「2020年内に廃業の恐れのある職人が4割」

コロナ禍で多くの企業が苦境にあえぐ中、また一つショッキングな記事が飛び込んできた。株式会社和えるが2020年5月に実施した『伝統産業従事者 新型コロナウイルス影響調査』の結果をまとめた記事だ。

この調査では、伝統産業の製造・卸・小売に関わる367件の事業者から回答が寄せられ、「2020年4月の売上が、 前年と比べて50〜100%減となってしまった方が過半数」や「このまま需要が回復しなければ、12月末までに廃業の危機に陥る人は4割に上る」など、伝統産業を取り巻く現状が浮き彫りになった。

和えるではなぜ、このような調査を行い発信しようと考えたのか。当該記事の企画から執筆までを手掛けた、株式会社和えるの田房夏波さんにお話を伺った。

鈴木 祥代
お酒と猫と担々麺をこよなく愛するマーケター。バンコクで念願のライター・編集職に就き、現在は広告コピーからプレスリリースまで幅広い書き物をこなす。「イラスト&図解でわかるDX(彩流社)」イラスト担当。テクノロジーやWebサービスについて絵や文でまとめるのが得意。 将来は松尾芭蕉もように、さすらいながらアウトプットを残していく旅がしたい。

伝統産業従事者の届きづらい声を、情報という形に

株式会社和えるは「日本の伝統を次世代につなぐ」をミッションに掲げ、伝統産業を生かしたブランド『0歳からの伝統ブランドaeru』の展開や東京・京都での店舗運営を行なう。その他にも、ホテルや旅館の一室を職人の技術を活かしてプロデュースする『aeru room』、オーダーメイド品をアレンジする職人コンシェルジュとしての『aeru oatsurae』など、伝統産業を基軸に様々な事業を展開している。

お話を伺った田房夏波さんは、西日本の事業責任者を務める。幼少期には父親の実家である瀬戸内海の島で夏休みを過ごし、大学時代からは国内外の様々な場所へ旅をしてきたことが、「別の地域に出かけることで、全く違う文化に触れられる楽しさを知る」きっかけになったと言う。

そして「いろんな地域の文化や手仕事を、次の世代に残したい」という想いから、2015年に和えるに転職。現在は、メディア向けの広報やSNSでの発信を中心に担当している。

各地域ならではの産業と、それらを生み出す職人さんに関わる和えるの元には、コロナ禍で多くの職人さんたちからの“声”が届いていた。

「2月頃にコロナの影響が出始めて以降、職人さんたちから『販売先がなくなった』『催事が中止になった』といった話を聞くようになりました。それぞれの深刻な状況は耳に入ってはくるのですが、なかなか点としての情報だと業界の外の方々には深刻さが伝わらないのではないか、と感じたのです」

様々な企業や公的機関が、飲食業や旅行業、農業などへのコロナの影響を発信するなか、伝統産業に携わる人々が今どういう状況なのか、どんな取り組みが必要とされているのか、現状を把握できるオフィシャルな調査はなかった。

「国や自治体が動き出すのを待っているだけではなくて、伝統産業を支える方々にどんな応援が必要なのか、私たち自身もきちんと知っておきたかったのです。また、和えるの社内では日頃から『ものを作る職人ではない私たちは、”伝える職人”を目指そう』と話しています。伝える職人であれば、この現状を広く発信することが務めではないかと考えました」

限られた状況の中で、今すぐに和えるができることは何か。

創業以来つながりのある500軒以上の職人さんたちをはじめ、一つでも多くの声を集め、実態を把握する。その上で、コロナ禍における自分たちのアクションを考え、行政や他社にも働きかけていきたい、と調査に踏み切った。

和えるが集め、“声”をまとめた調査結果は、主要ニュースサイトやテレビでも取り上げられ、大きな話題を呼んだ。

伝統産業は不要不急?なくなることへの憂慮

調査から約半年。現在の伝統産業の状況はどうなっているのだろうか。

「コロナの影響に限らず、以前から厳しい状況にあったところも少なくありません。それでも本来なら数年かけて起こるような変化が、コロナの影響で一気に加速していると考えています。緊急事態宣言が出された頃から比べると人の往来が再開して少しずつ回復しているところもありますが、外国人観光客も戻らず、まだまだ厳しい状況です」

コロナ以前に受注した仕事でなんとか食いつないでいた人たちにとっては、これからが本当の正念場になりそうだ。伝統産業品の代わりに、大量生産される工業製品が安く手軽に手に入るようになった今、伝統産業は“不要不急”なものとして、廃業に追い込まれてしまうのだろうか。

「伝統産業は生命を維持するという意味では必須でないにしても、私たちの暮らしに楽しさや豊かさ、彩りを与えてくれるもの。やはり人間にとってなくてはならないものであると私は考えています」

「伝統産業がなくなるということは、日本の気候風土だからこそ作れるもの、日本に行くからこそ出会えるものが一つずつ消えていくことです。それは伝統産業だけでなく、観光業をはじめとした他の業界、ひいては日本の経済全体にも影響が出てきます」

田房さんは目の前の職人さんの一人ひとりの言葉を受け止める一方、マクロな視点で伝統産業を捉え、和えるでできることに思いを巡らせている。

次の世代に伝統産業の魅力を伝えるために

和えるでは調査の内容を踏まえ、これまで自社ブランドのみを販売していたオンラインショップとは別に、職人さんが独自に制作した作品を閲覧、購入できる『aeru gallery』を新たに立ち上げた。

「オンラインショップは完成してからがスタート。職人さんが個別にオンラインショップを持つ場合、継続的にお客様に訪れていただけるような場にするための集客や販促のための働き手を確保するのは難しいという問題があります。『aeru gallery』はコロナ禍で始まった取り組みではありますが、私たちとしては、職人さんに制作に集中していただける環境を作りたいと思っているので、長い目でギャラリーを育んでいきたいです」

そんな『aeru gallery』や店舗のお客様は20代、30代が中心だ。伝統産業をそういった若い世代にも受け入れられるようにすることを考えたとき、真っ先にデザインをモダンにする、という方向に行きがちだが――。

「制品(”aeru gallery”では、作家の伝統工芸品を制作から生み出されるものとして「制品」と表記)の見た目ももちろん大事ですが、伝統産業に興味はあってもどう楽しんだらいいかわからない、という方が実はたくさんいらっしゃいます。日常への取り入れ方や自分なりの使い方を知れば、もっと伝統産業に親しむ人が増えると思うのです」

みんなで楽しむという伝統産業の新しい親しみ方

田房さん自身も、築100年を超える京町家に店舗を構える京都「aeru gojo」で日々を過ごし、大家さんが日常的に着物をきてお出かけしたりお茶会をしたりする姿を見て「楽しそうだな」と思ったのが、伝統産業を非日常のものから日常に近づける一つのきっかけになったという。

身近に楽しむ人が増えれば、私たちと伝統産業との距離も近くなっていく。その一歩として、和えるでは、日本の伝統文化や職人の手仕事を楽しむ仲間が集う場所として、aeruオンラインサロンも展開している。

「先日はサロンメンバー同士でお気に入りのアイテムを紹介する会を行いました。自分が好きな職人さんや、お気に入りの伝統産業品について誰かに語りたい、一緒に楽しみたい、身近にそういった場がない、といって入会される方も多いです」

和えるで働くメンバーも、昔から伝統産業に馴染みがあったわけではなく、仕事で関わった職人さんや自社のプロダクトを通じて日常に取り入れる喜びを知ることが多いという。

「和えるでは伝統産業を守ろう、という発信よりも、私たち自身が楽しみながら暮らしの中で活かしたり、職人さんのもとで得た新鮮な感動をお客様にお伝えすることを大切にしています」

そうやって伝統産業を日常に取り入れることで、田房さんにはどんな生活の変化があったのだろうか。

「一番よかったのは、日常の中に余白が生まれたことでしょうか。和えるで働く以前は家では最低限の活動しかせず、朝起きてすぐに家を出て夜に帰るので、カーテンすら開けないような生活でした(笑)。当時はそれを辛いとも思っていなかったのですが、伝統産業品を暮らしに迎えたことで、休みの日に予定を組んで出かけることばかりがリフレッシュではなくて、急須でお茶を入れてゆっくりするだけでも、こんなにホッとできるんだなと気づくことができました」

緊急事態宣言が出された頃から、遠くへ出かけたり、大勢で同じ時間を一緒に楽しんだりすることが難しくなり、自分自身の日常に向き合うようになった人も多いのではないだろうか。

今こそ自分たちの普段の暮らし、そして日本にしかないものに、改めて目を向けるチャンスとも言える。

伝統産業品を暮らしに取り入れることを通じて、毎日の生活の中でその土地を五感で味わい、旅しているような時間を持つこと。それが、日本の伝統や職人の仕事を守るだけではなく、私たちの新しい豊かさの一つの形になるのかもしれない。