“10 Years Clothing”、「10年後も着続けたい服」の意味を込めて、10YC(テンワイシー)。「ワンシーズン着たら、終わり」がアパレルの常識になってしまった時代に、あえて10年先を見据えて服を作るブランドだ。

着心地の良さはもちろん、生産過程や原価を公開する真摯な姿勢、「自分たちが本当に欲しいものを作る」というこだわりでファンを増やし続け、「持っている服のほとんどが10YC」という常連客もいる。

そんな彼らがこの秋、『Denim Pants』に続く2本目のパンツとなる『Tapered / Chino / Pants』を発表した。その一番の特徴は「とにかく、楽である」こと。それでいて、履くとシルエットは美しい。外に出かけるときも、家の中でも。人に会うオンのときでも、1人くつろぐオフのときも。どんなときでも履けるパンツだ。

「まさに、自分たちがほしいパンツができたと思っています」

商品開発を担当する、10YCの後由輝さんは言う。

経糸にも緯糸にもポリエステル繊維のストレッチ糸を使用したことで、縦にも横にも伸びる。にもかかわらず、ゴムを使わないため伸縮性が衰えず、長持ちする。さらに、乾きやすく、シワにならず、色あせしにくい。

こだわりが詰まったパンツが実現できた秘密は、生地にある。10YCと協力して、このパンツの生地を一からつくったのは、丸井織物株式会社。「カクシン・センイ・カンパニー」を信条に掲げ、衣料にとどまらず幅広く活動する繊維の会社だ。

実は、発案から完成まで2年もの歳月をかけている『Tapered / Chino / Pants』。丸井織物と二人三脚で歩んできた開発の裏側を聞くと、見えてきたのは10YCというアパレルブランドと作り手の関係性だった。

ウィルソン 麻菜
1990年東京都生まれ。製造業や野菜販売の仕事を経て「もっと使う人・食べる人に、作る人のことを知ってほしい」という思いから、主に作り手や物の向こうにいる人に取材・発信している。刺繍と着物、食べること、そしてインドが好き。

小さなブランドを受け入れた理由

「大手のアパレルブランドが市場を動かしているなかで、これからは10YCみたいなブランドが世の中で通じるんじゃないか。そういう実験的な気持ちもありました。大きなロットにはならないけどやろうと思えたのは、やっぱり彼らに魅力があったからなんですよね」

丸井織物SCM(サプライチェーンマネジメント)国内事業部部長、セールスマネージャー宮本淳二さんは、10YCと服作りを始めた4年前を、そう振り返る。

「大手アパレルブランド出身の2人が『自分たちはゴミを作っていた』なんて言っちゃったから、批判も多くあった。そこも、おもしろいなと思ったんです。大きなブランドではできなかったことを小さく始めようとした2人だから、視野も広いと思いました」

SCM国内事業部、10YCの窓口担当、自身も「NOTO QUALITY」/「SOCIAL ACTION」のブランド運営をするリーダー・直塚崇浩さんも、10YCのふたりと年齢が近いこともあり、彼らが作りたいものに共感したという。

「おもしろい2人で、なんだかフィーリングが合うなって初対面で思いましたね。僕たちの生地も、最終的には着る人のために作っています。それを形にして発信してくれるのがアパレルブランド。『消費者のために』という認識が揃っていたからこそ、合うと感じたのかもしれません」

テキスタイル開発部、「NOTO QUALITY」企画・開発、女性リーダーである磯見亜紀奈さんは、石川県にある本社工場で初めて10YCの2人に出会った。

「一緒に生地を作っていく過程で『ああ、この2人は本当に服が好きなんだな』と感じました。丸井織物も『超寿命機能素材』を売りにしているので、永く使われる服作りには10YCと通ずるものがあったと思います」

これまでのアパレル業界を知っている2人だからこそ、「10年後にも着れる服を作る」という理念を本気で実現させようとしている。それを感じ取った丸井織物は、10YCと一緒に服作りをしていくことに決めた。彼らにアパレルの未来を託してみよう、そんな気持ちもあったのかもしれない。

生地も服も“着る人”のために作っている

丸井織物と10YCがつくった初めての商品はシャツだった。後さんが丸井織物に抱いた印象は「着る人のことを考えた素材である」ということ。

「例えば、『速乾生地』ではなく『乾きやすいから楽になる』と表現されているんです。同じ内容だったとしても、生地の特徴ではなく、それが製品になったときに着た人の暮らしがどうなるかを考えているな、と思いました」

それは10YCが目指す表現とも同じだ。彼らのウェブサイトを覗くと、服の機能性についての情報と同じくらい、「この服を着た暮らし」が見えてくる。それを聞いていた宮本さんが「でもね」と付け加えた。

「自分たちは着てくれるお客さんと接することがない“川上”にいるから、やっぱりどんな言葉で届けるべきかわからない部分も多い。だからこそ、10YCのようなブランドに伝え方を委ねたい。その代わり、持てる技術で服作りのサポートはしっかりしていきたいと思っています」

生地を作る人たちも“着る人”のために作っている。それを「服」という形にして世の中に伝えるのがブランドであるならば、やはり両者が同じ方向を向いていることが大切なのではないだろうか。同じ届けたい相手やアパレル業界の未来を見ているからこそ、10YCと丸井織物は一緒に服を作っている。

「パンツを作りたい」から一緒に歩んだ2年間

10YCの服作りの出発点は、常に「自分たちが心から欲しいと思えるか」だ。10YCの下田将太さんの言葉や口調からは、そこに一ミリの妥協もないことが伺える。

「ただオシャレで機能的なだけじゃ、10YCとして作る意味がない。自分たちが納得して、思い描いたものをちゃんと作って初めて、お客さんに言い訳せずに説明できるんですよね」

本来、ものづくりとはそうあるべきだろう。自分たちが本当に納得して「何十年だって着続けたい」と思えるものを作るからこそ、胸を張って人にも渡すことができる。ただ、それを突き通すことの難しさは、アパレル業界を見ていると考えさせられる。

無茶な注文も多かったんですか、と聞くと、磯見さんは素早く首を縦に振った。

「そうですね。光沢と表面タッチが、なかなか10YCのストライクゾーンがわからなくて苦労しました。また、10YCが求めている“天然素材のような質感でストレッチ”というのも、今までやったことがなかったので手探り状態でした。全部で9パターンくらい、やり直しましたかね」

Tapered / Chino / Pants』は、ポリエステルでありながら自然素材のような風合いがある。また、横にも縦にもストレッチを入れたのは、膝を曲げたり、デスクワークで椅子に座るときの窮屈さをなくすためだ。「こんなパンツなら、生活に馴染むのではないか」と考えた、ひとつひとつの特徴にこだわりがあるからこそ、要求は曲げられなかった。

「生地をもっと薄くしてほしいとか、表面の光り方があまり気に入らないとか、伸び方がもうちょっと……、とわがままを言わせてもらいました」

磯見さんの即答ぶりに、後さんも苦笑いで答えた。それを聞き、磯見さんが今度は首を横にふる。

「でも、『もう一回やってください』と言ってもらうたび、もう一度チャンスをもらえたと思いました。服の完成時期が決まっているブランドだと、最初の提案がダメだったらそこでボツになることもあるんです。でも、10YCには、何度もチャンスをもらえた。だからこそ、このパンツは完成したと思ってます」

話し合いや試作を幾度にも重ね、まさに一緒に2年間を歩んできた10YCと丸井織物。お互いに妥協を許さなかったからこそできたパンツの発送が始まった2020年10月、「このパンツが着る人の生活に馴染むのが楽しみでしょうがない」と、全員が自信のある表情をしていた。

“みんな”で楽しく仕事をした先にある豊かさ

10YCのウェブサイトを見ると、まず目に飛び込んでくるのが彼らのコンセプト「着る人も作る人も豊かに」という言葉だ。このコンセプトを見るたびに、当たり前であってほしいけれど、今はまだそれが当たり前ではないと思い知らされる。このコンセプトの元にある思いは、今回の取材でも後さんの言葉から伺えた。

「一言でいうと、みんなで楽しく仕事がしたいっていうことですね。前職のアパレルでは、セールや廃棄になることがわかっているのに、それを前提に大量に作って、コストも抑えなきゃいけなくて、そんな自分の仕事が無駄にしか思えなくて。自分は楽しくなかったし、付き合っている工場の人もそうだろうと感じていたんですよね。関わる人みんなが楽しくて、なおかつお客さんにも喜んでもらえる服作り。当たり前のように聞こえるけど、それが単純に10YCでやりたいと思ったことで、それを言葉にしたら『作る人も着る人も豊かに』というコンセプトになりました」

このコンセプトを実現するために、10YCが担おうとしているのは「作り手と使う人の架け橋」という存在だと、後さんは続ける。

「まず、『着る人が最終的にどうやって、どんな気持ちで着るのか』を、作り手が知ることって大きいと思っていて。それだけで、着る人のことを想いながら作ることができるし、気分が全然違うだろうなと思うんですよね」

だからこそ、10YCのウェブサイトでの見せ方や販売の仕方も、「着る人の暮らしにどう馴染むか」に焦点を当てているという。着る人へ商品を取り入れた生活を提案するのと同時に、作り手に向けての「あなたの作ったもので、暮らしが豊かになっている」というメッセージにもなっているのだ。

また、「作る人の豊かさ」は心の面だけではない。実際に仕事を続けられなくなる工場も出てきているなかで、経済的にも作り手とともに歩んでいくことが、日本のものづくりの未来につながると下田さんは言う。

「工場に生き残ってもらうために10YCとして発注を増やしたり、正当な価格で発注することが良い循環を作るのかなと思っています。だから、10YCにできるのは、まずは“売る”こと。それが、ものづくりに若い人を増やすことにもつながると思っていて。今は、最低賃金くらいで縫製工場の人たちが働いている現実がある。給料が上がれば『実は、ものづくりが好きだからやりたい』という人が増えてくるんじゃないかと思っているんですよね。10YCが関わっている工場で、そういう動きが出てきたら、僕らの仕事にもすごく意味がある気がしています」

経済的にも良い循環を回し、自分の仕事が好きだと言えるやりがいを作り手の人たちに。その結果、お客さんの暮らしを何十年に渡って寄り添うものができる。それが、10YCが服を作り、売る理由。彼らが目指す「豊かさ」なのだ。

一緒に「着る人」を想う、作り手とブランド

一緒にものづくりをしてきた丸井織物から見て、10YCの未来はどのように見えているのだろうか。聞いてみると、そこには作り手としても、アパレル業界に携わるものとしても、これからを楽しみに語る姿があった。

「ファッションっぽくないんですよね、10YCは。これまでファッションと言えば、外に出るときにいかに見栄えがいいかだったけれど、今その価値観は変わりつつあります。10YCが掲げる『10年同じ服を着る』という概念も、ここまで“日常着”にこだわるブランドもなかなかないですよ。だからこそ、生活スタイルが変わりつつある現代に選ばれるブランドになっていくと思います」

宮本さんが言うと、直塚さんもあとに続いた。

「僕らの世代は『天然繊維じゃなきゃ』と育ってきたけれど、今の人たちは機能性や背景のストーリーを基準に買い物をしている感覚がありますよね。10YCのように機能性に妥協せず、しっかりとストーリーがあるものを作っていれば、ファンはついてくるんじゃないでしょうか。感覚的な話ですけど、いずれそういう流れが来るんじゃないかなって思います」

着やすい機能性のある服、背景がちゃんと見える服。それは、言い換えると「着る人のほうを向いているか」ということでもある。自分たちが心から欲しいものだから人にも勧められるし、背景を見せることがより納得感を持って服を着てもらうことにもつながる。

丸井織物の人々の言葉を聞いて、下田さんが10YCとして向かう未来を語る。

「何でも無限じゃないってことを感じる世の中になってきていますよね。だから、何かを買うなら、ちゃんとその向こうにある想いを買おうっていう時代になっていくんじゃないかなと思います。そんな時代に何をするかって、僕らは正直に物を作っていく、それしかないんです」

少しずつ変わりつつある現代の価値観が、10YCの信念にリンクする。そんな時代がやってきているのかもしれない。パンツを作るのに2年かけるブランドは、これからも一つ一つの商品を丁寧に作っていくだろう。一緒に未来へ進んでくれる、作り手と着る人の架け橋として。


10YCと丸井織物が2年かけて作ったパンツ

『Tapered / Chino / Pants』