「人が食べられるドッグフード」を作っている会社がある。

「北海道産ドッグフードだいち」というブランド名どおり、広大な北海道の大地で作られた原材料から作られたドッグフード。製造元の株式会社克フーズ 代表取締役の小林宏幸さんがドッグフードを作り始めたのは、既製品のドッグフードの原材料を見て衝撃を受けたからだ。

「『人が食べられるドッグフード』というのが売り文句になる。それ自体がおかしいなって思うんです。これまで人が食べられないものを作っていたということなんですよね。それを知ったとき、人の食品の知識を持つ人間が作る安心安全のドッグフードを作りたい、と思ったんです」

自身は犬を飼っているわけでもない。栄養の知識があったわけでもない。そんな小林さんは、なぜドッグフードを作る道を選んだのか。彼が「北海道産ドッグフードだいち」に込めた思いと、その背景にある考えを聞いた。

和久井 香菜子
編集・ライター、少女マンガ研究家。4年ほど前から始めた事業が軌道に乗り、2019年4月に合同会社ブラインドライターズを立ち上げる

100倍いいものが作れると思った

「中学時代から英語で10点、理科で8点とか取っちゃうくらい、めちゃめちゃバカだったんです。でも高校卒業後に浪人して、北海道で2番目にいい国立の大学に受かることができました。完璧にはならないかもしれないけれど、バカでもやれば60、70点にはなる。そういう経験を子どもたちに教えたいと考えていました」

現在、北海道産ドッグフードだいちを販売と、塾講師の二足のわらじを履く小林さん。自分自身も日々成長しながら、常に新しいことを教えられる講師を目指して、子どもたちに向き合っている。

しかし、大学を卒業後すぐにこの道を選んだわけではない。最初に就職したのは食品会社だった。

「小さい会社だったので、何でもやらせてもらえました。2年目には、銀行に提出する資金繰りの表まで見せてもらえるようになったんです。会社がどうやって経営されているのか、自分の給料はどこから支払われているのか。そんな会社経営の全体を見ることができたのをきっかけに、自分でも会社をやってみたいと思うようになりましたね」

その後、食品会社の倒産を機に起業を決意。漠然と「起業したい」という気持ちはあるものの、特に業界を決められずにいたという。そんなときに小林さんの人生を変えたのが、友人からのある相談だった。

「『愛犬がカリカリのドッグフードを食べない』と悩んでいたんですよね」

「カリカリ」とは、ドライタイプのドッグフードのこと。缶詰やパウチで売られているウェットタイプと比べて、水分を含まない固い粒状のものだ。

「どんなものが入っているんだろうと思って調べてみたら、人間の食用にならない牛や豚、鶏などの部位、いわば残りカスが加工してペットフードにされていたんです。驚きました」

さらに、その製造過程にも注意したい点が多いと小林さんは語る。

「そうして加工された肉をミールと呼びますが、これらは180度以上の高温で処理します。その時点でかなりの栄養素がなくなっているでしょう。また添加物も、人に使ってはいけないものは300種類ほどあるのに対し、犬に禁止されている添加物は10種類ほどしかありません。人間には使わないけれど、ドッグフードには使えるものが山ほどあるんです。これが身体にいいわけがありませんよね」

100倍いいものが作れると思った。

「食品の製造会社にいたおかげで、食品をどうやって作って販売すればいいかを知っていました。人間の食品と同じように、ドッグフードもやってみようと思ったんです」

 

犬好きじゃないから作れた、最高のドッグフード

ドッグフードを作るにあたって、小林さんが意識したことはふたつある。

まずひとつは、犬ではなく人間の研究結果から情報を取ってくること。多くの人が犬をペットとして、家族同然に大切にしているにも関わらず、犬の栄養や健康に関する研究は、ほとんど行われていないのが現状だという。アメリカではAAFCO(The Association of American Feed Control Officials)が、栄養素基準を発表してるものの、頻繁に基準が変わり、根拠も曖昧である。

「人間にとってどんなものが身体に良いかは多くの研究があります。それを元に作っているから『人が食べられるドッグフード』なんです」

人の身体に良い栄養素を研究し、人が食べられる食材で作る。ただ当初、原材料に使わせてほしいと生産者を訪ねてもなかなか思うように進まなかった、と小林さんは振り返る。

「生産者さんに『こだわりの食材を犬の餌と一緒にするな』と言われたこともありました。今、協力してくださっている生産者さんたちは、人間でも食べられる安心の食材でドッグフードを作りたいという私の思いに賛同してくれています」

「北海道産ドッグフードだいち」に含まれている材料は、全部で9種類。鶏胸肉、鶏骨、鶏レバー、カボチャ、トマト、人参、エゴマ、椎茸、昆布のすべてが北海道産だ。名前を聞くだけで身体に良さそうな素材ばかり。

「肉、骨、レバーまでで全体の80%くらいを占めます。犬に必要と言われている栄養素の一番はタンパク質だったため、タンパク質の吸収効率が良いとされる鶏肉を採用しました。残りの20%は、肉から取りにくい栄養素を考慮して入れています」

ビタミンEが取れるカボチャ、β-カロテンを摂取できる人参、オメガ3を含むえごま。トマトはリコピンの吸収効率がよいとされる加熱ペーストを使用、カルシウムの九州を助けるビタミンDは乾燥椎茸から。大事な栄養素であるミネラルも必要なため昆布を追加した。

たくさんの栄養素が詰め込まれたドッグフードだが、小林さんのもうひとつのこだわりは「どんな栄養素が入っているか」よりも「どのくらい吸収されるか」を重視することだ。栄養素の名前や表す数字に騙されるのではなく、それが実際にどのくらい身体に入るのかを考えなければならないと小林さんは言う。

「カリカリのドッグフードに入っている栄養素は、本当に身体に吸収されるのでしょうか。同じ量の栄養素が身体に入っても、吸収されなければ意味がない。だいちでは、栄養素を『何から取るか』が吸収率に繋がると考え、新鮮な栄養吸収率のいい素材を選びました」

その結果、「北海道産ドッグフードだいち」のドッグフードは冷凍パウチでの販売となった。一般的には、カリカリのドライタイプや、缶詰などのウェットタイプが販売されるなかで、冷凍のドッグフードは珍しい。

計り知れない量の調査と、何回にも及ぶ試作。犬を飼っていない小林さんが、なぜそこまでできたのだろうか。

「逆に犬好きだったら、愛犬が自分が作ったドッグフードを食べないだけで、材料を変えたりして迷ってしまっていたかもしれません。逆に冷静な目で情報を見ることができるため、栄養素の観点で『本当にいいと思えるもの』を追い求めることができたんだと思います」

「絶対」がない社会で、私たちがすべきこと

こんなにもこだわりを持って「北海道産ドッグフードだいち」を作った小林さんだが「うちのドッグフードが合わなければ、他のものを勧めます」とも、簡単に言い切る。最初は自分が作ったドッグフードが一番だと思っていたのが、少しずつ変わっていったという。

「ひとつの意見しか知らないと排他的になって何も知ろうとしなくなってしまう。僕の考えやだいちの作り方に賛成する人もいれば、反対する人もいる。それは、それぞれがしっかりと『考えている』ということ。だから反対意見も含め、すべての意見を聞くべきだと思うようになったんです」

今、人々はドッグフードを本当に”自分で”選んでいるのだろうか、と小林さんは問いかける。業者の宣伝や、誰かが言ったことを鵜呑みにするのではなく、「自分や愛犬にとって本当に何が良いのか」を消費者が自分で考え選択すること。その選択を尊重したいからこそ、だいちを選んでくれたお客さんには最大限サポートをし、お客さんの犬に合わなければ別のドッグフードを勧めるのだ。

「だいちの原材料は、すべて北海道産です。でもそれは、ただ自分が北海道生まれだから、北海道の生産者と一緒に作っていきたいと思っているから。北海道産にも品質のいいものも悪いものもある。北海道産じゃなきゃいけない、というわけではないんです」

「また、よく『うちのトイプードルは2キロなんですが、ドッグフードを何グラム食べさせればいいですか?』と聞く人がいます。それって『僕、日本人の男で60キロあるんですが、ご飯を何グラム食べればいいですか?』って聞くのと同じ。その人がどれだけ運動をしているかとか、どんな生活をしているかによって必要な栄養素は変わってきますよね。数字ですべてを当てはめるのはくだらないことなんです」

小林さんが伝えようとしている「自分自身で考え、選び取ること」の大切さは、ドッグフードに留まらない。ドッグフードづくりは、あくまでもそれを伝える術のひとつだ。

「まずは試してみて、少しずつ調整すればいい。生肉が犬の身体にいいという研究はありますが、個体差があり、合わない子もいます。でも現状、例えばカリカリのドッグフードを食べないとか、体調がよくならないというなら、未知のものを試してみる力も大事です。『今の動物病院の先生がいいって言ってるから』と考えることを放棄してしまうのではなく、試してみようかな、という気持ちを持つと可能性が広がります」

塾の講師としても、学生たちに伝えているのは同じく「自分の頭で考えるんだ」ということ。

「子どもたちには、目標設定しろとか夢を持てとは言いません。その仕事は10年後にはないかもしれない。めまぐるしく社会が変わっていくなかで、柔軟に変わっていく力が求められるよ、と言っています。でも、可能性が広がるから勉強は絶対にした方がいい。知識が増えれば、情報を取捨選択できるようになります。日本は多くの人が情報に騙されていると思うんです。それを変えていきたいと思います」

数字や多数の意見に惑わされず、自分の頭で考えること。良いと思ったものを取り入れながら、自分にとっての最善を探していくこと。そうした小林さんの姿勢が生んだ「北海道産ペットフードだいち」は、これからも「選択肢のひとつ」として多くの飼い主と愛犬たちと対話していくのだろう。