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北海道「室蘭やきとり」のヒミツ B級グルメと戦争の意外な関係

皆さん、突然ですが焼き鳥はお好きですか?

 

この度、北海道から「戦後70年の“知らなかった”」を届けていくことになりました、橋場了吾と申します。1975年・札幌市生まれ、札幌在住で北海道観光マスターの資格も持っています。北海道×戦後70年をテーマに、まだまだ知られていないエピソードを発掘していきますので、何卒よろしくお願いします。

 

第1回目の今回は、室蘭市のB級グルメのお話です。

 

 

焼き鳥なのに豚肉!?な「室蘭やきとり」

 

普通、焼き鳥というと、その字の如く鶏肉と長ねぎが交互に串に刺さった状態を想像されると思いますが、北海道の南にある鉄鋼業の街・室蘭市の「やきとり」は一味もふた味も違います。

 

室蘭の焼き鳥は、豚肉と玉ねぎが交互に串に刺さり、付け合わせには洋辛子が用意されます。この独特のスタイルは北海道では有名で、「室蘭やきとり」というブランドの認知度も年々アップしています。

 

実際に室蘭市内の焼き鳥屋の数は他の市町村の比ではなく、室蘭にある焼き鳥屋(専門店)は、55店ほどといわれています。人口1万人当たりに換算すると6.4店……全国的にも稀なほど高い数値を誇っています。また、専門店以外も含めると、「室蘭やきとり」を提供しているお店は百数十店にも上ります。

 

居酒屋でも「室蘭やきとり」は人気のメニューになっていて、仕事帰りに、家族だんらんのひと時に、職場・家族のコミュニケーションの中心には、「室蘭やきとり」があるのです。ちなみに北海道で次に焼き鳥が盛んな街は美唄市の4.1店で、鶏のモツを使用する「美唄焼き鳥」が浸透していることも伺わせます。

 

焼き鳥がコミュニケーションツールに

 

 

鉄鋼の街、室蘭が「豚のやきとり」を生んだ

 

しかし、なぜ室蘭では焼き鳥に豚肉を使用するようになったのでしょうか?それは鉄鋼業の街ならではの、戦時中のエピソードがきっかけといわれています。

 

室蘭で製鉄業が始まったのは、今から100年以上前になります。そして、2015年の今でも北海道内でここまで大きな工場が集まっている街は室蘭だけなのです。その工場を上から眺められるというすり鉢状の土地の形状も貴重で、その工場夜景の美しさは「日本五大向上夜景」(室蘭の他、川崎・四日市・周南・北九州)にも選ばれているほど。

 

工場群の中を通る白鳥大橋もライトアップされますし、一番強い輝きを放つJX日鉱日石エネルギーの工場は24時間稼働しているため、観光客向けのライトアップではなく、工員の安全確保のための光が工場夜景になっています。

 

日本五大工場夜景に数えられる室蘭

 

現在もなおここまでの工場が残る室蘭が、戦時中も重宝されたことは想像に難くありません。実は室蘭には、民間で最新鋭高射砲を生産できる国内唯一の工場があったために、戦時中は重要攻撃対象になっていたのです。実際、北海道における空襲では1945年7月の空襲・艦砲射撃により860発の砲弾が街を襲い、436人が死亡・49人が重軽傷を負ったということです。

 

このような状況だったことから、1937年から始まった日中戦争の時代には食糧増産のため養豚が奨励されました。そして2年後の1939年からは、豚の皮を軍靴に使用することからさらに養豚が盛んになり、室蘭では豚の皮と精肉(大消費地に渡ってしまう)以外の食糧化の許可が出て、屋台などで豚の内臓(モツ)が売られるようになり、野鳥の串焼きとともに販売されたことから現在の「室蘭焼き鳥」につながったといわれているのです。

 

しかも、もともと室蘭は製鉄業が盛んであったことから、その工員たちの作業靴や手袋・帽子にも豚の皮が使用されており、食の素材として豚を有効活用していたということも、「室蘭やきとり」が伝統化していく一因となったようです。

※現在は精肉を使用しています。

 

ちなみに豚肉に挟まれる野菜に玉ねぎが使用されたのは、「北海道で手に入れやすく安い」「豚との相性が良い」という理由が一般的です。つけあわせの洋辛子については、「室蘭やきとり」を出していた屋台で元々の提供メニューだった、おでんなどの付け合わせをそのまま使った、など諸説あるようです。

 

このように、戦時中の胃袋を満たすための知恵が現在の「室蘭やきとり」の隆盛を築いたともいえます。戦争という悲惨な体験の中で生きる希望を見失わず、現代に命のバトンを渡してくれた人たちがいたことを忘れてはいけません。

 

※今回の記事は、仲嶋憲一・室蘭観光協会事務局長に伺ったお話をもとに構成しました。

 

事務局長・仲嶋憲一さん

 

ライター:橋場了吾 (「REAL MUSIC NAKED」編集長)

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橋場了吾 Ryogo Hashiba

北海道観光マスター

1975年、北海道札幌市生まれ。 2008年、株式会社アールアンドアールを設立。音楽・観光を中心にさまざまなインタビュー取材・ライティングを手掛ける。 音楽情報WEBマガジン「REAL MUSIC NAKED」編集長、アコースティック音楽イベント「REAL MUSIC VILLAGE」主宰。 http://sapporo-mn.jugem.jp/