京都は自分の知らない時代に思いを馳せる場所だ。

レトロな映画館、大正から変わらない佇まいの喫茶店、長いあいだ京都を見つめてきたお寺。桜や紅葉の季節になると、多くの観光客が京都を訪れ、その面影に誰もが昔の日本を見出す。

私は、ずっと京都を、変わらないものを大切にしている街だと信じてきた。
ところがそんな考えを覆すような出会いがあった。
京都の本屋たちである。

にぎやかな商店街の中に一軒の映画館があった。
「そういえば京都は映画発祥の地だったな」と思いながら視線をかたむけると、その映画館は複合施設で本屋とカフェを併設していた。

名は『出町座(でまちざ)』。
読書が好きな私は、吸い寄せられるように1階の本屋『CAVABOOKS』に入った。

京都の本屋と、わたし。
すこし長い旅のはじまりだった。

若林 理央
読書が好きなフリーライター。大阪に生まれ育ち2010年に上京。幼少期からマジョリティ・マイノリティ両方の側面を持つ自分という存在を不思議に思っていた。2013年からライターとして活動開始。取材記事やコラムの執筆を通し「生き方の多様性」について考えるようになる。現在は文筆業のかたわら都内の日本語学校で外国人に日本語を教えている。

複合施設で本屋をアウトソーシング

『CAVABOOKS』店主の名前は宮迫憲彦さん。
ふだんは出版社の営業職をしていて、仕事終わりや休日などに『CAVABOOKS』の運営をしているらしい。

「出版社の仕事の関係で出町座の支配人とはもともと知り合いでした。出町柳に新しい映画館を作りたい。映画館だけの施設じゃなくて、新しい本屋とカフェを併設したい。そんな話があって、アウトソーシングのような形で本屋を作ることになりました」

映画館の人たちは、既に出版社で働いている宮迫さんに頼んだんですか?
私が尋ねると、宮迫さんは「京都はコミュニティが狭いんです」と言った。

「何かを始めるときや困っているときには、まずは知り合いから声をかけていく文化があるような気がします。私はかつて本屋で働いていたことがあり、出版社に勤務しているので、本を売ることに対するノウハウがあった。だから声をかけられて、サラリーマンではあるものの副業のような形で本屋の運営を任せてもらうことになりました」

外から京都を見る

出町座は京都の鯖街道の終着点にあるので、名前は「CAVABOOKSにしよう」と決めた。

とはいえ本業があるので、ずっとは本屋にいられない。そんなときは映画館のスタッフに助けてもらう。スタッフが本を売り、宮迫さんは映画館で上映中の映画を確認しながら本を選ぶ。

宮迫さんはもともと京都にゆかりのある人なのだろうかと思ったら、そうではないようだ。

「生まれたのは岡山県倉敷市です。東京の大学に進学して、最初の就職先は全国に店舗をもつ大手ナショナルチェーン書店でした。転勤を繰り返し、勤続10年目あたりで広島で勤務していたころに、子どもが生まれ、それをきっかけに東京に本社を持つ出版社に転職しました。会社の方針や家庭の都合もあり、ひとりで京都支社のような働き方を続けています」

最初は京都に身を置くことを、想像すらしていなかったという。だからこそ宮迫さんは外から来た人として京都を見ることができた。喫茶店も映画館も、伝統を守り、次の時代に何かを残している。

だけど本屋は。

本屋は伝統を壊さなければ成り立たない

宮迫さんは言葉を強める。

「全国の本屋は、この30年で半減しました。京都も例外ではなく、とても厳しい状況です。京都だから伝統を守り続ける。これは喫茶店や映画館ならできるかもしれない。だけど本屋は、その伝統を壊してアップデートしなければならないんです」

今や個人書店が本を売るだけではなく、著者を呼んで読者との交流の機会を作ったり、読書会などお客さんが参加できるようなイベントをしたりするのが当たり前の時代になったと宮迫さんは語る。

駅ナカやショッピングモールなど好立地に店舗を構えるナショナルチェーンなら本を販売するだけでもお客さんは来るのかもしれない。だが個人書店は、それぞれ工夫を凝らさなければお客さんが足を運ばない時代になっているのだ。お客さんが来ないということは、多くの人が本を手に取る機会が減り、本屋の存続も難しくなる。

「京都だから、伝統的な街だから、昔と同じように本を売るだけで大丈夫」というわけにはいかないのだ。

「個人書店ができた時、そこが本を売るだけだったら、もう見向きもされません。一方で京都には本屋が本屋以上になれるポテンシャルがある。映画や音楽など文化全般の受け皿になっている街だからです」

京都は伝統ではなく、文化を受け入れられる街なのだと宮迫さんは思っている。これは京都の「外」から来た人しかわからない視点だった。

本は読み終えてからもケアするもの

「私なりの世界観を、CAVABOOKSで作っています。これまで、出版社や本屋にとって、本は売ったらそこでおしまいだったように思います。でも、読者目線でいうと、本は買われたあと、つまり読まれてからが勝負なんだと思います」

宮迫さんは、本が買われたあとのケアをするように意識している。

「毎日CAVABOOKSに来れなくても、スタッフとの連携は密にして、イベントを開いたら参加者の方の感想を聞くようにしています。同じ本でも読む人によって感想は異なりますよね」

読み終えてからの本のこともしっかりと考える。
ひとりの読み手としても、あまり考えたことのない観点だった。

本が買われたあとのことを考える場合、気になってくるのは『CAVABOOKS』で売る本の内容だ。

「自分が読みたい本、売りたい本を置きながら、客層のことももちろん考えています。京都は大学が多くて学生さんや先生もよく来るんですよね。だから絵本や写真集より、文字量の多い本を置いています」

たとえば、と宮迫さんが例に出したのは料理についての本だった。

「料理の本、といってもいろいろありますよね。CAVABOOKSではレシピ本は売れないけど、”料理とは何か”をテーマにした本なら手にとってもらえます。”how to”より”what is”に関する本をなるべく置くようにしています」

そして自分のポリシーで置かない本も決めている。

「ヘイト本、自己啓発書、ビジネス書は売りません。オープン当初は、ビジネス書は置いても良いかなと思ったのですが、売れませんでした。チェーン店の入り口でドカ積みしている本をわざわざこんな小さな本屋で買う人はいなかったということです」

今、CAVABOOKSにあるものを見てほしい

自分の読みたい本、お客さんの読みたい本を入れて、売りたくない本は入れない。
そして選書と共にイベントも行い、オンラインショップではリトルプレスやZINEを中心に販売しているそうだ。

「店頭で販売している本をすべてオンラインショップで販売しているのではなく、オンラインショップではその中でも“これぞ”という厳選した商品を販売するようにしています」

そして個人書店だからこそ、スペースが限られているからこそ、取次を間に入れず選書にこだわる。

「取り寄せサービスはお客様がすでに欲しいと思っているものを仕入れるということですよね。本屋の機能がそれだけだとさみしい。ここにあるものをお客さんに見てもらって、その中でほしいものを見つける可能性を高めていくのが自分の役目だし、お客さんがほしいものをぜんぶ集めるのは無理なので今あるものを見てほしいと思っています。サービスとして不十分なのは重々承知していますが、現時点でこの方針を変えるつもりはありません」

兼業でありながらも、『CAVABOOKS』のあり方には宮迫さんのこだわりが感じられる。

そして、私の中にも印象に残る言葉があった。
「伝統を壊す」というものだ。


京都の文化を感じられる場所は、どこも伝統を守ろうとしている。
私もそうだと思い込んでいた。だが、本屋はほかの文化と異なり、伝統を壊して時代に合ったものにアップデートしていく必要があるという。

宮迫さんは本屋を営むとき、いちばん楽しいのは「本に触れられること」と話す。
ナショナルチェーンで働き、転職後は出版社で営業をしながら、CAVABOOKSの店主としてイベントの企画や選書をする。

忙しい毎日だと思うが、根本にある「本が好き」「CAVABOOKSで自らが選んだ本の良さをたくさんの人に伝えたい」という熱い思いが伝わってくる。

京都にある、ほかの本屋もそうなのだろうか。
気になったので聞いてみた。

「京都にある本屋さんって、ほかの街と違って、伝統を守り続けて昔と同じ経営をしているイメージがあります。今、宮迫さんの話を聞いてそうではない本屋さんも多いのだなと思ったのですが、今、伝統を守り続けている本屋はどうなっているのでしょうか」

私が聞くと、少し考えてから宮迫さんは言った。

「京都に来て、私にもっともインパクトを与えた『ホホホ座浄土寺店』という本屋さんがあります。本屋のあり方の可能性を広げてくれたという意味で、私にとってはとても大事なお店です。店主の山下さんが京都生まれ京都育ちなので、昔と変わらない運営をしている京都の本屋さんに詳しいかもしれません」

ホホホ座。不思議な名前だ。
どのような本屋なのだろうか。

期待を胸に、私は次の本屋へと向かった。