長崎県五島列島、と聞いてどんな風景を思い浮かべるだろうか。

白い砂浜に、綺麗な海。マリンスポーツや釣りを楽しめる観光スポットとしても人気の場所。そんなイメージを頭の中に描いていた筆者だったが、島を歩き、人と話し、島の日常に触れるにつれ、当初のイメージはどんどん変化していった。

「ここ、五島列島には地産地消の営みがあります。都会から物資を調達しないと暮らしていけない島じゃない。自然豊かな島の恵み、人の営みが感じられる島だと思いますよ」

五島列島に移住をした人の言葉を思い出す。

この島の本当の魅力は、暮らしを営む人々にあるのではないだろうか。自分の目で確かめてみたい。島の人たちを訪ねる旅にでた。

貝津美里
人の想いを聴くのが大好物なライター。生き方/働き方をテーマに執筆します。出会う人に夢を聴きながら、世界一周の取材旅をするのが夢です。

クラフトビールを通じて、島の人と人をつなぐ

まず最初に訪ねたのは、東京から五島列島・福江島の西端、玉之浦に移住した春日宣親さん。『はしからぶるーいんぐ』という屋号でクラフトビール事業を営んでおり、色とりどりのクラフトビール缶に囲まれた店内は、まるで春日さんの夢を詰め込んだような空間だ。

東京を離れ、五島列島に移住をしようと思った理由を尋ねると子ども時代の経験が原点になっているという。

「キャンプやファームステイなど自然のなかで遊ぶのが大好きな少年でした。あのときのウキウキと心躍った気持ちは今でも覚えています。社会人になり都内に通勤するようになってからも、いつか自然豊かな場所で暮らしたいと思っていました」

一日の大半をビルに囲まれて過ごす日々はストレスに感じる部分が大きかったと吐露する。

具体的に移住先を検討していた最中、出会ったのが「五島列島」だった。

「テレビを見ていたとき、『国境離島』という言葉が耳に入って、あ〜島暮らしもいいなと思ったんです。正直、当時は五島列島がどこにあるのか位置も曖昧でしたが(笑)、実際に行ってみるとすごくよかった。

ビルの間に隠れて見れずにいた、山、海、空、雲、夕日……。毎日ちがう顔を見せてくれる美しい自然に心を掴まれました。ここには見逃したくない景色がたくさんあるんです」

特に春日さんの心を射止めたのが、玉之浦の湾内に映る鏡ばりの景色。

移住後は時間に縛られない生活をするため自身で事業を展開したいと思うように。浮かんだのが、クラフトビール事業だった。

「もともとビールが好きで、東京にいた頃もよくクラフトビール専門店に通っていたんです。ビールってその場にいる人と自然に仲良くなれる不思議な魅力を持っているんですよね。私自身、たまたまカウンターで隣に居合わせた人と『それ何番ですか?』『この味どうです?』と会話が広がり知り合いが増えていく経験を何度もしました。会社と自宅の行き来だけでは出会えなかった人と、肩書きや年齢に関係なくつながれる。そこが面白いところです」

楽しそうにクラフトビールの魅力を語る春日さん。移住後、島の人にも気軽に楽しんでほしいと、角打ちスタイルのクラフトビール専門店『BEER SHOP Mugi-Mari』をオープンさせた。またキッチンカーを走らせ野外イベントや個人宅のBBQなどに出店し、その場で生ビールが楽しめるサービスも開始。

「クラフトビールを通じて、人と人がつながる場をつくれたらと思うんです。例えば、移住者だけ、地元の人たちだけの交流になりがちなところも、ビールを囲めば誰とでも気さくに話せる。そんな場があってもいいのかなって」

以前は地ビール工場もあった福江島。島の素材を活かしたビールを造りたいと醸造所の計画も立ててはいるものの、さまざまなハードルを越えられずにいる。だが「いつかは五島でクラフトビール醸造所を作る」という想いは途絶えていない。

「日本の『西の端から』、クラフトビール文化を盛り上げていけたら。『はしからぶるーいんぐ』の屋号には、そんな願いが込められています。好きでやっていることが巡り巡って島のためにもなったらいいなと。クラフトビールを通じて若い世代や他県の人も巻き込み、五島列島を魅力ある島にしていきたいです」

島にある恵みを生かして暮らす、人生の楽しみ方

五島列島・福江島の最北端にある半泊。市内から車を30分ほど走らせたその場所には、こじんまりとした半泊湾を囲む自然豊かな風景が広がる。心休まる静けさと澄んだ空気が、心と身体を癒していくようだ。

この土地に一目惚れし、移住をした夫婦がいる。佐藤洋夫さん、昭子さんだ。半泊湾から汲み上げた海水で塩を作り『さとうのしお』を販売したり、宿泊施設『コテージ・スモーキー』を運営したりと、この土地ならではの仕事を丁寧に営む二人。

なぜ夫婦で五島列島・福江島の最北端に位置する半泊に移住を決めたのだろうか。聞くと、夫・洋夫さんの生き方が色濃く反映されているようだ。今回は洋夫さんに話を伺った。

「私はヨットが大好きだったんですよ。もっともレース派などではなく、ヨットに乗ってプカプカ浮いているのが好きな自然派ですね。 そのヨット好きが高じて、なんとかヨットに関わる仕事がしたいとチャーターヨットバケーションのメッカと言われるアメリカ領ヴァージン諸島セントトーマス島に移住したんです。それから14年半の島暮らしでした。五島列島には、終の住処を探そうと日本に帰国したときに見つけたんです。なのでここは、二度目の移住場所ですね」

わんぱく少年のように、にっこり笑って大冒険のような話を聞かせてくれた洋夫さん。

国境を越え、やりたいことに一途に突き進む佐藤さんの勢いに圧倒される。なぜ思い切った決断ができたのだろうか。不安や怖さはなかったのだろうか。

「もちろん不安がないと言ったら嘘になる。けど、それ以上に人生の最期になって、『あれやっておけばよかったな』と思いたくなかったんです。セントトーマス島での生活は、苦しいことやハプニングも数え切れないほどありました。本来のチャーターヨットブローカーとしての仕事がないときは、自分たちで日本人向けの旅行案内パンフレットを制作して、現地の会社に広告を載せてもらったり寿司レストランを開業したり。生きるためにあれこれ手を尽くして、昭子にも苦労をかけた部分もあったと思う。でも、あのまま夢を諦めていたら絶対後悔していたと思うし、行ってよかったですね」

筆者の頭でカリブ海の澄んだ海と、目の前に広がる美しい半泊湾がリンクした。少し前までは携帯電話の電波も入らなかったという半泊エリア。五島列島のなかでも僻地とも言えるこの地は、むしろ二人にとっては馴染みあるセントトーマス島に似た親近感を覚える場所だったのかもしれない。

「半泊に初めて来たとき、ここだってすぐにわかりました。肌に馴染むというか、水が合うというか。地元の人には、「半泊なんて山奥、住めないよ」って止められたんですが(笑)、私たちにとっては都会の喧騒から離れられてちょうどいいと感じましたし、丘からの眺めもどこかセントトーマス島を彷彿させるものがあって、すぐに気に入りましたね」

移住後、自然豊かな半泊の風土に合わせた楽しみ方を見つけていった二人。目の前が海だから海水を利用して塩を作ってみよう。自分たちの休憩小屋として建てたロッジを宿泊施設として活用してみよう。そんなアイデアから始まった商いは、この土地ならではの魅力を存分に発揮し、来る人の心を癒してくれる。

「ないなら、自分たちで作る。そんな精神があるのかもしれないですね。今あるものでいかに楽しく生きられるか。私たちはそうやって生きてきたけれど、五島列島にはそういう人が多いように思います。島にある恵みを最大限に生かして暮らす。自然と人の営みを共有できる。それが五島列島の何よりの魅力かもしれないですね」

島のものは、島で。地産地消の営みを次世代に残す

「島のもので十分豊かに暮らしていける環境を、次の世代にも残したかったんです。島での地産地消の営みを途絶えさせたくない。その気持ちだけで挑み続けました」

最後に話を伺ったのは、五島市商工会前会長の立石光徳さん。古来より五島列島に多く自生しているヤブツバキの花から『五島つばき酵母』を発見、活用し、地元企業と連携した五島列島産の焼酎、日本酒、ワイン、パンなどの商品開発を成功させた立役者だ。

今では、島内だけでなく県内外の人にも愛される『五島つばき酵母』を使った商品たち。そもそもなぜ、酵母の発見、活用に力を入れようと思ったのだろうか。そこには五島市商工会会長に就任したからこその想いがあった。

(写真素材:玉之浦椿|五島市 まるごとうより拝借)

「五島市商工会は、地元事業者や生産者を伴走しながら、地域の活性化・経済発展に取り組むのが使命です。会長に就任したからには、なにか地域に貢献できることはないか?と具体的な策を模索していました」

そこで目をつけたのが、島の銘産である「椿」。五島市が椿を活用した地域活性化に力を入れていたこともあり、商工会では椿の酵母を活用した五島列島の特産品を生み出せないかと取り組み始めた。

しかし事業は難航する。そもそも椿から酵母は採れるのか、採れたとしてどのように活用できるのかわからない。ひたすら全国各地あらゆる研究所を駆け回り、粘り強く酵母の可能性を探る日々が続いた。当時を立石さんはこう語る。

「試行錯誤の連続でした。研究機関に椿を持って行き、酵母の分析・培養を依頼しても『素人がそんな簡単にできることじゃない』と断られることも当たり前で、風当たりは強かったと思います。それくらい難易度の高いことに挑戦しているんだ、と食いしばっていましたね」

まさに茨の道だった『五島つばき酵母』での特産品づくり。それでも諦めなかったのには、譲れない想いがあった。

「地元企業や五島列島を元気づけたいという気持ちが、とにかく原動力でした。島は都会からの流通で暮らしが成り立つイメージを持つ人もいるかもしれませんが、五島列島は地産地消が可能な人の営みが続いている。私の願いは豊かな島を守り抜き、発展させていくことです」

そうした強い想いが引き寄せたのか、ご縁や偶然が重なり、酵母の分析に協力する研究所と巡り合うことに。結果、有用な酵母菌が6株発見され『五島つばき酵母』を仕込んだ商品開発が行われた。

(写真素材:五島の椿株式会社ホームページより拝借)

五島市のお米を使った日本酒『島楽(とうらく)』をはじめ、島の麦を使った焼酎、ワイン。他にも金沢鮮魚が製造・販売する魚醤『五島の醤油』や、島のパン屋さんにも『五島つばき酵母』が使われている。

「嬉しかった……!五島つばき酵母によって、島で採れた野菜、魚、穀物を、全国の人に知ってもらえる。地元事業者や生産者も活気づくし、消費者も地のものを楽しめる。まさに目指していた地域を代表する特産品を生み出すことができました。もう感無量です。これまでの努力が報われた瞬間でした」

2012年より『五島つばき酵母』事業を開始し、9年後。その取り組みは、新事業や産業創出に取り組む企業を支援する活動を評価する「イノベーションネットアワード2021」で農林水産大臣賞を受賞。全国的にも広く評価を得ている。

「島のものは、島で。その営みを途絶えさせたくないという気持ちは、次の世代に引き継げたかなと思いますね」