走りたいという思いを胸に、今井さんは40人のチャリティーランナーと走る準備を進めている。

 

サハラ砂漠マラソン完走により、D×Pの知名度も上がり、ファンも増えた。

 

「自分一人では走り切れなかった。周りのサポートがあったおかげです」

 

生徒と同じ10代の頃、孤独や社会からの疎外感を感じてきた。かつての自分と同じ思いを抱いているかもしれない生徒に、走ることでもそれ以外でも、何か達成感を得られたり、人とつながることの温かさを感じたりしてほしいと思っている。

 

お互いがお互いを助け合い、支え合うサイクルの中に今、今井さんはいる。

 

今井さん提供

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小野ヒデコ

フリーランスライター

1984年東京生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。自動車メーカで生産管理、アパレルメーカーで店舗マネジメントを経験後、2015年にライターに転身。現在、週刊誌AERAをはじめ、PRESIDENT、ウェブメディアTHE PAGEなどで執筆中。