面積の約9割を森林が占める北海道下川町。その資源を生かした木質バイオマスの実施、FSC®認証(※)の取得など、環境保全や地域活性化の分野などで注目されている。
そんな町に、2015年に誕生したコスメブランドが、株式会社フプの森の『NALUQ』(ナルーク)だ。「森のライフスタイルブランド」をコンセプトに、まるで本当に森にいるかのような、清々しい木々の香りを人々に届けている。
「みなさんがどういうふうに森を毎日の暮らしに取り込むか、森とどうやってつながるか、を『NALUQ』がお手伝いしたいという想いからスタートしています」
こう話すのは、株式会社フプの森代表取締役の田邊真理恵さん。千歳出身の田邊さんは、どのように下川町へたどり着き、どんな考えを抱きながら日々森と向き合っているのだろうか。その想いを伺った。
(※)FSC認証は環境、社会、経済の便益に適い、きちんと管理された森林からの製品を目に見える形で消費者に届け、それにより経済的利益を生産者に還元する仕組み。(参考:https://jp.fsc.org/jp-ja/about_FSC_certificate)
森林の問題への関心から精油事業へ進んだ
筆者自身、日用品を買い求めるときは、木製のものを選びがちだ。「自然素材だから見た目にも優しく温かみを感じるものがいい」という考えからだが、その選択が必ずしも環境にも優しいとは限らない。低価格の木材を求めるあまりに違法伐採されたものを買ってしまったり、外国から木材を運ぶ過程で多くのCO2が排出されたりと、価格や仕入れ、物流などで問題を抱えている。
田邊さんも同じように「ではそれをどうしたらいいのか」と引き続き調べていたところ、下川町が北海道で初めてFSC®認証を取得したことを生花店で働いていたときに知ったという。
「そこで下川町森林組合を訪ねたら、林業に加え、北海道にのみ自生するモミの木の仲間『トドマツ』の精油事業も見せてもらったんです」
下川町森林組合は、当時すでに『北海道もみの木』というブランドを立ち上げ、アロマオイルやそれを原料としたルームスプレー、石鹸などの雑貨類を展開していた。
「大学生のときにサークルで森林調査を行ったのですが、森のなかでもトドマツの木の香りが一番好きでした。香りを商品にして届ける。それを仕事にしていることに衝撃を受けて、自分もこういう人と関わって、何かしたい!と思ったんです。豊富な森林資源を活かして、林業だけでなく商品開発にも取り組んでいる。この町はなんてすごいんだ、と感銘を受けましたね」
こうして田邊さんは、2007年に千歳から下川町へ移住した。
一年間は森林組合で精油事業の研修を受けた後、森林体験事業を行うNPO団体に精油事業とともに移籍。2012年には独立し、かつて森林組合に所属していた亀山範子さんとともに株式会社フプの森を立ち上げた。
生活で森の香りを楽しんでもらうための『NALUQ』
フプの森は現在、『FUPUNOMORI(フプノモリ)』と『NALUQ(ナルーク)』の2つのブランドを展開している。
しかし創業当時は、『FUPUNOMORI』ただ一つだったそう。
コンセプトは、「シンプルに森を感じるベーシックブランド」。『北海道モミ®』と名付けてブランド化したトドマツ、その他アカエゾマツやシラカバ、エゾヨモギなどから採った精油や蒸留水を原料に、アロマオイルや化粧水などを商品にして展開していた。
そこへ新たに『NALUQ』が誕生したのは、2015年のことだ。「森のライフスタイルブランド」として森そのものの香りを感じてもらいたいという想いが込められている。そうなった背景には、知り合いのある言葉があるという。
「商品のラインナップを増やすため、化粧品を生産している知り合いに相談したところ、『世の中の人たちは、そんなにトドマツそのものの香りを求めているのかな?』と本質的な問いをいただいたんです」
それまでは「トドマツの香りを使った商品を作らなければ」と考えていた田邊さんと亀山さんだが、その一言ではっとしたという。
「ブランドの核になるようなお話をいただいて、納得しました。FUPUNOMORIを買う人たちは、トドマツの香りを求めているのではなくて、北海道の森の雰囲気に触れたいという人が多いのではないか?と気づいたんです」
「では実際に何を作ろうかという話になったときに、暮らしのなかで森林の香りを感じられるよう、顔よりも体につけたり生活空間に漂わせられるクリームやオイル、キャンドルといったアイテムの方が合っているだろうという結論が出たんです」
そうして生まれた、森を生活の中で感じるブランド『NALUQ』では、森の香りをブレンドし、春の訪れに華やぐ森の香り『スプリングエフェメラル』、トドマツの森のしっとりとした香り『ライケン』の2種類をメインに展開している。
実際、空間に香りを漂わせてみたり、体につけてみたりすると、とても清々しい気分になる。リラックスして気持ちが落ち着くような、心の状態がニュートラルになるような、そんな感覚だ。いつかは実際に森を訪れてみたいという気持ちも湧いてくる。私たちの心の奥底にある森を求める何かが引き出されるのかもしれない。
トドマツを知り、森を感じる入り口に
森を感じられる化粧品を作るにあたり、どのような生産過程を経ているのだろうか。聞くと、まずやることは、森林組合や林業会社に伐採スケジュールを教えてもらうことだという。
町内のどこで誰が切っているのかをリサーチし、田邊さん、亀山さん、もうひとりのメンバーである安松谷さんに加え、アルバイトの人が来れる時はさらに数名とともに伐採現場へ行き、間伐材、主伐材問わず木材の枝葉を切って、30〜40kgずつの袋10〜20個にまとめて工場へ持って帰ってくる。
その枝葉は蒸留釜にセットされ、2〜3時間かけて丁寧に精製される。それを、現場があるごとに数日〜数週間続けるという。
「枝葉を運ぶ作業は人力なので、ヘトヘトになりながら持って帰ってきます。今は機械を使って作業できないか、試行錯誤しているところなんですけどね」
と、田邊さんは困ったような楽しそうな表情になる。
こういった作業工程と材料の調達は、A4サイズの手書きのプリント『フプの森通信 ダイジェスト』で紹介されている。その他、一本の木が育つまでに行われる作業、蒸留の流れやトドマツについての説明文も載っていて、読み応えが抜群だ。
これほどまでに多くの情報が載せられているのは、森という存在に関心を持つきっかけになってほしいという願いがあるからだ。
「トドマツは北海道の森を代表する木なので、どんな木でどのように育ち、どんな香りがするのかを、みんなに知ってもらいたいんです。私たちや下川町のことを知ることが森に来るきっかけになったり、森を感じる入り口になったりしたら嬉しいです」
森が世界への窓口となりすべてがつながるといい
田邊さんはさらに、森について考えることが、世界で起こるさまざまなことに目を向けるきっかけの一つでありたい、とも話す。
「世界で起こっていることはつながっていると思うんです。例えば木材から世界の森林と私たちの暮らしがつながっていることを意識すると、次にはフェアトレードやエシカルな買い物がキーワードとして上がってきて、化粧品がそうなら食べ物はどうだろう? 自分の服は誰がどこで作っているの? という疑問が湧いてきたり」
ただ、そのなかでも伝え方には気をつけているという。
「印象はとても大事です。最初に『違法伐採があるんですよ、だから気を使って商品を選ばないといけないんですよ』という話をすると、お説教じみてしまうしネガティブな気持ちにさせてしまう。だから何よりも、まずは香りの気持ちのよさや森の楽しさを感じてもらい、ポジティブな気持ちから、森に関心を持ってもらうのが一番だと考えています。聞いているうちに興味を持ったり、知識が少し耳に入るというところからでいいんです」
最近は2haの森を会社で買い、神奈川県の植物療法のスクール「トトラボ植物療法の学校」とともに2019年冬にワークショップを実施したという。二泊三日で間伐と蒸留を体験し、さらに生葉を使ったバームづくりや染め物などのクラフトを行うプログラム。森で雪のカウンターを作り、ホットワインも楽しんだそうだ。
「亀山と『結局なにやりたいんだろう』という議題から『森で遊びたい』という話になって、森を買いました。自分たちのフィールドがあると、自由に実施できる。社有林を持ち、そこから発信していきたいという思いがあります」
ちなみに、会社で会議をするときは森へ行くと言う。森にいると、おおらかな気持ちになるそうだ。
「机に向かいながらだと、どうしても細かい話になってしまいます。それももちろん大事なのですが、会社の大きな方針や流れを考えたいときは、森で会議をするようにしています。そうすると『何がしたかったんだっけ?』といった根本的な視点に立ち戻ることができる」
田邊さんは会社の今後について、こう語る。
「無理をせず、みなさんと一緒に社会がいい方向に向かうように、生産者としてメーカーとして学びながら、『私たちに何ができるんだろう?』という問いかけをこれからも続けたいと思います」
この真摯な言葉は、筆者の胸に響いた。
森は、昔から多くの生きものの住処となり、木材はあらゆる商品に形を変え私たちの生活を支えてくれている。豊かな森林という大切な存在を未来へ残すために、私たちにできることは何か? 壮大な問題に苦しくなったときは、難しく考えず、まずはふーっと深呼吸して森の香りを楽しんでみよう。暮らしのなかで森を身近に感じること。そこから森への入り口は始まっていくのかもしれない。
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