「板金屋」と聞いたとき、みなさんはどんなイメージを持ちますか?



工場で火花を散らし、汗まみれになりながら、黙々と働く「男の世界」。そんな印象が第一にくる方が多いのではないでしょうか。



そんな「男の世界」のイメージを裏切るような、若手板金デザイナーが静岡にいました。それが、板金技術を使ってスタイリッシュなアクセサリーやインテリアをつくる、山崎瑠璃さん。ブランド名は「三代目板金屋」。



今回「HOPE for PEACE/ボタンでつなぐ平和」展に、板金を使って一風変わった「モビールと風鈴」を出展したことをきっかけに、「男の世界」でものづくりに取り組むことになった経緯やその覚悟に込められた思いについて、二代目を務める母・かおりさんとともに話を伺いました

岡山 史興
70Seeds編集長。「できごとのじぶんごと化」をミッションに、世の中のさまざまな「編集」に取り組んでいます。

「金属にしかできないこと」で主役に、生活の身近に

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‐今回、「HOPE for PEACE」展で、有田焼のボタンを使ったモビール、風鈴を出展していますが、もともとはどんなコンセプトで作品作りをしているんですか?

山崎瑠璃三代目(以下三代目):金属をもっと生活の身近に置きたい、ということですね。

テーブルの脚とか、金属ってわりと脇役になりがちなんです。金属の短所である「冷たい」とか「傷つきやすい」とかそういったところに目を向けられることが多くて。

‐今回の作品もその延長線上にありますね。

三代目:そうですね。そもそも平和についてこれまで考えたことがなくて、今回出会ったボタンの温かい感じを活かして、金属やステンレスを生活に馴染ませられるんじゃないかと考えました。

‐昔から板金の仕事をやろうと思っていたんですか?

三代目:板金自体、子供の頃は全然興味なかったんです(笑)。何をやっているかも知らなかったし。

ただ他にやりたいことが明確にあるかというとそういうわけでもなくて、高校の時から学校が嫌いで、友達はいたけど学校生活は楽しいと思えなくて。

なんだかやりたいことをやり切れていない感があるというか。

‐高校卒業後は?

三代目:グラフィックの専門学校に通っていました。それでバイトをしたり、知り合いのところで働いてみたり…いろいろやってみてましたね。

その中で「社員として働かないか」と声をかけてもらったときに、「いつかは母のところで働きたい」と思っていたことを思い出したんです。それがいつなのかって考えたら、「今かな」と。

 

きっかけは母、止めたのも母だった

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‐なぜ「お母さんと働きたい」と思ったんですか?

三代目:板金には興味がなかったと言いましたけど、母に連れられて、生まれたときから祖父(初代)の工場に出入りはしていたんです。

そのときに見ていた母の働く姿が、同じ女性としてとても印象的で。

「母のように、働くことにおいて自分の力で立てる女性になりたい」と思ったことがきっかけですね。

‐お母さんはその想いを聞いて…

山崎かおり二代目(以下、二代目):止めました(笑)。

‐(笑)。それはなぜ?

二代目:私自身、やりたくないのに継がざるを得なかった仕事だったんです。

オトコ社会だし、厳しいし。泣きながらやってましたよ。

ちょうどリーマンショックのときで、色々やってなんとか持ち直してきたところでしたね。

‐自分の経験があるからこそ、娘には同じ苦労をさせたくない。親心ですね。

二代目:そう。それに、自分の娘として入ると社員もそういう目で見るでしょ。

自分がした苦労を、ちゃんと娘にも理解してほしかったんです。だから、「厳しくする」ということを条件に入社を許しました。覚悟を確かめるために板金学校に行かせたり。

三代目:学生時代さぼりがちだったので、母もその印象が強かったんだと思います。

二代目:会社に入って変わったよね。

三代目:学生時代から、仕事をさぼったことはありませんでしたけどね…。

‐(笑)。板金学校での生活はどうでしたか?

三代目:特別厳しいわけではなかったんですが、何も知らない中で通い始めたので、難しいなと思いました。

職人の仕事だし、めちゃくちゃ数学的、図面一つにしても覚えないと描けないですし。理系の仕事だということを改めて実感しましたね。

ある程度社会に出ている人が中心だったので、頑張って食いついていかないと、と。

‐周りの方とのギャップなんかはありましたか?

三代目:最初は、男性ばかりということもあってなかなかコミュニケーションが取れませんでした。

人間関係でも最初は壁にぶつかってばかりでした。でも何日か経った頃に声を掛けてもらって、社会のことや仕事のこと、いろいろ教えてもらいました。

それからは毎日ご飯を一緒に食べられるようになって、本当に通ってよかったですね。

‐お母さんも、行かせてよかった?

二代目:よかったと思いますね。広く浅くかもしれませんが、必要なレベルの知識は学んでこれたようです。

社員も、血がつながっているからこそ、ある程度わかっている人だと納得して迎え入れてくれますから。

‐お母さんの厳しさに対して悔しく思うこともありそうですね。

三代目:正直、何で私にだけそんな態度なんだろう、と思うことはありましたよ(笑)。どうしても、身内なのでほかの人に比べて言葉を選ばず言いがちですし。

‐親子ならではですね(笑)。

三代目:この前とうとう爆発してけんかになりましたけど、最近は慣れてきました。

自分だけじゃなく相手の状況を見て接していかなきゃいけないんだ、とか悔しいけど言われないためにはどうしたらいいか、と考えるようになれましたから。

二代目:私はわざと言っているところもあるんですよ。今回(「HOPE for PEACE」展)も初めて自分でプロデュースすることになって、苦しんでいたけどあえて放置することに決めていました。

自分で乗り越えなきゃいけない壁ですからね。じゃないとついつい甘やかしてしまうので(笑)。

   

「素材の良さ」から「買ってくれる人」へ、つくる目的の変化

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‐既に様々な百貨店で商品が取り扱われるようになったり、どんどん進化を遂げている「三代目板金屋」ですが、やりたいことはどのくらい達成できていますか?

三代目:まだ全然です。プロダクトデザインをすること自体は会社にとって新しいことではないし、自分自身もまだまだ駆け出しです。

‐どんなことをやりたいと考えていますか?

三代目:元々は職人の皆さんが、自分のつくったものを生活の中で触れられること、を目標にプロダクトデザインしていました。「こんなものをつくりたい」「板金の良さを活かしたい」って。

でも今は、どれだけ買ってくださる人や見てくださる人に寄り添うものをつくれるか、というのがテーマになってきました。つくることの「次」を見ていきたいです。

‐「次」ですか。

三代目:そうですね。そして職人や工場のイメ―ジをもっともっとかっこいいものに変えていきたいですね。

金属の加工にもいろんな種類があるということも知られていないし、職人のかっこよさをもっともっと伝えたいです。

‐そんな中で課題に感じていることはありますか?

三代目:デザイナーとしても職人としてもまだまだ未熟で課題だらけです。特に、勉強がまだまだ全然追いついていないことはずっとコンプレックスに感じていましたね。

でも、最近著名な年上のデザイナーさんとお話しする機会があって、「逆に強みにできるように開き直った方がいい」と言われて、それはとても嬉しかったですね。

‐そう言ってもらえる裏には、自身の並々ならぬ努力があったからこそですよね。

二代目:(三代目は)めちゃくちゃ働いてますからね。必死にならないと。

‐必死になるポイントってどんなところなんでしょう?

二代目:ただ自分の技術を磨くだけでなく、デザイナーの考えたものをいかに形にしていくか、そのコミュニケーションも大事ですね。

三代目:人と人のつながりをつくっていくこと、育んでいくことの大切さは特に感じています。私は人見知りだし人と交流することが少なくて友達も少ない。

でも働いてみて、人とのつながりをつくっていくことがどれだけ大事かわかりました。

今回つくったモビールと風鈴も、1つのボタンからだんだん広がっていく、人との縁の大事さを伝えたくてつくった作品です。