半蔵 門太郎
ビジネス・テクノロジーの領域で幅広く執筆しています。

みなさんは、ツェルマットという村を知っていますか?

 

ツェルマットはスイスの南部、マッターホルンの麓に位置する人口約5700人の小さな村。チューリヒやジュネーヴからは電車を乗り次いで約4時間、国際空港からも離れたこの村、実は年間延べ200万泊もの旅行者を迎え入れる世界有数の通年山岳リゾート地です。

 

数々の観光プロジェクトを成功に導いたことで知られる“観光カリスマ”山田桂一郎さんは、ツェルマットにこそ、日本の地域が学ぶべき観光ブランディングの極意があると語ります。「地域×デザイン 2017」最後の週末に開催され、大きな盛り上がりを見せた講演の様子をお伝えします。

 


 

華やかなリゾートの本質は“生きるために必死な経営努力をする村”

 

登壇した山田さんから最初に語られたのは、観光の街ツェルマットの、華々しい実績でした。

 

私はツェルマットという村に住んでいます。1か月に最低1度は自腹で日本に通い、全国各地で地域振興の活動をしています。さて、写真を見ての通り、ツェルマットはアルプスの山々に囲まれていて、市街地の面積は大きくありません。宿泊施設の数も増えずに限られています。でもそんな中、年間約200万泊ものお客様が滞在されています。訪問ではありません。滞在です。単純計算だと1日に町の人口と同じくらいの宿泊客が滞在しているということになります。

 

更に注目すべきは、村の宿泊キャパシティはほとんど増えていないのに、ツェルマット地域全体の売り上げが今でも伸び続けている、ということです。これはなぜか。単純に宿泊客数を増やすのは物理的に無理ですから、サービスの質を向上させ、特にリピーターの高い満足度を獲得することで消費額、客単価を上げているのです。約70%を超えるリピーターは、生涯を通して何度もツェルマットでバカンスを楽しんでいます。

 

成功を収めた山岳リゾート地。しかし、続いて山田さんの口から語られたのは、ツェルマットの意外な事実でした。

 

元々、恵まれない土地で貧しい放牧農家しかいなかったツェルマットの人たちの危機意識はとても高く、住民が一致団結し、生きていくことに必死です。マッターホルンが世界的に有名であろうと、それだけではこんな僻地にお客様は来てくれない。例え、山を眺めに来てくれたとしても、ツェルマットに滞在してくれなければ外貨獲得が出来ず食っていけない。かといって下手に大きな開発をすると、自然環境や景観等が壊れ、資源が枯渇すれば生活も崩壊する… そういう厳しい状況の中で、地域の資源を活かして住民の生業となるように村中で連携し、協力してきたのです。

 

そもそも、自治体の枠組みが「共同体としてどう生き残っていくのか」という死活問題から始まっているので、サバイバル意識が日本人とは桁が違います。自分たちで自立と持続可能な社会を構築するため、地域全体で継続的な利益を生み出そうとする経営努力に手抜きは無く、したたかです。

 

生きるために必死なツェルマットのリアル。山田さんはそこから、日本における地域創生の問題点を鋭く指摘します。

 

ツェルマットの人たちの姿を見た後に日本の地方を見て思うのは、地方創生がうまくいってないところの多くは、住民レベルでは「ほとんど誰も食うために困ってない」という状況があります。個々ではほとんど生活に困っていなければ、現状のままで良いと言って余計なことはしたくない、自分のコトだけで地域や将来のことに全く無関心な人が意外と多いのです。

 

 

また来たくなる村には”異日常”の存在があった

 

多くのお客様が生涯にわたって何度も繰り返し訪れたくなるツェルマット。その一番の要因は何なのでしょうか。有名なアルプスの山々?豊かな自然?歴史的な街並?そのどれもが不正解だと山田さんは語ります。

 

 

 

この表は観光庁が日本に訪れた外国人が何に満足したのか(左)、もう一度やってみたいと思える体験は何か(右)をまとめたものです。これを見ると満足した体験(60%以上)に【自然・景勝地観光】【日本の歴史・伝統文化体験】【日本の生活文化体験】があり、今回体験した上で、次回もやってみたいこと(約3倍も!)に【四季の体感】【自然体感ツアー・農漁村体験】があることがわかります。

 

山田さんはこれらを観光の鍵の一つが「異日常」と定義します。

 

「非日常」の多くは、自然とかテーマパーク等、環境や資源的には他地域に存在するものも多く、競合地も必ず存在します。本当の意味で旅行客を惹きつけ、その地域のファンになるのに重要なのは、旅行者から見て異なる豊かな日常、要するに、”異日常”の空間です。風土に根差した生活様式、独自の食文化、季節ごとの行事、地場産業など…来るたびに新たな表情を見せてくれる”異日常”の奥深さ。豊かなライフスタイルに憧れを持ち続けてくれる根強いファンほど顧客から贔屓客になってくれるのです。

 

ツェルマットには、アルプスの山々や美しい自然環境という非日常要素もありつつ、自分たちの生活がそのまま観光資源になるような”異日常”的な質の高い生活環境づくりを150年以上かけて行ってきました。住民のQOLが上がれば上がるほど、観光・リゾート地としての魅力も増し、さらなるファンが増える…そういう好循環のシステムを作り上げてきたのです。

 

住民が「おいしい」と言って日常的に食べているものこそ、旅行者が食べたくなるのは地域リアリティがあるから。「住民が愛し続けている味だからこそ、食べてみたい・・・」となります。日本だと讃岐うどんがいい例。新ご当地グルメがなぜ売れないかは、観光客向けに売ってるだけで地元の人たちが食べていないのが原因です。地域の自慢や誇りを感じることが出来ないものは支持されません。

 

 

観光地が“感幸地”であるために

 

ここまで厳しい提言を繰り広げてきた山田さんですが、その背景にあるのは日本への自信と想い。スイスと日本の両方を知るからこそ生まれ出る言葉に、会場の真剣度も増していきます。

 

私からすれば、日本はスイスと比べて資源が豊富で羨ましい。海もあるし、自然からのおいしい恵みがあり、各地に独自の歴史や伝統文化もある。どう考えても観光資源は日本の方が多様性もあり豊かです。だからわたしは日本に通いながら、日本の観光を軸にいろんな産業を盛り上げていきたいし、スイスには絶対負けないという確信を持っています。日本が国際観光競争力だけでなく、国民生活満足度もスイスを抜いて世界一になるために、これからも日本に通い続けます。

 

日本が「通う」対象だからこそ見えるもの、言えることがある。ここまで発破をかけられては、日本の地域観光も黙っていられない…そう思わされることこそ、山田さんの真の目的なのかもしれません。

 

写真提供:JTIC. SWISS