「僕たちはお客さんが“一番欲しいもの”を作っている。だから生活に必要なものができあがるし、10年使いたいものが生まれるんです」
2017年9月に創業したアパレルブランド「10YC(テンワイシー)」。買い手にとってわかりにくい部分の多いアパレル業界で、つくり手のことを可視化することで「商品の向こう側にある価値」に気づいてもらいたいと、生産工場や製造にかかる原価を公開し話題を呼んだ。ところが翌年8月末、約1ヶ月の休止を発表。販売を再開したのは同年10月3日のことだった。
順調と思われたスタートから、厳しい目にも晒された休止と復活。その間、彼らが考えていたのは「誰のためのものづくりなのか」ということ。困難を経て見えてきた、その答えとはーー。
(写真左から、下田将太、後由輝。創業メンバーを代表してふたりに話を聞いた。)
注目のブランドに起きた突然の休止
10YCというアパレルブランドをご存知だろうか。
『ちょうど良い!シャツ』
『あなたを上げる。Tシャツ』
『手放せなくなるパーカー』
思わず着てみたいとお客さんに思わせるキャッチーな洋服たち、どれも同ブランドのヒット商品だ。「もともとは真剣な遊びのように始めた」と語るのは、ブランドを立ち上げた下田さんと後さん。
創業時からメディアへの露出も多く、順風満帆かと思われた彼らだが、昨年8月には「商品を安定的に供給できていない」という理由でブランド休止の選択をした。世間では一人前の企業として認知が高まる一方で、裏側では予想を超えた注文に対応できる体制が整っていない状態だった。
「休止の直前が一番辛い持期でした。お客さまは商品を購入したいとwebショップに来てくれるのに売る商品がない状態で、ごめんなさいとしか言いようがなかった。工場ともうまく連携ができず、お客さまの期待に応えることができないのが苦しかった」(後)
「商品がなくなったら発注すればいい」という認識の甘さを実感、すべてを振り出しに戻した10YCは、次に何ができるのかを必死で考えた。
「欠品商法?」未熟さに向き合った1ヶ月
短いスパンで洋服をつくって売るファストファッションが急成長を遂げたファッション市場では、“業界の闇”として生産現場の過酷な労働環境が取り沙汰されるようになっていた頃。「着る人も作る人も豊かに」というコンセプトを掲げる10YCには、思想に対して共感する声も多かった。
そんな存在だったからこそ、休止を発表したときは「品薄状態を装った欠品商法なのではないか」という疑念の声も一部から挙がった。
「実際に商品がない状態だったので意図的な“商法”ではありませんでした。自分たちの状況を素直にお客さんに説明する意味があると思っていたから素直に話したんですが、『人気すぎて休止』と捉えられてしまう言い回しや言葉足らずな部分も、振り返るとあったと思います」(下田)
商品を安定的に供給するために足りていなかったのは、ブランドとしてやりたい規模の生産を実現する「仕組みづくり」。商品を作る手段を複数持っていれば起こらなかったはずだと、供給不足で思い知らされた。
「休止してでも改善すべきだと思ったのが、仕組みづくりの課題でした。今回、欠品になったのがたまたまTシャツだっただけで、他の商品でも今後起こりうる。それを避けるためにも、一度全部見直したいと休止に踏み切りました」(下田)
休止中は「10YCってなんだっけ?10年着られるってどういうこと?原価公開する意味ってあるんだっけ?根本は何が伝えたいんだっけ?会社として存在する意味は何なんだ?」と、ひたすらブランドの根幹について考えた。寄せられた指摘や課題にひとつずつ向き合い、自分たちの言葉で改めて説明していった。
地道な取り組みを続けた10YC。そんな時間を経て、答えは出たのだろうか。
「すっきりして再開できました。ご指摘や批判が成長させてくれた部分もあります。当時はしょんぼりしましたが、今はよかったと思えます」(下田)
10YCとは「継続性」である
休止から約1ヶ月後の10月3日に迎えた再開の日。12時のオンラインストア再開を前に、午前中はメンバー全員、何も手につかなかった。
「メンバーに給料が払えなくなるかもしれない」と焦りと不安のなか迎えた販売再開。告知の直後から、受注の通知が鳴りやまなかった。
「本当にありがたかったです。待ってくれている人がいるかは当日までわからないし、不安しかなかったけれど、実際には暖かく見守ってくれている人が多いことを実感しました」(後)
再開初日は約100万円の売り上げを達成。休止前と比べると約5倍の伸びだった。再開を待ち構えて注文してくれた人の多くは、10YCの製品をすでに購入したことのあるリピーターが中心だったという。
「驚きましたし、経営者として会社が潰れなかったことに安堵しました。残り7日で会社の現金が尽きてしまうところでしたから。蓋を開ければ、目標としていた数字を超えて、単月の売上記録を更新するほどでした。今もその規模を継続できているのは、あの1ヶ月考え抜いたからこそだと思っています」(下田)
自分たちは何をもっとも大切にすべきなのかーー。休止の1ヶ月間、考えに考えて出した結論は「継続性」だった。
例えば、パートナーである工場に対して、年間を通し継続的に発注できるような仕組みを作り、維持すること。そして、お客様に対しても、在庫がなくなっている商品の次の入荷時期が明確に分かるようにしていくこと。
もともと『いいものを作る工場にちゃんと生き残って欲しい』『お客様に洋服を長く着て欲しい』という思いから生まれた10YC。未来を見据えて盤石な基盤や仕組みを作る「継続性」こそが、10YCというブランドや関わる人々とのいい関係につながっていく。
「最初の1年はブランドを立ち上げることばかりを考えていました。しかし、このままだと『10YearsClothing』と名乗っておきながら、商品より先に会社が倒れるいう状況にもなりえます。今は生産してくれる方々に貢献どころか、むしろ迷惑をかけている状況だし、僕らが続けていくことがまず第一です」(後)
「原点回帰したんだなと思います。生産上の穴も、いただいたご指摘も改善して強くなりました」(下田)
ユーザーとブランドの「付き合い続ける」ほどよい関係
自分たちを支えているお客さんの存在を強く感じたというふたりには、その関係性について新たな視点が生まれている。
「ブランドとユーザーの関わり方は点じゃなく線になってるなと思います。長期的な関わり合いの頻度も『売れる』の定義に入ると捉えているので、単純な買上金額が最重要ではなくなっていますね」(下田)
ふたりが考えるこれからの「売れる」に変わる行動とはどういったものなのか。
「webで買ってくれる人も、裏で支えてくれる顔の見えない人も、いろんな人がいる。イベントに来るとか会話するとか「いつもつながっていること」がすべてではないと思っています。買うときは買って、買わないときは買わない。それでいいんです。僕たちが人見知りだからか、10YCにはそういうお客さまがすごく多い。でも、だからこそ作れる雰囲気があると思います。10YCは出入り自由だし、属人的じゃない。それが心地よく感じています」(後)
10YCの『付き合い続ける』形は独特だ。個人同士の関係性にとらわれず、つながることも強要しない。もし、顧客がブランドを信奉し付き従う関係性が「犬っぽい」イメージだとしたら、10YCの付き合い方は「猫っぽい」といえるかもしれない。
「自分の好きなときに来てもらいたい。強制はしないという点で、たしかに猫のようなところはあるかもしれませんね。『大好き!』って毎回来るお客さまはいなくて、しれっと来て、しれっと買っていく人が多いです」(下田)
「ちょうどいい距離感で、気楽ですね。好き好きって来られても僕はたじろいでしまうので(笑)長い目で見てブランドを支えてくれるのって、実はそういう人たちなのかなと思います。リアルの場が重視されていて、つながりを大事にしたい人は熱量も多いけど、僕は不器用なので3回くらい会わないと仲良くなれないんです。その点、オンラインでの付き合いは、より気軽かつ、より慎重な日本人っぽい関わり方ができるので大事にしています」(後)
ユーザーとの「強制しない付き合い方」として、商品を通じた発信でも10YCはストーリーを押し付けない。10YCが伝えようとしているのは、ユーザーと商品の「未来」だ。
「ものづくりの背景を伝え、作っている工場や原価を公開することは、会社のビジョンとして、もちろん大事にしています。ですが、販売再開後はあまりお客さま向けには打ち出さなくなりましたね。着る人も作る人も豊かにするために僕たちの服を買う、というのはなんだか高尚なのかも、と。今は、それよりも僕たちの服を着た先、お客さまがどう心地よくなるかを想像できるようにしています」(下田)
10YCの服を着たとき、ユーザーはどういう気持ちになるのか。服の心地よさで生活や仕事のパフォーマンスがどのくらい上がるのか。長く着てほしいからこそ、着た人にどんな変化が起こるのかを、機能性よりも情緒的な面でより多くの人に届けたいという。
未来につくる「街」とは?
これからの10YCはどういう未来を見ているのだろうか。
少し考え込んだふたりから返ってきたのは、予想外の答えだった。
「洋服だけを作ってはいない感じがします。街をつくるとか、そういうイメージ」(下田)
街をつくる。その言葉の裏には、10YCのものづくりの根幹にある「衣食住が好き」という思いがある。
「自分が作った服を着るのが楽しい。今は対象が服ですが、今後はそれが机になるかもしれないし、家になるかもしれない。もしかしたら食べ物かもしれない。そうして街のようなものができたら、もっと楽しいと思うんです」(下田)
衣食住とは一生離れられないからこそ、自分自身がユーザーとして本気で取り組む。10YCの製品が性別を分けていない理由も、そこにある。
「ディティールへのこだわりは情熱から生まれます。僕たちでは女性の気持ちが完全にはわからない。だから今はやらない。『どうせ自分は着ないし』といい加減な設計をしてしまうことがアパレル業界ではよくあるのですが、それはやりたくない。その思いからは外れないです」(下田)
自分が本当に着たいものを作る過程で、自然と随所にこだわりが出る。それが「ずっと着続けたい」と多くの人に思わせる心地よさを生み出す秘訣だ。
「僕たちは『今、自分たちが着るのに一番いい服』を作っています。機能を増やすよりは、不要な要素を切り捨てるイメージです」(下田)
工場の持つさまざまな技術は、ひとつひとつが素晴らしいものだからこそ、多くを盛り込みたくなってしまう。しかし、そのために製品の価格が上がったり、かえって使いづらくなってしまうこともある。10YCでは、そうならないよう、自分たち、つまりはお客様が『今、本当に使いたい』と思えるところまで削ぎ落としていく。
そんなものづくりが10YCらしさを生み出しているのだ。
さらに、下田さんが未来に向けて考えるのは「儲けるために作る。作らないと儲からない」というアパレル業界の仕組み自体の改善だ。もし、作らなくても業界が回る方法が見つかれば、大量廃棄を減らせるかもしれない。
「例えば、お客さんが製品を1年使うと工場にお金が入るような、そういう仕組みを作りたい」(下田)
サッカーのユースでは、選手が海外クラブに移籍をした場合、その選手を育てた育成クラブに移籍金の一部が支払われる仕組みがある。それによってもっといい選手を育成できる循環の仕組みだ。
「いいものを作ったっていう自負があるなら、服でもそういう仕組みをつくれないか。そのチャレンジがおもしろいんです」(下田)
今後、服以外の「生活のもの」に熱狂することがあれば、それを作りたいという10YC。10年後、20年後にはいったいどんな街ができているのだろうか。
たとえ作るものが変わっても、10YCがたどり着いた「らしさ」はきっと、変わらない。