多様な人が混ざり合い、溶け合うように。

蔵前駅から徒歩5分。温かみのある街並みに溶け込む、ホステル「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」の前で、足を止めた。大きなガラス扉を開けて中に入ると、漂う心地いい音楽と珈琲の香りに、心も身体もすっぽり包み込まれてしまった。

おしゃれなラウンジには、さまざまな言語が飛び交っている。海外からの宿泊客だけでなく、地域の人も利用でき、誰もが“そのまま”に過ごせるこだわりの空間だ。

さまざまなな価値観を受容する器は、どのようにして生まれたのか。その答えを、Backpackers’ Japan創業者、本間貴裕さんの「生き方」からひも解いていく。

貝津美里
人の想いを聴くのが大好物なライター。生き方/働き方をテーマに執筆します。出会う人に夢を聴きながら、世界一周の取材旅をするのが夢です。

理念は強制しない。「こうでなきゃいけない」ことなんて、本当はないから。

Backpackers’ Japanのホームページを開くと、まず初めに目に入る言葉。

─────あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を。

すっと空高く伸びる旗のように、揺るぎなく掲げられた理念。働くスタッフはもちろん、宿泊客へ贈る大切なメッセージなのだろう。ところが、取材が始まって早々に「理念は絶対ではありません」と切り出した本間さん。一体、どういうことなのか。

「コンセプトを体現するホステル作りは、意識しています。ただ、言葉で『ここはみんながつながる場所ですよ』と定義した途端、強制力が生まれてしまうと思うんです。理念や想いは掲げますが、それを受け手側(ゲスト)に押し付けることはしません。そもそも理念でも、『集える場所を』とは言っていますが、それ以上の交流は促してはいないんです」

ホステル事業を通して、社会にどのような価値を示したいのか。会社創業までの二年間と、創業後三年間の想いや出来事が綴られている『ストーリー』第3話には、本間さんの原点が垣間見えるエピソードが、綴られていた。

「正確に言うと旅をして自分が感じた、“価値観が広がる瞬間の気持ちいい感覚”を伝えたいのであって、んでそれって別に旅しなくても感じれるんだよ。俺は旅で感じたし、そうなりやすい環境にあると思うんだけど、旅で知らなくたって別にいい。旅に出ようぜ!とか旅って最高!って言うつもりはこれから先もない」『ストーリー第3話引用』

オーストラリアの旅から帰国した当時23歳の本間さんは、「旅を軸に起業をしたいが、旅は強制したくない」とストーリーのなかで語っている。本間さんのなかにある芯の部分は、「理念は体現したいが、強制はしたくない」と話す現在にもつながっているような気がする。

「ホステルには、毎日世界中から宿泊客が訪れます。地域の人も、ご飯を食べに来てくれたりと、誰にでも開かれた場所。人との交流を求めて来る人もいれば、ひとりの時間を楽しむ人もいる。国籍や文化が異なる人々が、同じ空間で各々好きなように過ごしています。」

「日々の生活で行き詰まったとき。多様な人と触れ合えるホステルで過ごす体験を通じて『こうでなきゃいけないことなんて、何ひとつないんだ』と感じてくれたら。まさに、僕たちが伝えたい“価値観が広がる瞬間の気持ちいい感覚”は伝わるんじゃないかと思うんです。僕たちにできることはあくまで、来てくれた人の『世界』や『選択肢』を広げることだけ。そこから何を感じ取るのかは、その人の自由です」

柔らかく、相手への敬意を払った物事の捉え方。彼の考える理念とは、一方的なメッセージの発信ではない。「僕たちはこう考えますが、あなたはどうですか? 」と相手に問いかけ、答えを委ねる“余白”があるのだ。

自分と違う相手を受容し、リスペクトすることが大事と話す本間さん。なぜ現在のような考えに至ったのだろうか。

「20歳のときに、ワーキングホリデーで訪れたオーストラリアを一年かけて旅したんです。そこで宿泊したホステルでの経験が、衝撃的で。ドアを開けると、本当にいろんな人がいました。国籍や文化、価値観の異なるいろんな人たちに出会い、多様な考え方に触れた。そのうち、「あ、何でもいいんだな。こうでなきゃいけないことなんて、ないんだな」と思えたんです。良い意味で、価値観が崩れたというか。魂が震えた原体験が、今も自分のなかに息づいているんだと思います」

 

ベクトルを向ける方向は、「他人の目」ではなく、「自分の気持ち」

オーストラリアでの経験が、起業のきっかけになったという本間さん。多様な考えはそのままでいい、そんな感覚の気持ちよさを日本でも作り出そうとしている。日本でも多様性が注目されるようになったとはいえ、「他人と違う自分」を受け入れることは容易ではないように感じる。多民族国家でない日本では、どうしたら「他人の目を気にしない生き方」を手に入れられるのか。純粋な疑問をぶつけると、本間さんからは意外な言葉が返ってきた。

「僕は他人の目を気にしても別に良いじゃないかと思ってます。気にしてしまう自分に自己嫌悪を抱いてストレスを感じるほうが、よっぽど苦しいじゃないですか。そんなことよりも大事なのはきっと、『自分が好きなもの』をちゃんと知っていることだと思う」

考えるベクトルを向ける方向は、「自分の気持ち」だと話す本間さん。自分が目指したい方向を見失わないよう、習慣にしていることがあるという。

「何かに違和感を感じたら『なぜモヤモヤするのか? 』『何が嫌なのか? 』をノートに書くようにしています。感情の解像度を上げて、自分の欲求を明確にする。すると、どうでもいいことで悩んでいたことに気づけたりするんですよね。ただ不安なだけだったり、自信がないだけだったり。一方で、根本的に自分の価値観とズレた選択をしている場合もある。」

「日々に忙殺され、違和感を消化できず溜め込んでいると、だんだん感度が鈍くなっていきます。それを続けていると、いつの間にか自分が好きなものも好きと感じられなくなってしまう。結果的に、『自分が好きなもの』がわからなくなり、目の前のチャンスに気づけなくなってしまう。他人の目は気にしてもいいんです。ただ自分が感じた違和感は、無視しない。本物を掴み取るためのヒントだと思って、向き合うようにしています」

本当に好きなことや楽しいことはきっと、他人の目など気にせず手にとっているはず。だからこそ、自分の人生に迷ったとき、望む未来への道しるべになってくれるのは「自分が感じた違和感」なのだ。人の目を気にしてしまう自分を受け入れながらも、何かを嫌だと思う感情からは目を離さない。そうやって心の声に従った選択を積み重ねた先に、やっと「ありのままに生きている自分」と出会えるのかもしれない。

 

自分と同じ考えの人間はいない。仲間と正直に向き合い続けて生まれた絆

オーストラリアから帰国した本間さんと共に起業をした3人の友人。当時を振り返り、「正直、分裂していてもおかしくなかった」と話す本間さん。

「当時は手探りで起業準備を進めていました。資金を稼ぐために『白いたい焼き屋』を経営して。朝から晩まで店頭に立って働く日々の傍ら、起業に向けた準備も同時進行でこなさなければならなりませんでした。当時はお金もなく、メンバー4人がみんな必死で共同生活を送っていましたね」

なかなか思い通りにいかず、ギクシャクすることは数え切れないほどあったという。それでも分裂しなかったのは、「違和感を無視せずに話し合う」ことを欠かさなかったからだと本間さんは語った。

「生活のなかでの些細なこと、例えばパンの耳を残す残さないで喧嘩したり。一方で仕事上のこと、ホステルのカウンターの色から人事制度まで。決めることは山ほどあり、その度に話し合ってきました。自分と同じ考えの人間はいないので、お互いを理解できなくてもいい。譲れないところが異なって当然で。それによる衝突が起きてもいいんです。ただ大事なのは、お互いの違いを知った上で、共に創り上げる努力を重ねること。」

「今となっては、正直に向き合い続けて生まれた絆が、僕らの基盤になってくれている。何より、こういう仲間がいることは、人生において幸せなことですよね」

 

力を抜いて浮かぶ上がるまで待つ、そんな場所へ

本間さんに、ビジネスの知識や経験があったわけではない。仲間集めから資金調達、コンセプト設計、物件探し……。全て0から、創業メンバー4人で築いてきたBackpackers’ Japan。数え切れない苦労を重ねてきたことは、容易に想像がつく。だが本間さんの言葉からは、苦労さえも力に変えてきた確かな足取りを感じた。その強さの秘訣は、やはり「強制しないこと」だ。

「ネガティブな感情も、そのままでいいと思うんですよ。苦しんでいる自分を、否定も肯定もする必要はない。」

「僕、サーフィンが好きで、週に一度は行くんです。波に飲まれて海に投げ出されたときって、呼吸ができずに苦しいんです。でも必死にもがくほど、体力を消耗して余計に苦しくなる。逆に『波に飲まれてしまったのはしょうがない』と、ふっと身体の力を抜けば、あまり苦しまずにそのうち浮き上がってこられる。」

「それと同じで。悩むって頭のエネルギーをすごく使うじゃないですか。だから、起きた出来事に身をまかせる選択も、必要だと思います。そもそも人生には「楽しいとき」と「苦しいとき」の波がつきもの。苦しいときは身体の力を抜く。あるがままの感情を受け止め、心が浮き上がってくるのを待つ。楽しい時はもちろん、少し苦しい時も来られる場所、視野が広がる空間として、これからもホステルを運営していきたいと思っています」

大きなドアから流れ込む空気と音楽が、一体になったかのような心地いい場。さりげない、おもてなし。人と人が緩やかに混ざり、居るだけで「余白」を感じる。Nui. HOSTEL & BAR LOUNGEは、本間さん自身の生き方を体現したような、誰もがあるがままに居られる空間だった。