藤田 郁
京都出身。IT企業、戦略PR会社を経て、2016年より70seeds編集部に所属。主なテーマは、地域、食、女性の生き方、ものづくり。"今"を生きる人たちのワクワクする取り組みを追っています。

「ありがとう」「こころ」「うつくしい」…ひらがなには独特の美しさ、優しさが息づいています。そんなひらがなの魅力を見いだしたのが、書家・デザイナーの國廣沙織さん。彼女のつづる美しいひらがなをそのままアクセサリーにした「Hiragana」が、国内外で注目を集めています。

 

つくり手の國廣さんは、今でこそ人々を魅了する作品を多く生み出していますが、昔は人見知りで、打ち込めることにもなかなか出会えない時期があったのだそう。達成感が得られないと悩んでいた若者は、どのようにして留学・上京を決意し、自分だけの世界を確立できたのでしょうか?




 

社会人になってからの留学、そして上京を決めた理由

‐國廣さんは生まれも育ちも広島ということですが、どんな子ども時代だったんでしょうか。

すごく人見知りでした。それを悟られるのも恥ずかしくて隠していましたね。だから友達は多いほうでしたが、自分のしたいことを言えなくて周りに合わせているような子どもでした。子ども時代って、みんなそうなのかもしれないですけど。

‐書道との出会いはいつごろ?

小学1年生くらいから、高校卒業まで教室に通っていました。姉がいるので、「お姉ちゃんが行くんだったら私も行く」みたいな感じで。その後に違う教室に入ったんですが、そこは同級生のお母さんが先生をしていて、友達がみんな行っていたから。「もっと上手に書きたいな」という気持ちはありましたが、自分でやりたくて行ったというよりは、周りの影響が大きかったですね。

‐なるほど。高校卒業後は、美術やデザイン系の学校に進学を?

いえ、そうではなく医療系の専門学校に行きました。そのときは何がしたいのか分からなかったんです。将来のことをちゃんと考えていなかったので、行きやすい学校に行っちゃった。今になって考えたら美大にすごく行ってみたいですし、後悔しています。

‐ということは、専門学校を卒業した後はそのまま就職したんですね。

最初は歯科助手として働いていましたが1年で辞めました。その後は建築会社に就職して、そこで4年働きましたね。がんばって仕事を覚えたりもしたんですが、どうも自分の理解を超えてるな、難しいなとは感じていました。あと残業もすごく多くて、どこまでやっても達成感が得られませんでした。

周りも地元で就職する人ばかりで、私も当時は上京なんて全く考えていませんでした。でも、ずっと広島に住んでいたので、「他の世界も見てみたいな」という気持ちで留学へ行こうと決めたんです。

‐大人になってからの留学って、かなり勇気がいる決断だと思うんですが、どんな背景が?

そんなに大それたことではないんです。社会人になると、行けるチャンスが限られてくるんですよね。「やり残したくない、行くなら今行かないと」と思ったので。本当は2年ぐらい行きたかったんですが、ビザの関係で期間は半年。でも実際に行ってみて、いろんな生き方の選択肢があるんだなと感じました。

‐帰国後には拠点を東京へ移したんですよね。留学で得たものがあったんですか?

日本文化を伝えられるように、着付けを習ったり、書道をまた始めたりしたんです。そこで、「やっぱり書くことが好きなんだな」と。私、年賀状やご祝儀袋を書く時間もすごく好きなんですよ。でも周りの人は、そういうの嫌だって言ってて。「一番楽しい時間でも、周りには苦痛なんだ」ってことに気付いたんです。字を褒めてもらえたりもしますし、書くことを仕事にできたら幸せなのかなと。

それに街中でも「この看板の文字は好きだけど、こっちのは嫌だな」って感じたりしていました。私だったら、もっとイメージを変えるようなことができるんじゃないかなって思い始めて。田舎ではクリエイティブな仕事をしている人はいないので、それまでは選択肢になかったんですけど。いろいろ調べるうちに、東京で書道の仕事をしたいと考え始めて上京しました。


 

日本人が欲しくないデザインを外国人に勧めたくない

‐留学先ではどんな活動をしていたんですか?

色紙や印鑑を大量に展示しましたね。あとは外国の方の名前を、漢字やひらがなで書いて渡すイベントもやりました。1日で50人ぐらい来てくれて、すごく喜んでもらえたんです。会社で50時間残業しても全然ダメだったのが、字を書いて喜んでもらえるだけで達成感がありました。

‐それは印象的な出来事でしたね。これまでの話を聞くと、人見知り?そんなことないんじゃ…と思うんですが(笑)。

自分を追い込んで進めていたので、その追い込みがなくなったらまた元に戻っちゃいますよ(笑)。後ろ盾がないからこそ「ここまで来ちゃったか、やるしかないじゃん」みたいに。追い込まれないとできないですね。本当はやりたくない、みたいなときもあります。表現したいし何か見せたいけど、それを押し出していくのは好きじゃなくて。矛盾があります。

‐絶妙なラインですね。海外のリアルな場で交流するとなると、コミュニケーションが難しい部分もあると思うんですが、どうですか?

そうですね。でも、「しゃべれなくても、書いたらそれで伝わるんだ」という感じでした。

‐イベントの集客はどうしたんですか?

イベント自体は日本文化を紹介する大きいもので、入り口に長蛇の列ができるようなところでした。いろんなブースがあるうちの1つだったので、集客には全然困らなかったです。

でも一緒に住んでいた子やその彼氏、学校の友達には、英語の説明やWebサイト作りを手伝ってもらいました。それまでの人生で、「これをしたい」と言って協力してもらって達成することはなかったんです。就職した会社のために働くことはあっても、利益のない目的に周りが楽しんで手伝ってくれることは、そのときが初めて。「こういうことやりたい」って言ってみるもんだなと感じました。

‐文字をアクセサリーにするというアイデアも、留学での経験がもとになったんでしょうか。

最初から「何かを作って売りたい」と考えていたわけではなかったんです。グラフィックデザインの学校で、書いた文字を配置していたんですが、縦につなげたら1つの形になるなと。身に着けられるアイテムがあると、向こうから「それ何ですか?」と声をかけてくれるので、いいかなと思って。それで自分の名前で、紙のピアスを作りました。

そうしたら「同じものが欲しい」という方が結構いらっしゃったので、商品化しようと。私は日本語がすごく好きだけど、周りも同じではないだろうと思っていました。でもこのピアスなら、周りの人も「欲しい」と思ってくれるんだなと感じましたね。

‐周りからの反応が良かったから、商品化へつなげられたんですね。

「あ、これだ」とひらめきました。商売するのはめちゃくちゃ大変ですが、もともと自分がやりたいと思っていたことと重なったのも大きかったです。

例えば漢字のTシャツでも、「侍」や「漢」みたいに日本人は着ないデザインだったりしますよね。そういう自分たちは着ないものを、日本語を読めない人へ勧める姿勢が私は好きじゃないんです。日本人も身に着けたくなるようなものを作りたいなと。それに、変な日本語じゃなくて良い意味のある言葉がいいなと思っています。

 

活動の理由はシンプル。文字に触れ、興味を持ってほしい

‐「Hiragana」のお客さんは、やはり女性が多いですか?

そうですね。最初は「えっ、文字なんだ」と驚いてくれます。盛り上がってお客様と1時間ぐらいおしゃべりすることもありますよ。オーダーメイドではご自身のお名前のほかに、プレゼントする方のお名前で作られる方もいます。最近だと、形見としてお母さんの名前を身に着けるという方もいました。皆さんいろいろ言葉を選ばれていますね。

‐アイテムはかなり多そうですよね。現在もお一人で活動を?

ピアス・ネックレス・ブレスレット・指輪・ピンバッジ・タイピン・帯留めですね。言葉は全部で36種類ぐらい。さらにゴールド・シルバーがあるので、だいぶ規模は大きくなりました。基本は1人ですが、営業と経理を兼任でやっている方や、いつもお願いしている販売員さん、英語の問い合わせに対応していただく方と、所々で協力してもらっています。

‐作品づくりに加えて、良い字を書く教室「籠中会」も開催されていますよね。どんな方が参加されているんでしょう。

籠中会はこれまでに約300人の方に来ていただきました。50~60代の方もいらっしゃいますが、一番多いのは30~40代の女性です。前は男女半々ぐらいでしたが、最近は女性が多いです。

理由としては、パソコンばかりで文字を書く機会が少ないこと。ご祝儀袋を書くから練習したい、今年は年賀状を筆で書きたい、という方もいますね。書きたいけど機会もないし、かと言ってがっつり教室に通うほどの物量じゃないっていう方が多いです。

‐籠中会では5種類の書体で自分の名前を練習するんですよね。

楷書・行書・草書・隷書・篆書ですね。本格的にやろうと思ったら、一つの書体に何時間も何年もかけるべきなんですが、まずは取っかかりとしてまとめている感じです。

‐書体の魅力って、どんな点にあるんでしょうか。

子どもの習字って、バランスをとってちゃんと書くのがメインじゃないですか。「きれいに書かないと怒られるから嫌い」っていう経験で止まっちゃうのが嫌だなと思っていて。字の成り立ちにはさまざまな形があって、きれいに書くことだけが正解ではないので、奥深いんです。

いくつか書体を見ることで、例えば街中でも、実はいろんな書体の文字が使われていることに気付いてもらえたら嬉しいですね。

‐本当は、けっこう遊び心があるものなんですね。教室に参加される方を見ていても、違いを感じますか?

そうですね、分かれますね。端からきっちり楷書だけを書く方もいれば、次から次へといろんな書体に挑戦する方、1ページに1つだけドンって書く方や、アレンジされる方もいらっしゃるので、人それぞれです。

‐字も人もさまざまで面白いですね。(ここで、聞き手である編集部スタッフの名前「ふじたいく」を書いていただきました。)たくさん書いていただいて、ありがとうございます。

「ふ」がいいですね。この、くるんとしている部分が。名前だけだとこんなふうになります。

‐すごく素敵ですね……。こういうのも、練習したら自分で書けるようになるんですか?

書けるようになりますよ。ポイントとしては、仮名らしくつなげている部分と、文字が傾かないようにずらしている部分がある点。ふつうに「ふじた」と書くと、だんだん右のほうに傾いちゃうんですよね。なので次の「い」からはずらして書いているんです。

 

外の世界につながるひらめきを生み出したい

‐インスタグラム(@hiragana_tokyo)にもさまざまな作品をアップされていますが、お家でも書かれたりするんですか?

そうですね。私はロゴのデザインなどもやっているので、そういうのは家で墨をすって書いたりしています。仕事以外でも、遊びでノートに筆ペンで書いたりもしてますね。

‐こういったのは、一から自分でデザインを?

遊びでお絵描きするように、いつか使えたらいいなみたいな気持ちで書いています。グラフィックデザインでも、英語のフォントをアレンジしている方はすごく多いんですが、日本語を一からロゴのデザインで学ぶ機会って少ないんですよね。なので、日本語を使ったデザインもアレンジできたらいいなと思っています。

本格的にきれいな文字を書ける方はたくさんいらっしゃるけれど、それとはまた違って、書じゃない外の世界につながるような、自分らしいアレンジを加えたものにしたいんです。アクセサリーや名刺にしても、基本は伝統的な文字を使っているんですが、配置を変えたりアレンジを加えたりすると新しい見え方になるんですよ。

‐今後はどんなことにチャレンジしたいと考えていますか?

教室を3年、アクセサリーを2年やってきてペースが作れてきたので、今後はひらめきがあるものを増やしていきたいですね。遊びでノートに書いている文字や、インスタにアップしている文字みたいな。例えば「庭」という字 に色をつけて日本庭園っぽく見せたり、暦の字 を円形に配置したりとか。

(写真:インスタグラム@hiragana_tokyoより)

 

‐素敵!

これは藍染めの色の種類を書いて、染めてもらう予定のものだったり…これは魚の形に魚の名前を書いたもの。落書きのような感じで、なかなか遊びがいがありますよ。

(写真:インスタグラム@hiragana_tokyoより)

これは「創造」という漢字で柄を作りました。他にも「くにひろさおり」って書いたものを布にして、浴衣を作ったりとか。

インスタグラム(@hiragana_tokyo)より

額に入れたオーソドックスな作品もある一方で、アレンジして身に着けたりできるものも、いろいろと新たなものを作っていけたらいいなと思います。

 

‐とても創造性のある作品だと思うんですが、どんなことを考えて作っているんでしょうか?

昔の人が書いた字があれば、それを抽出して、どうアレンジできるか考えたりします。紙に書いただけだとそこで終わっちゃいますが、パソコンに入れていろんなアレンジを試していくんです。アナログとデジタルを両方かじってる感じで。外で違うものを見たときに、「ここにひらがなが入ったら?」とか「日本語を入れたら何になるかな」って考えます。かけ算みたいな感じですかね。

‐はじめから「このようなロゴ、デザインにしてください」と依頼がくるものなんですか?

いえ、私がいろいろ遊びで書いたりしているものを見つけてくださって、「じゃあ、この同じ柄でタオル作りましょう」とお話をいただいたりします。

‐遊び心で作ったものに問い合わせがくることが多いんですね。

そうですね。決められた範囲で新しいアイデアを出すのって、けっこう大変じゃないですか。だから縛られていない状況で、幅広くアイデアのストックを作っておきたいと思っていますね。

‐日本で積み重ねてきた想いと海外で経験したこと、二つの視点がある國廣さんだからこその作品ですね。


【取材を終えて】

その筆先からは、わくわくするような文字のデザインや美しい曲線が次々と生み出されていました。打ち込めるものがすぐに見つからなくても、日本語が好き、書くことが好きという確かな想いを持ち続けていた國廣さん。そんな彼女だからこそ、言語の壁を越えて幅広く愛される作品をつくることができるのでしょう。

 

■Hiraganaについて
【お取扱い店舗】
銀座三越
東京都中央区銀座4-6-16 7階

ルイーズスクエア
東京都港区北青山3-11-7 AOビル2F

取材:藤田郁  編集:森定夢夏

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