鈴木賀子
ジュエリーメーカー、広告クリエイティブ領域の製作会社、WEBコンサルティング企業を経て、2016年より70seeds編集部。アンテナを張っているジャンルは、テクノロジー・クラフト・自転車・地域創生・アートなど、好奇心の赴くまま、飛びまわり中。

マンガ閲覧アプリやオンライン申請など、ペーパーレス化がどんどん推進されている世の中ですが、ハードカバーの本のあたたかみも素敵ですよね。

 

普段名刺や本など、印刷物には触れているのに、「あれ?じつは印刷業界のことってよくわからないな」と気づいた私。

 

印刷もデジタル化が進む現在、東京都江戸川橋で活版印刷も手掛ける印刷工場を営んでいる宮田印刷さんにお伺いしました。工場に足をふみいれたら、出迎えてくれたのはこの格好いい機械。

 

この機械はドイツの1850年創業の老舗印刷機メーカー「ハイデルベルグ社」のシリンダー式活版印刷機「KSB」です。メーカーではすでに生産は終了し、国内では現存している限られた数のみが稼働している現状だそうです。

 

印刷業界の今を、宮田印刷の女性社長山本さんとアートディレクター宗像さんに伺ってきました。

 

印刷工場を継ぐということ

‐まずは印刷工房がどんなお仕事をしているか、おしえてください。

山本:創業は50年位になりますが、書籍の付物(編集部注:つきもの)の印刷をずっとやっています。カバーやスリップなどですね。

最初のころは活版機だけで印刷をしていましたが、バーコードの印刷が導入されるようになって、オフセット印刷もやるようになっています。

(写真:付物。本屋さんで本を手に取ると付いているスリップなどのこと。)

 

‐どういうきっかけで継いだのですか。

山本:きっかけは先代の社長、母が亡くなったことですね。

‐先代はなぜはじめたんでしょう?

山本:祖父が始めた会社なんです。祖父が60歳で亡くなったあと祖母が継いで、その後、母、私と引き継いできました。

‐後を継いでからやっていることで変わったことってありますか

山本:会社の顔となったことですね。これまでは、自分が担当するお客さまとだけやり取りしていた訳ですが、代表となるとそうはいかなくなるので、得意なことばかりやっていられなくなりましたね。

‐お金の話とかもしなきゃいけないですもんね。

山本:まぁ、そうですね。

‐活版印刷の場合、費用やコストに対する売上ってどうなんですか?

山本:これまでの価格だとだいぶ少ないと思います。こだわりを追求すると本当に手間ばかりかかってしまい、時間給としたらいくらなんだろう…と思ってしまう場面も多いです。

しかしいまは、活版印刷に取り組む試行錯誤の真っ最中なので、ある程度は仕方がないなとも思っています。

‐投資されているということですね。ちなみに現在の活版印刷の値段は適正価格だと思いますか?

山本:古くからやっているところの価格では安いと思います。最近の活版印刷を好んで頼まれるお客さまたちは、仕上がりにすごくこだわっていたり、実験的なことを求めてきたりする方もいらっしゃるので、そういうことに対応できる価格ではないと思います。

また、活版印刷機をうごかせる職人さんはどんどん高齢化していて、人材の確保がとてもむずかしい状態です。

そうすると若い世代を育てていかないといけなくなるので、そういった人材育成のコストを考えても、適正とは言えないですね。

‐ここを継いで残そうと思ったのはどうしてですか?ほかの仕事という可能性もありましたよね?

山本:そうですねぇ。メスを入れればうちの会社も再生できて、まだやれるんじゃないかっていう思いがあったんです。

(写真:オフセット印刷機)

 

‐メスを入れるというと?

山本:普通の会社がやっていることですよ(笑)つまり、コストの見直しと利益率の向上ですね。

もう一つは、これまで50年間支えてきてくださった得意先の皆さまがいるから。

あとは母が病気で亡くなって、後を継いだので、“やりっぱなし感”というような気持ちがありました。

やりっぱなしで終わるということは、母のスタイルに合わないかなという思いもありましたね。

‐既に取り組まれてる事や、これからしたいと考えている手段はありますか?

山本:一般的にほかの会社さんでもされていることはやりました。無駄な人件費を削ったり、コンピュータシステムを入れたり。

そのほうがコストパフォーマンスいいよねっていうことは実践しました。年配の方って、こちらが見ていると非効率かも…(苦笑)と思うことでも、地道にコツコツと楽しんでやってくれるのですが、若い世代はそうはいかない。

だからこそ、新しいシステムを導入したりして、サクッとできるような環境をつくってあげないと、引継ぎ手がいなくなっちゃう。

だから、本当に、同世代の宗像が入社してくれたことで、そうした効率の考え方だったり、変化が会社に起こせたので。

彼が入社していなかったら途中でやめてたかもとも思うんですよね。いっしょになって新しいことにチャレンジできるメンバーがいてくれることが心強いですよね。

‐やっぱり誰かとチームでやることの楽しさ、ありますものね。

山本:そうそうそう。反応とかも1人じゃ何もないじゃないですか。相談もできないし。
あと、誰の目もないと、考えてるだけで終わっちゃってたかもしれない。

 

マニュアル解読不能。ノウハウがわかる最若手は70代。

‐ちなみに宗像さんはなぜ入社したんですか。

宗像:ここに来る前は個人で活版印刷をしていたのですが、ハローワークの求人を見つけて面接を受けに来ました(笑)

‐普通にハローワークにここの求人が並んでいたんですね…意外です!

山本:うちは小さい規模なので、ハローワークにしか求人を出していなかったんです。宗像さんがスーツを着てここに座ったのを見た時は「若い人だ」と驚きましたよね。

宗像:印刷職っていわゆる普通の求人サイトにはあまりないんですよね。さらに活版印刷がやりたいとなると余計。

‐事務職などだったらあるけど、印刷職人という募集自体、ないということですか。求人の問題は聞いてみてハッとさせられますね。求人募集する場所がない、限られてるという…。

宗像:そうですね。印刷業界が結構下火になってるのを表してますよね。活版印刷ともなるとノウハウを持っている人材自体が少ないですしね。

山本:活版印刷の機械を動かせる世代で一番若い世代って70代位じゃないかって言われてます。

‐70代ですか?!

山本:そう、70代前半くらい。それくらいの世代の方が、活版印刷機械が世の中で盛況だった時代の人たちなんですね。

それくらい人材がもういないんです。だから育てていかないといけないんですね。だから活版を残していきたいっていうのが企業目標になったら、人材を育てるって言うのが課題になってくると思うんですよね、

‐なるほど…。

山本:だから求人を出せば、すぐ印刷機械動かせます!っていう人が来てくれることはなくって…そんな状況の中で継続していくことの大変さは感じますね。

宗像:うちが持っている機械なんかはマニュアルがあって無いようなものなので、人に教わるしかないですね。

‐今あるあの機械のメーカーのマニュアルとかってないんですか?

宗像:いや、一応あって興味本位で見るんですけど、もともとがドイツのモノで、翻訳してあるんですが、知らない人が読んでも何もわからないんですよ。

そもそも機械を動かせる人じゃないとわからない内容なんですよね。部品の説明も一切ないですし。これを引くとここが動くとかも一切なく…。

‐それは大変ですね…。初代から使われている機械ということですが、故障した時とかってどうするんですか?

山本:それもねぇ、本当に大変で。

宗像:もうメーカーも機械そのものの生産はしていないんですが、メンテナンスをしてくれる機械屋さんはあるんですよ。

でも交換パーツは基本はデッドストック。要は壊れてる機械の、使える部品を引っ張ってきたり、だから、あるかないかもわからないんです。

1回部品を1つ破損してしまって…たまたま機械屋さんの方でアテがあって、対応してもらえた。壊れたのがペアのパーツのうち片方だけだったんで、もし両方壊れてたら再開の目処が立たないんですよね…

‐うわぁ、リスク高いですね。

山本:そうですね。だから活版印刷を継続していくためには、そういった機械の面からも考えていかないといけないなぁと思いますね。

 

活版印刷は伝統工芸になりうるのか?

山本:活版印刷をやっていて、発注してくれる本の版元さんと話をすると、造本に対する意気込みを感じますね。

本の中身、本文と、紙・印刷・製本があって、はじめて「本」なんだなって、あらためて思い知らされます。

この本も、カバーの印刷にとてもこだわられています。最初にオフセット印刷で赤と青を刷って、最後に活版印刷でタイトルの墨(黒部分)を刷りました。

‐うわ、かっこいい…。この墨の感じ、デザインが一気に締まりますよね。

山本:活版印刷ならではの表現ができてるなって思います。そこまでこだわってくださる発注元さんの気持ちがすごいなと思いますね。

‐実際の活版印刷で刷られた見返しの本をみるとすごいなぁって、ほしいなぁって思いますね。

山本:雑誌や実用書なんかは情報源という捉え方をしている事もあって耳を折ったり、マーカーで線を引いたりしてしまうんですが。

こういう本があったら同じことできないですよね。子供に渡したくなるような、残しておきたい本。そんな本になりますね。「物語」にいいですね!

‐確かに文学作品が多いかもしれないですね。活版印刷ってこのまま伝統工芸のようなものになっていきそうだな、と思うんですが。

宗像:ならないと思っています。

‐それはどうしてですか。

宗像:やはり、機械での印刷がそもそも大量生産を目的としているからです。

やっていることは師匠からワザを盗むというレベルの伝統工芸に近いようなことなんですけど、作り出されるものが1点ものではなく、何百枚、何千枚と刷って全部一緒が当たり前の印刷物。

あとは常に「単価」という考えが付いてきます。それが活版印刷をやっていて一番難しいところですよね。

‐なるほど。私は機械のかっこよさがいちばん惹かれたのですが(笑)。暮らし方やものづくりに関して、デジタルからアナログ回帰という流れがあって。

そういう感性を大事にしたいという方が増えてきてると思います。その中で活版印刷っていうのは残していくべきものだと、私は思っているんです。

山本:活版もそうですけど、メイドインジャパンでものづくりを頑張っている人たちや丁寧に仕事をしている人たちに対して、それを買ってくれる人が必要なんだなって思います。そうすれば自ずと残っていくものだと・・・。

そうした丁寧に作られたものたちの存続を、牽引していくリーダー的存在が必要なんだろうなって思います。それが、もしかしたら今の若い人たちなのかもしれないですね。

‐これからの世代が負った、日本のものづくりに対する宿題のようだと思いました。今日はありがとうございました。

 


 

取材後、宮田印刷さんでは新たに「古い」印刷機を導入し「活版印刷室」というスペースを開設されたそうです。機械のパーツがデッドストックしかないような印刷機器を扱いながらも、会社を続けようと、印刷業界の未来を前向きに見ているおふたりの生き方は、すごく心に響きました。