複数の選択肢からひとつを選ばなければいけないときに行われるのが、多数決。一見合理的で民主主義的にも見える方法ですが、全員の納得できる結果が、本当に導き出されているのでしょうか?

連載「これからの共助を考える」の第三回では、笑下村塾の代表・時事YouTuberの、たまつななさんを迎え、主権者教育とそれを支える民主主義、日本の共助の現在を考えました。

少数派も多数派も、それぞれの意見を尊重できる世界。その鍵となる「主権者教育」を子どもたちに伝えるたかまつさんと、「日本一小さな村」であたらしい学童保育施設『fork toyama』を始めた70seeds編集長・岡山が、対談の先に導き出したのは、子どもたちが「自分たちの力で社会を変えられる!」と実感できる社会の理想的なあり方でした。

松本 麻美
1988年生まれ関東育ちのフリーエディター。彫刻家を目指して美術大学に入学するも、卒業後は編集者の道へ。世界中の人間一人ひとりがお互いに尊重しながら自由に生きていけるようになればいいのにと思いながら日々仕事をしている。好物はスイカ。本、映画、美術、社会課題などさまざまな分野の間を興味が行ったり来たりしています。

たかまつなな
政治や教育現場を中心に取材し、若者に社会問題を分かりやすく伝える、時事YouTuber。18歳の選挙権をきっかけに、株式会社笑下村塾を設立。出張授業「笑える!政治教育ショー」「笑って学ぶ SDGs」を全国の学校や企業、自治体に届けている。

あたらしい学童保育 fork toyama
行政に依存せず、個人の責任にもしない「みんなで営む”みん営”の子育てのしくみ」を掲げ、日本一小さな村富山県舟橋村で2022年7月にプレオープンした保育料ゼロの民間学童保育施設。

 


社会課題を解決する鍵、主権者教育

岡山:以前、70seedsでインタビューさせていただいてから7年も経ったんですね。

たかまつ:もう7年も前なんですね。

岡山:私は5年前に富山県の日本一小さな村に移住し、今年学童保育施設を立ち上げたりとさまざまな変化があったんですが、そのなかで、たかまつさんが取り組まれている教育活動は子どもたちの未来にとって、とても重要なことだなと改めて思って、お話しできるのを楽しみにしていました。

たかまつ:ありがとうございます。今日はよろしくお願いします。

岡山:まず、たかまつさんが持つ、教育に対する使命感について伺わせてください。

たかまつ:今、私は「主権者教育」に力を入れています。主権者教育は、社会問題を自分ごとに捉え、解決に向かって一人ひとりが行動を起こすための鍵だと考えています。世の中への啓発も含めて、社会へ参画する手段を子どもたちに伝えています。

岡山:そもそもの質問になりますが、公教育では主権者教育をやっていないのでしょうか?

たかまつ:高校の「公共」という科目で扱うことが決められていて、9割以上の学校が実施してはいます。ただ、教え方は手探りであることが多く、他の科目との時間調整ができない、教員に余裕がない、などの理由で、なかなか授業実数がとれていない状況です。

岡山:主権者教育というと難しそうな印象を受けますし、政治的な色合いが強いようにも見えます。でも、先程のお話の「社会問題を自分ごとに捉える」という部分は、実のところ、洋服や食べ物が、誰がどのように作っているのかに関心を持ち、どれを買うかを決めるといった、生活のベースになる考え方なのでしょうか。

たかまつ:まさに、そのとおりです。私はこの1年間、海外の主権者教育を取材してきたのですが、例えば、スウェーデンやドイツでは、LGBTQ+の子たちの使えるトイレがないことや、食品ロスの多さに問題意識を持った生徒たちの代表者が、学校と話して校内にオールジェンダートイレを設置をしたり、食品ロスの削減に取り組んだりしているそうです。こういった取り組みは「学校内民主主義」と呼ばれています。

岡山:つまり、生徒一人ひとりが実現したいテーマを掲げ、生徒の代表者に託して変えていく、ということが手段として成り立っている。

たかまつ:また、イギリスには、学校側が各クラスの代表者と学校にある問題点について話す「ハウス」という時間があります。またドイツのベルリン州では、授業の時間割や校長の専任まで決める場に、生徒代表が同席することもあるそうです。

岡山:子どもの頃から、一人ひとりに考える機会と、自分たちで決められる環境があるんですね。

たかまつ:生徒代表がいる場で生徒にとって不利なことが決まったら、もちろん反発するでしょう。生徒代表にもきちんと権限があり、生徒という存在が自立していることがすばらしいと思います。スウェーデンの中学生は、「自分たちの代表者に託せば社会を変えられる、という学校での体験を経て、選挙も大切だと思った」と言っていました。

岡山:とても重要な体験ですね。そういった教育は何歳頃から導入されるのがよいのでしょうか。

たかまつ:高校生では遅いなと思います。スウェーデンでは、何をしたいのか、誰と遊びたいのか、と、小さい頃から意見を求められるそうです。取材時には、「小さい頃から親や先生に自分がどう思うのかを聞かれてきたから、自分の意見はとても大事だと思える」と話す生徒もいました。こういう基礎があるから、社会問題について突然意見を求められても、パッと答えられるんです。

環境による教育格差が生じている

岡山:国や地域の風土が人の価値観形成に影響することを踏まえると、教育は子どもの成長にとってとても大事な役割を担っていますよね。だからこそ家庭環境や住んでいる場所などによって教育格差が開いていくのではないか、と危惧しています。たかまつさんはどうお考えですか?

たかまつ:ええ、大問題ですよね。ところが、教育格差の話をしてもピンと来ない人が多い印象です。義務教育は無償だし、奨学金もあるからスタートラインは同じ、と言われることさえあります。でも現状は、塾に通える人と通えない人で学歴格差が実際に生まれていますよね。

岡山:学校の教育環境ではどうですか?

たかまつ:出張授業でいろいろな学校に伺いますが、判断を生徒にゆだねるのは、偏差値の高いところであることが非常に多いです。ある学校からは依頼のメールが生徒自身から届く一方で、別の学校の先生からは「うちの生徒は、意見を言ったりまとめたりするようなワークショップなどできません」と言われる。この信頼の差は、子どもたちが成功体験を得られるかどうか、につながります。主権者教育においての格差に通じるのではないでしょうか。

岡山:たかまつさんのように地域やセクターの垣根を超えて動ける民間団体は、教育業界の格差を解消する存在だと思います。でも今のお話からすると、先に周囲の大人が生徒たちのことを諦めてしまっているパターンもあるのですね。

たかまつ:笑下村塾から伺うのは芸人なので、まだ依頼しやすいのかもしれません。なかには「できるかわからないけれど、生徒に政治について考えてほしい」と依頼してくださる先生もいます。ただ、そういうことはまれで、NPO団体を呼ぶのは優秀とされる学校であることが多いんですね。NPOを呼んでくださるような学校の生徒さんだけが、これからの時代を担うわけではないことを、私も覚えておかなければいけないと思っています。

共助の土台としての民主主義

たかまつ:教育格差の問題として、お金に左右される難しさもあります。私自身も地方の公立高校をまわるために予算を確保したり寄付を集めたりしてはいますが、やはり限界はあります。そんななか、2022年は群馬県から予算をいただいて、県内のすべての高校を目指し、出張授業をすることができたんです。

岡山:今回お話を伺うテーマとして共助を挙げているのですが、群馬県の例は、経済的な面で公助が働き、教育の仕組みという面でたかまつさんが入って共助が働く、というよいモデルですよね。

たかまつ:はい、とても嬉しいことでした。実際に、県内の18歳の投票率が8%も上がったのを見て、やはり他の場所でも同じようにできたらと感じましたね。

岡山:一方で、すべての自治体で同じようにはいかないからこそ、いろいろな方から寄付を募るなどの草の根の共助も必要だと思います。もし、共助をベースにするとしたら、たかまつさんの活動では何が必要ですか?

たかまつ:日本で共助文化が安定するまで、まだ長い時間がかかると思います。現在の日本では、大きなNPO団体でも寄付を集めるためにストーリーを考え、ブランディングし、情報を常に発信することに大きな労力を割かねばなりません。それに比べて、イギリスなどの寄付文化が根づいている国では、わざわざそのようなことをしなくても寄付が集まっています。ただ、それでも取り扱い分野によって差があって、イギリスで主権者教育をやっている一番大きな団体は、年間5000万円ほど集めても他の分野より少ないと悩んでいました。わたしたちの団体も、寄付をどのように集めたらよいのか考えています。

岡山:主権者教育の価値を分かる人が、少し頑張って負担していくしかないんですかね。

たかまつ:そうですね。でも今それはとても難しくて、主権者教育の価値をわかってくれる人が本当に少ないんです。多くの人が考えている子どもは、あくまでも“保護する対象”。かわいそうな子は救済するが、自立させる必要はないと考えている大人も多いです。子どもたちが自分のことを自分で決める大切さよりも、主権者教育を受けた子どもが暴走したら、大人の言うことをきかない人間に育ったら、などという話ばかりがでてきます。私自身も、どういった文脈で伝えていけばいいのか……。

岡山:合理的に考えたら、みんなが主権者教育を受けて他の人の意見を聞きながら自分で判断できるようになったほうがいいけれども、主権者教育の何たるかがわからない人には届きづらい。

たかまつ:みんなで話すより、一人が決断したほうが早いし、自分の責任が軽くなって楽なんですよね。それが行き過ぎると独裁になるわけですが。本当の意味で民主主義のよさが根付いてないのだと思います。

岡山: 民主主義が根付いている国だとどういった感じなのでしょうか。

たかまつ:取材したなかでは、スウェーデンが最も民主主義が進んでいる印象でした。基本的に「みんな違ってみんないい」なんですよね。宗教教育でそれぞれの教義や信条などの違いを知り、認めたうえで、合理的なルールやみんなの居心地がよい社会に必要なことを考えていました。当然そこにひとつの正解があるわけではなく、その場にいる全員で話し合い、答えを求めていきます。

岡山:ここでも、違いを受け入れて話し合うことが大切なんですね。

たかまつ:そうなんです。私も以前は「よりよい社会のために、みんなを説得しよう」という考えでしたが、帰国後は、違う考えの人がいることを前提に話そうと意識するようになりました。

岡山:「みんなが違う」ということが日本だと実感しづらいんでしょうか。また、自分の意見を表明する以前に、日本では意見を持たない人が多いと感じることはありますか?

たかまつ:そもそも、意見を持つ必要性・求められる機会が少ないと感じます。自分がどうしたいかよりも、周りに合わせていることも多いですよね。

岡山:民主主義というより、多数決主義、みたいな感じですよね。

たかまつ:民主主義は多数決じゃなくて、その前の建設的な話し合いが大事なのに、土壌ができていないのはもったいないと思います。

子どもたちに、社会は変わるという実感を

岡山:これから主権者教育を広めるために、考えていることはなにかありますか?

たかまつ:いま考えていることのひとつは、学校内の民主主義を進めることです。学校生活のなかで、自分たちの力でなにかを変えられた、という成功体験を持ってもらうことが大事だと考えています。

岡山:具体的に、どのようなイメージでしょうか?

たかまつ:実際の例を挙げると、生徒たち自らが校則を変えるといったことです。今、少しずつ「不合理な校則は変えていかなければ」という風潮が増えてきたなかで、教育委員会などからのお達しではなく、生徒が自発的に“変える”という経験が必要だと考えています。出張授業で話を聞くと、どの生徒も思っていることはたくさんあるんです。機会をつくれば、考え、発信してくれます。あとは、周りにいる大人がいかに伴走するか、です。

岡山:たしかに、大人の伴走の仕方は大切です。

たかまつ:並行して、町のなかでの「若者議会」も実施したいと思っています。フランスやイギリスでは、自治体ごとに若者が選挙で選出されて政治家と直接交渉し、スケートパークの整備が検討されたりしています。日本でも、山形県遊佐町や愛知県新城市など多数の自治体が取り組み始めています。

岡山:学校と社会、両方での取り組みですね。

たかまつ:実際に学校や町が変わっていく様子を見れば、子どもたちも「自分に社会を変える力があるんだ」と実感して、学校や若者議会の外でも動いてみようという気持ちを抱いてくれるはずです。

岡山:成功体験を持つことはとても大事ですよね。特に、若いときに校則のように身近なところで、自分のアクションで何かが変わる経験があるとインパクトも大きいはずです。

たかまつ:子どもたちは、社会参画の方法として選挙や署名、政治家との意見交換、メディアへの連絡、などがあるということを知ってはいますが、その方法で社会を変えるという実感まで到っていないんですよね。憲法を議論したり、各政党のイデオロギーを知るのももちろん大事ですが、生活の不満をどう解消していくのか、考えの違う人がいるなかでどうルールを整備していくのかを考えるほうが、日本社会にも馴染みやすいと思います。

岡山:その結果、群馬県のように18歳の投票率が各地で上がったら、その後の世代も世の中も変わっていきますね。

たかまつ:そうですよね。若い人たちは、将来に対する危機感を強く持っていると思います。何もできないと思うことも多いかもしれませんが、小さなことでも行動に移せたら、社会は少しずつでも変わっていくはずです。社会をあきらめる子どもたちをつくらないためにも、「社会は変えられる」という実績をつくるためにも、みんなで一緒に取り組んでいけたら嬉しいです。そのために私も、海外で見たことを雰囲気も含めてしっかり伝えていきたいです。

岡山:今、THE BLUE HEARTSの『未来は僕らの手の中』という歌を思い出しました。手の中に未来があることに子どもたちが気づいて動けるかどうかは、大人たちの責任ですね。ありがとうございました!


世界中の事例から見えてくる、子どもたちの未来の作り方が印象的な対談でした。たかまつさん、とても興味深いお話をありがとうございました!

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