Home / Culture / 「一杯のコーヒーが、無数のストーリーを生む」私立珈琲小学校は人を何かに出会わせる

「一杯のコーヒーが、無数のストーリーを生む」私立珈琲小学校は人を何かに出会わせる

コーヒーはお好きですか?

 

最近はスターバックスやブルーボトルコーヒーなどの有名店だけではなく、コンビニでも手軽に美味しいコーヒーが飲めるようになりました。ですが、コーヒーには「味」以外の魅力もあるんです。カフェインのことではありませんよ?

 

代官山にある「私立珈琲小学校」は、立ち寄るだけで新しいヒトやモノ、コトに出会える、常識に縛られないコーヒーショップ。もともと小学校の先生をやっていた吉田 恒さんが経営をしています。

 

吉田さんが、小学校の先生をやめて「コーヒー屋」を始めようと思った理由。半年間の池尻店開店から、代官山にお店を開くまでの道のり。そして、理想のお店づくりについて。一杯のコーヒーとともに聞きました(トップ画像は、私立珈琲小学校の吉田 恒さん)。

 

 


 

俄然「コーヒー屋だな」と思った。

 

 

─小学校の先生をしていたのに、どうしてやめてしまったんですか?

 

先生という仕事はとても好きで、今も誇りに思っています。でも働き始めた当初から比べて、自由度がだんだん下がっていって。リスク管理が多くなってしまい、子どもたちと自由に明日を創る…そんな授業がやりにくくなってしまいました。そういった様々な変化が大きいですね。

 

あと「生徒は先生を選べない」のが心に引っかかっていて。嫌いな先生が担任であっても生徒は先生を選べない。それに、評価を与えるのは生徒ではなく管理職や他の先生で、構造がスッキリしていない。

 

─たしかにそうですね。

 

お店の仕事って「お客さんに選ばれる仕事」じゃないですか。お客さんに喜んでもらって、それが直接対価・報酬になる仕事に憧れていたんです。教員のキャリアを重ねるにつれ、モヤモヤしたものも積み重なってきました。自分の中に疑問を持った時が教員の定年の時だと思っていたので、思い切って退職しました。

 

─なるほど。ちなみに、最初からコーヒーショップを開こうと考えていたんですか?

 

いえ、実は先生をやめた当初は何をするか決めていなかったんですよね。

 

─え、そうなんですか! てっきり最初からコーヒーに決めていたのかと。

 

美味しいって身近にある最高の幸せだと思っていましたし、もともと食べ歩きが好きだったので、「カフェをやる」ことは決めていました。それで、(退職後に)料理の専門学校に通い始めたんですが、料理は向いていないことに気づいて(笑)

 

─(笑)。

 

お店を始める上で、「いいお店とは何か」ということについて、自分の考えはっきりさせなければいけないなと思っていて。そこで「自由大学」で行われていた「クリエイティブ都市学」という講義を受けて……。その第4回のゲスト講師、幡ヶ谷にある「PADDLERS COFFEE(パドラーズコーヒー)」を経営する松島 大介くんの話を聞いて、コーヒー屋に興味を持ったんです。

 

そのまま、自由大学が主催する「CREATIVE CAMP in ポートランド」にも参加。アメリカ西海岸にあるポートランドに行くサマーキャンプで、現地のコーヒーカルチャーに触れて、 もう「コーヒー屋だな」って、俄然思っちゃったんです。

 

─何に「コーヒー屋」の魅力を感じたんですか?

 

まずは自由度の高さ。松島くんも、飲食経験なしで開業していました。格式や暖簾分けもないわけではないのですが、新規でも入りやすい。なんて風通しのいい業界なんだ!と。それと、コーヒーの味が昔とはだいぶ違う。コーヒー業界も他の食品と同じように産地や生産者にフォーカスし始めていた時期で、可能性を感じました。

 

 

 

ポートランドに、関わるヒト全員が「美味しい」コーヒーショップがあった。

 

─他にも、コーヒー屋ならではの魅力は何かありましたか?

 

コーヒー屋って「人への接し方」が魅力的だなと感じました。松島くんのお店もそうですが、ポートランドで出会ったお店でも、その魅力に数多く触れました。

 

─「接し方」ですか。

 

そうです。特に感銘を受けたのは、ポートランドで毎日通っていた「Courier Coffee」。オーナーのJoelが、僕にコーヒーのことを、とても丁寧に教えてくれるんです。Joelは毎朝焙煎をして、自転車でコーヒー豆を卸先に配達しています。僕が日本に帰国する当日の朝も、彼はコーヒー豆の配達を自転車でしていてお店では会えませんでした。でも店員さんが「明日帰るんでしょ? オーナーから聞いてるわよ。これ、私からごちそう」と言って毎朝僕が飲んでいたエスプレッソをいっぱい差し出してくれました。この振る舞い…グッときますよね。Joelは僕が旅立つ前に、配達用のかっこいい自転車で見送りに来てくれました。大感激でした。

 

─しびれるエピソードですね。

 

他にも「お店をやるときにJoelの豆を扱わせてほしい」って伝えると、彼はちょっと考えて「それはやめたほうがいい」って言うんです。

 

理由を尋ねると「コーヒーはポートランドで作っている訳でないから、僕(Joel)から買うことで余計なコストがかかる。それはお客さんにも先生(吉田さん)にもよくないよ。その代わり、先生が困らないように、コーヒー豆の焼き方も、淹れ方もおれが教えてあげる」って言ってくれた。このときにも、なんていいやつなんだと。

 

─すごくかっこいいですね。利害よりも本質の部分を見ている。

 

そういったコーヒーマンたちの素晴らしい考え方は、松島くんが正規代理店をしている「STUMPTOWN COFFEE ROASTERS」に訪問した時にも感じました。「サードウェーブコーヒー」って言葉を耳にすると思うんですよね。

 

─ブルーボトルが来た時にもよく耳にしましたね。

 

酸味のあるコーヒーを、爽やかなヒゲのお兄さんが淹れてくれる…って訳ではなくて(笑)本当の特徴は、品質の確かなものを作り出す産地の方達と適正な取引をすること、つまりお互いがサスティナブルに続く関係性と、食べ物の透明性、トレーサビリティがあることなんです。それをSTUMPTOWNは体現していました。

 

─それは初めて知りました。

 

彼らは取引だけではなく、産地の環境をよくするために、様々なインフラの整備をしています。子供を不当に労働させたり、不正をする農家とは契約を切ることもあると言ってました。

 

なんでそこまでできるのか、理由を尋ねると「自分たちが本当に美味しいコーヒーを飲もうとしたら、その美味しいコーヒーに関わる全ての人を幸せにしないと、美味しい一杯は手に入らない」って言うんですよ。

 

それに僕、やられたんです。コーヒーしかねえなと思って。コーヒー屋になりました。

 

 

「いいお店」ってなんだろう?

 

 

その後「私立珈琲小学校」を開くまでの背景を教えていただけますか?

 

まずは「いいお店ってなんだろう?」と考えていました。綺麗で、居心地もいい。そんなことを考えていると、ホテルのラウンジみたいなお店しか思いつかなかった(笑)。 でも、自分がやりたい「いいお店」はそうではないなと思って。あれやこれや悩んでいるとき、僕に「いいお店」を教えてくれる友人ができました。それが、専門学校で出会った吉原くんという男です。

 

吉原くんに「いいお店」を実際に紹介してもらったことで、僕の考えは固まりました。

 

どんなお店だったんでしょう?

 

2軒のお店を紹介してもらったのですが、1軒目は、中目黒の目黒川沿いにあった「ドロール」というお店。今では閉店してしまったのですが、心が温かくなるとてもいいお店でした。女の子たちが メニュー考案して、運営しているお店でした。その子たちの柔らかい接客と、 美味しくて優しい食べ物に、なるほどなって思ったんです。しつらえも木を基調にしたすごくいいものでした。

 

次は同じく中目黒にある「マハカラ」というお店に連れて行ってもらって。このお店がまた衝撃で。 イカ玉焼きと串揚げのお店なのですが、お客さんの心を掴むのがうまいんです。お店はけっこう狭いんですが、接客が素晴らしくて、 料理もすごく美味い。そこで、結局いいお店っていうのは「お客さんのことを考えているスタッフが、その空間でどれだけ生き生きと働いているかが重要だな」と考えるようになりました。

 

─最終的には「人」ということですね。

 

そうなんです。

 

その後、徹底的にマハカラに通うことにしました。真髄を徹底的に身体に沁みさせたいなと。そして専門学校を卒業する年に、マハカラの忘年会に呼んでもらうことになりました。

 

そのときに、マハカラの店長さんとオーナーさんから「池尻にある2号店を使って、半年間でいいからお店をやってみない?」と。

 

それが1回目、半年間限定の「私立珈琲小学校」オープンのきっかけでした。

 

 

お店に「担任制度」「授業」が生まれた理由

 

(Let It Be Coffeeのてつおさん)

 

─半年間のお店が終わった後は、どういう経緯で現在のお店をオープンしたんですか?

 

半年間の池尻の店舗が終わったとき、ありがたいことにお客さんもついてくれました。いくつかお話もいただいて、お店の一部を借りて営業したり、軒先を借りて淹れたりしたんですが、なかなかうまくいかなくて。

 

─池尻のお店の後、苦労した時期があったんですね。

 

そうなんです。その後、ポートランドのキャンプの説明会で知り合った女性がきっかけでお店を開くことができました。

 

池尻の時代に、彼女はあるギャラリーのオーナーを紹介してくれていました。その方が「ギャラリーと街をつなぐカフェ」をひらきたいということで誘ってくれたのですが。池尻のお店を閉じる期限が9月。ギャラリーのオープンは翌年5月頃の予定。時期が離れていたので、そのときは具体的な話になりませんでした。

 

その後、12月くらいに再びオーナーさんから「カフェの内装について相談したい。しつらえの意見を聞かせて欲しい」という連絡をいたただき、色々とスペースに関して相談をしていました。そのときに、再び依頼をいただいて、代官山にオープンが決まりました。めちゃくちゃ恵まれてます。

 

─それが、代官山の「私立珈琲小学校」オープンとなるわけですね。オープン当初から、現在の運営スタイルは確立していたんですか?

 

いえ、徐々に始めた取り組みが多いですね。ただ、考え方の本質は変わっていないです。

 

─それはどういう?

 

「チャンスは独り占めしてはいけない」ということですね。例えば、このお店も、今まで応援してくれた仲間や素晴らしいご縁ができた人たちと一緒に創っていけたらと思っています。。

 

最初に始めた池尻の店舗は壁が自由に使えたので、アーティストさんに無料で貸していました。その代わりに次のアーティストさんに次の展示アーティストを紹介してもらう。展示が替わるとお店の雰囲気も変わるし、お客さんにもアーティストさんを紹介できる、いい循環が生まれました。

 

─お金ではなく、縁が広がるんですね。

 

そうですね。お店で「授業」と称したイベントをひらくのも、その取り組みがあったからこそ。その流れで「担任制度」もできました。僕がケータリングや仕入れなどでいない日にお店に立ってもらう他の先生たちに、最大限の裁量を持ってもらい自由に働いてもらっています。

 

 

コーヒーは、働く人に寄り添える。吉田さんがオフィスケータリングをする理由

 

 

─お店を開くまでの9ヵ月間は苦労したんですね。

 

苦労しましたねえ。でも、苦労だけではなくて、いろんな出会いもありました。

 

特にターニングポイントになったのが、「WE WORK HERE」という、MIDORI.SOが出版している書籍の取材を受けたこと。池尻を閉めた後に苦労していることを伝えると、MIDORI.SOのランチ会にケータリングで呼んでくれたんです。そこから、僕の歯車が回り始めました。

 

─いったいどんなことが?

 

実はオフィスにケータリングって相性いいんですよ。クオリティが高いコーヒーは、仕事している人たちに寄り添いやすいと思うんですよね。仕事しているとき、口さみしいときにコーヒー飲むことってありますよね。美味しいコーヒーを、オフィスですぐに飲むことができるっていいよなと。

 

─たしかに、働く場所においしいコーヒーがあるのはいいですね。

 

その後も、オフィスデザインを手がけるTRAIL HEADSの山口さんという素晴らしい人を紹介してもらって、彼らが内装を手がけた会社にケータリングをするようになりました。彼らがつくるオフィスは、人が気持ちよく働ける仕掛けがたくさん埋め込まれていました。カウンターバーがあるものも多くて、僕がそこに「人間コンテンツ」としてコーヒーやお酒を淹れに行くんです。

 

 

私立珈琲小学校は、物語をつなぎ合わせられる場所

 

 

─「理想のお店づくり」の面で、意識しているものはありますか?

 

僕自身、何か新しい「ヒトとかモノ、コト」に出会える場にしたいなと思っています。

 

─「ヒト・モノ・コト」ですか。

 

はい。先日、お店を開きたいという方が来ていたのですが、たまたま同じ日程で腕利きのバリスタが来ていたんです。もちろん紹介しました。本当に偶然、僕の好きなバリスタが2人来ていて、その2人が出会ったんです。それってヒトとの出会いですよね。

 

─人と人がつながり、何かが生まれるということですね。

 

あと、僕はお店の食べ物はつくっていないし、豆も焼いていない。その分「美味しいモノとの出会い」は大事にしたいと思っています。

 

─どんなこだわりがあるんでしょう。

 

「自分が大好きな人たちが作っていること」と「もしロスになったら僕が喜んで食べられるもの」だけにしています(笑)

 

コーヒーは、僕が大好きでたまらないロースターさんたちから仕入れています。

 

中目黒のマハカラさんからのプリン、小学校時代の教え子の妹さんが作っているグラノーラ。土日限定で、ナチュラルフードについて教えてくれた先生からビーガンスイーツを仕入れていたり、木曜日は元ドロールの担任の子に、ケーキを作ってもらっていたりします。

 

それとあんバタートースト。パンは中目黒のパン屋TAVERNさんから仕入れて、あんは浜松にあるSagisaka 菓子研究所っていう菓子工房を開いた腕利きの子に頼んでいます。この子との出会いも、自由大学でした。ご縁だらけの学校です。

 

─仕入れている食べ物も、すべて人のつながりで選んでいるんですね。

 

食べ物以外にも。実はこの器も、僕の高校時代の友達の奥さんが焼いているんです。

 

マグカップじゃなくて、ワイングラスみたいな器にしたいなと。本当に美味しいものって、香りが滞留するところがあって、飲むときには香りが入ってくる。そして飲み口は薄い方がいいですよね。

 

そういう器のリクエストをして、つくってもらいました。

 

 

─器にもこだわりが。

 

お客さんから頂いたお金が、僕の大好きな人たちのつくるいいものに変わる。そういう循環が生まれたらいいと思っています。

 

─あとは「コト」ですか。

 

はい。先日、チョコレート屋さんが「社会の授業」をしてくれました。

 

チョコレートを通じて世界の食の透明性や、食のマッチングを考えるイベント。そのイベントがきっかけで、腕利きのバリスタがチョコレート屋さんに移籍したんです。

 

─授業が人の人生に影響を与えたんですね。

 

お店の家具にもストーリーがあります。一緒にポートランドに行った仲間に、ポートランドから直接仕入れた家具と雑誌を買える「カタログアンドブックス」というお店をひらいてる方尾崎さんという、これまたかっこいい人がいて。僕が彼のお店のコーヒー豆の応援をする代わりに、家具をここで借りて、展示販売、お店でオーダーできるようにしているんです。

 

─取り組みの幅が広い。

 

僕たちが面白そうだなと思って取り組んだコトや、意味のあるモノ、そして登校してくださるヒト、それらが作用して人生にちょっぴり彩りを加えたり、視野を広げたりするきっかけができるのであれば…最高ですよね。

 

─吉田さん自身、まだまだ野望は尽きそうにないですね。

 

野望というか目標があって。池尻のとき、0歳の子供を連れたお母さんがきてくれました。その子は今3歳なんですが、大人になったときにデートで使ってくれたら、最高だなと思うんです。今小さい子が大人になったときに使ってくれる。若いお姉ちゃんが結婚して、子供を連れてきてくれる。常連さんがおじいちゃんになっても使ってくれる。そんな、息の長いお店になっていきたいなと思っています。

 

もう1つは、担任の彼ら彼女らが独立する応援をしたいと思っています。僕自身、たくさんのご縁とチャンスをいただいて、この場所に立っています。彼らにチャンスがあったら思いっきり応援したいなと思っています。担任だけはなくて、もちろんお客さんも。どちらも、卒業してからも帰ってこれる。そういう場所にしたいですね。

 

 


 

【取材コメント】

小雨が降る中、長い時間をかけて、丁寧に思いを語ってくれた吉田さん。エピソードひとつひとつが濃厚で、人との出会いを大切に記憶されている姿が印象的でした。

 

1杯のコーヒーを通じて生まれた出会いをひとつひとつ大切に活かすように、先生は丁寧にコーヒーを淹れている。そんなことを思ったインタビューでした。

 

<

大沢 俊介

1994年2月生まれ。フリーランスのライター。「働き方」を中心に執筆中。現在はライターとして活動しつつ、Web制作、PR支援や雑司が谷でカフェ・バーの共同経営、ゲストハウスの運営なども行なう。