緑豊かな山間に見えるのは、群青色がどこまでも続く大きな海。澄み切った青空には雲が、のんびりと海を漂っている。

長崎県五島列島は、魚が豊かに育つ全国屈指の好漁場だ。地元で捕れた魚をいただくと、ぷりっと引き締まった身と濃い旨味が口の中でとろけ、「魚の聖地」と呼ばれる理由がよくわかる。

「でも実は、五島の海で魚が捕れなくなっているんです。漁師は子どもに継がせたくないと言っている。今、アクションを起こさないと......。70年後に豊かな海は残せない」

危機感を募らせながらも、やわらかな口調で海の現実を教えてくれたのは、五島列島でSDGsの取り組みに力を入れる鮮魚店『金沢鮮魚』代表の金澤竜司さん。

今、海でなにが起きているのか。「海も人も豊かな循環をつくる」と使命を掲げた背景と、次の世代につなげたい想いを語ってくれた。

貝津美里
人の想いを聴くのが大好物なライター。生き方/働き方をテーマに執筆します。出会う人に夢を聴きながら、世界一周の取材旅をするのが夢です。

幼い頃の豊かな海は、どこへ…。

「小さいときはね、裸足で海へ駆けて行って日が暮れるまで帰ってこない、夢中になって遊んでいたよ。40年くらい前は、サザエや海藻もいっぱいあってね」

楽しそうに少年時代の思い出を教えてくれた金澤さん。五島市・福江島生まれ。父親が鮮魚店を営んでいたこともあり、海への想いは人一倍つよいと、にこやかに話す。

生まれたときからずっと見てきた、豊かな五島の海。その異変に気づきはじめたのは、家業の鮮魚店を継いでからだという。

「20~30年くらい前からかな。だんだん、魚が捕れない、海藻が生えない場所が増えてね。ここ10年で急激に悪化しているんですよ」

少年時代、夢中になって生き物を探した海が、消えつつあるというのだ。なぜそのような事態を招いてしまっているのだろうか。海の変化を誰よりも肌で感じている金澤さんは、静かな口ぶりで続けた。

「昔は、魚を食べる分だけ捕っていたんだよね。一本釣りで、釣った魚を綺麗に扱って大事に食べてた。でもだんだん目先の利益だけを追い求めるようになってね。巻き網や底引網で、魚を根こそぎ捕る漁法が増えた。あるもんは全部捕ってしまえ!ってね」

底引網は、地面ごとえぐって魚を捕るというから驚く。そうして環境に負荷をかけながら、大量に魚を捕り、安く売る市場が徐々にできあがっていったのだ。だが、漁師や漁業関係者の収入が上がるのは一時的なものだと金澤さんは言う。

「流通のバランスが崩れるでしょ。過剰に捕りすぎると魚は余る。売れ残った魚はさらに安く売られる。消費者は、安い魚しか買わなくなる。その間にも、海の資源は失われ、だんだんと魚は捕れなくなる」

「悪循環の先にあるのは、魚のいない海と漁師さんが食べていけなくなるという末路なんです。昔は五島近海にも、全国から一本釣りのマグロ漁が来ていたんだけど、網で大量に捕っちゃうから……。マグロもいなくなってしまったね」

筆者は、後頭部をゴンッと殴られたような気持ちになった。都会で、安い、美味い!とほお張っていた魚は、本当に安くて良いのか。考えたこともなかったからだ。

豊かな海がなくなりつつある要因は、もちろんそれだけではないと金澤さんは続ける。

「ビニール袋や発泡スチロールはたしかに便利だよね。でもきちんと処理をされずに、山や海、川に放置されているゴミはたくさんある。暮らしが便利になるにつれ、しわ寄せが海・山にきているんだよね。海と山は、水を介してつながっているから。山が汚れれば海も汚れてしまう」

人が生活をするなかで排出された、生活排水や、プラスチックゴミ。それらが意図せずとも海や山に流れつくことで、何十年と月日をかけ、じわり、じわり、着実に自然は壊されているのだ。

海も人も豊かな循環をつくる。使命を掲げた鮮魚店

「子どもに漁師を継いでほしい、と言う漁師は100人いても1人いるかいないかじゃないかな」

残念そうに話す一方で、子どもの世代、孫の世代に、豊かな海を残したいと情熱を傾ける金澤さん。

行動を起こさないと───。そんな想いで、金沢鮮魚はある使命を掲げた。

“人も海も豊かな循環をつくる”

「問題は、あらゆる方面にあって複雑です。誰か一人が悪いわけでもないし、どこか一つだけを解決すればいい話でもない。漁師・豊かな海・鮮魚店・飲食店・消費者……もっと言うと、山も川も巡り巡って海に流れるんだから、全てを好循環に変えていく必要があるんだよね」

この話をし出すと、何時間あっても足りないよ!と笑う金澤さん。だがその熱い想いは、周囲に伝染し「金沢鮮魚のSDGsの取り組み」として具体的なアクションにつながっている。

2020年10月、オリジナル商品である魚醤油『五島の醤』の販売を開始。原料になっているのは、通常の販路では価値のつかない、規格外の魚や五島列島で「磯焼け」の原因となっている魚・ウニ。税金を投じて駆除する魚に付加価値をつけることで、海の環境だけでなく、漁師の収入増加にもつながる持続可能な取り組みだ。

また、鮮魚の配送ボックスを発泡スチロールから耐水性ダンボールに切り替えた。水産業界では発泡スチロールを使うのが常識だが、港から風に飛ばされ海に浮遊してしまうことも多い。海洋プラスチックを、そもそも出さない仕組みに真正面から向きあった。

魚の仕入れ方法にも、環境に配慮したこだわりがある。周辺の魚を一網打尽にせず、一本釣りや定置網をする漁師から積極的に仕入れている。美味しい魚を飲食店・消費者に届けるには、魚を一匹一匹大事にする漁法が大切、と熱を込める金澤さん。質の良い鮮魚を届けるためのこだわりでもあるのだ。

孫の世代に豊かな海を残すために。

SDGsは、2016年から2030年の15年間で達成するための目標とされている。だが金澤さんは、おそらくそれじゃ足りない。と切実な眼差しで伝えてくれた。

「50年以上ずっと海と一緒に生きてきた感覚としては、70年、100年っていう長い時間をかけないと、海はもとには戻らない。だから何十年先も、世代を超えても、続けられる“持続可能な仕組み”が必要なんです。2~3年やって、しんどい……。となってしまっては、孫の世代に豊かな海は残せないから。楽しく続けられる方法を、常に試行錯誤ですよ」

自分がこの世からいなくなった後のことを真剣に考えられるのは、かわいい子どもや孫に豊かな海を残したいから、とその原動力を照れながらも教えてくれた。言葉だけでなく行動で、一つずつ具体的な取り組みをはじめ続ける金澤さん。豊かな海を守りたいと必死になる彼の周りには、気がつくと多くの仲間が集まっていた。

「田舎のおじちゃんがね、こうやって熱く語ったことを、若い世代のメンバーがWebサイトつくって形にしてくれたり、SNSで発信してくれたりね。有り難いなと思う」

金沢鮮魚の情報発信がきっかけに、取り組みや想いに共感した都内のレストラン・ホテル・旅館からの問い合わせは後を絶たない。

「20~30年前から、“変えていかないと”って一人で言っていたのが、今では次の世代が引き継いでくれてるんだよね。今日明日、海の状況を大きく変えられなくても、着実に良い方向に動き出しているのも事実。嬉しいよね」

目を細めて誇らしげに笑う金澤さん。少しずつ共感や理解、行動の輪が広がりはじめたからこそ、伝えたいことがあると言う。

「みんなで、一緒にやろう!って言いたい。漁師さんも飲食店の人たちも、食卓で魚を美味しく食べてくれる人たちも。みんなで一緒にやれば楽しく変えていけるんじゃないかって思うの。

まずはこういう現状があるんだってことを知って、職場の人との世間話しでもSNSでも良いから、発信してもらえると嬉しい。またそこから輪が、世代を超えて広がっていったら良いなと思います」

スーパーに行けば、いつでも魚が買える。そのことになんの疑問も持たずにいたけれど、決して当たり前ではないのだ。今アクションを起こさないと、いつか無くなってしまう日常かもしれない。流通の背景に、海の資源を壊していないか。誰かに負担をかけていないか。まずは海で起きている現実を知り、想像力を働かせることが私たちにできる最初の一歩なのかもしれない。