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戦争に負けたらたばこが進む!? 戦後ニッポンたばこ事情(前編)

きっかけは祖父(当時91)との会話でした。

 

私「じいちゃんはどうしてたばこば吸い始めたと?」

 

祖父「戦争に負けたけん。」

 

私「なるほど。」

 

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▲写真:祖父と筆者

 

 

私の祖父は、ずっと1日2箱を吸うヘビースモーカー。(好んでいた銘柄は「チェリー」、現在は廃版。)

 

最近でこそ禁煙の風潮が強まっているものの、人類の歴史と共にあったたばこ。戦争に負けたやりきれない気持ち、その受け皿としてたばこを選んだ人は当時私の祖父以外にも大勢いたんじゃなかろうか?そんな想像から戦後のたばこ事情について調べるため、「日本たばこ産業(JT)」さんを訪ねてみました。

 

 

「戦時中はたばこを買うことが“応援”だった。」

 

早速、冒頭の事実を教えてくれたのは「たばこと塩の博物館」の鎮目良文さん。好きな銘柄は「ハイライト・メンソール」だそう。

 

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― 早速ですが、戦時中のたばこ事情ってやはり「贅沢品」のような肩身の狭い扱いだったんですか?

 

鎮目:いえ一概にそういうわけでもなくて、逆に戦時中はたばこの存在感が強くなったんです。特に昭和12年~17年頃というのは、「慰問たばこ」という形で、出征する兵隊さんに対して故郷の風景や女性の写真を印刷したカードをつけてたばこを贈る、という行為も流行していたんです。そもそもたばこは当時の大蔵省が扱っていた商品だったので、売上はイコール税金のようなもの。たばこを買うこと自体が国への貢献だったわけなんですね。

 

慰問煙草

 

 

 

慰問カード3

 

 

 

ただ、昭和19年以降は人手不足、物資不足でだんだんとたばこをつくることができなくなっていったんです。

 

― 人手不足ですか

 

鎮目:はい。当時たばこは国内で生産していましたから、働き手が兵隊に取られることで、葉たばこの育成、刈り取り、乾燥、そしてシガレットの製造と、全ての分野で人が足りなくなり、当然生産量が少なくなってしまったんです。また、制空権を取られてしまった戦争末期には、空襲で都市部が被害を受けてしまったのに伴って、東京にあった業平工場などたばこ工場の多くが壊滅してしまいました。

 

 

「シケモク」の秘密

 

 

鎮目:戦時中のたばこってどのように吸われてたか知ってますか?

 

― いいえ。

 

鎮目:たばこは戦争末期、配給制になったのですが、工場が壊滅してパッケージングできないものですから、刻みたばこを粗末な紙に包んで、それをたばこ屋さんが配っていたんです。配られた側は、陶器のキセルや自分で紙で巻いて吸う、ということをやっていたので、とても大事な一本だったわけですね。

 

― なるほど・・・。

 

鎮目:あと、戦時中の吸い方といえば、「シケモク」(※1)ってわかりますか?

 

― はい。(ヨロシク仮面(※2)…)

 

鎮目:あれも、戦時中の吸い方からきているんです。当時はフィルターはなく、紙で巻いただけの「両切りたばこ」が中心だったので、ちょうど指で押さえる部分に葉が残ったまま捨ててしまうんですね。その捨てられた葉を集めて巻き直すという、当時のものが足りない中での知恵だったんです。

 

― シケモクという呼び方が失礼に感じるエピソードですね。

 

 

戦後、日本人はアメリカたばこに国力差を実感した

 

 

鎮目:終戦後入ってきたWinston、LUCKY STRIKEといったアメリカのたばこは、2つの衝撃を日本の喫煙者たちにもたらしました。1つは、「これは戦争に負けるわけだ」というショックです。

 

先ほど挙げたような海外銘柄のたばこというのは、色がとても鮮やかだったんですね。対して、日本のたばこは戦中どんどん色を失っていっていた。なぜなら、金や銀といった色の印刷インキには、金属が使われていましたが、戦争が長期化するにつれて、そうした金属もどんどん軍事用に回されていったんです。

 

戦前人気だった銘柄に「光」というのがありましたが、金色が黄色に変わり、さらに1色だけになるといったように、どんどん色を失ってしまいました。(写真下)このように戦争が進むにつれ、色を失っていった日本のたばこに比べ、アメリカはまったく惜しむことなく色を使うことができた。当時の喫煙者たちはこれを見た瞬間に圧倒的な国力の差を痛感したんですね。

 

光1 光2 光3

 

 

― それはものすごくわかりやすいですね。そして2つ目の衝撃とは?

 

鎮目:2つ目は、「カッコイイ!」という衝撃です。先ほど話したように日本のたばこから色が失われ、配給では「パッケージ」すらなかった時代ですから、それはそれは大きな衝撃でした。和田誠さん(※3)など、戦後活躍したデザイナーにも影響を与えたと聞いています。

 

そして国産たばことして初めて「グラフィックデザイン」の概念を持って生まれたのが、これからお話する「Peace」です。

 

― おおっ!つながってきましたね…!

 

鎮目:はい。ちなみに、最初の「Peace」は今の「Peace」ではなかったんです。

 

― えっ?

 

後編に続く。

 

【鎮目良文さんプロフィール】

1975年生まれ。中央大学大学院日本史学専攻博士課程後期単位取得退学。専門は日本近現代史。千葉県文書館を経て、2003年より現職。著書に『たばこパッケージクロニクル』(イカロス出版、2008年刊行)など。

 

※1:シケモク・・・火を消したたばこの吸殻のこと。「湿気たモク(たばこ)」のこと。

※2:ヨロシク仮面・・・コミック『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!マサルさん』(集英社)に登場する特撮ヒーロー。シケモク拾いに取り組んでいる。

※3:和田誠・・・1936年生まれの日本のデザイナー/イラストレーター/映画監督。1960年、国産タバコ「ハイライト」のデザインコンペに入賞。妻は料理研究家の平野レミさん、息子はTRICERATOPSの和田唱さん。