岡山 史興
70Seeds編集長。「できごとのじぶんごと化」をミッションに、世の中のさまざまな「編集」に取り組んでいます。

「たばこと塩の博物館」学芸員の鎮目さんに、戦時中のたばこ事情を教えてもらった前編。戦後やってきたアメリカたばこの衝撃から、話題は戦後すぐの1946年に発売された「Peace」へ。

         

「Peace」は日本初の消費者コラボ商品だった

鎮目:「Peace」、ご存知ですよね?

‐はい。

鎮目:「Peace」って昭和21年に発売されたんですが、実はその他の候補に「New World」があったんです。

‐これまた全然イメージ違いますね。

鎮目:「Peace」は戦後、配給制が続くなか、「自由販売品」として売り出すため、消費者の方々から名称やデザインを募集した最初のたばこなんです。

懸賞公募で集まった1位は「New World」(新世界)だったんですが、結局商品化されたのは2位の「Peace」になりました。

‐「New World」じゃだめだったんですか?

鎮目:デザインがイマイチだったそうです。

‐そうですか。

     

行列ができるたばこ屋

鎮目:これを見てください。

12【文京区小石川:広瀬商店S.21】

‐おお、すごい行列ですね!

鎮目:先ほど配給制の話をしましたが、戦後も品不足が続き、昭和25年まで続けられていました。

国の管理下で販売が制限されていましたから、たばこ好きな人にとっては足りず、自由販売品だった「Peace」はどこでも品薄になっていました。

この写真の行列は、たばこの入荷日ごとにあちこちのたばこ屋で見られた風景だったんです。

‐それだけ自由販売品のたばこは貴重だったということでしょうか。味の違いなんかもあったんですか?

鎮目:そうですね。「Peace」は「自由販売だからこそいいたばこをつくろう!」という当時の主力商品でした。

海外たばこに負けないよう、バージニア葉というたばこ葉を使ったりもしていたんです。

       

「デザイン」を教えにきたらたばこをデザインすることになった

鎮目:とは言うものの、たばこの味って実はパッケージにかなり左右されるんですよ。

‐あぁ…!わかります!

鎮目:どんなに美味しいたばこをつくっても、パッケージが悪いと消費者の方には味がついてこないんです。

それは先ほど話したアメリカたばこの「カッコよさ」にも通じるところです。

そんな「デザイン」の考え方が日本で生まれるきっかけになったのが今の「Peace」のデザインだったんですね。

‐確か「Peace」は外国人デザイナーが手がけたとか。

鎮目:そうなんです。当時日本に招かれて「デザイン」全般の指導にあたっていたレイモンド・ローウィ(※1)という人物がいたのですが、彼は「資源がない日本は輸出で稼がなくてはならない。

粗悪品や海外のマネは製品価値を下げる」というような話をしていました。

その中で日本専売公社にも立ち寄り、たばこのデザインについても1つ1つ確認し、意見してくれました。

それに感銘を受けた当時の総裁が、その場で「Peace」のリニューアルデザインを依頼することに決定したんです。

ローウィ ‐営業上手だったんですね。

鎮目:彼にとってはまさにプレゼンの場だったわけですね。

           

日本人にマーケティングをもたらした「Peace

鎮目:「Peace」のデザインにあたり、ローウィは「それぞれの国の風土によって求められるものが違う。

Lucky Strikeはアメリカだから人気があるのであって、日本ではもっと違うものが求められるのではないか。」という話をしました。

これはまさにマーケティングの考え方ですよね。「消費者が求めるものをつくる」という発想が、当時の日本ではまだ浸透していなかったんです。

‐なるほど。

鎮目:そうしてローウィが作ってきたデザインは9案あり、それぞれの案について「これはこういう消費者に向けたデザイン」ということを説明していったんですね。

これも、「偉いデザイナーにお願いしてできた1案をそのまま使う」ということが当たり前だった当時の日本では異例のことでした。

ローウィデザイン案 ‐当時の情景が目に浮かびます。

鎮目:とは言え、ローウィとしても本命のデザインがあるわけです。現在のデザイン・コンペと同じですよね。

それが現在に続く「ピース紺」のデザインなのですが、この色を説明するのに「これは海外では売れない」という説明の仕方をしました。

‐それもユニークな切り方ですね。

鎮目:海外の人にとって紺、紫という色は「死者の色」なんです。

ですがローウィは京都見物などを通じてこの色が日本人にとって「高貴な色」であることを学んでいた。

そこにさらに「金色」を差していくことで「日本人に刺さるパッケージ」を考案したのです。海外との感覚のギャップによって逆に「日本らしさ」を実現したというわけですね。

‐なるほど…!

鎮目:そしてこの「ピース紺」という色は当時の日本にはなかった色だったので、完全にオリジナルでつくっていったんです。

今も多くの人々に「これぞ、たばこ」として親しまれていますが、まさに「日本人のために作られた」たばこだったんです。

‐感動してきました。

鎮目:この「Peace」によって、日本に「デザイン」や「マーケティング」という概念が改めてもたらされ、「デザイナー」という職業が一般的になっていったんですよ。

   

たばこのデザインは一生モノ

鎮目:たばこというのは、味、パッケージはもちろん、どんなときに吸っていたか、どんな出会い方をしたかなど吸われる方ひとりひとりにとって、いろいろなイメージをもたれるため、研究するにも、こうしてお話しするにも様々な切り口があるんです。

そして、お客様の中では変えられない、ずっと続いていくイメージもあるため、パッケージデザインというのはとても大切なものなんです。

‐だからこそ、「日本人のために」を追求して生まれた「Peace」が今も変わらず残っているんですね。 OLYMPUS DIGITAL CAMERA

鎮目:元々「Peace」が公募で選ばれた名前だという話をしましたが、これもやはり当時の人々が込めた想いが詰まっていると思うんです。

本来1位だった「New World」もそうです。戦争が終わり、これから切り開いていく新世界、やっと訪れた平和。

そんな思いを汲み取ったのが、パッケージに記されている「オリーブを加えたハト」ですよね。「ノアの方舟」の話で、嵐が去ったことを伝えに来る、平和の象徴…。

‐そう考えると、ひとつのパッケージデザインにも大きな願いや意味が込められているとよくわかります。

鎮目:ひとりひとり違うものを求めている、という消費の大前提があると思いますが、たばこにおいては、味の感じ方は、その時の心の状態や体調によって違いますし、いつ、どのタイミングで、ということも非常に重要な要素となります。

「Peace」に限らず、お客様個々にとって大事なたばこがある、ということは、たばこというモノのとても大切な要素だと思います。

‐ありがとうございました。

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たばこの銘柄に秘められた壮大なストーリー。普段何気なく吸っていたたばこ、これからはもっと心を込めて吸おう、そう思うのでした。(たばこは二十歳になってから。)

※1:レイモンド・ローウィ・・・

(Raymond Loewy 、1893年—1986年)は、パリ出身のデザイナーで、第一次世界大戦後の1919年にニューヨークに渡って以降、主にアメリカ合衆国で活動し、インダストリアルデザインの草分けとして知られる。「口紅から機関車まで」と言われるように幅広い分野のデザインを手がけた。

日本には、1951年に来日し、日本専売公社のほか多くの企業・団体から招待され、そこでデザインの重要性を説いて回った。