近年、世間では化学物質への“信頼”が崩れかけてきている。


「香害」「柔軟剤テロ」「化学物質過敏症」。柔軟剤や消臭剤に含まれる化学物質が人体に悪影響を及ぼすニュースを、見たことがあるひとは多いのではないだろうか。


人びとの生活を豊かにしてきた「化学」だったが、過剰な“介入”は人びとに違和感をもたらしているのかもしれない。


そんな時流を象徴するかのように、ネットを中心に話題になっているのが、化学物質を使わない消臭液「きえ〜る」だ。


北海道北見市にある株式会社環境ダイゼンが研究・開発・販売までを一手に担うこの製品は、なんと、牛の尿を原料にできている。もちろん天然成分100%。今回の70seedsでは「きえ〜る」を開発し、製造・販売している(株)環境ダイゼンの窪之内誠さんにインタビューをおこなった。


開発秘話から今後の展望を聞くなかで、同社が大切にしている“居住まい”の概念に触れた。微生物を相手にする企業ならではの考え方は、これからの社会が持続していくために大切なことを教えてくれる。

半蔵 門太郎
ビジネス・テクノロジーの領域で幅広く執筆しています。

牛の尿からできた消臭剤「きえ〜る」

ーこれが牛のおしっこでできた消臭剤「きえ〜る」…。見た目から、牛のおしっことは想像できません。

みなさん驚かれます。衣服用に排水管用、用途ごとにパッケージは変化させていますが、元々は牛のおしっこです。

ー「牛の尿からできた消臭液」。あまりイメージできないのですが、どのようなメカニズムで消臭するのでしょうか。

もちろん、牛のおしっこをそのまま使用しているわけではありません。

牛のおしっこに弊社で独自にピックアップした「善玉菌郡」を加え、特殊発酵させてることで生き物、土、水に無害な状態にします。

その際の副産物として微生物が作り出す物質に消臭効果があり、悪臭を消す効果があるのです。

しかも、消臭するのは腐敗臭や酸化臭・アンモニア臭などの人間にとって不快なニオイだけ。化学的に合成されたニオイを消すことはありませんから、香水や芳香剤を楽しみたい方にもご利用頂けます。

ーすごい!微生物の力でここまでできるんですね。

微生物が作り出す物質にには土の善玉菌を増やす効果もあり、液体たい肥「土いきかえる」としても販売しています。

弊社は主に消臭液を扱うので化学工場を持っていると思われがちなのですが、やっていることは日本酒や味噌の製造に近い。微生物が活発に動かせる環境を提供し、パッケージングするのが僕らの役割です。

微生物を扱う難しさを感じる面もありますが、なんでも構造化・ネタバラシされる現代だからこそ、不確定要素の多さに魅力を感じています。

 

高速の商品化を支えたのは、父の“人たらし”

ー環境ダイゼンはお父様である覚(さとる)さんが起業したとお聞きしました。なぜお父様は「消臭液」を主要商品に起業しようと思ったのかお聞きしたいです。

ホームセンターに勤めていた父が、懇意にしていたお客さまにきつく叱りつけられたのがきっかけでした。

そのお客さまは大型犬を飼っていたのですが、犬の体に優しい、化学物質を使っていない消臭剤がないと指摘を受けたんです。

北見は外で犬を飼うかたも多く(実際社長宅でもシベリアンハスキーを飼っていました)他のお客様からも同様の相談をいただくことも多かったそう。

「そんなはずはない、大手メーカーの商品はみんな揃えている」と父は消臭剤を探しますが、探してみるとどの消臭剤もニオイを「重ねる」ものばかり。ニオイを「消す」消臭液がないことに気づいたんです。父は2年間展示会に足を運んでは消臭剤を探しますが、良い商品に巡り会えずにいました。

ー2年間!

そんななか、知り合いの畜産農家さんが茶色い液体を持ってお店に現れました。

話を聞いてみると、液体の正体は「牛の尿を善玉菌で分解したもの」だそう。「畑に撒くと作物が良く育つから、肥料として売り出せないか?」と相談をいただいたんです。

北見市は畜産の盛んな自治体で、以前から糞尿の処理が大きな問題となっていました。尿溜めに溜まった尿が降雨時に溢れることで川、海に汚染が広がっていたのです。

国やJAが補助をだして処理施設を作ったのですが、酪農家さん自身が運用を全て行わなくてはいけないスキーム。時間も手間もお金もかかることから、だんだんと処理施設は使われなくなっていきました。

ー農家にとっても厳しい状況だったんですね。

はじめは肥料として販売できないかと相談を受たのですが、農繁期の短い北海道であまり需要は見込めない。

どうしようか…と考えた末、父が「消臭液として使えるんじゃないか?」とひらめいたんです。持ち込まれた液体が、おしっこのはずなのに何もニオイがしない。液体のなかにいる善玉菌に何かヒントがあるのではないかと思ったそうです。

父は思い立ったらすぐ行動するタイプ。さっそく社員さんや知り合い、取引先にペットボトルに入れた液体を渡し、試してもらいました。

ーおしっこを渡すお父さま、凄まじい…!使ってみた結果はどうだったのでしょうか?

全員が口を揃えて「これはいいぞ!」と。すぐさま商品化を決め、開発を進めました。アイデアから商品化まで、2か月ほどで達成できたそうです。

ーすごいスピード感!

スピード感の裏側には、ひとえに父の人脈がありました。開発のなかで何度も課題が出てきましたが、その度に誰かが助けてくれる。

これまで経営をしていく中でも、父の人脈に何度も救われてきました。

いまでは父を見習い、出張の予算費を多くとるようにしています。「今、会いたい人と会う」マインドを大切にしているんです。

ー社員にもいろんな人と出会って来い、と背中を押す。

そうです。社員が多くのひとと会い、話をして、仕事をしたい人と仕事をする。

「まずやってみる」を何より大事にしています。なので、うちには開発計画書もありません。僕がGOを出したら、動き出します。

ーすごく活発な現場!誠さんが仕事をするうえで、大事にしていることはどんなことでしょうか?

なによりもまず「ワクワク」すること。ワクワクするためには、知らない世界の人と会って、話をすることが大事だと思っています。

今回の東京出張でも70seedsさんだけでなく、多くのメディアや都会のイケている若者に会うことができました。

父の培った“縁”を大切にしつつ、未来に残すための“縁”を作っていく。ワクワクすることに向かっていくマインドを持ち続けていきたいですね。

 

菌の「居住まい」を整える

ー環境ダイゼンさんは微生物を相手にお仕事をされています。不確定要素の多い微生物を相手にするうえで、大切にされていることはどんなことでしょうか。

微生物の「居住まい」を整えることですね。

ー「居住まい」とはなんでしょうか?

言い換えると、微生物の過ごす環境の福利厚生を良くすること。微生物に最適化された環境をつくるために、人間がなにができるのか。社員が毎日、見て触って確かめ、考えています。

ーなんだか、日本酒やワインの職人さんみたいですね。

今までの製品の質は、社員の「目」と「勘」に頼る部分が大部分でした。現在、北見工業大学様と共同研究をして数値化しており、品質が格段に向上しています。

これから、さらに高品質の液体を安定供給できる仕組みを構築していきたいですね。

ー杜氏を無くして仕組み化した朝日酒造の「獺祭」のようなスキームですね。

糞尿の処理で困っている酪農家さんはまだまだたくさんいるので、数年以内に「尿」を処理するスキームを作り上げたいです。

そして、ゆくゆくは日本だけでなく、世界中で使用される仕組みを作り上げていきたいと思っています。

ー確かに、世界的に大きなニーズがありそうです。

「液体たい肥」は現在、カンボジア・ベトナム・韓国・中国・ミャンマーに輸出させていただいています。

液体たい肥を使って土作りをすることで連作障害を解消し、農作物の生産性を上げられるように手助けをしてきたいと思っています。

ーかなり大きい市場がありそうですね。楽しみ…!

 

現代ならではの“自然回帰”で、社会を整える

ー現在、世間では化学物質への嫌悪が叫ばれています。現代において微生物を扱い、天然成分100%の商品を作ることへ、どんな価値を感じていますか?

僕らがきえ〜るを販売し始めた20年前、多くのひとから懐疑的な視線で見られていました。「化学物質を使わない」ことへの価値を感じる人が少なかったのだと思います。

しかし、近年「香害」や「化学物質アレルギー」など、化学物質への嫌悪が表出するようになってきました。

大きな理由として化学物質の濫用がありますが、一側面として「人間が弱くなっている」ことが挙げられると思っています。

なんでも化学物質で除菌・抗菌できるようになった結果、自浄する力を失いつつある。そのことに人々が気づきつつあるいま、ようやく時代が追い付いてきたと感じています。

ー「きえ~る」が他の消臭剤を飲み込んでいくときが来たんですね!

いえ、僕らは他の消臭剤を飲み込んでいくつもりはありません。むしろ、化学物質を使っていないため、他の消臭剤と混ぜても大丈夫。

共生できる点に「きえ〜る」の強みがあると思っています。

ーなるほど…。環境ダイゼンさんの目指す、人・環境にやさしい“広義のエコ”が、これから広がっていくような気がします。

私たち「有機物」は、最終的に“土か水に帰る”運命にあると思っています。「きえ~る」「土いきかえる」がおこなうのは、あくまでその手助け。

従来の化学物質とは違い、自然の摂理に基づいた動きに忠実なだけなんです。

僕らの現在のミッションは「地球環境を整える」。現代、自然だけでなく人間・社会が大きく乱れているのは周知の事実。

そのような現状のなかで、環境ダイゼンの「自然に忠実」な姿勢を多くの日本人に知ってもらい、環境を整えるマインドを醸成していきたいですね。

ー環境を整えるマインド。

僕らの原点は父の“人たらし”にあります。父は人と繋がることが好きでしたが、なにより仕事を楽しそうにしていた。

自分の「居住まい」を整えることで、人と繋がる環境を整えていたのではないかと思います。

それは、整った環境を用意すると活発になってくれる微生物にも言えることです。

菌も、人も、居住まいが大事。環境や自分の「自然な流れ」に従っていけば、予期せぬ「発酵」が導いてくれる。そんな時代になっていくと思っています。