少し前、「平成、お疲れ様でした。」と書かれたタオルが新橋や品川など都内のビジネス街で1万人に無料配布されたことがニュースになった。勤労感謝の日のタイミングに合わせて「泉州タオル」の産地である大阪・泉佐野市が開催したサンプリングイベントだ。泉州タオルは、国内で初めての後晒し製法のタオルと言われており、130年の歴史をもつが、ここで初めて聞く人も多かっただろう。


この一風変わったマーケティングを見て、なんとなく「泉州タオルらしいな」と思ったのは、私がその数週間前に泉州タオルを販売する一人の男性に取材をしていたからだ。


泉佐野市のタオル屋に生まれた北庄司英雄さんはECサイト「taoru.com」やマルシェへの出店などを通して泉州タオルの販売を行なっている。北庄司さんは東京で外資系のインターネット関連企業で働きながら、副業的に家業をサポートする動きをしている。


マジョリティな市場に対して仕掛けていくのではなく、タオルの肌触りや感覚を求めている人にアプローチしていきたいと語る北庄司さんは、どのような経緯で再び泉州タオルと歩むことになったのだろうか。そして、これからどんなことを仕掛けていくのか、お話を伺った。



佐藤 由佳
1993年東京生まれ。新卒でWebディレクターを経験後、フリーライター・編集者に。ソーシャル・クリエイティブ・デザインなどのテーマで取材・執筆を行う。

タオル屋に生まれて。「泉州タオル」と再びの出会い

 

ーータオルといえば今治タオルが有名ですが、「泉州タオル」とはどんなタオルなんでしょうか。

 

 

 

泉州タオルは、大阪・泉州で130年続く”自分づかい”のタオルです。後晒し製法という製法でできています。これはタオルを折る工程の最後に漂白・水洗いをする製法のことで、不純物をより綺麗に取り除くことができます。

 

 

 

 

私はノベルティや業務用タオルを製造販売するタオル屋に生まれ、「泉州タオルは普段使いに最適なタオル」だと親父から教えられてきました。タオルって、低価格のものから贈答用までさまざまですが、泉州タオルはシンプルな”普通のタオル”なんですよね。

 

 

 

逆に僕は、地元を出るまで「今治タオル」は知らなかったんです。出荷量は、泉州タオルも今治タオルも、実はあんまり変わらない。でも認知度では圧倒的な差があります。BtoCに寄っているかBtoBに寄っているかで、認知度はかなり変わってくるんだなと。マーケティングの仕方が重要なのだなと感じます。

 

 

ーー家業の泉州タオルはこれまでBtoB中心で販売されてきたのですね。現在は、どのような形で家業に携わられてるんでしょうか。

 

今は弟が家業を継いでいますが、僕は東京で会社員をしながら「taoru.com」というサイトで、泉州タオルのブランディング啓蒙と販売サポートをしています。フェイスタオルやバスタオル、オリジナルタオル制作などをラインナップしていて。

 

 

taoru.comでは、異なる厚さのタオルを扱っているのが特徴です。「220」とか「400」とか、タオルには全て厚みを表す数字を表記するようにしています。数字が小さいほど薄手で、大きいほど厚手。厚手だからいい、というわけではなく薄手のタオルはコンパクトで速乾性がある。普段使いにこそおすすめできるタオルです。

 

 

ーータオルの厚みは、あまり意識したことがありませんでした。確かに、用途によって最適な厚みがありそうですね。家業に携わるきっかけとして、どのようなことがあったのでしょうか。

 

 

僕はもともと、タオル屋を継ぐことは全く考えていなくて。地元にとどまるより、外の世界を見たいという思いが強かったんです。そのため大学は京都の大学に進学、社会人になってからは東京に出ました。インターネット業界の企業を複数社経験し、現在はUS本社の動画配信関係のテクノロジー企業に勤めています。

 

 

 

泉州タオルのことを再び考えるようになったのは、社会人になってからでした。東京の人と接したり、今勤めている会社で外国人の方と触れる機会が増えたりする中で、泉州タオルの認知度の低さを知ったんです。ほとんどの人は「タオルといえば今治タオル」と思っているんだなと。外部の人と触れて、置かれてる立場を認知したからこそ「何とかせな」って思ったんですよね。

 

 

 

でも、それをおせっかいだと考える人もいます。「お前が勝手にやるな」とか「そんなことしなくてもみんな普通に食っていけるんだから」と。しかし”普通のタオル”である泉州タオルを海外の方も含め、これからもっと多くの方に知ってもらってこそ、長く続くものになると考えています。

 

 

 

親父は私に賛成してくれていて。その結果、現在は既存サイトをリニューアルしたtaoru.comを運営したり、日本だけでなく海外に向けてもマーケティングを始めています。

 

タオル販売を通して、人の心が変わる瞬間を見たい

 

ーー海外市場へはどのようにアプローチされているんですか。

 

本格的なことはこれからですが、実は昨年試験的にニューヨークで飛び込み営業をしました。タオルをバックパックに突っ込んで「興味ありませんか?」「扱ってみませんか?」と聞いて回りました。

 

 

 

そこで言われたのが「Webサイトを見せてくれ」ということ。当時まだtaoru.comは、英語対応をしていない昔ながらのサイトだったため、これは作り直さないとなと感じました。そこで現在の形にリニューアルしたという経緯があります。文字で伝えられないところは、映像を入れたり、泉州タオルの歴史が伝わるような工夫をしたり。インターネットや映像は専門領域なので、経験が活きたなと思います。

 

 

 

それから、海外のタオル事情のリサーチも行なっています。その中で「日本製のタオルを探しているけれど、あまり見つからない」という日本人の声も聞きました。僕の認識では海外でメイドインジャパンのタオルのポテンシャルはまだまだ高く、そこにチャンスがあるのではと考えています。

 

 

ーーサイトリニューアルや実際の販売など、多くの部分で携わるようになった原動力はどんなところにあるんでしょうか。

 

 

一つは親孝行ですね。親に恩返ししたいという想いがあります。タオル屋でメシを食わせてもらって、ここまで大きくなっているので、親父に恩返ししたいと思っています。

 

 

それと私はインターネット業界に長くいるので、有形のモノを販売するということに興味があって。モノを販売する難しさを改めて勉強したいなと。最近はポップアップストアでの販売を行なったのですが、そこでも難しさを実感しました。

 

 

 

泉州タオルを全く知らない方に対して一生懸命売り込んで、やっと1枚が売れる。「タオルが目の前で売れた!」と感動しました。僕は本業でもセールスの経験が長いですが「人の心が変わる瞬間」を見たいと思ってやっているんです。泉州タオルを知らないという段階から入って、そこからどう人の心を動かせるか。そこに興味があるんですよね。

 

 

“普通のタオル”を残していく

 

――今後は、泉州タオルをどのように盛り上げていこうと考えていますか? 事前のヒアリングでは「タオルはメディア」ともおっしゃっていますよね。

 

 

そうですね。人と人を繋ぐ媒体として泉州タオルが、いろいろなところに存在できたらいいのではないかなとも思っています。

 

 

 

たとえば部屋やトイレ、自分たちの生活空間の片隅にかけてあるタオル。そこに広告を出せると思うんですよね。今までは企業名を書いたノベルティとしてのタオルはありましたが、広告ビジネスと結びつける例はあまりなかったのではないかなと。直接広告をプリントしたり、将来技術が発達すればARなどで一つのタオルに複数の広告が出るようになるかもしれない。

 

 

 

人々の身近に置かれているモノってこれからどんどん限られていくと思うので、タオルというメディアには可能性があるのではないかと感じています。

 

 

ーー最後に、北庄司さんが未来に残していきたいものはなんですか。

 

この泉州タオルの手触りや肌に触れた時の感覚は残していきたいですね。

 

 

 

タオルは生活必需品ですから、市場から無くなるということはないと思っていて。

 

 

しかし、現在は化学繊維でできた速乾のタオルなど、さまざまなものが出てきています。そんな中でも人間の五感がガラッと変化しない限り、コットンでできたタオルの肌触りというのは、求められ続けると思うんです。

 

 

私は車が好きなので車にたとえて言うと、ガソリン車のようなもの。今って、電気自動車にどんどん変わろうとしていますよね。車に興味のない人にとってはどうでもいいことかもしれませんが、ガソリンエンジンの鼓動や徐々エンジンが温まっていく感覚は、電気自動車にはないんですよね。その感覚を好きな人は一定数、存在し続けると思います。

 

泉州タオルも、対個人へのマーケティングに関しては、マジョリティな市場に対して仕掛けていくのではなく、タオルの肌触りや感覚を求めている人にアプローチしていきたいなと。

 

クラシックな”普通のタオル”としての泉州タオルを盛り上げ、残していきたいと思います。