鈴木賀子
ジュエリーメーカー、広告クリエイティブ領域の製作会社、WEBコンサルティング企業を経て、2016年より70seeds編集部。アンテナを張っているジャンルは、テクノロジー・クラフト・自転車・地域創生・アートなど、好奇心の赴くまま、飛びまわり中。

「人生の半分は老眼。」
国内外で活躍中の“眼鏡スタイリスト”藤裕美(とうひろみ)さんの著書「あなたの眼鏡はここが間違っている 人生にもビジネスにも効く眼鏡の見つけ方教えます」講談社書籍公式ページ)に書かれている言葉です。

 

若いときにめがねを掛けていなかった人も、40代ごろから「老眼鏡」が必要になってきます。日本人の平均寿命は男女ともに80歳以上。そう考えると、この言葉の重みに気づきます。

 

今回、ビジネス書として出版されたこの本を読んで、めがねに関するいろいろ、そして藤さんについて伺うべく、お会いしてきました。

 

 

めがねの「化学反応」に魅せられて

‐まず、どうしてこのお仕事に就いたか教えてください。

16歳ぐらいの時に、好きな眼鏡屋さんを見つけたことがそもそものきっかけ。それまでめがねがそんなに好きじゃなかったんですけど、その店で1本買ってかけたら、部屋着が一瞬でよそ行きに変わる経験をしました。Tシャツとジーパンのようなシンプルな服を素敵に着こなすには、内面を磨かなければいけないんだろうってずっと思ってたんですよ。それが、めがねをかけることで雰囲気がパッと変わるのを知って「めがねって面白いな」と思ったんですよね。

ただ、中学や高校の時は福祉系の仕事に就きたいと思っていました。眼鏡屋で働くという選択肢なんて全然ない時。高校卒業間際に進路を選ぶ時めがねか福祉かとなった時に、「めがねは若い頃からの感性が必要だな、福祉はボランティアでも関われる」と思い、めがねの道を選びました。

 

photo by Keita Haginiwa

 

‐そこから眼鏡スタイリストのキャリアが始まったんですね。その知識やセレクト眼はどうやって磨いたんですか。

目のことや視力検査、技術面など基本的なことは上司に教えてもらい、必要だと思った勉強や足りない部分は、色んな人に聞きにいきました。スタイリングの面では、とにかくめがねや眼鏡姿の人を見てました。めがねの世界が面白くてもっと知りたくて、とにかく行動していましたね。働いていた眼鏡店に「海外仕入れに行かせない」と言われても、「自腹で行くので休みだけください!」って頼み込んで行って、海外の展示会に行ったりとか。自由にさせてもらえる環境だったのがありがたかった。

‐なるほど。

めがねのスタイリングにここまでハマった大きい理由は、2つあるんです。自分が勧めためがねによって「人の人生の転機に関われる」。めがね1本で人生が変わっていくのをたくさん見てきました。そして「毎日お客様に笑顔でありがとうって言ってもらえる」こと。私はただ、好きなフレームをセレクトして紹介しているだけなのに「あなたってすごい」と評価してもらえることが、とても幸せだなと。

私はめがねオタクって思われがちだけど、そうではなくて。めがね単体のプロダクトに興味があるのではなく、めがねと人が合わさった時に起こる「化学反応」がすごく好きなんです。「このめがねには誰が似合うんだろう」って先に考えます。

‐だからスタイリストってことですね。

どうなんだろう。まず人が好きっていうのが大きい。だから、この仕事を始めた時も、新しい職業をうみだすという意識は決してもっていなかったし。ただ、自分の好きなものを誰かに好きになってもらいたいという気持ちが、一番にあったのかも。

(写真:サインを書いてもらいました。)

 

スタイリストがビジネス本を出すということ

 ‐今回2冊めの出版、そしてビジネスカテゴリの本を出したのですよね。

当初は男性のビジネスパーソン向けの本としてはじめました。とにかくスーツを着ているサラリーマンの方のめがねが気になって気になって…電車の中や街中でいろいろ観察していました。それから他の方々へも観察を広げていった結果。結論「男の人はめがね1本で変わる」です。もちろん女性も変わります。

‐それを受けての本の冒頭メガネスタイリング。興味深い結果になっていますね。

 

 

(写真:講談社「あなたの眼鏡はここが間違っている 人生にもビジネスにも効く眼鏡の見つけ方教えます」より 撮影 井上孝明 )

 

右上:999.9 M-41 col.9001(注1) 右下:frost ARTISAN col.32(注2)

 

ね、すごいよね。めがねをかけていたほうが、格好いい。

‐ 私もそう思います。この写真を見ることで、藤さんが言う「めがねと人の化学反応」が視覚的に知覚できる気がします。あと、やはりプロのスタイリングってすごいなぁと。自分も体験したので。(注3)

そうそう。初めてめがねを買う方だけじゃなくて、買ったことのある方たちにもそうやって言われるの。だから「フィッティングが大事」という発信が足りていないのかなって思ったんですよ。他にも「めがねにもベストなかける位置がある」とかも知られていない。自分にとって当たり前のことが、ユーザーさんにとって当たり前ではないんだと実感しています。

 

(写真:フィッティングの道具たち 調整して、かけて、調整して。ベストの状態にしてくれます。

 

発信ができていないということが、買った数カ月後に「めがねを買ったけどいまいち似合わないなぁ」と思っている人の原因のひとつだと思ってます。眼鏡業界でも頑張って発信している方、もちろんいっぱいいるんだけど、まだまだ伝わっていない現状がある。だから私含め業界の発信の仕方がうまくいっていないような気がします。

‐それが、今のめがね業界の課題。

そう思っています。ふだんからめがねをかけているユーザーさんですら、めがねの基礎を知らなかったりする。昨今はデジタル機器の発達によって眼精疲労に悩んでいる人も多いです。将来、目は大丈夫かなって不安に思っている人はいっぱいいると思うんですよね。

眼鏡店で働いて、あまりにも目に支障をきたしている人が多いことを知りました。「めがねは医療器具」という意識がなくて「もっと目やめがねのことを知っておけば…」と後悔している人たちをたくさん見てきた。だから情報発信することが必要だと思って眼鏡スタイリストという仕事をスタートさせたんです。今回の本は「これだけは知っておいてもらえるとプラスになる」という「目やめがねのこと」をつめこみました。

 

「いいめがね」との出会いかたって?

 ‐本の中に「人生の半分は老眼」という言葉があって。読んで改めて「そうだ」と気づきました。

老眼の初期症状は30代後半からあらわれる。それを知っているのと知らないのとでは、老眼、そしてめがねとの付き合い方が変わってくると思っています。近年めがねブームと言われながらも、まだまだ文化にもファッションにも医療器具にもなりきれていないのが現状。本当に自分に似合っていると思える大好きな1本が見つかっているかと言ったら、そうじゃない人も多いんですよね。

視力矯正としてめがねを長年使用している人でも、なんとなくで選んだものをかけている人たちが多いように思う。ブランドや流行で選ぶよりも「これが好きだ!」と思ったものに出会ってもらえるようなきっかけを作りたいなと考えています。

‐なるほど。私も眼鏡屋さんで買った経験は数えるほどしかないのですが、そういう選び方はしてきませんでしたね。

快適なめがねが欲しいのか、ただ見えればいいのか、目的によって選び方は全然違います。ご飯だとしたら、ただ食べられればいいのか、美味しいものが食べたいのかで、選ぶお店も違いますよね。今多くの人は、めがねを作るか作らないかだけで選択を終えてしまっている。

例えば洋服などは、これはサイズが合わないとか、この素材のほうが機能的とか、過去に失敗し、買い慣れているけど、めがねの場合は経験が少ないから選ぶポイントや自分の好き嫌いがわかっていないのかな、と。

‐失敗し慣れてない。

うん、そうそう。めがねに関しては、いろんなものを掛けても、それがバランスが良いのか悪いのかわからないことってないですか?店員さんに聞いてもなんでも「似合う」って言うし…。それで買ったら、周りからの評判悪くて掛けなくなってしまった人も多いとよく聞きます。

‐それは、つまり、お客さんに提案できる眼鏡屋さんが少ないってことですか?

 

すべての店員さんがプロではないって思ったほうがいいかな。それはめがねだけが特別じゃなくて、他の業界も同じだと思うんですよ。例えば、飲食も全てのお店が美味しいわけではないですよね。高いお店が必ず美味しいわけでもないし、安いお店が全て美味しくないわけでもない。飲食や衣服など経験し慣れているものは、自然に自分でお店やものを選択する目を持っている。

めがねを買い慣れていない人は「じゃあ自分がどういうものを買いたいのか」っていうことを、少し意識するだけでめがねの買い方観点が変わると思います。質のいいものを買いたいと思っているなら、知識・技術力のあるお店を選ばないと、永遠にいいめがねには出会えない。まずはどこで買えばいいかっていうのを意識して、いろんな眼鏡店に足を運んでもらいたいです。

‐藤さんが、いいものって感じるめがねの基準ってなんなんでしょう。

めがねとしてなのかと、人にスタイリングするときかで「いいめがね」も変わってくる。めがねとして見たときに私が重要視しているのは、レンズシェイプ。シンプルなものも個性的なものも、レンズシェイプですべてが決まる。洋服でいうパターンみたいなもの。私自身がデザイン性の高いものをよくかけているので、変わったものが好きだと勘違いされているけど、変わっている変わってないの線引きは私にはない。掛けるだけでいい男、いい女にしてくれる。そんなめがねが好きです。

 

(写真:藤さんが選んだめがねたち)

 

スタイリングのときの「いいめがね」は、やっぱり人ありき。それを掛けたときにその人らしいかどうかは重要視してます。でも、掛けるだけでその人の気持ちの変化や周りの反応が少し変わるものはとっても魅力的です。あとはフィッティングがちゃんとできる素材や作リかどうかも重要。フィッティングで、それまで似合っていたものがいっきに似合わなくなることもあるので。

‐ちなみに、いままで累計で、どれぐらいの人に?

うーん、分かんないなー。買わない人でも即興スタイリングをやっていたりするから。どんくらいだろう。何千人とかなんだろうね。

‐万じゃないですか?お仕事はじめて20年ですよね?

そっか。万、いっているかもね(笑)見てきためがねの量は、確実に半端ないと思う。単純に1回の展示会で1,000ブランドぐらい見てる。じっくりコレクションをみせてもらうブランドが100ブランドくらいとして1ブランド30~40本って考えると…毎回4,000本くらい新しいデザインを見ていることになりますね。

‐すごい!やっぱり藤さんしかできない仕事なんだなって思いました。

 

(写真: 著書を手に恥ずかしがる藤さん)

 

めがね選びに「人生におけるコスパ」という視点を

‐これからしたいことなどってありますか。

めがねが「高くてもいいめがねをいつか買いたい」って思われるようになればいいなと思っています。自転車も昔はそんなにお金をかける文化ではなかったのに、数年前ぐらいから流れが変わったよね。だから、今までは1万円でいいやって思っていた人が「5万円までは出せるかな、10万円まで出して買ってもいいかな」って考えるようになった。高くてこだわった自転車に乗っている人を「かっこいい!うらやましい」って思う人も増えたと思います。

めがねの場合、今はまだ10万円のものを見たこともかけたこともない人が多いかもしれない。私は20万近くするめがねを2本もっていますが、やはり高いだけあって違うんです。まずはそんないいめがねが存在することを知ってもらいたいし、かける意味があることを伝えたい。洋服、靴、時計、帽子などと同じように。そこのステージまでいつかめがねの価値観を上げたいなと思っています。

フレームとレンズセットで1万円以下など、めがねが気軽に購入できる時代になったことは悪くはない。それは洋服で言うファストファッションと同じ。値段の差にも意味がある。洋服については、みなさんその値段の違いも理解されて、うまく使い分けされていると思うんです。食べものでも、中国産の野菜と、国産の有機野菜の価格の差はなんとなくでも理解し、選択していますよね。でも残念ながらめがねの場合は、まだその値段の差の意味まで意識されてる方は少ない。

高いめがねを買いましょうと言いたいのではなくて。めがねを医療器具として考えたときに、自分の目や視力のことを把握した上で選択できるようになるだけで、「人生においてコスパのいいめがね」を購入できるようになると思います。

‐わからないからついつい値段が安いものでいいかと思ってましたが、「人生においてコスパのいいめがね」とは考えてませんでした。

めがねの世界ってほんとうに面白いんです。人生すら変えるアイテム。人生の半分は老眼。すべての人が1本はお世話になる。まずはめがねの魅力を知ってもらいたいなって。ちゃんとめがねを選べば人生変わるよって言いたい(笑)

‐すごくポジティブですね。だから藤さんにスタイリングしてもらいたいって思うんだろうな。

あとはね、やってみたい企画が前にあって。私が企業にたくさんめがねを持ち込んで、同じ人に3本か4本ぐらい印象が違うめがねをスタイリングしてかけてもらう。それを後で女子社員や部下がそれぞれ投票。これは部下受け1位、これは女子社員1位ってわかるランキング。それを続けていくと、だんだん共通点も見えてくるはず。

‐すごくおもしろそう!自治体トップや大企業の社長にやってもらいたいです(笑)。

そうそうそう(笑)ご本人が似合うと思っているのと女子受けがまったく違う?!とかがリアルに分かるんじゃないかと思うんですよ。自分のことはいちばん自分がわかっていない。それでめがね1本の面白さを知ってもらえると思うんですよね。

 


藤裕美さんプロフィール

1977年、福岡県生まれ。眼鏡スタイリスト。10年間眼鏡店で働きながら、彫金技術を学び、ネジからすべて眼鏡を制作、個展も開く。24歳のときに店長として、ショッププロデュース、買い付けを担当。さまざまなイベントも企画する。

多くの人が眼鏡で人税が変わることを実感し、もっとめがねを知ろうと、2007年ドイツへ渡り、眼鏡ブランド「frost」に勤務。作り手側からも眼鏡の知識を深める。帰国後、眼鏡の魅力を伝えるため、眼鏡スタイリストとして活動を開始。世界中を飛び回り、海外の有名デザイナーをはじめとする眼鏡関係者と交流を深める。国内外で著名人のスタイリングや。誌面でのスタイリング、講演会、デザインアドバイス、コンサルタントなど、眼鏡というキーワードを軸に、新しい発信を続けている。著書『めがねを買いに』(WAVE出版)

 

公式HP「眼鏡予報」

http://glasses-o-o-brille.com/

 

注1:999.9問い合わせ先
TEL 03-5727-4900

HP http://www.fournines.co.jp/

 

 

注2:frost問い合わせ先

MAIL japan@pmfrost.de

HP http://www.pm-frost.de/de/index.php

 

 

注3::聞き手の鈴木は以前藤さんにめがねをスタイリングしてもらって購入している。