鈴木賀子
ジュエリーメーカー、広告クリエイティブ領域の製作会社、WEBコンサルティング企業を経て、2016年より70seeds編集部。アンテナを張っているジャンルは、テクノロジー・クラフト・自転車・地域創生・アートなど、好奇心の赴くまま、飛びまわり中。

みなさんの住んでいる自治体に「広報誌」はありますか?

 

そう聞かれたとき、すぐにどんなものだったか答えられる人は多くないんじゃないでしょうか。大半は「あれ?そんなものもあったような…」となってしまうかもしれません。

 

東京ミッドタウン・デザインハブで開催中の「地域×デザイン 2017 ―まちが魅えるプロジェクト―」。2月8日に開催されたセミナー「地域資源の磨き方×デザイン 三芳町×モリサワ」では、そんな「広報誌」をデザインの力で住民に愛される存在へと変えた取り組みが紹介されました。

 

セミナーで語られたのは、徹底した「住民目線」の話。変わらなそうに見える仕事にイノベーションを起こす方法について、日本一の広報誌になった三芳町の取り組みを事例に紹介します。

 


 

広報誌日本一になった「東京からいちばん近い町」

 

 

埼玉県三芳町は人口約3万8,000人の「東京からいちばん近い町」。この町の名物は平成23年10月にリニューアルした広報誌「広報みよし」です。この広報誌が、平成27年の全国広報コンクールで内閣総理大臣賞(その年の一番すぐれた広報誌に授与される賞)を受賞したことで、三芳町は一躍その名を自治体の広報関係者に知られることとなります。

 

「広報みよし」をリニューアルしたのは、三芳町秘書広報室の佐久間智之氏。この日のセミナーでは、広報の現場を経験しているからこそ語れる「地域資源の発信の仕方とデザイン」の、とことん実践的な話が繰り広げられました。


 

「広報誌日本一」が生まれるきっかけになったのは、「ゴミ箱に捨てられていた広報誌」でした。

 

マンションのポスト脇のゴミ箱に、広報誌が捨てられていたのを見た時「これは税金のムダだな」と思ったんですよね。読まれないということは町の情報を伝えられていない。郵送料も印刷代もかかっているので何一つ良いことがない。これをどうにかしたいと考えました。

 

そう考えた佐久間さんは、ちょうどその時期に代わった町長が募集していた「広報やりたい職員」に立候補。町長に「住民が主役の広報誌を作りたい」「日本一の広報誌をつくります」と約束し、就任したのでした。

 

「なんでも屋」として取り組んだリニューアル

現在の広報秘書室の人員は3名。しかし広報業務は基本的に佐久間さんひとりで担当しています。

 

印刷以外はSNSの運用も含めてぜんぶ手作りでやっています。広報を担当するようになった6年前から、独学でPhotoShop、Illustrator、InDesignを学びました。人は頑張ればそこそこいけるんだなということを感じています(笑)あと三芳町はすごく自然が豊かなんですよね。それを伝えるためには写真撮影したり動画を作らなきゃいけない。自分で。だからカメラには(お金を)つぎ込みましたよ。

 

必要なことはすべてやる。まさに「なんでも屋」を務めていた佐久間さんからは、リニューアルした2011年からの5年間取り組んだ改善がどのようなものだったのか、ひとつひとつについての解説が続きます。

 

まずは広報誌を読んでくれる分母を増やすために、若い人をターゲットにしました。毎月ターゲットである若い人に響くような特集を組んでいます。
表紙はコンビニに陳列していても遜色ないくらいに、とこだわりました。広報誌のロゴもローマ字にしたりして徹底的にターゲットに合わせたんですよね。ターゲティングをしっかり決めて、やることとやらないことを決めて取り組んだということですね。

 

そして直感的にひきつける”ビジュアルブランディング”を意識しています。写真を多用すると、文字数が限られますよね。つまり、要約した内容、直感的にわかる文章になるんです。

 

ターゲットとなる読者に届けるため、妥協を許さない佐久間さんのこだわりは、広報誌面上のピクトグラムまで自ら手掛けるほど。そして、そのこだわりは広報”誌”の常識さえも飛び越えるものでした。

 

「直感的に理解してもらう」ということはすごく大切なんじゃないかなと考えています。
できるかぎり、情報にたどり着くためのプロセスを省く。僕は「YouTubeや紙面のAR化」などクロスメディア化をすることでその解決策を見つけました。
たとえば、町のカルチャースクールの開催情報をみつけて申し込みたいと思った時、その紙面をスマホでAR化してみて、画面をワンタップしたら申込みフォームにたどりつく。相手のことを考えるコミュニケーションデザインを考えることが重要です。

 

佐久間さんは、「めんどくさいことをあえてやらないと」と続けます。読む価値のある情報を提供することで住民が読むようになる。そうすると住民が変わる。このリニューアルの取組みにより、リニューアル前の広報誌予算に比べて大幅に50%ほど予算削減できた、という思わぬ成果も生まれたといいます。

 

まさに「税金のムダ」だった広報誌が、逆に税金のムダを自ら削減することになった瞬間を前に、聴衆がメモを取る手にも力が入ります。

 

 

徹底した住民目線が、ムダな仕事を減らしていく

 

佐久間さんが従来の広報誌を引き合いに、強く語りかけるのは「広報には徹底した住民目線」が必要だ、ということ。そのこだわりは印刷フォントのひとつひとつにまでおよびます。

 

過去のものは住民に読んでもらえる内容にしていなかった。読みやすいものではなかった。
高齢者や児童に読みやすい配慮もしていなかったんですね。文字のサイズだとか。そういうところの積み重ねが「読まれずに捨てられる」だったんですよね。もっというと読まれない、理解されないということは必要な情報が伝わらない。それはつまり、役所への問い合わせが増える。公務員たちの業務の負担が増える、なんですよ。何のために広報誌をつくったかわからない。ムダですよね。だから伝わる紙面づくりをしなければいけないということなんです。

 

このUDフォントは、読みやすさのために僕が広報秘書室に配属された翌年から使いはじめたんですが、おかげで「文字が小さくて読みにくい」という苦情は一切ないですね。

 

そして話題は「コミュニケーションデザイン」に。「想いがあっても届かなければ意味がない」という、地方自治体が突き当りがちなテーマについて、佐久間さんは次のように解説します。

 

たとえばこれは「コミュニケーションデザイン」の領域なんですけど、「あなたがラブレターを渡す時どうするか」考えてみてほしいです。ラブレターが手元にあっても相手に届かなければ意味がない。どういうタイミングで届けるか、どのように伝えるかまで考える。そういうことまで考えることが広報のコミュニケーションデザインだと思っています。

 

そんな住民目線で考え抜かれた新たな取り組みが、日本初の「広報誌多言語化」。UDフォントを手掛けたモリサワによる多言語化アプリケーション「CatalogPocket(以下、カタポケ)」を使って、世界6言語への対応をも実現しています。

 

町内には外国から移住してきている方が人ほどいらっしゃるのですが、その方々に地域行政の情報(防災やくらしの情報)を伝えるために導入しました。伝わらないとその方々が情報弱者になってしまう。カタポケを利用することで、すべての住民に行政情報を伝えられるんじゃないかなと考えています。今後、海外の方以外への拡散の課題として「町内を通っている関越自動車道のサービスエリアに配布用カタポケのフライヤーを設置する」という取組をしたいと思っています。これをすることで高速道路利用者に認知度が向上し、アプリのインストール数も増えるのではないかと感じています。

 

 

「町に住んでいる人」と「町の人」は違う

 

トークイベントの締めに語られたのは、自治体における「広報」のあり方。「なんでも屋」を務めあげてきた佐久間さんならではの視点から繰り出される言葉が、聴衆の注目を一身に集めます。

 

僕は役所の職員すべてが広報担当者だと思っています。たとえば問い合わせの電話を役所にしますよね。その時の電話対応がよかったら、役所全体のイメージが良くなると思いませんか?

 

ひとりひとりが広報の担当だという考えをもって行動してほしいなと考えます。同じことは企業でも言えると思います。

 

広報が変わると、住民が変わる。住民が変わると、自発的に行動してくれるようになります。その行動が、シビックプライドの醸成につながるんじゃないかなぁと思っています。三芳町の魅力、たとえば蛍がいるだとか、野菜がおいしいだとかを行政が発信するのではなくて、住民がPRをしていくようになるのが良いと思います。

 

住民が町のことを自分ごと化できるかどうか、その大切さを伝える佐久間さんのメッセージは、この最後の言葉に強く表れていました。

 

「町に住んでいる人」と「町の人」になることは違います。町を楽しくする当事者になっているかどうか。町を愛している人じゃないと「シティプロモーション」は成功しないと思います。

 

 


 

佐久間さん曰く、「広報はすべての人に情報(想い)を伝えるラブレター」。佐久間さんの想いは住民のみなさんもまき込み、地域を越えて広く、さらなる三芳町の魅力を発信しつづけていくことでしょう。

 

「地域×デザイン 2017」は、会期折り返し地点。興味を持った取組みがあれば、ぜひ会場に足を運んでみてください。