あなたにとって、大好きなものや夢中になれることって何ですか?そんな大好きなものに包まれながら生活したり、仕事ができたらどれだけ幸せでしょうか。
神戸出身の美術家・森田優希子さんにとってそれは「パン」でした。
森田さんのパン好きが高じて生まれたパンのインテリア、「パンプシェード」は、本物のパンの中身をくり抜き、中に光源を入れることによって、パンをおしゃれなインテリアに大変身させたもの。ユニークなのはその見た目だけに留まらず、その背景には、森田さんの経験から生まれたストーリーがありました。
芸術大学の学生時代、劣等生だったと話す森田さん。同期の仲間が次々に活躍するなか、彼女が前進できた理由、そしてパンプシェードに行き着いた背景とは?
クラウドファンディングCampfireでプロジェクトを成立させ、さらにバージョンアップを遂げた「パンプシェード」の裏側に迫りました。
パンに新しい命を吹き込む
‐「パンのインテリア」って斬新ですよね。なぜパンプシェードを作ろうと思ったんですか?
パンが元々好きで学生時代、パン屋さんでアルバイトをしていました。すごく楽しかったんですけど、いいことばかりではなくて。マイナスの面として毎日廃棄のパンがたくさん出てしまってたんです。捨てられるのが耐えられない、でも、家に持って帰って毎日自分で食べたり人に配ったりとかもできない。
そんなときに、パンを食べるものとしてだけの存在ではなく、捨てる以外にもっと可能性があるような気がしました。パンをモノとして捉えて、そこから作品を作るというふうにしたら、もう一度パンが生まれ変わる、命を吹き込むことができるんじゃないかと。
‐なるほど、それであえて本物のパンなんですね。
パンや食べ物だけではなくて、昔から使い捨てとか、物を使いすぎたりとか、そういう消費の仕方がすごい嫌で。同じものを長く使用したいし、まだ使えそうなものをきれいにしてもう1回使ってみるとか。
古着やビンテージ物が好きだったりもするので、自分の趣味も重なって。ものを大切にすることが、自分の価値観にフィットするんです。
‐それにしても発想がとてもユニークです。
大学は芸術大学だったので、そのときの自分の制作活動のテーマとしてパンを使って色々実験していました。例えば薄くスライスして顕微鏡で見てみたりとか、乾燥させてみたりとか。
逆にカビを生やしてみたり、色んな環境下に持っていったりしました。そのなかで、むしって中をくり抜いたりとか色々やっていて。本当にライトと結び付いたのは実験からたまたま思いついたことで、くり抜いた周りの部分を見て「これシェードに使えるかも」って。
あとは、とにかく本当に身の周りにパンが溢れてましたから。わざわざ買ってこなくてもたくさんあったので、環境にも恵まれてましたね。
‐学生時代から温めてきたアイディアだったんですね。卒業後はどこかにお勤めだったんですか?
はい、パンプシェードが最初にアイディアとして出たのは10年ほど前。大学卒業後は、普通に会社勤めをして、繊維や寝具メーカーの企画デザインの仕事をしてました。
‐学生時代の経験を活かせる職種だとは思うのですが、実際どうでしたか?
学生時代はとにかく自分の気になるもの、好きなものを作ることに注力してたんですけど、会社に入ったら、モノを作ってさらに流通させるところまで経験することができました。どういうターゲットに、どのような方法で販売するのかという流れも見えてきて、それはそれで素晴らしいなと。
自分の作品を自分のなかだけで楽しんで引き留めておくだけじゃなくて、これが会社の仕事みたいに流通していったらさらに面白いかもしれないと働きながら思いました。はじめ就職したときは嫌々だったんですけどね(笑)。
芸大卒、劣等感を感じていたときに夢中になれた
‐にもかかわらず、パンプシェードほどのアイディアがあったのに就職したのは何か理由が?
悩みましたが、ひとつは、ずっと両親からも絶対就職しなさいって言われてたから。それに正直な話、私は作家として才能がすごく秀でていたわけではなく、それで飛び出ていくには不安な感じの生徒でどちらかというと劣等生だったかと思います。
周りに優秀な友人が多くて感じてたのもあったとは思うんですけど。もちろん熱意はあったし不真面目だったわけではないんですが、美術の世界なんて頑張ったからっていい作品が作れるっていうものじゃない。なので、努力の仕方とか自分がどこに向かって行けばいいか分からなかったんです。
‐そこをどう乗り越えて今に行き着いたんですか?
その迷ってたときに、パンに出会って、触ってたら楽しいし夢中になることができたんです。パンに可能性を感じる自分に、冷静に考えたらこれって新しいことかもしれないと思って。私がパンプシェードを生み出したというよりは、パンの魅力が迷っている私を引っ張って、ものづくりさせたように思えて。
そもそも、大学では版画を専攻していて、木版画とか全然違うことをやってたんですよ。やっていたことのまっすぐ先のことではなくて、ちょっとズレたところに自分の大好きになれるものがあったのが非常に大きかったですね。そこに気持ちを全力で傾けられたことが良かったかなと思っています。
(写真:森田さんのアトリエ)
‐パンが自分を導いてくれたんですね。
はい。あともうひとつは、就職したことも良かったんだと思います。何を頑張ったらいいか分からないところから、たまたま入ったその会社で、これを頑張りなさいみたいなものが目の前に出てくるじゃないですか。
それを実行していくと、その中からまた今まで感じなかった面白さみたいなものが、自分で見つけられるようになって。何もないところから、目の前に出されるとスイッチが入るというか。パンだって、パン屋さんにいたから気持ちが入っていったわけで。
趣味から商品へ、切り開いた価値観
‐一度就職して原点であるパンに戻ってきたんですね。そこからパンプシェードまでの流れは?
実は会社員やりながらも、あの時のパンのライト良かったなぁとずっと頭の片隅にあってもう一回趣味でやり始めようと思ったんです。
もともと私は細かい作業が好きで、電子工作とかハンダ付けやってたりしたので。もう少しこうやったら、ああやったらいいんじゃないかと色々手を動かして作り始めました。
最初の最初に出した時は、販売するために作ったわけではなく、ホビー系の展示会で値段も付けず、置いてるだけだったんです。でも、その場で欲しいって言ってくださる方が結構いらっしゃって。
これを面白いと思ってくれるのは私だけじゃない、もっと広がるかもしれないと感動したんです。売り物として提供するんだったらもっとモノを良くしないといけないと、そこから試行錯誤が始まったという流れですね。
(写真:パンプシェードに電池部品を接着する森田さん。)
‐趣味の域を超え、作家として作品を売る、商品化できたポイントは何だったんでしょう?
最初、作品を作っていたときは正直自分のことしか考えてないんですけど、そこから一歩踏み出して流通させようと考えたときに、自分の価値観だけじゃなくて、使ってもらう人のことを想像することが重要だと思います。
これを私じゃなくて、誰かが購入してどういった使い方をするか、どういう想いでこれを手元に置くのかとか、どういったシチュエーションで使うのか、自分を離れてどういう動きをするのか…そういうことをしっかりと考えて掘り下げることで、作品が自分のためだけじゃなく、もう少し大きな物になっていくんじゃないかなと思います。
‐商品開発で大変だったことは?
コーティングがすごく大変で、今も模索中なんです。樹脂を使ってるんですが、どの樹脂がいいのか全く知識がなかったので色々試しました。クロワッサンとそれ以外のハード系のパンとで種類を分けていたりもするので、試行錯誤で。ほとんど失敗なんですけどね。
何度も上から重ねてコーティングするんですけど、結果的にはコーティングをしてないように見せるので、一番手が掛かってるけど、手が掛かってるように見えないという。なので精神的にもちょっと辛いところもあるかもしれませんね。
扱いも難しくて、硬化するまでは有機溶剤という体に有害な揮発性の物質が出たりするんで、防毒マスクをして作業したりとかしないといけないんですよ。お家でちゃちゃっとできるものではなく、そのあたりがすごく大変でしたね。
‐その苦労は見ただけでは伝わりにくいですよね…。どの種類のパンが難しいとかってあるんですか?
クロワッサンですね。くり抜いて、その形を維持をしたままコーティングするのがすごく難しいです。くり抜く時点でポロポロと崩れてたりとか割れたりとか。制作アシスタントの人とヒーヒー言いながら作ってます(笑)。
でも、クロワッサンは一層一層が細かく、ライトになるとそれが強調されて出てくるのがすごく味わい深くて。なので、もっとクロワッサンに向いたコーティングの素材や作りやすい方法が出てきたらいいなと思って今でも開発は続いてます。
(写真:難儀だけど味わい深いクロワッサン。)
かわいいだけじゃない、「これはパンである」強いメッセージ
‐私はクロワッサンをはじめ、一目みたときに、斬新!かわいい!と思いました。
ありがとうございます。反応としては、大きく二つに分かれますね。かわいいって言って引き込まれてくださる方と、あと、なんだこれは?どういうこと?って驚かれる方と。どちらもすごく嬉しいです。
私もパンはかわいいと思って作ってますし、驚かれるということは、本当に今までにない物、新しい価値を生み出せたのかなという部分でありがたい反応だと思ってます。
‐周りのアーティスト、いわゆる同業者の反応はどうでしょうか?
それがすごく興味深くて。この間言われたのが、パンが光っているのを見て、最初に「これほんまにパンなん?」という疑いの気持ちと、「いや、これはすごくパンだ」という逆の感情が一気にガンと来たって。パンが光るところなんて普通は見れないですよね。
だから、「嘘やん」って気持ちはもちろんあると思うんですけど、中からパンの表情が拡散している、広がっているわけで、パンだからこそこんな光り方をしてる。「これはパンだよ」っていう強いメッセージが感じ取れるみたいなことを言われて。面白い反応ですよね。
かわいいっていう反応もすごく光栄ですけど、私もパンの魅力について多面的に考えてこれまでやってきたので、見た目だけじゃなく、一歩踏み込んだ部分に気付いてもらえたりするのは作家として嬉しいです。
魅力は千差万別、パンの伝道師になりたい
‐既に大好評のパンプシェードですが、今後はどんな展開をされるんですか?
今はパンをランプシェードにすることをメインの仕事にしてるんですけど、それ以外のパンにまつわる作品や活動を通じて、食べるだけにとどまらない魅力を発信するパンの伝道師みたいな存在になっていけたらいいなと思ってます。
‐他に伝えたいパンの魅力にはどんなものがあるんですか?
パンの香りだったりとか、パン屋さん自体の雰囲気の魅力であったりとか。単純に香りといっても、パンの香りのアロマとかだと本物に勝るものはないのでちょっと違うと思うんですが。例えば、パン屋さんごとにお店の香りって違ったりするじゃないですか。
お店入った瞬間に、あ、このパン屋さん絶対美味しいみたいな。そのようなそれぞれの心の中に思ってるをもう少し見えるかたちで伝えられたらなと。もしかしたら、それが作品じゃなくて文章かもしれない。かたちはなんでもいいかなとは思ってます。あとは生地ですかね。パンづくりされたりしますか?
‐パンづくりはないですね。
パンの生地ってすごく気持ちいいんですよ。よく赤ちゃんのお尻とかほっぺみたいな感じって表現されるんですけど。感触が柔らかいだけじゃなくて温かいんですよ。イーストが生きているので、時間経過とともに変化もしていてすごく面白いんですよ。その面白さみたいなのをもうちょっと形にできないかなと思って。
‐お話を聞いていたらやってみたくなりました(笑)。最後に、改めてパンやパンプシェードの魅力についてお聞かせください。
本物のパンを使っているので、そのままのパンの魅力、温かさ、優しさ、人を癒すような、ほっこりしたパンの魅力をなるべく留めつつ、さらにその魅力を引き出すような質感を作り出すことを心掛けています。
あと、一個一個のパンって同じようなものが並んでるんですけど、よく見たら、それぞれ違っていて。そのひとつひとつをよく見ていたら、焦げ目、焼き色が違う、膨らみ方が違う、気泡が違うとか。
粉の状態から最終形態まで行き着いた痕跡みたいなのがたくさん残っていて、パンプシェードではその痕跡が強調されるんです。小さいものを虫眼鏡で見るような感じで、パンの痕跡をライトで光らせることによって、より伝わりやすくなる。
モノには全て色んな情報が詰まっていて歴史がそれぞれあると思うんですけど、パンプシェードではパンのそういった背景を想像させることができるんじゃないかと思っています。