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北海道民「あるある」飲料!-ゲン担ぎの定番「カツゲン」は戦争生まれだった!?

北海道の受験生やスポーツ選手などが、「ここ一番のゲン担ぎ」に飲むもの……それが、「ソフトカツゲン」(製造・雪印メグミルク株式会社)という乳酸菌飲料。この「カツゲン」が「勝源」という語呂合わせで、ゲン担ぎに良いといわれていて、2005年(平成17年)には日本ミルクコミュニティ株式会社(当時)札幌工場の見学コース内に「勝源神社」を建立したほど。牛乳よりも若干色と甘酸っぱさが強い飲み口すっきりの飲み物で、筆者も愛飲しています。

今回はこの「カツゲン」について、雪印メグミルク株式会社広報担当者にお話を伺いました。

 

飲み口すっきり

 

実はこの「カツゲン」、北海道限定で販売されています。その理由は、「カツゲン」のもとになった、ある飲み物の製造秘話に由来するのです。

 

時は昭和初期、世界は第一次世界大戦を終えたばかりで、いたるところで戦火がくすぶっていました。もちろん、ここ日本も例外ではなく、満州事変・日中戦争・太平洋戦争といういわゆる「十五年戦争」に突入していく時期です。そのような折、軍部は進軍に伴い酷暑の中将兵の飲料水が不足してしまい、生水では伝染病にかかる恐れがあることから、煮沸した飲み物を要請、北海道製酪販売組合連合会が乳酸菌飲料の整腸効果を説明したところ、生産・納入が決定しました。

 

その飲み物は「活素」(「活」は「勝」に通じ、「素」は「牛乳のもと」という意味)と名付けられ、中国・上海工場で1938年(昭和13年)7月から製造をスタートしました。その後、札幌・函館・狩太(現ニセコ)・大阪で生産・販売されました。このように、「カツゲン」のもとになった「活素」が、北海道を中心に販売されていたのです。

 

 これが元祖「カツゲン」(雪印メグミルク提供)

 

そして終戦。北海道酪農共同株式会社となっていた北海道製酪販売組合連合会は「過度経済力集中排除法」の指定を受け、雪印乳業株式会社(のちの雪印メグミルク)と北海道バターに分割されました。その雪印乳業が、1956年(昭和31年)に「活素」をベースにした「雪印カツゲン」(瓶入り40mlと80mlの2種類)発売、1979年(昭和54年)に中身の改良を加え、「ソフトカツゲン」(紙パックへ変更)として、現在のような甘み・酸味をマイルドにした“がぶ飲みできる乳酸菌飲料”に生まれ変わりました。

 

フレーバーカツゲンも販売

 

現在では、ベーシックな「カツゲン」に加え、コンビニエンスストアの台頭に合わせて2002年(平成14年)からフレーバーカツゲン(500ml・1000ml)を季節展開で販売、これまでに50種類以上の「カツゲン」が販売されています。

 

実は、「カツゲン」は北海道だけではなく、関西で販売されていたこともあるのですが、「カツゲン」独特の濃い甘酸っぱさが薄味文化の関西にはなじまなかったことから、北海道限定の飲料となったという経緯もあります。

 

 勝源神社(雪印メグミルク提供)

 

戦後70年を迎える今年、「ぶどうカツゲン」(500ml)が9月15日・火曜日から、「みかんカツゲン」(1000ml)が9月22日・火曜日から、期間限定で発売されます(もちろん北海道限定)。「ぶどうカツゲン」のパッケージにはカツゲンの歴史や商品名の由来など「カツゲンの豆知識」ひとくちメモを、「みかんカツゲン」のパッケージには「勝源神社」の紹介や切り取って使用できる「お守り」がついています。

 

日本のために戦った先人たちの喉を潤わせた「活素」がもとになっている「カツゲン」は、時を超えて北海道民を元気にしてくれています。