CDが売れない時代。音楽業界は衰退していると思う人が大多数を占める一方、新たな可能性を見出す動きもある。
その鍵を握るのがライブやフェスといった、生での音楽体験だ。

フェスというと、イベント会社が企画するものというイメージが一般的だが、フェスを地域住民の手で手がけている街がある。

それが愛媛県西条市で行われる野外フェスSTONE HAMMER.fes(ストーンハンマーフェス)。通称ストハン、西条市民によるオール手作りのフェスだ。

その指揮をとる安田光孝さんにお話を聞いた。

#1 「音楽を地元の若い子へ」全てはそこから始まった

高校でバンド活動をはじめ、プロデビューもしていた安田さん。しかし、好きからはじめた音楽がビジネスになり、お金が絡み始めると自分が思うような音楽ができなくなった。

そして、まわりからは順風満帆にみえていた絶頂期に突然の引退。

もういちど音楽をやるという考えは全くなかった安田さんを突き動かしたのは、自分が音楽をはじめたころと同世代の若者に音楽を届けたいという思いだった。

 

「じぶんが子どもの時にあったらきっと遠くに行かなかったかもしれない。もっと地元が好きになったかも、誇りが持てたかも。そういうイベントをやりたいと思いました」

 

機材も全部捨てていたため、楽器を一つも持ってないところからの再始動。スタッフのほとんどがボランティアで、企画からステージ、立並ぶテントまでも手作りだ。

今では地元の西条市民だけでなく、出演するアーティスト、アーティストのファン、関わる多くの人から愛されるイベントに成長し、出演しないアーティストの間でも良いイベントだという評判がつくほどだ。

ゼロからのスタートだったイベントだが、徐々につながりができ、さまざまな人を巻き込みながら経済活動もまわりだしている。

 

#2 西条だからこそできること

地元のひとたちを巻き込みながらイベントをできるのも西条市ならではだという。

 

「住みやすいし、キャラ立ちしている人が多いです。でもバラバラにならないんですよ。東京って人種の坩堝って言いますけど、西条の方が多いんじゃないかななんて」

 

地元に戻って自分のやりたいことをやっている安田さんの笑顔は眩しい。

 

「いろんな人がいて、その個性はそれぞれとても強いです。でも、どっかで協調性があって、絶対反発しあうはずの個性たちがなんとなくまとまっていますね」

 

まさに街のひとりひとりがアーティスト。それぞれが個性を発揮しつつも、西条という舞台で1つの作品を作り上げている。都市にはたしかに様々な人がいるし、その数も多い。その結果、じぶんが生き残るのに必死になり、激しい競争が起きる。西条ではそういう競争とは無縁だ。

 

「みんなでやるという考えで、西条市内全域に住んでいる人が幅広く実行委員会に関わってくれています。それがとても嬉しいし、こういうことができるのも、昔から祭りで団結してきた西条の人たちだからこそだと思っています」

 

西条といえば祭りのまち。だんじりの荒々しさに揉まれながら地元を守るという熱い人たちが集まっているが、西条以外からも人が集まる。半分くらいは関西圏のほかの街からやってくるという。

 

「地元西条を離れた人からこういうイベントをやってくれてありがとうっていうお礼のメールがきたり、誇りに思いますなんて言っていただけたりすることも増えました。そういう時は本当にやっていて良かったって思いますね」

 

音楽好きはもちろん、イベントが好きな人や、地元に貢献したいと思っている人も参加しやすいストハン。西条の人たちがひとつになるのは祭りだけではなくなりつつあり、西条のシンボルとして「石鎚」「水」「西条祭り」に「ストハン」が並ぶ日も近い。

 

#3 巻き込まれた台風

そんなストハンだが、昨年は中止になってしまった。記憶に新しい西日本の豪雨災害の影響だ。

すでにアーティストは現地入りしていて、セットも組んでいた。開催したのと同じくらいの費用がかかり、収支はとてつもなく厳しくなりそうだった。

 

「来年呼んでくれるならキャンセル料はいらん」

 

前泊するアーティストもいるなか、安田さんを中心とする台風の目は綺麗に晴れた。ボランティアで東京や他県から来てくれた人もホテル取っていたため、台風のときに観光に来たような感じにさせてしまったと安田さんは悔しさを滲ませるが、そこにあったのは巻き込んだ人たちからの愛情。

 

「アーティストにとっては西条市にくる得はなにも無いのに不思議ですよね。次につながるわけでもなく、格安のギャラなのに。音楽活動にとっては何の得もないですけど、それでもストハンに来てくれるということを考えるとイベントを良いものだと思ってくれてるのかな」

 

照れ笑いする安田さんだが、そこにこのフェスが広がり続けている理由が垣間みえた気がした。

まだまだ拙さもあるというが、その拙さでさえもアーティストやファンがフォローする。やっている人の顔がみえたり、作り上げるところからその熱を感じたりすることが出来るからこそ人を惹きつけているのだ。

 

「再現性はないかもしれませんが、だからこそオリジナルでいられて、それが多くの人に魅力を感じてもらえる理由なんじゃないでしょうか」

 

完璧なモノやコトが求められていた時代から、そこにある感情的価値やストーリーが求められる時代になりつつある現代。ストハンは地元の住民をオーディエンスとしてだけでなく、プレイヤーとして巻き込みながら進む最先端の消費のあり方のひとつなのかもしれない。

 

#4 響き続けるハーモニー

最後に安田さんの今後の野望をきいた。

 

「近いところでいうと今年は今までよりさらに飛躍させたいですね。中止になってしまった昨年の分も込めて。長期的には、アーティストのコンサートに行くとストハンのシャツを来ている人をみかけたりするようなフェスにしたいです。ふつうのおばちゃんが野外のフェスを『ストハン』とか敬称で呼んでくれるような」

 

若者世代が住みたい田舎部門で全国5位に輝いた西条市。

自分が若くして西条を出たときに、西条にはなにもないと言われるのがとてつもなく悔しかったという安田さんの熱い思いはこれからも人々の心に響き、じわじわと広がっていく。