とある丘の上にある、ふしぎな一軒家。まるで絵本から飛び出してきたかのようなメルヘンな“おうち”は、「happy resin」というハンドメイド雑貨店だ。

ここでは作家のさえぐさ なつこさんと夫の寛さんが、レジン(樹脂)を用いたアクセサリーや雑貨を制作・販売している。

「レジン=アクセサリー」という既存のイメージにとらわれず、カバンやテーブル、シャンデリアなど身の回りのいろいろなものをレジンを使って表現してきたなつこさん。

メルヘンな作品についてお話を聞いていくと、なつこさんの作家としての使命感や作品の背後に隠れている死生観が明らかになった。

徳永ヒロキ
早稲田大学4年生(休学中)。「あなたの世界観を変えるクリエイターを」をテーマに、取材記事を執筆しています。

ハンドメイドの魅力

数年前「ハンドメイド」という言葉がブームとなり、主婦層を中心にアクセサリーや雑貨を作る人が急増した。メルカリやminneなどのハンドメイド雑貨を売買できるプラットフォームが広まったことで、作るだけでなく、多くの人々がハンドメイド作品を気軽に売買することもできるようになったこともきっかけのひとつだ。

 

しかし私は、ハンドメイド作家と買い手のやり取りを見て心苦しく思っていた。なぜなら多くの買い手の関心ごとは、つくりての想いではなく、もっぱら見た目の気に入った作品を安く買うことであるかのように、私には見えていたからだ。

 

値下げ交渉はあたりまえのようにあるし、中には「ぼったくりだ」などと批判をぶつけて争いになっている場面も少なくない。ハンドメイドの一番の良さは、作品を通してつくりての想いを知れることだと思っていた私。せっかくつくりてが工夫を凝らして作品にこめた想いが、買い手に届かないこともあると知り、私はやりきれない気持ちになっていた。

 

作品からこぼれ落ちてしまったハンドメイド作家の想いを聞きたい、拾い上げたいと思っていたとき、インターネットでこのレジン作品に出会った。

レジンで作られたテーブルだ。花、お皿や手紙(ポストカード)など、いろいろなものがテーブルの天板に閉じこめられている。レジンを扱うハンドメイド作家のなかで、テーブルまで作る人がいるとは驚きだった。なぜテーブルを作ったのだろう。ここに閉じこめられた物には、どんな意味があるのだろう。私は、この作品に込められた想いを聞いてみたくなった。

 

ここで、ある仮説が思い浮かんだ。

 

つくりての想いを知れば、作品は買い手にとってさらに大事なものになり、それがあたりまえになれば、ハンドメイド業界はつくりて・買い手の両方にとって、居心地のいい場所になるのではないか。

 

このレジンのテーブルに込められた想いを聞くことで、自分自身にどのような変化が起こるのか。レジン作家のさえぐさなつこさん(以下、なつこさん)と、夫の寛さんのショップ兼住居である“happy resin”を訪ねた。

命を削ったテーブルづくり

お店のなかは別世界だった。レジンで作られたメルヘンな作品たちに囲まれて、まるでおとぎ話の世界に入りこんだような気持ちになる。並んでいるのは時計やスマホケース、かばんに至るまでのさまざまな作品だ。

 

個性的な作品のなかでもひときわ目を引くのが、私がなつこさんを知るきっかけとなったレジンで作られたテーブルの天板。「はなのある食卓」という作品だ。

幅100cm、奥行60cm、5㎝ほどの厚みがある巨大な天板のなかには、食器、文房具やドライフラワーなどが重層的に閉じこめられ、まるでなつこさんの大事なものを閉じこめた“宝箱”のよう。テーブルを作る工程はとても大変でしたが、それ以上に楽しかったです、となつこさんは語る。

 

主剤と硬化剤と呼ばれる2種類の液体を決められた比率で混ぜる。化学反応で硬化する二液性樹脂(レジン)を型に流し込む。閉じ込めたいものを入れてから硬化まで2、3日。この作業を何度も繰り返す。

 

事前に1か月ほど費やして設計図はおおよそ決め、中に入れるものの加工は済ませていたので、あとは入れた花びらが動いたり、気泡や虫が入ったりしないように、レジンが固まるまで数時間おきに見守っていました。

 

この作業をテーブルとして中に閉じ込めたいものをすべてレジンの中におさめるのに3ヶ月ほど繰り返して、ようやく完成する。

 

また制作に用いる二液性樹脂には、有機溶剤が含まれていて刺激の強い臭いがあり、さらには体にあまりよくない物質も含まれているので、防毒マスクをしていても毎日ぐったりするほど大変で命を削っているような感覚だったという。

 

全身全霊でテーブルに向き合う日々。どうしてなつこさんは命を削るような思いをしてまで、このテーブルを作ろうと思ったのか。

 

レジン作家としての使命感

山間の小さな村で育ったなつこさん。幼少期から、時間があれば紙粘土の人形や、ドールハウスを作ったり、自分の世界観を形にするものづくりに親しんできた。レジンに出会ってからは、カバンやアクセサリーなど身の回りのものをレジンで作ってみたい、という“自己満足”のためにレジンで作ることのできる物の可能性を追求してきた。

 

レジン作家として作品を販売し、レジン教室を開くなど精力的に活動してきたなつこさんに転機となったのは、お店を訪れた男性客との出会い。

 

その方はレジンの時計を見て、感動して涙を流しておられたんです。そのお姿を見て、私は“人を感動させるものづくり”がしたかったんだと、気づくことができました。

 

人を感動させるものづくり。それまで自分のために創作をおこなってきたなつこさんにとって、新たな創作の軸がはっきりしたできごとだった。

 

また、テーブルに閉じこめられているお皿にも、創作の動機が宿っている。

このお皿はアンティークで、100年ほど前に作られたものなんです。それが海外のいろいろな人の手を渡って、戦争も乗り越えて、ご縁があって私のところにやって来ました。せっかく私のところに来てくれたからには、レジンのなかで新たな形としてずっと残っていてほしいです。

 

そして私が亡くなっても、この作品のお皿たちが割れずに残って、これを手にした後世の人を感動させるようなものになれば嬉しいと思い、この作品を作りました。

 

なつこさんの想いを知ってから改めて作品を見ると、同じものでも感じ方が変わった。最初はテーブルの見た目の美しさに惹かれていたけれど、それに加えて、そこにこめられた想いが作品をより味わい深いものにしている。

今、ここに生きている

「今、ここに生きている」という作品も、なつこさんの強い想いがこめられた作品だ。額縁の中にレジンでものが閉じこめられていて、絵画のようでもあり窓のようでもある。いわばアンティークの“額縁窓”。全体がバラのドライフラワーやアンティークレースなどで、セピア調に彩られている。

 

中心には、花冠を作る子どもたちと動物の絵。ブランド名「happy resin」をテーマに、デザイナーに描いてもらったというその絵の周囲だけは、生花に近い鮮やかな色合いの花で囲まれていて、”今、この場所、この時”を思わせる。

なつこさんが「今、ここに生きている」を作った背景にあるのは2つの「生と死」。

 

私の祖母と、主人の父が立て続けに亡くなりました。最期、意識がないはずのお義父さんが一粒の涙を流して天国へ旅立ったのを見て、生と死についていろいろ考えることがありました。

 

生と死について深く考えていったあとに浮かび上がってくる、”今、ここに生きている”感覚。なつこさんにとって、この作品を作ることは”悲しみを克服する”ことでもあった。

 

そして、もうひとつの経験は不妊治療。

 

治療の影響で布団から出られない日々が続き、体力的にも精神的にもしんどかったです。

 

数か月も前からたくさんの薬や注射でコントロールします。しかし、どれだけおぜん立てしてもダメなときはダメで、生まれてくることができない命がある。生まれるというのはとても大変で、奇跡が重なっていることなんだと身に染みて思うようになりました。

 

今、こうやって自分がここに生きていることこそ奇跡なのだと身をもって実感しました。

 

だからこそ後悔のないように、好きなように生きよう。好きな作品を作って、好きなところを作って住もう、と三枝さん夫妻は決心するに至ったのだった。

ツバメたちの、happy resin

レジンの可能性を追求し、独自の世界観をこめた作品の数々。個展の開催など、精力的に活動してきたなつこさんに、今後の目標を聞いた。

 

これからはもっとインテリアにまつわるいろいろなレジン作品を作っていき、増やしていきたいです。そして、この「おうちアトリエ」のなかを徐々に自分の描いていた想像に近づけていきたい。好きなものを閉じ込めたレジンですべての部屋を大好きな空間に彩り、私の好きな世界を表現しレジンで満たされた館(やかた)”を完成させたいんです。

 

(館のイメージイラスト illustrationⒸKrimgen )

 

ここを訪れてくださるかたが、普段のあわただしい日常を少し忘れて、いつもと違うレジンの世界に浸ったり、ほっと一息安らげるような空間として、ココロ癒されるような居場所、思い描いている空間を死ぬまでにすべて完成させることが目標です。

 

なつこさんが「おうちアトリエ」と呼ぶショップ兼住居も、今を後悔のないように生きようという思いから、なつこさんのアイデアをもとに建てられた。規模的にも想いの大きさ的にも、なつこさんの最大の作品と言えるだろう。

resinのシンボルである3匹のツバメは、お店を訪れてくださるお客さんを表しているという。

 

ツバメは幸せを運んでくると言われているようにお客様からたくさんの幸せをいただいています。

 

お客さんがしあわせの青い花をもってお店に遊びにきて(=右のツバメ)、その想いの詰まったお花を使って私たちは制作し、レジンの作品を身に着けてまたどこかへ旅立っていく(=真ん中のツバメ、左のツバメ)。

 

このお店は、ツバメたちにとっての水飲み場のような場所。私にはそう感じられた。ツバメたちはなつこさんが作り出す世界観に浸り、癒され、日常に戻っていく。これからもなつこさんは、来たるべき新たなツバメたちのために、ここでレジンにものを閉じこめて、後世に残していく。

取材を終えて

私がhappy resinで購入した「ピーナッツおじさん」。取材前から見た目のシュールさに惹かれて購入したいと思っていた作品だ。

 

最初はただ見た目に惹かれていただけだったけど、取材を経て、なつこさんの価値観や作品にこめる想いを伺ったあとは、ピーナッツおじさんは私にとってただの商品ではなくなった。そこにこめられたなつこさんの想いまで、一緒にずっと大切にしようと思うようになったのだ。

 

つくりての想いが買う人に届いて、買う人の想いがつくりてに届くことがあたりまえのハンドメイド業界になってほしい。つくりての想いが私のような買い手を刺激し、何か行動を起こさせるかもしれない。

 

私のピーナッツおじさんを見る目が変わったように、つくりての話を聞くことで買い手のなかでも変化が起きるはずなのだ。そして逆に買い手の想いがつくりてを刺激し、新たな創作意欲を生み出させることだってあるかもしれない。

 

そのために私ができることは、つくりての想いをこぼさないように素敵な作品と重ね合わせて文章にして、より多くの人に届けること。もし私が書く記事がきっかけで、つくりてと買い手の心通わすコミュニケーションが生まれたら。これほど嬉しいことはない。