立場が変わると、見える風景は変わってくる。

映像制作を軸に発信力を教える合志市クリエイター塾。第1回の取材では、運営側が合志市クリエイター塾に託している願いを知ることができた。第2回の今回は、実際に塾生に教える講師の視点から、合志市クリエイター塾をのぞいてみる。

行政主体の講座では珍しく、合志市クリエイター塾は映像制作における「発信力」を重視している。それを、講師はどのようにして塾生に教えているのだろうか。

講師の職種を調べると、多種多様であることに驚かされる。映像ディレクターやカメラマンもいれば、ユーチューバーもいる。

そのなかで、合志市クリエイター塾の講師陣を取りまとめつつ、自身も講師として塾生に映像を教えているのが清水亮司さんだ。「ALWAYS三丁目の夕日」などを制作した株式会社ロボットに所属し、映像ディレクター、クリエイティブ・ディレクターとして30年ほどの経歴を持つ。企業のTVCMや万博日本館などの企画演出を担当した映像制作のベテランだ。

映像業界の変化と塾生の様子、そして合志市というひとつの地方都市の姿を、清水さんはどう受け止めているのか話を聞いた。

若林 理央
読書が好きなフリーライター。大阪に生まれ育ち2010年に上京。幼少期からマジョリティ・マイノリティ両方の側面を持つ自分という存在を不思議に思っていた。2013年からライターとして活動開始。取材記事やコラムの執筆を通し「生き方の多様性」について考えるようになる。現在は文筆業のかたわら都内の日本語学校で外国人に日本語を教えている。

伝えたいことを伝わる形で

「合志市クリエイター塾の塾生には、すでに映像制作の経験がある人もいれば、初めての人もいます。さまざまなバックグラウンドを持つ人達に同じ場所、同じ言葉で話し、講義を受けたあとは塾生全員に得るものがあったと思ってもらいたい」

清水さんの言葉に熱意がみなぎる。経験者と未経験者に同時に教えるのはとても難しいことなのではないだろうか。尋ねると、清水さんはそれを可能にするために、募集時から目的をはっきりと打ち出しているという。

「映像を使って“伝えたいことを伝わる形にする”。これが合志市クリエイター塾のテーマです。塾生になってほしいのは、それぞれの伝えたい何かを映像にして誰かに届けられる人。そして、最終的にはそれを仕事にしたいと思っている人です。“こういう映像を作りたい”よりも、“何か伝えたいことがある”ほうが、この塾では大切なんです」

意外だった。映像制作を志すのは、最初に作りたい映像のイメージがあって、それを目的に技術を習得したい人だと思っていたからだ。

「今は本やインターネットが充実しているので、技術を学びたいだけだったらあえて合志市クリエイター塾に通う必要はないと思っていて。合志市クリエイター塾は、本やインターネットにはない学びが得られる場所にしたいと思っています」

伝えたいことを伝えるためには、文章や歌、絵などさまざまな方法がある。合志市クリエイター塾は、映像という手段で伝えたい人を迎え入れる。そこで組まれているのは「何のために映像を作るか」を重視したカリキュラムだ。

「映像はどういう風に使うべきか」という問い

清水さんが映像制作を仕事にするまでの経緯を聞いてみた。

映画好きでよく映画館に通っていたお母さんの影響で、清水さん自身も子どもの頃、興味のある映画を見に行っていたそうだ。

ただ、「映像制作を仕事にしたい」と思ったことはなかった。清水さんは本や音楽に親しみ、学生時代は「文章を書く仕事がしたい」と思っていた。

「書く仕事に絞ると就職活動が大変だったので、範囲を広げようと思い映像制作の企業も受けました。その企業で内定をもらい実際に働き始めると、本や音楽と同じように、映像も文字から作り上げるものだと気づいたんです。例えば、映像に出てくる出演者の台詞ひとつとっても文字なんですよね」

仕事を続けていくうちに“映像制作と自分は相性がいい”と思うようになったと清水さんは言う。最初に就職した映像プロダクションではTVCMを中心に作っていたが、ロボットに転職してからはCM以外の長い映像なども担当するようになった。

ディレクター、クリエイティブディレクターとして活動の幅を広げるようになった清水さんは、徐々に時代の移り変わりを感じ始めた。

「僕が就職した当時、機材をそろえて撮影から編集まですることは手間のかかることだった。今はスマートフォンが普及し、スマートフォンだけで動画の撮影、編集ができるようになりましたよね。作る側、視聴する側の両方にとって映像の使いこなし方が変わっています」

今の時代、映像制作をするためのツールは増えている。それに伴い、映像のあり方、使い方が変化しているなかで、自分が習得した映像制作の知識を誰かに伝えることは、「映像」の新しい可能性を生み出すのではないだろうか。清水さんは映像の仕事を続けながら、教えることにも興味を持ち始めた。

合志市クリエイター塾は変化する場所

2015年、ROBOTが合志市クリエイター塾の運営を始めたとき、清水さんはいち講師として携わった。家族の出身が九州だったこともあり、熊本には親近感があったという。

2期となる2016年、「講師の中で軸となる人が必要だ」という話になり、清水さんが選ばれた。以降、塾の意義やカリキュラムの構成について、プロデューサーの栁井さんと話し合いながら、合志市クリエイター塾全体に関わるようになる。

「Youtubeなどを見て、“自分にも何かできるのではないか”と感じている人は以前より増えています。塾生の方々には、そういった想いを形にするために、合志市クリエイター塾の中で変化してほしいと思っていますね」

その変化のために、「経験として得てほしいのは、合志市クリエイター塾にいる人たちと繋がること」と語る。

講義のひとつに、実際に合志市の企業と連携し、企業の公式サイトに載せるプロモーション映像を制作するというものがある。しかし個々で作るわけではない。塾生たちが数人でひとつの班になり、一緒にひとつの映像を作り上げるのだ。

「職種も年代もばらばらなので、最初はみなさん遠慮がち。話し合いながら、意見がぶつかることもあります。ただ、そうやってお互いを知っていくうちにコミュニティが生まれるんですよ。おとなしかった人が、積極的に動くようになった姿をよく目にします」

自分ひとりのほうが好きなものが作れるという先入観をなくすことが、塾生たちの変化に繋がっている印象だ。

「誰かと一緒に何かを体験することは中毒性があるんです。自分の意見を言い、メンバーの意見も聞き、ぶつかり合っても妥協せず話し合う。その体験をしてほしい」

プロモーション映像制作には塾生だけではなく、企業側にも大きなメリットがあると清水さんは語る。

「地方の企業は商品を全国に売りたいけど、PRするためにたくさんのお金をかけられないというジレンマを抱えていることが多いんです。企業と連携した講義では、実際に企業の人に来てもらって、商品の魅力と課題を説明してもらいます。どんなにいいものでも、知ってもらわなければ売れませんから。映像はうまく機能すれば、知ってもらうための大きな材料になります」

都会の映像制作会社にはお願いできなくても、地元にプロモーション映像を作ってくれる映像クリエイターがいれば、全国に発信できるかも知れない……。清水さんはこれからの希望をこめてそう述べた。

合志市から全国に広げたい地方創生

映像によって活性化する可能性を秘めている地方都市は、合志市だけではない。合志市から熊本、熊本から九州、九州から全国……この取り組みが広がっていったら、地方がどんどんと元気になるのではないかと清水さんは考えている。

「昔は栄えていた地方都市の店がどんどん閉まり、地方都市は負のスパイラルに入っていますよね。ただ、“このままじゃ駄目なのではないか”、“東京一極集中をなくしたい”と考えている人は、以前より増えていると思います」

地方都市では、東京と異なる価値観で映像が作れる。それを合志市が示せれば、日本の地方都市の未来が大きく変わる可能性がある。

「新しいサービスを世の中に伝えていくことで、地方が収入を得られる体制を作りたいと思っています。都心で生きることと同様に、地方で活躍できる選択肢があれば、日本の未来はもっと良くなるんじゃないかって」

合志市クリエイター塾によって、塾生だけではなく講師にも変化が生まれた。東京で活動していたミュージシャンの生徒は、2011年の東日本大震災をきっかけに熊本に移住。自分で曲を書き、息子の成長を映像にした彼女の作品を見せてもらったとき、清水さんはこみあげるものがあった。

「作り手の思いがすごく伝わってきて、自分のやっていることは意味があったのだと実感できました」

清水さんは未来の日本に希望を抱きながら、合志市クリエイター塾で教え続ける。合志市だけではなく、未来の地方都市に対する期待と希望が、言葉の節々から感じられた。

その思いは塾生に伝わり、大きな一歩はすでに踏み出されている。

「合志市クリエイター塾で清水さんの講義で感銘を受けたあと、自分の好きなCMのディレクターが清水さんだったと知りました」

笑顔でそう話す修了生がいる。2期続けて受講し、現在は合志市クリエイター塾で学んだことを生かし起業している加藤義和さんだ。最終回となる第3回の記事では加藤さんに取材し、合志市クリエイター塾を塾生の視点から見つめていきたい。