「選択的夫婦別姓」について、あなたはどんな考えを持っているだろうか?周囲の人に聞いてみると、「よくわからない」と答える人が多かった。

「名字を変える手続きが大変らしいから、変えなくてもいいなら嬉しい」

「私は結婚したら夫の名字になりたいんだけど、制度が実施されたらそれができなくなるの?」

話を聞くなかで感じたのは、特に選択的夫婦別姓の「選択的」の部分が知られていないこと。この制度が成立した場合、全員が自分の旧姓のままでい続けなければならないという印象を持っている人もいる。

そう言う私も、選択的夫婦別姓を求める動きがあるのをなんとなく知りながら、詳しい事例や日本の課題を追いかけて来たことがなかった。

そんななか、70seeds編集部で選択的夫婦別姓制度の座談会を開催することになった。参加者の私たちは、弁護士や法律関係者ではない。ただ全員が、これまでの人生で1回もしくは複数回、名字が変わる経験をしている。

自分の人生を生きるとき、「名字」はどう影響するのだろうか。そして選択的夫婦別姓制度によって、私たちの人生の何が変わるのだろう。

夫婦別姓座談会シリーズ第1回は、参加者5人の経験談を通して見えてきた、誰もが持つ「名字の物語」を紹介したい。

若林 理央
読書が好きなフリーライター。大阪に生まれ育ち2010年に上京。幼少期からマジョリティ・マイノリティ両方の側面を持つ自分という存在を不思議に思っていた。2013年からライターとして活動開始。取材記事やコラムの執筆を通し「生き方の多様性」について考えるようになる。現在は文筆業のかたわら都内の日本語学校で外国人に日本語を教えている。

名字を選びたい人たちの願い

現在の日本は、日本人同士が結婚した場合、夫婦両方が結婚前の名字のままでいることを認めていない。

例外的に別姓が認められているのは、夫婦のどちらかが外国籍の場合のみ。法務省が把握している範囲では、2020年時点で夫婦別姓を認めていない先進国は日本だけだ。

また、2017年の人口動態統計調査によると、その年に結婚した夫婦のうち、妻の名字にすることを選んだカップルは全体の4.1%だった。「結婚したら、夫の名字になる」のが一般的な感覚として未だに存在していることがわかる。

異なる名字を名乗るために「事実婚」を選ぶ人もいる。夫婦のように生活を共にしながらも、あえて籍を入れないのだ。だが、その場合は配偶者の相続人になれない、所得税の配偶者控除が受けられない等、多くのデメリットがある。

入籍しても別の名字のままでいたい。その理由は人によって様々だ。

例えば、名字が変わることで婚姻状態が公になることに苦痛を感じる人もいる。本来はプライベートな出来事であるはずの結婚や離婚、再婚が名字によって、周囲に知られてしまう。

また夫婦別姓訴訟をみると、自分たちの結婚観には別姓が合うと考えたカップルもいた。お互いの個性や培ってきた経験を尊重するために必要だと感じたそうだ。

改姓に伴う煩雑な手続きにうんざりしている人も多い。名字を変えると、マイナンバーカードや保険証、運転免許証、銀行口座などで、名義変更の手続きが必要だ。

手続きで負担がかかるのは名字が変わる側だけだ。慣れ親しんだ名字を変えなければならないだけではなく、労力がかかることが不公平だと思う人もいる。

私(若林)自身も身をもってそれを知った。詳しくは後述するが、名字を変えるために家庭裁判所で調停員と話したこともある。

座談会のメンバーは、どのような経緯で自分の名字と向き合ったのだろうか。

別姓という選択肢があったなら

名字を変えたことのある70seedsの編集者やライターが5人集まり、各自の経験談を話した。

※写真左から敬称略
和久井香菜子、岡山史興、井上拓美(本名:明石)、若林理央、ウィルソン麻菜

私(若林)は今までの人生で5回名字が変わっている。

1歳のときに両親が離婚して、母親の旧姓に戻っただけではなく、自身も同じ人と2回結婚・離婚している。

若林「生まれたときは実父の名字(A)でした。1歳で両親が離婚して母の旧姓(B)になり、6歳で母が再婚して養父の名字(C)になりました。

20代で最初の夫と結婚して、夫の名字(D)になりました。その後、離婚することになりましたが、日本では、離婚のときに(C)に戻るか(D)のままでいるか選べます。いろいろな事情があり、私も前の夫も再び結婚することを視野に入れての離婚だったので、(D)のままでい続けることを選びました。

そして、予定どおり同じ人と再婚。結局うまくいかなくて、半年後にまた離婚しました。このとき、夫の名字(D)から自分の旧姓にあたる(C)に戻りたいと区役所で言ったら、「(今回の結婚前の)旧姓が(D)になっているのでできない」と言われました。

最終的には家庭裁判所で調停員と話して許可をもらい、Cに戻れました。今は他の人と再婚しています。若林は現在の夫の名字です」

結婚したときは夫婦の名字を統一することを強いられるのに、離婚したら名字が選べるのも不思議だ。その上、後日その後改めて旧姓に戻りたいと思ったら手続きが面倒なことになる……。

思い出せば思い出すほど、現代日本における婚姻制度の矛盾点が見えてきた。

続いて話してくれたのは、ライターの和久井香菜子さん。別姓を求める事実婚カップルや、訴訟の弁護団に取材した経験があり、現在も裁判傍聴や関係者へのヒアリングを続けている。今回のメンバーの中で、最も選択的夫婦別姓について詳しく、多くの事例を紹介してくれた人だ。

和久井さんは、結婚して名字が変わることが女性たちにとっても、勝ち組のトロフィーのように思われている面があると語る。

和久井「私自身が結婚する際にも、そう思っていました。結婚して名字が変わりますって報告は誇らしかった。でもいざとなったら義実家と同じ名字になることに、猛烈に抵抗がありました。

実際に当時の夫に、『私名字を変えたくない』と相談したら、びっくりされましたね。『名字を変えるのがあなただったら嫌じゃないの?』と聞いたら、『俺は男だから嫌だけど』と言われ、ますます夫婦同姓制度に対する違和感が強まりました。でも未だに日本では、結婚して名字が変わるのは女性で、それが当たり前だと思われているんですよね」

結婚を機に旧姓をパートナーの名字に変えるのは、悪いことではない。しかし、旧姓のまま生きたいと思っている人たちの気持ちも尊重するべきだと思う。

名字だけではなく、それを通して自分の生き方を選べるようになるのが「選択的夫婦別姓制度」なのではないだろうか。

家系を残すために必要とされる「名字」

多くはないが、男性で名字を変える人も、もちろんいる。70seedsの編集長岡山史興さんと、明石さんがそうだ。

岡山さんが名字を変えたのは20代半ばを過ぎてからだった。

岡山「僕は3人兄弟の長男です。岡山は、実は母方の名字。26歳くらいまでは父方の名字で生きていました。

母方の実家は、名字を次世代に残す必要がありました。母の兄弟には子どもがいなかったことから、跡を継ぐことができるのが僕たち兄弟しかいなかった。誰かが母の実家の養子になる必要がありました。

僕には弟が2人いたので、兄弟の誰が養子になっても名字は受け継がれるわけです。結果的に僕が母の実家に入り、岡山という名字に変更しました」

井上さんは、結婚後、自分の名字を妻の名字に変更した。

井上「子どもの頃に両親が離婚しました。母方に引き取られた場合、離婚後の母の名字になるのが一般的なのですが、僕は父親の名字のままでいたいと母に頼みました。当時サッカーをしていて、ユニフォームにローマ字で名字が書かれていたことが理由です(笑)父親の名字のほうが語呂が良いと思ったんです。

そんな理由で名字を変えなかった僕ですが、大人になってからは名字にこだわりはありませんでしたね。一方、妻は三人姉妹で、妻の父は家の名字を残して欲しいと思っていました。

『じゃあ僕が妻の名字に変えます』と言うと、実の父親は驚いていました」

家系と名字。日本はその関係性に対する意識が未だ強い。夫婦別姓が認められれば、お互いの実家の名字を次世代に残すことができる可能性が高まるのではないだろうか。また、家系を存続させるためだけに、誰かが共に生きてきた名字を変える必要もなくなる。

ウィルソン麻菜さんは、両親も自分も日本国籍だ。外国籍の男性と結婚し、「ウィルソン」と名字を改めた。

「外国人と結婚する場合は、通常夫婦は別姓のままなんです。日本は国際結婚のみ夫婦別姓を認めていることになりますね。国際結婚で同じ名字にしたい場合は、婚姻届を出した後6カ月以内に名字を同一にする手続きをすれば、夫婦同姓が適用されます」

ウィルソンさんがあえて同姓を選んだ理由は何だったのだろうか。

「夫は日本に住む外国人。いくら日本語が話せて、仕事や友人がいても、どこかで孤独を感じているんじゃないかなと思っていたんです。

別姓を選んだ場合、私たちの子どもは日本国籍の親、つまり私の名字になります。それはなんだか、さみしいなあ、と。私自身、過去に両親の離婚で名字が変わっていたこともあり、そこまで名字に思い入れが強かったわけじゃないんです。だから、私が夫の名字に変えることにしました」

自分と名字のストーリー

各自の経験談を通し、名字に対する想いはそれぞれ異なっていても、個々の人生と深く絡んでいるということがわかってきた。

生まれたときから、当たり前のようにある名字。名字を変えたい、もしくは変えたくないという想い。「自分には関係ない」と思っていても、人生や家族の形が多様化している今の時代、すべての人に自分の名字と向き合わなければならない局面がやってくるだろう。

選択的夫婦別姓制度は、そんなときに自分の意志で生き方を選ぶ自由を与えてくれるものなのではないだろうか。

日本にとって新しい価値観とも言える選択的夫婦別姓。第2回では、実際に名字を変えてきた座談会のメンバーに、名字を「変えたくなかった」のか「変えて良かった」のか聞き、両方の側面から、選択肢を持つことの重要性を深掘りしていく。